とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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2章 碧、あやかしと触れ合う

第3話 もし結婚できたら

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「いらっしゃいませ!」

 「とくら食堂」の厨房に立つ碧は、8時半過ぎ、訪れた弓月さんに元気に挨拶をした。お父さんも「いらっしゃい」とにこやかに声を掛ける。

「おはようございます」

 ピークタイムが過ぎ、お客さまがまばらになった「とくら食堂」。弓月さんはいつもの様にカウンタに掛ける。

 「とくら食堂」に来たら、注文は一択である。お父さんはさっそく丸いフライパンにバターを溶かし、卵液を落とす。今朝の卵料理はプレーンオムレツである。

 碧は小鉢にお惣菜を盛り付ける。今朝はきゃべつと人参の洋風煮浸しだ。短冊切りにしたきゃべつと人参をコンソメでくつくつと煮付ける。お塩と少量のお醤油で味を整えて、小鉢によそってからオリーブオイルと粗挽き黒こしょうを振る。

 洋風ではあるのだが、お醤油を使うことでごはん、白米との親和性を高めている。

 続けてごはんとお味噌汁も用意する。お味噌汁の実はお豆腐だ。それらを長方形のトレイに乗せ、オムレツも焼きあがった。さすがお父さんのオムレツは、均一に黄色い表面がつるりとしている。きっと割れば中は半熟でとろりとしているだろう。

 それをお母さんが弓月さんの元に運んでいった。

「はーい、弓月さんお待たせしました。朝ごはんですよ~」

「ありがとうございます」

 弓月さんはお行儀良く「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。まずはごはんを頬張り、洋風煮浸しが追いかける。ごくりと飲み込んで、お味噌汁をすする。

 そして、ここでオムレツにお箸を入れる。やはり切れ目からやわやわの卵が顔を覗かせる。だがお箸で持ち上げることができる固さを保っている。それをすくい上げて口に運び、弓月さんは満足げに目を細めた。

「とろふわ。めっちゃ美味しいです。これ、味付けってなんか特別なんあるんですか?」

「バターの力ですかねぇ。あとは塩を少し」

「そんだけでこんな美味しくなるんですねぇ。ぼく、料理せんからほんま無知ですわ」

 弓月さんは感心した様に言う。

「普段のごはんは、お家の方が?」

 お母さんの問いに、弓月さんは「いいえ」と首を振る。

「ひとり暮らしなんで、もっぱら外食かコンビニです。でも今の時代、男でも料理できた方がええんかなぁって思ったり」

「無理にせんでええとも思いますけどねぇ」

 お父さんはのんびりとそんなことを言う。

「ぼくはお料理がしたかったんで、専門学校も出て今は店やってますけど、他にもせなあかんもんて、たくさんあるでしょう。仕事かてね、そうでしょう。特に仕事なんかは、嫌でもせなあかんもんたくさんあるやろうし。せやからプライベートまで、興味の無いことを持ち込む必要は無いと思いますよ。ひとり暮らしやったら他の家事もあるでしょ」

「それはそうなんですけど、先々結婚とかできて、共働きやったら、家事分担はせんとあかんでしょう」

「あら、それはええお心掛けですねぇ」

 碧は思わず言っていた。碧には結婚願望がある。一緒にこの「とくら食堂」を一緒に盛り立ててくれる人を、と思っているのだ。

 それなら結婚の必要は無く、パートナーでも良いかも知れない。それこそ同性でも。だが「とくら食堂」を長く続けていきたいので、跡継ぎを産むことができたら良いな、なんて考えてしまうのだ。

 ただ、これは難しいところだと思ってはいる。碧はお父さんとお母さんの背中を見て、自分もお料理が好きになって、お父さんと同じ道を目指そうと思えた。だが碧が将来産み育む子がそうなるとは限らない。

 その子が他にやりたいことがあれば、全力で応援したいと思う一方で、残念だと思ってしまう自分もいそうだと思う。

 まだありもしない未来を考えても、仕方が無いのかも知れないが。

「今って共働きが当たり前みたいになってるや無いですか。そりゃあもちろん専業主婦になりたい女性が、経済力のある男の人と結婚したらそうや無いと思いますけど。なんかね、SNSとかで既婚女性のポスト見ることがあって、それが愚痴が多くて、ぼくはこんな旦那さんになりたく無いなって」

 それは碧も見たことがある。共働きなのに家事育児を奥さまに丸投げされているとか、思いやりの無い行動をされたとか。それらを見ると、相手を選ぶのは相当慎重にならないと、と思ってしまうのだ。

「反面教師ってやつですかねぇ。そう思えるんが、弓月さんがええ人やってことですよねぇ」

 お母さんがにっこりと笑って言うと、弓月さんは「いえ、そんな」とはにかんだ。

「それやったら、弓月さんはお洗濯とかお掃除とか、お料理以外をしたらええんとちゃいます? おひとり暮らしやったら、普段からしてはるんでしょうし」

 碧が言うと、弓月さんは「あ、そっか」と目を丸くした。

「そりゃそっか。家事って料理だけや無いですもんね。できることをしたらええんですよね」

 そういう意識を持っていてくれるだけで、女性は心強いだろう。弓月さんの様な人と結婚んする女性は幸せなのではと、碧は思うのだった。
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