異世界転移料理人は、錬金術師カピバラとスローライフを送りたい。

山いい奈

文字の大きさ
52 / 92
6章 肝臓不調のお爺ちゃんと、癒しのご飯

第2話 別にそんな酒好きな方じゃ無かったでしょう?

しおりを挟む
 翌日の昼過ぎ、ロロアが調合した肝臓の薬を入れた紙袋を手に、浅葱たちは馬車に乗り込む。

 買い物のついでと言うのは何だが、薬を病院に届ける為だ。

 昨日もある程度は渡しているのだから、そうそう無くなる事は無いだろうが、患者の具合、そして処方数に寄ってはすぐに底を突く可能性が無い訳では無いのだ。

 なので、アントンに様子を聞いておきたいと言う事もあった。

 馬車置き場に馬車を置いて、まずは病院へと向かう。薬の袋はカロムが持った。

 先頭のカロムが病院のドアを開ける。

「こんにちは」

 受付に座る受付の女性。今日はベージュのワンピースに、エプロンはやはり白だった。清潔感を漂わせる服装を心掛けているのだろう。

「あらカロム、こんにちは。あらぁ、錬金術師さまとアサギくんまで。こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちはカピ。肝臓のお薬をお届けに来たのですカピ」

「あらま、わざわざありがとうございます。まだ患者さんがお待ちなの。お預かりしようか?」

「いや、アントン先生に少し話を聞きたいから、落ち着くまで待たせて貰って良いですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ソファで待っててね」

 その言葉にソファを見ると、ひとつには診察待ちであろう中年の女性が掛けていて、壁際のもうひとつでは、老人が横たわっていた。

 背もたれの方を向いているのでその表情は判らない。だがカロムは後ろ姿で誰かを判別した様だ。

「お? あれはバリー爺さんじゃ無いか? どうかしたんですか?」

「診察に来られたんだけどね、身体がだるくて歩くのがしんどいって言うので、少し休んで貰ってるのよ」

「じゃあそっとしといた方が良いな。アサギ、ロロア、座らせて貰おうぜ」

 言うと、中年女性が気を利かせてソファの端に寄ってくれた。浅葱たちは礼を言いながら掛ける。

 ややあって、診察室のドアが開き、クリントに見送られながらひとりの青年が出て来た。顔色も良く、怪我をしている様子でも無く、健康そうに見えるのだが。

「あれ、カロムじゃ無いか」

 青年がカロムに気付いて、片手を上げた。

「おう。何だ、健康優良児のお前がどうした?」

「いやぁ、胃と腹が痛くてさ。こんなの初めてだったから吃驚びっくりしてよ」

「で、どうだったんだ?」

「食べ過ぎで腹が膨らんで、胃が圧迫されてたらしい。食べ過ぎに効く消化薬出して貰った」

「はは、間抜けだなぁ」

「本当だ」

 カロムと青年はそう言って笑い合った。

「錬金術師さまとアサギくんも、こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちはカピ。美味しいお食事も過ぎてしまえばお腹を壊したりしてしまいますカピ。注意していただけたらと思うのですカピ」

「はい。気を付けます」

 青年はそう笑って言って、帰って行った。

「錬金術師さま、アサギさん、カロム、こんにちは。爺ちゃんに御用ですか?」

 クリントが懐っこい笑顔を見せた。

「おう。肝臓の薬も追加持って来たぜ。これからどれぐらい必要なのか聞きたくてな。勿論患者さんの様子も」

「ああ、患者さんはそちらで横になっているバリーさんですよ」

「そうなのか?」

 カロム、そして浅葱とロロアも、首を捻って壁際のソファに視線をやった。バリーは変わらず横たわったままだ。名前が出たのに何の反応も無いと言う事は、眠っているのかも知れない。

「はい。お身体の怠さも、肝臓の調子を崩されている事から来ているんだと思います」

「そうですカピね。お薬で少しでも緩和かんわ出来ると良いのですカピが……」

 ロロアが心配そうに呟く。

「はい。あ、すいません。もう少し待って頂いて良いですか? あとお一方で落ち着くと思いますから」

「はい。勿論ですカピ」

「あら、もしかしたら、私の診察待ちなのかしら?」

 同じソファに掛けていた中年女性が、上品な仕草でクリントに問い掛ける。

「お待たせしてしまってすいません。中へどうぞ」

 クリントは女性の言葉には応えず、診察室への入室をうながす。

「私の診察は後で大丈夫ですわよ。どうぞ、お先に錬金術師さまたちの御用をお済ませになって」

「いやいや、それは流石に申し訳無いですよ。診察して貰ってください」

 カロムが言うが、女性は「でも……」と躊躇ちゅうちょする。

「本当に、どうぞ診察して頂いて欲しいですカピ。僕たちは急がないのですカピ」

 すると、女性はようやく「そ、そうですか……?」と躊躇ためらいながらも腰を上げた。

「ではそうさせて頂きますわね。ありがとうございます」

「こちらこそ、気を遣わせてしまってすいません」

 カロムが小さく頭を下げ、浅葱とロロアも続いた。女性も笑顔で会釈し、診察室へと入って行った。

 その時、バリーが「んん……」とうめき声を上げた。

 浅葱が見ると、バリーは寝返りを打とうとしていた。

「あ、危ない!」

 下手をするとソファから落ちてしまう。浅葱は慌てて立ち上がり、バリーの元に駆け付けた。カロムも咄嗟とっさに続く。

 そして間一髪、ふたり掛かりでバリーの身体をどうにか支えた。浅葱はともかくカロムには力があるので、ぐいとソファに押しとどめる。

 しかしその小さな衝撃で、バリーは眼を薄っすらと開けてしまった。

「お、おや……? カロムか?」

 少し寝惚ねぼけているのか、ぼやけた声だった。

「はい。大丈夫ですか?」

「ああ、うん、大丈夫じゃよ。済まないなぁ」

 バリーは言いながら、のろのろと身体を起こした。

「少し寝かせて貰ったら、大分楽になったよ」

「そりゃあ良かった。本当に気を付けてくださいよ。肝臓を悪くしてるんですって?」

「そうみたいじゃねぇ。薬を貰ったよ」

 カロムの言葉に、バリーは困った様に頭をいた。

「原因は判ってるんですか?」

「ふむ……酒の飲み過ぎじゃと言われたよ」

「え?」

 カロムが驚いて眼を見開く。どうやら意外だった様だ。

「何で。バリー爺さん別にそんな酒好きな方じゃ無かったでしょう?」

「そうなんだがねぇ……」

 バリーは憂鬱そうに溜め息を吐いてしまう。

「去年、妻に先立たれたじゃろう?」

「ああ、そうですね」

「仕事も隠居いんきょしておったしな、生きる甲斐と言うかな、張り合いと言うのかな、そう言うのが無くなってしまってなぁ」

「あの、趣味とかは無いんですか?」

 浅葱が聞くと、バリーはふるりと首を振った。

「アサギくんまで済まないなぁ。趣味も特に無くてなぁ。仕事が趣味みたいなものだったなぁ」

「バリー爺さんは養鶏場ようけいじょう勤めだったんだよ」

「ああ。小さくて可愛いひよこが大きく美味しく育って行くのを見るのは楽しかった。皆でえさを色々と考えてみたりなぁ。儂たち夫婦は子どもには恵まれなかったもんだから、鶏が子どもみたいなもんじゃった。隠居したのは力仕事がきつくなって来たからでな。後は妻とゆっくり余生よせいを送ろうとしていたんじゃが、その矢先にかれてなぁ……」

 バリーは言うと、沈痛な面持ちで顔を伏せてしまう。

「その頃から、夜が眠り辛くなってしまってなぁ。酒に頼る様になってしまったんじゃ。最初はそう多くは無かったんだが、段々量が増えて来てなぁ。元々そう強くも無かったからか、肝臓を悪くしてしまったんじゃ」

「そうだったんですね……」

 カロムが痛ましげに眼を伏せる。浅葱も辛くなってしまって、猫背に曲げているその背にそっと手を添えた。

「おお……アサギくん、ありがとうなぁ」

 浅葱は過去、同居していた父方の祖父を亡くした経験がある。可愛がってくれた祖父の逝去せいきょは本当に悲しかった。

 祖父と母の関係はあまり良好とは言えなかった様だが、それでも母は悲しんでいた様に思う。

 近しい者の死は、それだけ心に負担を与える。仲が良ければ尚更。このバリーは奥方を本当に大切に思っていたのだろう。

 お酒も適量なら大丈夫だろう。だが肝臓を悪くしてしまうのはやはり心配だ。浅葱たちに出来る事は何かあるだろうか。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~

於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。  現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!  の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては…… (カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています) (イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

処理中です...