異世界転移料理人は、錬金術師カピバラとスローライフを送りたい。

山いい奈

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8章 好きなものを作って、食べて、そして。

第5話 やったー! お味噌が出来たー!

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 居間兼食堂、食卓のいつもの席に掛ける浅葱あさぎ。テーブルの上の乾燥大豆と塩、こうじを前にうなっていた。

 この世界の麹は、様々なものを醗酵させて酒にする。なら味噌は出来ないものかと、浅葱は前から考えていた。

 しかし酒を作る配分だと、ただ大豆の酒が出来るだけだ。しかもその仕上がりが美味しい予感がしない。

 浅葱の世界の某地で作られる黒豆の酒。その話は聞いた事があるのだが、使うのは黒豆では無いし、そもそも作りたいのは酒では無い。

「どうしたアサギ。何、大豆と塩と麹?」

 家事を終えたカロムが浅葱の顔を覗き込み、すぐにその視線は大豆と塩と麹に向かう。

「ん? 大豆の酒でも作るのか? 俺らは聞いた事が無いなぁ」

 カロムは言って首を傾げる。浅葱は苦笑するしか無い。

「だよね。僕の世界でもそうあるものじゃ無いよ。作りたいのはね、僕の世界の僕の国の調味料なんだ。お味噌みそって言うんだけどね、大豆と塩を混ぜて麹で醗酵はっこうさせて作る調味料なんだ」

「ああ、だからこの組み合わせか。ん? やらんのか?」

「どうやったらちゃんと味噌が出来るのか、に困ってるんだよ。麹は確かに食材を醗酵させるけど、この世界の場合、お酒になっちゃうでしょ。量を変えたら良いのかとか考えちゃって」

「ああ、成る程なぁ」

 カロムは言いながら浅葱の正面に掛ける。そこはいつものカロムの定位置でもある。

「なら量を調節しながら少しずつ試すしか無いんじゃ無いか?」

「そうだよねぇ。これは時間が掛かりそうだなぁ。お味噌は本当なら350日程醗酵させるんだ。でもこの世界の麹は30日で食材をお酒にしちゃうから、それが基準かなぁ。麹の量は食材の1割だから、液体にならない様にするには、麹の量を減らせば良いのかな?」

「そうだな。醗酵期間も、それこそ1日目から様子を見た方が良いかもな。そのオミソってもんがどういうもんなのか俺には判らんが」

「そうだね。毎日様子を見てみよう。麹の量はお酒の時の半分から始めてみよう。カロム、蒸し大豆、少し貰って良いかな」

「良いぜ。無くなったらまた蒸したら良いからな。早速試してみようぜ。俺も楽しみだ」

「ありがとう。じゃあやってみよう!」

 浅葱とカロムは立ち上がり、浅葱は材料を抱えて台所へと向かった。



 蒸し大豆は冷暗庫にストックしてある。カロムが管理してくれていて、無くなりそうになると蒸しておいてくれるのだ。浅葱は料理に使う事が多いので、いつでも使えるのは有難い。

 大豆は収穫の時には既に乾燥されていて、それを更に乾燥させるので、そのままでは食べられない。まずは1日浸水し、それから1時間程蒸して、ようやく食べられる様になる。

 浅葱の世界では蒸したものや水煮されたものが手軽に手に入ったし、この世界でも水煮は買える。だがカロム曰く「家で蒸した方が安上がりで旨い」との事で、小まめに残量を管理してくれているのだ。

 この世界には「蒸す」と言う調理がされていなかったので、カロムも浅葱が来るまでは大豆の水煮を作っていた。だが浅葱が作った蒸したての大豆をひと口食べたら、驚きに眼を見開いて「こっちの方が旨い。これからは蒸そう」と呟いたのだった。

 まず、大豆の量を計る。底の広めの木桶を秤に乗せ、そこに蒸し大豆を入れて行く。乾燥大豆は戻すと2.5倍程の重さになる。なので乾燥大豆100グラムとして、蒸し大豆を250グラムになる様に入れて行く。

 それをマッシャーで潰して行く。滑らかな味噌になる様に丁寧に。時折混ぜて粒が残らない様に確認しながら。

 次に塩を用意する。塩の分量は乾燥状態の大豆の半量。なので今回は50グラムを用意する。ボウルを秤に乗せ、計りながら塩を入れて行く。

 その塩のボウルで今度は麹を計る。酒を作る時に必要な麹量は食材の10分の1。今回は大豆と塩を合わせて300グラムになるので、酒を作るのなら30グラムが必要。だが今回は味噌を作りたいために半量で試すので、15グラムを入れてみる。

 塩と麹を良く混ぜ、出来た塩きり麹を潰した蒸し大豆に混ぜ込んで行く。全体にしっかりと行き渡る様に、両手を大きく使って、これでもかと言う位に混ぜて行く。

 混ざったら幾つかの団子状にまとめる。それを別の、高さのある桶に詰めて行く。空気が入らない様に押し込みながら。

 全部詰めたら表面を平らに均しながらてのひらで押して、更に空気を抜く様にして行く。

 その表面が空気に触れない様に、落とし布をする。そこに中蓋なかぶたをして、重石おもしを乗せる。石が無いので、代わりに食器を幾つか重ねる。重さは味噌の重量の約3割程度。なので100グラム程。

 これを直射日光の当たらない、常温の、しかし涼しい場所で醗酵させる。

「明日から毎日、今と同じぐらいの時間に様子を見てみるね。巧く出来たら良いなぁ」

「そうだな。俺も食える日が楽しみだ。このオミソってのはどうやって食うんだ?」

「お野菜に付けたり、お出汁に溶かしてスープにしたりする事が多いかな。炒め物の調味にも使うなぁ」

「へぇ、いろいろ出来るもんなんだな。万能調味料ってやつか?」

 カロムが関心した様に言う。

「万能、だったら良いなぁ。でもいろいろ使えるよ。まずはちゃんとお味噌が出来上がるのを願うばかりだよ」

 浅葱は言って、木桶に向かって祈る様に手を合わせた。



 翌日、浅葱は味噌を確認する。重石を避け、中蓋を外し、落とし布を捲る。

 味噌種の色には、少しの変化があった。昨日は大豆の色そのものだったので、白に近い淡い色だったのだが、ほんの少しばかり濃くなっている様な気がするのだ。醗酵が始まっているのだろう。

 浅葱は木製のスプーンを差してみる。表面はそう固くなっておらず、するりと入った。少量を掬い、口に含んでみる。

 まだ塩の辛味が勝っている。味噌には遠い味だ。しかし硬さは昨日とそう変わらず、今のところ液体になる様な気配は無い。アルコールの風味も無い。

 これはまだ様子見が必要だなと、浅葱は木べらで表面を均し、落とし布と中蓋、重石を元に戻した。

「流石に1日じゃ出来る訳無いよね」

 浅葱が残念そうに溜め息を吐くと、カロムが可笑しそうに「ははっ」と笑う。

「そりゃあ酒作りが30日掛かるからなぁ。いくらオミソでも1日じゃあな」

「でも醗酵はちゃんと始まってるみたい。色が少しだけど変わってたよ」

「じゃあ毎日確認してやらんとな」

「うん。この調子だと、本当に1日怠っただけで味がごろっと変わっちゃいそう。長く熟成じゅくせいさせたお味噌も良いけど、癖が出ちゃうから。やっぱり美味しい状態で食べたいもんね」

「そんなもんなのか。なかなか大変だ」

 カロムが言って眼を丸くすると、浅葱は小さく笑う。

はぶけるところは省いて、手間暇てまひまが必要な部分は惜しまない、だよ」

「確かに、それが料理の鉄則だな」

 料理は毎日と言って良い程必要なものだ。毎日全力だと息切れしてしまう。簡略化できるところはしたら良いのだ。

 浅葱も元の世界にいた頃は、カット野菜や冷凍食材を使う事も多かった。確かに生の野菜より風味は落ちるが、仕事だってしていたのだから、そういうものに頼れば良いのだ。

 そしてこの味噌作りは、手間暇を惜しんではならない。毎日同じ頃の時間に様子を見てやらなければ。



 そうして5日後。また味噌の様子を見る。

 毎日少しずつ変化を見せる色は、今日は最早もはや味噌そのものだ。馴染みのある合わせ味噌よりはもっと淡い白味噌に近いものではあるが。

 浅葱は木桶に鼻を寄せ、香ってみる。するとその匂いも味噌の様に思えた。

 問題は味である。浅葱は木製のスプーンを差して見る。すると表面にすこしばかりの抵抗を感じた。味噌は完成する頃には表面の色が完成品の味噌より色濃く、そして固くなる。それが出来掛けているのだろうか。

 掬ってみると、ぼこっと取れた硬い部分の奥から、まだ淡い色の味噌種が現れる。浅葱はそれを掬って口に入れた。すると。

「あ、大分お味噌に近付いて来てる! 気がする!」

 浅葱の世界では1年やそこら掛かる酒作りを、たったの30日で完成させてしまう麹である。味噌作りも1年を要するものなので、30日を覚悟していたが、この分だともっと早くに完成しそうだ。

 アルコールを発生させない、そして液体にしない。なので早く出来上がるのだろうか。麹の量は酒作りの半分しか入れていないのだが。

「良かったじゃ無いか」

 浅葱の叫びとも近い声に、カロムが可笑しそうに言う。

「うん。あと少しだ!」

 また毎日様子を見る事にしよう。浅葱は丁寧に落とし布を敷いた。



 そしてまた5日後。

 そっと落とし布を上げると、そこに見えたのは立派な味噌の色をしたものだった。

「おお……!」

 浅葱はつい声をらす。昨日の時点でかなり近付いていた。あと1日2日の勝負だと目算していた。

 また木製のスプーンを入れ、表面の硬い部分をそっと取り除くと、見えたのは綺麗な味噌の色。

 その部分を緊張しながらそっと口に含む。そして。

「やったー! お味噌が出来たー!」

 浅葱は満面の笑顔で叫んでいた。
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