煮物屋さんの暖かくて優しい食卓

山いい奈

文字の大きさ
52 / 122
16章 残された小さな欲望

第4話 悼むことの大切さ

しおりを挟む
 三浦みうらさんが勤める病院は、佳鳴かなる千隼ちはやの家から車で15分程度のところにある。大きな総合病院で電車の駅からはやや離れている。三浦さんは最寄り駅からバス通勤をされているのだ。

 千隼の運転で向かい、到着すると病院の駐車場に車を停めた。男の子のために作ったオムカレーハンバーグは風呂敷に包み、佳鳴が大事に抱えて車から降りる。

「傾いて無いか? 大丈夫?」

「うん。見ていたし大丈夫だと思う」

 もう昼を過ぎているが、昼からも予約で外来診療があるとのことで、正面玄関は開いている。佳鳴と千隼は自動ドアをくぐり、病院内に入る。

 病院の雰囲気と匂いは独特である。匂いの主は消毒液や薬品なのだろうが、この生と死が入り混じる空間は特有の気配をかもし出す。

 普段病院に縁の無い佳鳴と千隼には、この白を基調に作られた場所はある意味新鮮で、ある意味落ち着かない。

 そもそも病院は長居したいところでは無い。佳鳴たちも用を済ませたらすみやかに立ち去るべきなのだろう。

「えっと、4階だっけ」

「うん」

 ざわざわと患者が行き交う受付周辺で、佳鳴と千隼は案内板を見ながら病棟へのエレベータを探し、無事に見つけてその方に向かう。エレベータの登りのスイッチを押すと、すぐに扉が開いたので乗り込んだ。

 ストレッチャーも乗るエレベータなので大きく作られている。奥には車椅子のための大きな鏡も設えられていた。

 4階なのでそう時間は掛からない。到着して扉が開くと、ナースセンターはすぐ前だった。少しばかりの物音はするが、1階と打って変わって静かなものだった。受付があったので佳鳴が声を掛ける。

「お忙しいところすいません、看護師の三浦さんいらっしゃいますか?」

 すると受付にいた看護師さんが「はい、お待ちください」と手元のパソコンを操作する。

「三浦は今病室ですね。すぐに戻ると思いますので、申し訳ありませんが少しお待ちいただけますか?」

 看護師さんは言って、廊下の壁際に置かれているソファをすすめた。

「はい。ありがとうございます」

 佳鳴は礼を言って千隼とともにソファに向かおうとする。と、その看護師さんに「あの、三浦のお客さまということは」と止められる。

「もしかして、三浦の行きつけのお料理屋さんの方ですか?」

「はい、そうです」

 佳鳴は足を止めて応える。するとその看護師さんは「まぁまぁまぁ」とほっとした様に表情を和らげた。

「三浦から話は聞いています。ICUの異変の原因について。この度は本当にありがとうございます」

 看護師さんは立ち上がり、深く頭を下げた。

「いいえ、とんでもありません。私たちは料理をお持ちしただけで」

「本来なら病院の誰かが用意しなければならないのに、申し出てくださったそうで。本当に助かります。ありがとうございます」

「いえいえ、本当にお気になさらないでください」

 なおも頭を下げ続ける看護師さんに佳鳴は焦ってしまう。後ろで千隼も呆然と口を開いていた。

菊田きくたさんどうしたの?」

 中年女性の看護師さんが近付いてくる。菊田さんと呼ばれた看護師さんは「あ、師長」とようやく顔を上げた。佳鳴はほっとする。

「三浦ちゃんのお客さまです。お料理を用意してくださる」

「ああ」

 師長と呼ばれた女性看護師も、菊田さんの横で頭を下げた。菊田さんもまた頭を下げる。

「この度はこちらの問題に巻き込んでしまい、大変申し訳ありません」

「いいえ、本当に大丈夫ですので」

 増えたがな! 佳鳴は普段使うことのない某地方の方言で心中で突っ込み、慌てて手を振った。

「三浦にはきつく言っておきますので」

「あ、それこそ本当にご勘弁ください」

 佳鳴はさらに慌てる。

「これは私たちが縁を感じて申し出たことです。三浦さんがとがめられてしまうのは困ります。お願いですから私たちに免じていただけませんか」

 すると看護師長がゆっくりと頭を上げる。菊田さんもそれにならう様に頭を戻した。

「あなた方にそうおっしゃっていただけるのでしたら。この度は本当にありがとうございます」

 看護師長はまた頭を下げた。だがそれはすぐに上げられる。佳鳴は今度こそほっとした。

「男の子の幽霊が美味しいものが食べたくて騒いでいるようだと聞きました」

「はい」

「私には感じることができないものですが、医療機器の不調は困ります。これで落ち着くんでしょうか」

「判りません。視てくださった方は放っておいても大丈夫だともおっしゃっていました。お供えは気になる様ならと。でも確かに機械の不調は困りますよね」

「はい。今は幸いその部屋は空けていられています。ですがいつ必要になるか判りません。急変はその通り急に訪れるものですから」

「私も霊感とかがあるわけでは無いので、視てくださった方の言葉を信じるしかありません。ですがその方を私たちは信用できる方だと思っています。信じておられない方には眉唾まゆつばものだと思われるかも知れませんが、実際に不調が出ているとのことなんですから」

「はい。私は立場的に部下でもある看護師たちの言葉を聞くのが仕事でもあります。それに供養のことを聞いて、はっとさせられたんですよ。長らくその気持ちをどこかに置いてしまっていたなと」

 看護師長は言って首を傾げて苦笑いを浮かべる。

「忙しいことを免罪符にしてはいけませんね。これを機に少しでもいたむ気持ちを、そして患者さんに今まで以上に寄り添うことを考えてみたいと思います」

 この看護師長はふところの広い方の様だ。こんな目に見えない、感じないことなのだから「馬鹿言うな」で片付けられてもおかしくない。だがこの看護師長は鵜呑うのみにするわけでも否定するわけでもなく、こうして噛み砕いて捉えている。

 三浦さんは上司に恵まれている様だ。パート勤務になった経緯もこの看護師長が心を砕いてくれたのだろう。

 その時、がらがらという音が聞こえて来た。ついその方を見ると、シルバーのワゴンを押した三浦さんが現れた。

「あ、三浦さん」

 佳鳴が声を上げると、三浦さんは佳鳴と千隼に気付いて早足になった。ワゴンの車輪が床を走る音が騒がしくなる。

「店長さん、ハヤさん、今日は本当にありがとうございます!」

 そう勢いよく言って頭を下げた。もうお辞儀の飽和状態である。佳鳴はまた「いいえ、とんでもないですよ」と手を振った。

「じゃあ三浦さん、さっそくおふたりをICUにご案内差し上げて」

「はい、師長。店長さんハヤさん、ワゴン戻して来るのでもう少し待っててくださいね」

 三浦さんはばたばたと慌ただしくワゴンを押して行く。その背中を看護師長の「こら、走らない!」が追い掛けた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...