煮物屋さんの暖かくて優しい食卓

山いい奈

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季節の幕間5 子どもだって大人だって

すべてに打ち勝つために

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 5月5日の端午たんご節句せっくは、今は男の子の節句になっているが、元々は病気や災厄をさけるための行事が行われていて、性別は関係が無かったらしい。

 そしてこの日は子どもの日でもある。混同されがちだが、このふたつは別物だ。

 しかしそれとは関係無く、煮物屋さんではひとつの節句として、お客さまの健康や発展を願うのだ。



「うーん、やっぱりかつおかなぁ」

 千隼ちはやはいつもの魚屋さんの前で唸る。目の前には新鮮なさわらや鯛、めばるなど旬の魚がずらりと並んでいる。鰹もそのうちのひとつだ。春の鰹は初鰹と呼ばれる。九州から黒潮に乗って北上している間に水揚げされる鰹だ。

 ちなみに戻り鰹とは、産卵のために北海道から南下するしている間に水揚げされる鰹である。

「千隼、決まった?」

 八百屋さんで野菜を見ていた佳鳴かなるが合流する。

「うん。やっぱり鰹にするよ」

「そうだね」

「決まったかい?」

 魚屋さんの大将が快活な声を掛けてくれる。

「はい。鰹お願いします。半身で」

「はいよっ」

 大将の手がすでにさばかれている鰹の身に伸びた。



 端午の節句、そして子どもの日には柏餅やちまきが食べられる。だがこれらは菓子だ。

 食事となると、まっすぐ育てと願うたけのこや、ぶりやすずきなどの出世魚などが食べられる。

 そして今回千隼が選んだのは鰹だ。鰹は「勝男」になぞらえ、将来の活躍を願うものである。

 煮物屋さんのお客さまは、お若い方からご年配の方まで様々だ。もう職場をご勇退された方もおられる。

 なら出世を願うより、これからも色々なものに打ち勝つ様にと心を込めるのが良いと思ったのだ。

 千隼は鰹の調理に取り掛かる。

 しょうがを千切りにし、鰹は3センチほどの角切りにしておく。

 鍋に水と砂糖、醤油と日本酒を入れて沸騰させる。そこに鰹としょうがを入れて、全体に煮汁を絡めたら穴を開けたクッキングペーパーで落しぶたをする。

 そのまま数分ことことと煮込んだら火を止めて、味を含ませるためにそのまま置いておく。そうすることで火を通し過ぎること無く、ぱさつきを防ぐことができる。

 その間に千隼はメインに煮物の仕込みをする。

 鰹が冷めて味を含んだら、鰹の身をいったんボウルに取り出し、煮汁をとろみが出るまで煮詰める。そこに鰹を戻して煮絡めたら完成だ。

 鰹の角煮である。これを熱燗用のおちょこにひとつずつ入れ、香り付けの木の芽を添えてお出しするのだ。



「こちらもどうぞ」

 佳鳴と千隼がメインの煮物と2種類の小鉢、一緒に鰹の角煮を出すと、浦島うらしまさん(13章)は「あら?」と目を丸くする。

「これは、お魚の煮物? ですか?」

「はい。今日は端午の節句ですので、縁起物の鰹の角煮です」

「あ、今日は子どもの日ですもんね。鰹が縁起物なんですか?」

「はい。「勝つ男」と書いて「勝男」、なんですよ」

 佳鳴が言うと、浦島さんとご一緒の柏木かしわぎさんは「あー」と感心した様な声を揃えた。

「なるほどぉ。知らなかった」

「柏木さん、将来のためにこういうことも、今からお勉強しておいた方が良いのかも」

「そうかもね」

 浦島さんと柏木さんは、結婚を前提に順調にお付き合いを続けている。まだ互いの呼び方こそ苗字だが、話し方もだいぶ砕けて、仲が良さそうな雰囲気が伺えた。

 おふたりとも早く子どもが欲しいというのは変わらず、なのでそれにまつわるお話もきっと多いのだろう。

「子どもの日の食べ物って柏餅とかちまきのイメージが強いんですけど、店長さんハヤさん、ご飯って鰹以外にあるんですか?」

「鰤とかすずきの出世魚も縁起物ですねぇ。その通りお子さんの出世を願うんでしょうね」

「そうなんですね。できたらそういうことはちゃんとやってあげたいです。それにしても、ふふ」

 浦島さんはおかしそうに笑って、鰹の角煮のおちょこを両手でそっと持ち上げる。

「もう私たち大人なのに、こどもの日の縁起物なんていただいて良いのかしら」

「こういう縁起物は、いくつの方がいただいても良いものだと思いますよ。特に鰹は「勝つ」にちなんでいますから」

 千隼が笑いながら言うと、浦島さんは「あ、そうですね」と目を見張る。

「私もこれからいろんなものに勝って、幸せな結婚して、かわいい子どもを産みたいです」

 浦島さんは照れた様に笑う。その顔は幸せに満ちている。これから柏木さんと訪れるであろう未来はきっと輝いている。

 浦島さんは鰹の角煮を箸で崩すと、小さな口に運ぶ。

「あ、しょうがが効いてて美味しい。味がしっかりと沁みてるのにしっとりしてる~」

 浦島さんはそう言ってふにゃあと目尻を下げた。千隼は微笑む。

「ありがとうございます」

「これどうやって作るんですか? 鰹はたたきも美味しいですけど、小さな子に食べてもらうんだったら、ちゃんと火が通ってる方が安心ですもんね」

「そうですね。よろしければレシピをお渡ししますよ」

 千隼が言うと、浦島さんは「本当ですか? 嬉しいです!」と目を輝かせた。

「まったく、浦島さんは相変わらず気が早いなぁ」

 柏木さんは少し呆れながらも嬉しそうだ。浦島さんは「だってぇ」とぷぅと膨れる。

「本当に待ち遠しいんだもん。あれ? そう言えば端午の節句と子どもの日って一緒にしちゃって良いのかしら」

 浦島さんは小首を傾げる。佳鳴と千隼は顔を見合わせて「んー」と小さく唸る。

「違うとされている様ですねぇ。子どもの日は日本の祝日ですからねぇ。性別関係無くお子さんの健康と、お母さまに感謝する日、だそうですよ」

「端午の節句は節句のひとつで、男の子の成長や健康を願ったりする日なので、そこが違いますね」

 浦島さんも柏木さんも目を見開いて「へぇー」と感心した様に言う。

「でも浦島さん、勤め先の幼稚園で子どもの日とかってしないの?」

 柏木さんが聞くと、浦島さんは「そうなのよ~」とうなだれる。

「当日は祝日だから、連休に入る前の日に男の子に折り紙で兜とか鯉のぼりとか作ってもらったりするんだけど、あんまり難しいこと考えたこと無くて~。忙しさにかまけて~」

「でも僕もあまり考えたことって無かったからなぁ。こういうのってちゃんと知っておかなきゃね。ちゃんと子どもを祝ったりしてあげたいもんね」

「うん。私は仕事柄もあるけど、将来産まれてきてくれる子のために、ちゃんとしてあげたいよね。聞かれたら教えてもあげたいし」

「そうだね」

 そう言って浦島さんと柏木さんはにっこりと笑い合う。なんとも仲睦まじいことだ。佳鳴と千隼も微笑ましくなってにこにこしてしまう。

 浦島さんと柏木さんは将来結婚して男の子が生まれたら、きっと端午の節句では大いにお祝いをすることだろう。鯉のぼりを上げて、兜や五月人形を飾って。

 女の子が生まれたら「子どもの日だよ」と言って、やはり幸福を願うのだろう。とても素敵な未来だ。

 今日千隼が用意をした「勝男」が、そんなおふたりの未来を切り開く一助になれば幸いだ。
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