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第五話 赤電話
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ふわっ⁉ いきなり目が覚めて……しまった。自分の部屋に戻っちゃったかと一瞬焦ったが……よかった。まだ登別の温泉旅館だ。でもまだ外が暗いや。だいたい、昨日の朝が早すぎてすっかりペースが狂ってるわよね。まさか北海道で時差ボケがあるとは思ってなかったわ。寝直そうかと思ったら、隣で寝ていたおじいちゃんが声を掛けてきた。
「なんだ二葉。起きちまったのか? だったらせっかくだから朝風呂入って来い。人も少なくて気持ちいいぞー」
「あー。朝も温泉入れるんだ……でも、おじいちゃんといっしょはちょっとなー」
「ガキが色気づきやがって。わかったわかった。先に行ってきな。俺はもう少し寝て一服してから行くわ」
「じゃ、そうする。お先に!」
確かにおじいちゃんの言う通り、朝早いせいか人もまばらでゆっくり入れたわ。やっぱり女性が多いかな。お父さんもそうだけど男の人は朝が苦手な人が多そうよね。
すっかり目が覚めてスッキリした気分で部屋に戻ったら、おじいちゃんが窓際のソファに座って煙草を吸っていた。
「部屋でタバコ吸っちゃだめだよおじいちゃん! ちゃんと喫煙所行かないと!」
「ん? 何言ってんだお前。そりゃ寝台列車とかで寝煙草は厳禁だが、旅館の部屋で吸っちゃいけねえという法はあるめえ」
あー、もしかして昔はどこで吸ってもOKなのかな。一応吸っちゃいけない場所の認識はあるみたいだし……私が我慢するしかないのか。
「おじいちゃん。お風呂空いてたわよ。すっごく気持ち良かった」
「おお。そんじゃ、俺も行って来ようかな。登別の駅にゃ十時前に着きゃいいし、朝飯も遅めに頼んであるから、お前は部屋でテレビでも見てろや」
「テレビ? そんなのあるの?」
「何言ってやがる。その部屋の隅っこに置いたる奴がそうだろ?」
「えーっ。これがテレビ? かっわいいー。DVDプレーヤーかと思った。それでおじいちゃん。リモコンは?」
「はあ? リモコンって……これは走ったりしねえぞ。お前んちテレビねえのかよ。ほら、ここのツマミを引っ張って……チャンネルはここを回して……」
「うわー、面倒臭そう……って何よこれ。壊れてるんじゃないの?」
「いや、こんな地方にしちゃ綺麗に映ってる方だと思うが……」
「だって色が無いじゃない……」
「馬鹿野郎。こんな地方の旅館でカラーテレビなんて置いてある訳ねえだろ……」
これは白黒テレビと言う奴で、この時代はこれが普通みたいだ。それにしてもチャンネルも1から12まで一応あるけど、三つくらいしか放送してないじゃん。面白そうな番組もなさそうだったので、そのままつけっぱなしにして漫然とそれを眺めていたのだが……七時のニュースが始まって、私は仰天した。
『昨夜遅く、追分機関区で火災が発生し……』
えっ? 追分機関区って……今日、私とおじいちゃんが取材で行く予定だったところじゃない? た、大変。おじいちゃんに知らせないと……でも、あっ、そうか。混浴だから呼びに行けるか。混乱していたらおじいちゃんが部屋に戻って来た。
「どうした二葉。何慌ててる?」
「おじいちゃん。追分機関区で火事だって!」
「何っ⁉」
おじいちゃんが慌ててテレビの前に行くが、画面が丁度、他のニュースに移ってしまった。おじいちゃんはそのまま旅館のロビーに向かい新聞を漁ったが、どうやら朝刊には間に合っていない様で、火事の事は何も書いていない。おじいちゃんが旅館の人にあれこれ訪ねていたのだが、旅館の人も詳しくは知らない様だった。
「畜生! 二葉、十円玉持ってるか?」いきなりおじいちゃんが私に聞いた。
「えっ。多分お財布に何枚かあると思うけど……」
一応、こっちに来るにあたり、硬貨の発行年数は調べてから持参しているのだ。
「何枚か……か。そんじゃ足りねえよな」
おじいちゃんがそう言って、旅館のフロントの人と何か話していたが、いきなり何か重い塊を持たされた。
「ついて来な」と言われて、おじいちゃんについてロビーのカウンターの脇にいくと……なんだこりゃ?
「おじいちゃん。これは何?」
「全くおめえは……電話も知らねえのかよ。これは赤電話! これから出版社の編集部に電話して状況を把握するんだよ。まだ八時前だが、事が事だ。誰かもう出勤してんじゃねえかな? そんで二葉。お前の役割は、十円玉が切れねえ様に補充する事だ。北海道から東京だと、そりゃもう気持ちいい位、十円玉が吹っ飛んで行くから……切らすなよ!」
そう言っておじいちゃんは、フロントの人に100番行けるよなと声を掛け、赤電話の受話器を取って十円玉を数枚入れた。ああ。あのダイヤルで電話番号入れるんだ!
「ああ交換? 東京お願い。電話番号は……」
おじいちゃんが受話器を置き、程なく赤電話のベルが鳴った。
「よっしゃ二葉。戦闘開始だ!」
「えっ?」
「おっ、すぐ出やがった! あー、もしもし。鉄道ロマン編集部さん? こちらフリーライターの松嶋三郎です。編集さん誰かいます? おお田坂さんいるの? 替わって替わって……」
おじいちゃんは運よく馴染みの編集さんを捕まえられた様で、多分、追分の火事の件を話し合っているんだろう。そして私は……チャリン、チャリン、チャリン……ちょっと待ってよこれ。十円玉が数秒で溶けるんですけど。それにこの電話機。一遍に数枚しか十円玉が入らない? 入れすぎても返却口から戻って来ちゃう。いやー、まったく気を緩められないわー!
おじいちゃんが予めフロントで両替してくれていた十円玉の五十枚包みが、あっという間に無くなっていく。やだこれ絶対足りないわよ……動揺していたら、宿の人が見兼ねたのか、十円の五十枚束を後二本持って来てくれ、私の脇で紙をむしってくれていた。
「あ、後でちゃんとお返ししますから……」私は引きつった顔でそう言うのが精一杯だった。おじいちゃんの通話は、時間にしたら十五分位だと思うのだが、こんなに緊張したのは、小学一年生の運動会の時の玉入れ以来じゃなかろうか。もう背中も汗びっしょりで、ああ、またお風呂入らなきゃ……。
「なんだ二葉。起きちまったのか? だったらせっかくだから朝風呂入って来い。人も少なくて気持ちいいぞー」
「あー。朝も温泉入れるんだ……でも、おじいちゃんといっしょはちょっとなー」
「ガキが色気づきやがって。わかったわかった。先に行ってきな。俺はもう少し寝て一服してから行くわ」
「じゃ、そうする。お先に!」
確かにおじいちゃんの言う通り、朝早いせいか人もまばらでゆっくり入れたわ。やっぱり女性が多いかな。お父さんもそうだけど男の人は朝が苦手な人が多そうよね。
すっかり目が覚めてスッキリした気分で部屋に戻ったら、おじいちゃんが窓際のソファに座って煙草を吸っていた。
「部屋でタバコ吸っちゃだめだよおじいちゃん! ちゃんと喫煙所行かないと!」
「ん? 何言ってんだお前。そりゃ寝台列車とかで寝煙草は厳禁だが、旅館の部屋で吸っちゃいけねえという法はあるめえ」
あー、もしかして昔はどこで吸ってもOKなのかな。一応吸っちゃいけない場所の認識はあるみたいだし……私が我慢するしかないのか。
「おじいちゃん。お風呂空いてたわよ。すっごく気持ち良かった」
「おお。そんじゃ、俺も行って来ようかな。登別の駅にゃ十時前に着きゃいいし、朝飯も遅めに頼んであるから、お前は部屋でテレビでも見てろや」
「テレビ? そんなのあるの?」
「何言ってやがる。その部屋の隅っこに置いたる奴がそうだろ?」
「えーっ。これがテレビ? かっわいいー。DVDプレーヤーかと思った。それでおじいちゃん。リモコンは?」
「はあ? リモコンって……これは走ったりしねえぞ。お前んちテレビねえのかよ。ほら、ここのツマミを引っ張って……チャンネルはここを回して……」
「うわー、面倒臭そう……って何よこれ。壊れてるんじゃないの?」
「いや、こんな地方にしちゃ綺麗に映ってる方だと思うが……」
「だって色が無いじゃない……」
「馬鹿野郎。こんな地方の旅館でカラーテレビなんて置いてある訳ねえだろ……」
これは白黒テレビと言う奴で、この時代はこれが普通みたいだ。それにしてもチャンネルも1から12まで一応あるけど、三つくらいしか放送してないじゃん。面白そうな番組もなさそうだったので、そのままつけっぱなしにして漫然とそれを眺めていたのだが……七時のニュースが始まって、私は仰天した。
『昨夜遅く、追分機関区で火災が発生し……』
えっ? 追分機関区って……今日、私とおじいちゃんが取材で行く予定だったところじゃない? た、大変。おじいちゃんに知らせないと……でも、あっ、そうか。混浴だから呼びに行けるか。混乱していたらおじいちゃんが部屋に戻って来た。
「どうした二葉。何慌ててる?」
「おじいちゃん。追分機関区で火事だって!」
「何っ⁉」
おじいちゃんが慌ててテレビの前に行くが、画面が丁度、他のニュースに移ってしまった。おじいちゃんはそのまま旅館のロビーに向かい新聞を漁ったが、どうやら朝刊には間に合っていない様で、火事の事は何も書いていない。おじいちゃんが旅館の人にあれこれ訪ねていたのだが、旅館の人も詳しくは知らない様だった。
「畜生! 二葉、十円玉持ってるか?」いきなりおじいちゃんが私に聞いた。
「えっ。多分お財布に何枚かあると思うけど……」
一応、こっちに来るにあたり、硬貨の発行年数は調べてから持参しているのだ。
「何枚か……か。そんじゃ足りねえよな」
おじいちゃんがそう言って、旅館のフロントの人と何か話していたが、いきなり何か重い塊を持たされた。
「ついて来な」と言われて、おじいちゃんについてロビーのカウンターの脇にいくと……なんだこりゃ?
「おじいちゃん。これは何?」
「全くおめえは……電話も知らねえのかよ。これは赤電話! これから出版社の編集部に電話して状況を把握するんだよ。まだ八時前だが、事が事だ。誰かもう出勤してんじゃねえかな? そんで二葉。お前の役割は、十円玉が切れねえ様に補充する事だ。北海道から東京だと、そりゃもう気持ちいい位、十円玉が吹っ飛んで行くから……切らすなよ!」
そう言っておじいちゃんは、フロントの人に100番行けるよなと声を掛け、赤電話の受話器を取って十円玉を数枚入れた。ああ。あのダイヤルで電話番号入れるんだ!
「ああ交換? 東京お願い。電話番号は……」
おじいちゃんが受話器を置き、程なく赤電話のベルが鳴った。
「よっしゃ二葉。戦闘開始だ!」
「えっ?」
「おっ、すぐ出やがった! あー、もしもし。鉄道ロマン編集部さん? こちらフリーライターの松嶋三郎です。編集さん誰かいます? おお田坂さんいるの? 替わって替わって……」
おじいちゃんは運よく馴染みの編集さんを捕まえられた様で、多分、追分の火事の件を話し合っているんだろう。そして私は……チャリン、チャリン、チャリン……ちょっと待ってよこれ。十円玉が数秒で溶けるんですけど。それにこの電話機。一遍に数枚しか十円玉が入らない? 入れすぎても返却口から戻って来ちゃう。いやー、まったく気を緩められないわー!
おじいちゃんが予めフロントで両替してくれていた十円玉の五十枚包みが、あっという間に無くなっていく。やだこれ絶対足りないわよ……動揺していたら、宿の人が見兼ねたのか、十円の五十枚束を後二本持って来てくれ、私の脇で紙をむしってくれていた。
「あ、後でちゃんとお返ししますから……」私は引きつった顔でそう言うのが精一杯だった。おじいちゃんの通話は、時間にしたら十五分位だと思うのだが、こんなに緊張したのは、小学一年生の運動会の時の玉入れ以来じゃなかろうか。もう背中も汗びっしょりで、ああ、またお風呂入らなきゃ……。
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