忠犬ハジッコ

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第十八話 再会

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 遊女の魂に教えられて、ハジッコ達は屋根に高い塔が立っている建物の前に来た。
 ここで一度、まつり達と情報交換をしたが、あちらはまだ夜桜の本体にたどり着いていないらしい。なので澄子の魂奪還だっかんが先になるならそれでいいとの事だった。

かぎはかかっていない様ですね」
 ハジッコが玄関の戸を少し開けて中を伺い、ちょっと遅れてその戸の隙間すきまからビスマルクが中に入った。
「ばあちゃん、大丈夫そうだ。敵意は感じない」ビスマルクに促されて、ハジッコとカキツバタも中に入った。
「階段はこっちでありんすよ」こうした建物の作りにはカキツバタが一番詳しく、かなり広い一階部分ではあったが、造作ぞうさもなく階段の場所を発見した。
「はは……階段だけの部屋になっているんですね」ふすまを開けながらハジッコが言った。

 そして階段を上り始めてしばらくすると、ビスマルクがワンッ! と吠え、しっぽを大きくりだした。
「ばあちゃん。間違いない。スミちゃんのにおいだ!」
「でもあなた。私の匂いが強くてよく分からないって……」不思議そうな顔のハジッコにビスマルクが言う。
「いや。距離きょりが近くなった事もあるだろうけど、ばあちゃんは何と言うか……ばあちゃん臭いスミちゃんの匂いなんだけど、これは本物のスミちゃんだ!」そう言いながらビスマルクはいきおいよく階段を上がりだした。
「何よ。ばあちゃん臭いスミちゃんって……」不平をいうものの、ハジッコの足も速くなる。

 そして最上階と思われる部屋の戸口に着いた。

「それじゃ……開けるよ」ハジッコが扉を引くと観音かんのん開きに戸が開き、中にビスマルクがけ込んだ。

「ワンッ!」
「えっ? 今の声……ビスマルク?」
 塔の最上階は、三方さんぽうが開く窓になっており、全開になっているその窓から心地よい風が吹き込んできている。そしてその部屋の中央に……いた! スミちゃんだ!!

「ああ!! スミちゃん!!」ハジッコは思わず飛びつきそうになったが、前回そのタイミングで幽世をはじき出された事を思い出し、思いとどまった。
 そしてゆっくり声をかける。

「スミちゃん……むかえに来ましたよ……」
 そのハジッコの声に反応する様に、澄子がそちらを向く。
 ああ、まだ顔がひび割れたままだ……それに、やっぱり眼も見えていない様だ。
「スミちゃん。ごめんなさい。私がしっかりしていなかったから……遅くなっちゃった」ハジッコはいたたまれなくなって、目から涙を流した。

「あなたはどなた? 私を迎えに来たって……でも、ビスマルクもそこにいるんでしょ? あなた、私のお友達の誰か?」
「何を言っとる澄子。ハジッコじゃよ。今はお前の身体に仮住まいしてるんじゃ。こないだ教えてやっただろ。こやつはこの身体で必死にお前を助けようと頑張ってたんじゃよ」そう言いながら澄子の魂のかげから、ぼてっとした大きな三毛猫みけねこが現れた。

「あっ! ブチャ先生。お元気でしたか!!」
「ふん。遅いわハジッコ。お陰様ですっかり元気にニャったわい。それにしても、この幽世と言うところは、魂にとっては本当に住みやすい所じゃな。このままここで暮らしておれば、そのうち猫又ねこまたになるのも夢では無かろう」

「ですがブチャさん。そうも参りません。あなたは、この身体で生涯しょうがいまっとうしなくてはなりません。そして今までこの身体をお貸し頂いた事、深く感謝申し上げますが、つつしんでお返し申し上げます」カキツバタがブチャ先生の魂にそう告げた。
「そうか……そうじゃな。わしも早く家に帰って、りえぽんに会いたい」
 
「……ハジッコ。あなた本当にハジッコなの? 私の身体を使って私を助けに来てくれたの? ああ……そんな事が本当にあるんだ」涙が流せなずもどかしそうにしている澄子の手を、ビスマルクがペロペロめていた。

「それで、どうするんじゃ? わしはカキツバタさんと入れ替わらねばならないし、ハジッコは身体を澄子に返さねばならんが」ブチャ先生の問いに、カキツバタが答えた。
「わちきとブチャ先生は……まつりちゃん達が魂成仏たましいじょうぶつほうを完成させれば、わちきはそのまま成仏するでありんすので、その後、間髪かんぱつ入れずにこの身体にお入り下さいませ。それで、ハジッコさん……?」見るとハジッコの様子がおかしい。

「はい。さっきから呼びかけているんですけど、犬の転生神様から何も応答がなくて……スミちゃんの魂を取り戻した時には、何とかしてくれるって言ってたんですけど……もしかして、私の正体が虎之助さんにバレたから……あああっ、そんな」
 動揺して取り乱すハジッコにカキツバタが声をかけた。
「落ち着きなんせ。ここは幽世かくりょ。宇迦様も直接手が下せなかった異界でありんす。ここから出るか、夜桜をなんとかしないと神様もりてこられないのではありゃせんか?」
「……そうだとしても、どうすればいいのですか?」
「まずは、まつりちゃん達と合流しなんしょ。もうスミちゃんさんとブチャ先生の魂を確保した事は伝えたから」
「はい……」
 そうしてハジッコは、澄子の魂の手を取りビスマルクに守られながら塔を後にした。
 
 ◇◇◇

「まつりちゃん達は、遊郭の中央にある大きな館にいらしゃります。わちきから離れずについて来りゃんせ」さすがに幽世内の地理にはカキツバタに一日いちじつちょうがある。ハジッコ一行はほどなく目的の館近くまで来たのだが……。

「なんニャこれは? 遊女達が道をふさいでおる。われらを通せんぼする気ニャのか?」ブチャ先生があきれた様に言った。
「ちょっと、あんたさん達。通しておくれませ。わちき達はあのやかたに用があるんでありんす!」

「……通さない。夜桜様の御命令だ。われらがこの幽世で平穏に暮らす為……」
 遊女の魂達がまるでゾンビの集団か何かの様に、ハジッコ達の前にかべを作った。
 そしてその数はますます増え、後ろからも一団が迫ってくる。

「完全に操られている様ですね。しかし、この数では……」
 ハジッコがくやしそうにつぶやく。
「力が弱っているとはいえ、さすがは夜桜。魂達のコントロール位は問題ないんでありんしょ。でもスミちゃんさんは平気でありんすか?」
 不思議そうに言うカキツバタに澄子が答えた。
「私、まだ未完成品ですから……それにこうしてハジッコとビスマルクがそばにいてくれるんでとっても興奮こうふんしているんです!」
「うん。頼もしい! ここの魂達は、みんな今だけを生きている連中やから仕方ないけど、ちゃんと前向けるスミちゃんさんは夜桜もあやつれれないんでありんしょ!!」
「そうですね。ですがどうします? まさかぶんなぐって通るわけにも……」
「何言うとるんニャ、ハジッコ。この非常事態ひじょうじたいニャ。かまわんからぶちかましてやれ!」
「ええっー。そんなー」

「おーい! 澄子―!!」その時後ろから声がして、群がる遊女の魂達をものともせず、それをき分けてハジッコ達に近づいてきたのは……虎之助さん!! それに希来里さんも!?

 ほどなくそばに来た虎之助が、ビックリして言う。
「おいっ! 何で澄子とブチャ先生が二人ずついるんだよ!? それに澄子、その顔……」
「いやー! 見ないで虎兄!!」魂の澄子は思わず顔を両手でおおった。

「虎先輩! だからさっきの私の話聞いてた!? ややこしいから省略するけど、この顔がくずれちゃったほうがスミちゃんの魂。そんでこっちがスミちゃんの身体に入ったハジッコ!」

「あっ! 希来里さん。だめーーー!!」ハジッコが絶叫ぜっきょうしたが手遅れだった。
 ああ、これで確定。私の正体が虎之助さんにバレた。もう、スミちゃんに身体を返す事が出来ない…………でも、あれ? 何で希来里さんがその事を知っていたの?

「あー、ハジッコちゃん。ごめん。前から薄々うすうすおかしいなーっては思っていたんだけど、この間夜桜と話した時、全部聞いちゃったんだ。さっき虎先輩にも全部説明しといたよ。だから。もう秘密ひみつにしなくていいんだよ。つらかったでしょ。
 それで虎先輩。この不細工ぶさいく猫のどっちかが魂でもう片方はその肉体に誰かが入ってるんだと思うのよ」

「違うの希来里さん、違うのよ!! 秘密にしてたのがつらかったんじゃなくて、秘密にしてないとスミちゃんが……」その後は言葉にならず、ハジッコはそのままウウッとうなって地面にしてしまった。

 すでに周囲は遊女の魂に囲まれ、どっちにも進めそうにないが、彼女らがおそってきたりする様子はなく、虎之助とビスマルクがたてとなって威嚇いかくを続けていた。

「ハジッコ……秘密の事、私に教えてくれないかな」澄子の魂がハジッコに寄り添って、やさしくいたわる様に声をかけたので、ハジッコは秘密にしていた理由を全て澄子に話した。そしてその話を聞いた希来里はあきらかに動揺どうようしていた。
「あ、あの……ハジッコ。ごめんなさい。私そこまでは知らなくて。多分それ、夜桜も知らなかったんだと思うの……ほんとに……ごめん」

「いえ、希来里さんが悪い訳ではありません。わたしがもっとかしこくて、もっと早くスミちゃんを助けられていたら……ですがスミちゃん……本当にごめんなさい」
 その話を聞いていた虎之助も心なしか泣いている様に見えた。

 やがて、澄子の魂が口を開いた。
「そっか……でも、私の身体を引きいでくれたのがハジッコでよかったよ。あなたが死んじゃった後、多分私は、がらになっちゃったと思うの。ちっちゃい時からずっといっしょでさ。る時も食事の時も散歩の時も、いい事も悪い事も楽しい事も苦しい事もずっといっしょだった。あなたは私の最高の家族なんだよ。だから……これからは私として、私の分も人生を楽しんでほしいな……」
「スミちゃん!! そんな……」
 その場にいた一同が、ボロボロ泣いている時、ブチャ先生の魂がさけんだ。
「おい! あの時、わしの身体にカキツバタ殿どのの魂をどうやってねじ込んだんニャ?
 その方法で澄子の魂を肉体にねじ込んだりは出来ニャいのか?」

「えっ? ……あーーーーー!!」ハジッコが飛び上がった。
「確かに。まつりちゃんの法力ほうりきなら出来るかも……」カキツバタが息をんだ。

「ちょっと待ってよ! よくわかんないけど、私をこの身体にねじ込んだら、中のハジッコはどうなるのよ!?」魂の澄子が怒鳴どなった。

「そ、それは……まつりちゃんに聞いてみないと……」カキツバタもすまなそうにそう言った。

「よっしゃ。それじゃ、これからの方針は決まりだな。とにかくまつりちゃんと合流するぞ! それって、あのブチャ先生のお友達って言ってた子だろ? ここでメソメソしていても何もいい事はなさそうだ!!」虎之助がそう言って無理やり笑顔を作った。

「ご主人。荒事あらごとなら私もぜて下さい」
「うわっ! ビスマルクがしゃべった!? はは、だがもうここまで来たら大抵たいていの事では俺はもうおどろかんぞ。それじゃビス。このお姉さん達をどけて道をつくるぞ!! 希来里も手伝え」
「えー。こんなか弱き美少女にまでそんな荒事を……なんて言ってられませんね。ハジッコちゃん。罪ほろぼしって訳じゃないけど、私も頑張るからね!」

 そして二人と一匹が、館の前に壁をつくっている遊女の魂の群れに突撃とつげきしていった。

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