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「今日早く帰れるから外で飯食わないか?」
「良いけど、兄さん家でゆっくりしたいんじゃない?」
「付き合って欲しいものがある」
「それならいいよ!」
「学校が終わったら連絡してくれ。それで原宿駅で待ち合わせ」
「分かった、原宿ね!」
そんなメッセージを交わした夕方。
賑わいの引かない原宿の竹下通り前の改札口で待っていると、兄は十分遅れて改札の人塵から姿を現した。
今日は白いワンポイントのあるTシャツに、細身のデニムとスニーカー。一体どうやって仕事をしているのかと気になる出で立ちである。
「兄さん仕事してる?」
開口一番に聞いてやると、軽く頭を叩かれた。
「お前を十分に養えるくらいは稼げてる。行くぞ」
俺は兄に促されるまま、彼の少し後ろをついて歩いていると、
「なんで後ろなんだよ」
と手を握られた。
心臓が無意識に跳ねてしまう。兄は自然に俺と手を繋ぐと、その手を離そうとはしてくれなかった。繋がれた手が温かくて、緊張して、少し汗ばんでしまいそうで恥ずかしい。
俺はその大きな手を離さなければ、と思いつつも、やはり離してほしくはなくて、緩く握り返した。
こういう一つ一つの重なり合いが、気持ちを肥大させていくのは分かっていた。けれど、人ごみの中で隠れているなら、少しだけならばと、一度箍の外れた身勝手な恋が我儘を言う。小さな幸せが麻薬のように、理性を麻痺させていく。
兄の視線を少し感じて、俺はそれを知らない振りして、兄もそれを察したのか、知らない振りをしながら同じ力で握り返してくれた。それが嬉しくて、俺は緩む口元を誤魔化すように、奥歯を噛んだ。日差しも雑踏のざわめきも、全てが俺達を隠して味方してくれているような感覚に捕らわれてしまう。
暫く歩いていると、兄はここだと足を止めた。そこは半地下になっているカフェで、どう観察しても、とても男が堂々と入店できるような雰囲気ではない。ガラス越しに見える白と淡いピンクを基調とした店内には、女の子達の園、そのものだ。
「もしかしてここ?」
「そう」
手を引かれるまま、俺の有無を待たずに、兄は躊躇いなく店内へと乗り込んだ。
応対してくれた女性店員は、訝しむ素振りもなく、にこやかに対応してくれると、丁度窓側のテラスに近い場所を案内してくれた。
通行人から丸見えであるが、兄は一切気にしていない様子で、店員が去って行くと、いつもよりも少し浮かれた様子でメニュー表を眺めた。てっきり高級なイタリアンでも連れてこられるのかと内心覚悟していた分、不意を突かれた気分だ。
俺は店内の簡易的なシャンデリアや観葉植物、女の子に囲まれているケーキや紅茶のカップを眺めてから、
「兄さんこういう所好きなの?」
前のめりになり、声を潜めて聞いた。兄はメニューから視線を上げずに、
「ああ、一切興味ない」
と、無駄なくぴしゃりと答えた。
「興味ないならなんで来たの?」
思わずそう聞き返すと、ようやく兄の視線が上がって、俺を見る。その瞳には、いたずらに成功したような、子供らしい色が宿っていて、俺は思わず身を引いた。
なんだ、何を企んでいるんだ?
「お前がパンケーキ食べてる姿が見たかっただけ」
「え、俺? そんだけ?」
「それだけ。お前甘い物好きだしいいだろ?」
確かに好きだけれど、それだけ?
俺はその返答に納得できずに兄を見つめていると、彼は「すみません」と、店員を呼び止めた。
「早いよ、俺まだ決めてない!」
俺は慌ててメニューを捲って、兄はそれを見てけらけらと笑ってから、寄ってきた店員に、勝手に俺が好きな物を注文していく。チョコバナナより、カスタードと苺。珈琲よりカフェラテ。兄が的確に間違いなく注文していくのを、俺は眺めていた。
「兄さん、なんでわかるの」
「さあな、なんとなく」
兄はそう言うと氷をからりと鳴らして、水を一口飲んだ。その姿さえ様になってしまうのが憎らしい。
よくよく店内を見れば、兄は注目の的になっていた。確かに男が二人で入店と言うのも珍しいが、更にそれがアルファの男となれば、注目されないわけがない。兄のすらりと長い脚に椅子が小さく見えるし、小さな頭も、知的そうな眼差しも、骨格から全てが整っている容姿は、雑誌の中から飛び出してきたモデルそのものだった。
例えそのTシャツが一枚八百円だとしても、きっと誰もそんな事想像しないし、何処のブランドだろうと思わせるだろう。
兄はテーブルに肘をついて、手に顎を乗せながら、外の人波を眺めていた。髪の隙間から見える、薄い耳朶に、銀色のピアスが見える。
ふと見せられた横顔に、鼓動が素直に胸を叩く。
「暑いよな、毎年異常気象だな」
不意に兄が呟くと、俺は見つめていた事を咎められた気がして、視線を逸らした。
「そうだね、最高気温四十度越えてるらしいからね」
「クーラーがんがん効かせたいけど、地球温暖化に貢献しそうだ」
「かもしれないね」
「じゃあもう水風呂の中でするか」
「それ以上下世話な話するなら、俺帰るからね」
「すまん」
俺達は小さく笑って、まだ日が高く明るい街並みを眺めた。誰もが楽しそうに浮足立って、靴を鳴らして歩いている。俺達もその中の一組になるのかと思うと、嬉しくて、彼が兄ではなく、ただ一人の人間であると、錯覚してしまいそうになる。
彼は兄ではなく、北村聖というただの男で、そして、俺の好きな人。ただそれだけの関係なのではないのかと。
暫くするとパンケーキが運ばれてきて、兄はスマホを取り出し、何枚も俺とパンケーキを撮っていた。もう止めて欲しいと言っても、やだ、とスマホを握った手を離さないので、
「ほら、食べてよ。俺甘い物好きでも量は食えないんだからさ」
クリームをたっぷりつけて差し出してやると、兄は苦い顔をしながらも、一口食べて、すぐに珈琲で流し込んだ。
「苦手なんだよ、甘いの」
「知ってる」
知らん顔でパンケーキを頬張ると、小突かれた。けれど、兄も俺も笑っていた。
周りから見たら、俺達はどう見えているだろう。兄弟と言うより、恋人同士という間柄に見えていないだろうか。
俺はそんな事を願いながら、甘ったるいクリームに苺を添えて、口に運んだ。
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