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俺達の間に横たわっていた問題は、なくなったわけではない。
何日経とうと、俺と兄は兄弟だし、重ねている行為にも罪悪感は付きまとう。けれど、それ以上に、俺は幸せを体感してしまっていて、盲目になっていた。
そして俺は、自分自身が盲目的である事に、全く気が付いていなかった。
もしかしたら、恋とはそういうものなのかもしれない。
俺はリビングのテーブルの上に資格用の教科書を広げて、手の上でペンを回していた。しかし、勉強をする形を取りながら、頭の中は今日の夕飯何にしよう等と、全く筆も集中力も散漫状態。素麺で良いかな、野菜があったから天ぷらならすぐにできるし。
家政夫もだいぶ板についてきたように感じながら、俺がペンを置くと、扉の向こうから鍵の開く音がした。
ぱっと心がスイッチを押したかなように、華やぐ。
「おかえりなさい」
開いた扉に向かって声を掛けると、
「光、ちょっと」
兄はつかつかと近寄ると、俺の手を掴んで、外へと歩き出した。
「え、え? 兄さん?」
戸惑いながらも、促されるままに兄について行くと、家を出て地下駐車場へと向かい、車の助手席へと乗せられた。
一体どうしたんだ?
その横でハンドルを握った兄は、緩やかに車を発進させる。
「どこ行くの?」
何地下駐車場を出ると、兄は俺の質問に口元だけを少し緩める程度に抑え、
「内緒」
と笑った。
俺は珍しい顔に、またパンケーキとかじゃないだろうな? と警戒しながら、窓の外を眺めた。いくら夏でも午後七時を過ぎれば日は落ちて、今度は街頭が煌びやかなに熱帯夜を彩る。街は人が多く、賑わっているようだ。
それを暫く眺めながら、今勉強している資格の話をしていれば、着いた先は兄の会社が入っているビルの地下駐車場だった。
三年前にできたばかりの、筒状の大きなガラス張りのビルは、下層階は商業施設となり、上層階はオフィスとなっていると前にテレビで言っていた。できた当時は東京初進出という踊り文句を下げた店がテレビで連日取り上げられており、
「この上にお兄ちゃんの会社があるのよ」
母はテレビを見ながら、よく嬉しそうに言っていたっけ。
俺は兄の後ろをついて歩いて行くと、警備員に一瞬呼び止められるも、兄の説明で、快く通してもらえた。エレベーターで兄の会社がある三十四階まで上がると、何やら扉が開くと同時に笑い声が響いてきた。明るい廊下を挟んだ扉を抜けると、この会社の社員だろう人達が、窓近くに長テーブルを並べ、その周りを囲んでいるのが見える。
本当にどういうことなのだろう。
「光君!」
聞き覚えのある声に顔を向けると、そこに居たのは若杉さんだった。
「お久しぶりです」
引っ越し以来の再会に頭を下げると、
「久しぶり! 住み心地はどう?」
と、空白の時間を感じさせない親しみ易い笑顔で、大股に近寄ってくる。彼は手に持っていたペットボトルのジュースを俺に握らせてから、軽く握手を交わした。
「問題なく快適にやってます。あの時はありがとうございました」
「そうかそうか、よかった! あっちにピザとか色々あるから食べよう、お腹空いてない?」
俺は状況が読めないまま、兄に視線を投げかけると、
「今日、東京湾沿いで花火大会があるだろ。ここから丁度真正面に見えるからさ」
と、ようやくここに連れて来た意味が理解できた。
学校が休みになったとしても、課題や資格試験の勉強が積み重なっているせい、夏の行事の事をすっかり忘れていた。集中できる場所を求めて学校の図書室や自習室、図書館等に要りびあっているせいもあるだろう。
「なんだ、教えずに拉致って来たのか」
「人聞き悪い、連れて来た、だ」
兄はそう言うと、俺の背を優しく押して、兄の会社の中に足を踏み入れ、歩いた。灰色の薄い絨毯は、音を吸収し、歩き易い。並べられた机も一つ一つが広々としており、環境は良さそうだし、天井も高く開放感がある。
何よりも。
「すごい」
窓ガラスの向こう側に広がる夜景は、宝石箱をひっくり返したように煌びやかに、目の前に広がっていた。車のヘッドライトの流れる高速道路に、遠くに見える大きな橋。突き出たような東京のビル群。空は地上から受ける光で群青色に染まり、薄い雲がゆったりと流れているのが見えた。今日は半月だ。
俺は周りに挨拶を済ませると、ここにいな、と言う兄の近くに身を落ち着け、若杉さんが取り分けてくれたピザやフライドチキンを食べた。
「あと十分!」
兄よりも年が近そうな男がそう声を掛けた。
「ちょっとおいで」
不意に兄はそう言うと俺の手首を掴んだ。空いているもう一方の手には、ビール缶が握られたままだ。
「酔ってる? 車は?」
声を掛けると、
「帰るつもりないし」
と、平然と言って退けた。
帰るつもりはない。つまり、どこかに泊るという事だろう。この周りは商業施設も多い上、アクセスの便が良く、ホテルも競うように乱立している。
何処かに、今日は、兄と泊る。
つまり、そういう事だろうか、と考えると、頭の中が茹る。
兄はフロアの奥にある擦りガラスになっている扉を開くと、俺を中に入れた。部屋に入る瞬間振り返ると、社員の人たちは窓に釘付けになり、その中若林さんだけがこちらに視線を送ってから、目を反らした。
俺は「ああ、知ってるんだろうな」と、直感的に感じた。あの人は俺と兄の関係を知っていて、なおかつそれを受け入れて、見ない振りをしている。それが、善意か悪意か、無関心かは分からないけれど。
ここはミーティングルーム。そう言いながら兄は椅子を二脚、窓に向けて、隣に座るように促した。俺は少し迷ってから、
「みんなで見ないでいいの?」
と聞きながら腰を下ろした。
「あいつらとは去年も一昨年も一緒だった。兄弟水入らずも良いだろ?」
腰を下ろすと、兄の腕が俺の腰に回り、引き寄せられ、ぐっと体が密着する。顔が近づき、俺達は当たり前のようにキスをした。唇を重ねるだけの親が子供に与えるような優しさが、そこにはあった。
「兄弟はこんなことしない」
俺が呟くと、
「野暮なこと言うなよ」
と言われて、再び唇が重なってくる。今度は唇を開き、お互いの舌を丹念に唾液と共に絡めながら、呼吸を食べ合った。
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