海の声

ある

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18.訪問

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頭が重い。家の外では名前の知らない鳥達の囀りが静かな波の音と共に響いている。
時計の短針はまだ"5"に向かって進んでいるところだ。
俺はというと母さんの小言と共に叩き起こされて支度を急かされていた。

なんでも今日はこの島の町長さんと学校への挨拶へ行かなければならないらしいのだが…こんな朝早くから行く必要あるのか?と切実に思う。

支度を終え、レジ袋に無造作に放り込まれていた朝食の焼きそばパンを咥えると、砂を靴の中からサラサラと落としてから玄関を出た。

ンっ…キラキラと輝く朝陽が俺の目を細くさせる。

頭上には、どこまでも続く透明な空が広がっている。俺は潮風を掴むように手を広げ、うんと背伸びをしてから父さんの待つ車へと乗り込んだ。

後部座席に山になった紙袋が邪魔くさい。「コレ何?超邪魔なんだけど。」
『東京のお菓子よ。皆さんに配るやつ。潰さないでよ。』

母さんは素っ気なく答えると鞄から出したファイルの中の書類に目を通しだす。

ほんとこういう"オトナの付き合い"みたいなのってめんどくさい。

『えっとまず町長さんの所が先ね。今日は朝早くから用事があるみたいだから、それから…』

父さんは黙々と母さんの言葉に相槌を打っている。
"コレが夫婦円満のヒケツってやつか?"子供ながらに"夫婦円満の秘訣"ってやつを知った気がした。

車は止まることなく海沿いの道を並走する鳥達を横目に進んで行く。

石垣が高く積まれたT字路を曲がり、真っ直ぐに伸びた木々が立ち並ぶ坂道を登っていくと木々の隙間に建物が姿を現わす。

『さっ、着いたわよ。誠司、挨拶だけはしっかりとしなさいよ!』

"挨拶はしっかりする"母さんの好きな言葉だ。

『わかってるよ。最初がカンジンでしょ?』

背の高い垣根に囲まれた年季の入った木造の大きな御屋敷は、如何にも"田舎の町長の家"って感じだ。
玄関横に並んだ盆栽に目を取られていると
呼び鈴が鳴った。
父さんと母さんはピンと背筋を伸ばし、すっかり"ご挨拶モード"になっている。

すると"はーい…"と嗄れたお爺さんの声が室内から響いた。

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