海の声

ある

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60.過去のトラウマ

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俺はしばらくその瞳を見つめた。大きく澄んだその瞳は俺の曇ったガラス玉とは違っていた。
俺が何も言わずに大きな切り株に腰を下ろすと、美雨も何も言わずに俺の横へと腰を下ろした。

『なぁ、美雨…聞いてくれるか?』

俺の口が勝手に開いていた。
話したところで何にもならない。いや、嫌われるかもしれない。それでも俺の口は暗く閉ざされた過去を語り始める。


あの日…俺が想いを綴った手紙を杉田の靴箱に入れた翌日。
俺を取り囲むいつもと違う教室。そして俺に向けられるねっとりした視線。
何も知らない俺は、ある女子の一言に教室の後ろの掲示板に目を向けた。

そこには1度クシャクシャにされた跡の残る俺の"ラブレター"が貼られていたのだ。

それを見た俺は頭が真っ白になりしばらく動けずにいた。頭の中ではすぐにそれを引き剥がし、教室内へ怒りを響き渡らせていたのに…実際にはそんな事出来なかった。
身体の力があっという間に抜け落ち、不安を隠そうと身体全身が小刻みに震えだした。

それを隠そうとすればするほどに震えは増し、筋肉が硬直していった。

今思えばそこで走って逃げるか、へらへらと愛想笑いを浮かべながら"誰かのイタズラ"にしてしまえば良かったと思う。
そうすれば恥ずかしい思い出として笑い話にでもなっただろうに。

しかし実際は変なプライドが邪魔をして弱い面を見せまいと馬鹿な振る舞いをしてしまったのだ。

「…誰だよ…なぁ!!出てこいよっ!!」

俺は恥じらいと怒りと不安が入り混じり正気ではなかった。と思いたい。

だんだんと集まり始めたクラスメイトの好奇の視線が俺を締め付けていく。

そんな中でも、俺は雀の涙程の安堵を得た。
"杉田はまだ来てない"

それもつかの間、教室の端からじーっと俺だけを刺すような鋭い視線が俺の心臓を一気に締め付けた。
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