海の声

ある

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124.帰宅

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『腹減っとるだろ。帰るぞ。』

おじさんはそれだけ言うと暗闇に停車する箱型の軽自動車へと乗り込んだ。

『美雨ちゃん、良かったね。私達も帰ろっか♪』

「それじゃぁ美雨…またなっ。」

『ホントに、ありがと。』

俺たちがその場を離れようとすると車の窓から『君たちも乗ってきなさい、もう暗い。』とおじさんが言った。

その言葉に甘えて煙草の匂いが残る車内へと座ると、海美が後ろのトランク部分を見て『あ、これ。』と呟いた。
後ろに目をやるとそこには蔓のように絡まった配線と、ペシャンと畳まれた沢山の提灯が無造作に山になっていた。

「これって祭りのやつだろ??」

俺がそう言うと、何故か海美が焦った様子で立てた人差し指を口へと当てた。

『ん?そうだ、役員だけでは人手が足りんからな。毎年手伝っているんだよ。そういえば君は渡し子をやるんだったな。』と車を発進させつつおじさんが答える。

いやっ…おじさんに言った訳じゃ無かったのに…

否定するタイミングを失って、無性に恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちに押し潰されそうになり「そ、そうでございます…」

…俺は、不自然すぎる程に丁寧な言葉を返してしまった。
しかしおじさんはそこに触れる事なくたった一言"がんばれよっ"と低い声で言うと、そのまま喋らなくなってしまった。

道案内をする事もなく車は淡々と俺の家へと向かっていく。

ヘッドライトの先に俺の家が照らされると、おじさんは何も言わずに車を止めた。

すると玄関から父さんと母さんが出てきて、おじさんと"大人の定例文"を交してから車を降りた俺も改めてお礼を言った。

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