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0.Prologue
しおりを挟む「え? ちょっと、何、これ……っ!?」
富士進一郎は自分が今、身にまとっているコスチュームに困惑していた。
それはよく女子陸上選手が着ている、セパレート型のウェアだった。
タンクトップの丈を思いきり短くしてヘソを丸出しにしたような、或いはスポーツブラを思わせるようなトップス。
そして、問題はボトムスだ。
マイクロビキニのようなそれは、極端に布が少ない。後ろはせいぜいアヌスを隠す程度のスーパーハイレグで、おしりがはっきりと見えてしまっている。前の方も申し訳程度の布が頑張って、ようやっと袋と竿を収めている、といった感じ。
「こ……これで走るの? だって、そんなことしたら……?」
進一郎が戸惑いに身体をぷるぷる震わせただけで、股間では小さなモノがゆさゆさと揺れてしまう。
ちなみに、色は上下ともに純白。進一郎の生白い肌よりもまだなお白いポリエステルが、陽光の下、まぶしく煌めいていた。
「どうしてこんなカッコ……?」
ふと、あてどない問いをもらす進一郎だが、その答えは背中から返ってきた。
「アンタが望んだことだから、でしょう?」
「え?」
振り向けば、そこにいたのは吉野さくら。
まだせいぜいハイティーンになったばかりであろう、という年齢の少女が、腕を組み、眉を吊り上げ、不遜に仁王立っていた。
「まあ、ぶっちゃけ退いたわ。アンタが泣きながらこれに出たいって拝み倒してくるんだもの――」
と、彼女はにやにやと笑みを浮かべながら、設置されたアーチ型の入場門を指す。
そのアーチに大書されているのは「ドキッ! 丸ごとハイレグ! オトコの子/娘だらけの運動会!」の文字。
「これは……エロ運動会!?」
思わずつぶやく進一郎に、さくらはドヤ顔で頷いた。
「ま、そんなとこね」
「あの、時々エロ漫画とかでネタにされるけど、大体企画倒れになるエロ運動会……! 体育会系ノリとエロが融合せず、微妙になるエロ運動会……!?」
「うっさいわね、アンタ……出たいって言うから出してやったのに!」
さくらの眉がぴくりと動いた。
――そう、某市の大型グラウンドを借り切り、今まさに運動会が開催されようとしていた。
中央には200インチのプロジェクタースクリーンが設置され、その隣には電光掲示板。
グラウンド周囲には観客席が設置されて、何百人という見物客であふれ返っていた。
主催者は 求人情報サイト「高収入求人情報Willy Work」。
「男の子のための高収入求人マガジン」と謳われているこのサイト、CMソングを大音量で流す「ウィリートラック」と呼ばれる宣伝カーで有名だ。
W・I・L・L・Y ウィリー!
W・I・L・L・Y ウィリー!
ウィーリー ウィリー ウィーリー 求人!
ウィーリー ウィリー 高収入!
――というアレ。
ちなみにこの「willy」というのは幼児語で「おちんちん」の意味。
つまり、この少年を対象にした求人誌に載る業種はつまり――え~と、そういうもののわけだ。
さくらはこのサイトの発行するフリーペーパー、『Weekly Willy Work』の編集長、即ち主催者側の人間。
そして進一郎は彼女の部下だ。
中学二年生の14歳だが、このフリペの少年記者としても働いている。
しかしそんな自分の上司へと、進一郎は突っかかった。
「拝み倒してません! ていうか、ぼくはただ運動会だっていうから、それで出たいって……!」
「えぇ、そうよ。ただの運動会、それに出て優勝すれば豪華賞品が手に入る。アタシは何も嘘は言ってないわ」
腕組みし、進一郎を見下ろし、さくらは居直る。
「でも……本当なんですか、その賞品というのは――」
そう、元を正せば、進一郎がこの場に立っている理由はその「豪華賞品」だ。
いや、そもそも彼がこのイベントに関わった名目は、取材記者としてであったはずなのだが……まあ、それは今は置いて、ここは賞品についてご説明しよう。
「オーストラリア旅行!? 三泊四日の宿泊券!? 本当ですか!?」
――今から数時間前。
進一郎の食いつきっぷりに、さくらは少々退き気味に返した。
「え……えぇ、そうよ。アンタ、そんなにオーストラリアが好きなの?」
進一郎はいつにないテンションで、目をキラキラと輝かせながら頷く。
「クイーンズランド! クイーンズランド州に行けますよね!?」
「そ……そりゃあ、行けるんじゃない? アンタ、そんなにオーストラリアに行きたいんだ?」
「はい、シーサーペントがいるんですから!」
「しーさー……何?」
意味が分からず、さくらは眉を顰めた。
「シーサーペントですよ! 大海蛇、海で目撃される未確認生物です! 昔から世界中の海で目撃されているんですけど、1964年、オーストラリアのクイーンズランド州沖合の海で、でフランス人のロベール・ル・セレックによって鮮明な写真が撮影されて――!」
「あ……あぁ、はいはい。そりゃ、よかったわね」
「ぼく、必ず優勝してみせます!!」
そう、進一郎はUMAオタク、つまり未確認生物と聞くとついつい我を忘れてしまう人であった。
ことほど左様に進一郎、いささか浮世離れしている。
学力テストでは全国ベスト10にランキングされたこともあるほどに天才的な頭脳を持ちながら、性格的には天然で、さくらにつけられたあだ名が「天才バカポン」。
天才で、バカで、ポンコツ。
といっても最近は「天才」が取れて単に「バカポン」呼ばわりが多い。
さくらもそんな彼の性格を周知して、うまく利用している面もあった。
まあ、しかし、ひとまずそれは置くとして、そういうわけで、むしろ進一郎はノリノリでここまでやってきたわけなのだ――。
「デスク、ぼくは……!!」
食ってかかろうとした進一郎へと、手のひらを突きつけ、さくらはその口を塞いだ。
「確かにアタシはデスクだけど、その言い方は止めた方がいいわね、黒星(くろぼし)クン?」
「は……はぁ……」
進一郎は口ごもる。
「今のアンタは少年探偵パブ『探偵王』のNo.1、黒星十郎(じゅうろう)12歳よ♥」
「わ……分かってますって……」
見れば、彼の胸についているゼッケンにも「くろぼし」と大書されている。
そう、本来ならば「記者」の彼、大会にエントリーする権限はない。
何しろこの大会、「Willy Work」で扱っている店の従業員、つまり「そういう仕事をしているオトコの子/娘たち」を選手とするものなのだから。
要するに店の従業員しかエントリー権がないということで一計を案じたさくら、彼の身柄を形だけ「少年探偵パブ」へと預けることにしたのだ。当然、「黒星十郎」という源氏名をつけることで身分を隠して。
ちな、アーチをよく見れば、「PSA店対抗!」と書かれている。
何しろ「PSA」というのは「Pre Semination Age」の略であり、【semination】というのは、まあ、語義は多義に渡るが、ひとつには「射精」の英語。
つまりプレセミネーションエイジというのは、まだ射精できない少年たちのこと。会場に集まっているオトコの子/娘たちも、そうした特殊な店で働いている者ばかり。
しかし、進一郎はもう既に、精通してしまっている。
年齢もサバを読んでいるのは、そこを誤魔化すためであった。
――もっとも、サバを読むこと自体は、それほど困難ではない。
この進一郎、顔の1/3を隠してしまうような丸メガネに、襟足をきれいにカットしたおかっぱ頭。中二にしては幼い印象の顔立ちに、まだ第二次性徴を迎えていないかのような小柄な痩せた肢体の主であった。
「ま、そういうわけだから、とっととエントリーなさいな」
さくらに言われ、進一郎は追い立てられるように、大会事務局の設置されたテントへと向かった――。
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