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第一話 守護霊が横暴な死神だったが、好みの顔すぎて困る

結奈

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 よく晴れた昼下がり。大通りに面した交差点では忙しなく、人や車が移動していた。大通りには人気のアパレルショップやスーパーなどが立ち並び、有名なハンバーガーショップも並んでいた。ハンバーガーショップの二階は広めなイートインスペースになっており、休憩中の社会人や勉強をしている学生が数人座っている。窓際には二人の女子学生が座り、話し合っていた。

和葉カズハ聞いてる?」

「ごめん、少しぼーとしてた」

「もうー、ポテト奢っているんだからしっかり聞いてよー」

 赤茶色の髪を揺らして、まん丸な目を細めて結奈は文句を言った。結奈の母親が亡くなってから10年以上の月日が経ち結奈は高校生になっていた。

「ごめん、ごめん。それで先輩に彼女がいたんだっけ?」

「そうなのよ!大好きな和也先輩に彼女がいるなんてショックすぎ!!こんなことなら告白すれば良かった!!」

 結奈は悔しそうに拳を握っていた。結奈は失恋したショックを友人の和葉カズハに聞いてもらうためポテトをエサにバーガーショップへ誘い込んだのだ。結奈は「告白すれば良かった!!」と叫んでいるが結奈は惚れやすいので、すぐに立ち直るだろうと和葉は思っていた。今回も案の定、結奈は雑誌を片手に次の相手について語りだした。

「和也先輩のことをずっと考えても仕方ないから、この雑誌を買ったんだけど、見て。星野君の笑顔素敵でしょ!」

 和葉が雑誌を見るとそこには男性アイドル、スカイミックスが載っていた。スカイミックスは六人グループでCMやバラエティーに出ている今人気のアイドルだ。メンバーの一人に星野流雅ホシノリュウガというアイドルがいるが、結奈は今星野に夢中になっていた。雑誌に載る星野はアイドルらしく愛嬌ある笑顔でファンに手を振る様子が載っていた。「ふーん」と思いながら見ていた和葉が口を開く。

「一週間前は絶望的に落ち込んでいたのに結奈」

「いつまでも落ち込んでいられないよ。和葉もスカイミックスのライブ見ようよ!星野君の輝く可愛い笑顔と歌唱力最高だよ!」

 興奮気味に話す結奈に和葉はため息をついた。一週間前に失恋したショックを同じ席、同じポテトを食べながら和葉は聞いていたが、まさかこんなに早く次の相手を結奈が見つけてくるとは思わなかったのである。和葉は何度思ったか分からないことを結奈に告げた。

「本当に結奈って惚れやすいよね」

 結奈が一瞬ぽっかんとしたが、すぐに手を振りながら否定した。

「私が惚れやすいじゃなくて、失恋が多すぎるんだよ!!」

「あと前から思っていたけど、あんた顔だけで選びすぎじゃない?」

「へぇ?」

 和葉は自身の髪を弄りながら言った。結奈は思っていない返しが来て戸惑った。

「イケメンが好きすぎて性格あまり見てないでしょ」

「いや、そんなことないよ!」

「前に好きになった野口君は彼女三人いたし、その前に好きになった芸能人はパワハラ疑惑でバラエティーに出なくなったし、和也先輩も女たらしだって噂だし」

「うぅっ……確かに言われてみればそうだったけれど」

 結奈は昔から笑顔が素敵な整った顔の男性に弱かった。性格が悪いと噂があっても綺麗な顔で微笑まれると好きになってしまうのだ。結奈が惚れていた和也も、またまた廊下ですれ違った時に落とした教科書を笑顔で拾ってくれて惚れた相手だった。

 ただ、いくら惚れていても彼女がいたり、奥さんがいたりしたら話は別だ。結奈は純愛を目指しているし、他の人を嫌な気持ちにさせてまで好きな人に振り向いてもらいたいとは思っていなかった。素直に失恋を受け止めて次の恋を探している。が、結奈の好きになる人はろくでもない人間ばかりだった。和葉はそんな結奈の姿を何度も見て来たため、忠告した。


「もっと内面見た方がいいよ。今回好きになった星野君ももしかしたら悪い男かも知れないよ」

「星野君は絶対にそんなことないよ!見てよこの笑顔!!こんなに素敵な笑顔なのに裏で悪いことなんてしてないよ!!」

「はいはい」

 結奈は雑誌を和葉に見せてきたが、和葉はいつもの結奈の熱いトークを軽く流しながらコーヒーを口に運んだ。説得しても結奈の惚れやすい性格が治らないことやこのまま続けると星野君大好きトークが始まってしまうことに和葉は気が付いたからだ。結奈は一度思い込むと止まらないのだ。和葉が結奈の恋愛について考えていると思い出したことがあった。

「ところで前から思っていたんだけど、結奈は男を見る目はないけれど、変な男と付き合ったり、絡まれたりしたことないよね」

「男を見る目がないってところは余計だけど、確かにそうだね」


 結奈も思うことはあった。結奈が好きになった人間は大体グズだが、数週間後には絶対何か起こるのだ。例えば野口の場合は三股がバレてクラスで彼女同士のケンカが始まったり、人気芸能人は週刊誌のスクープでパワハラが公になったりだ。まるで「そんな人は止めておけ」と言うわんばかりに悪事が暴露されるのだ。

「もしかして悪い虫が付かないように、お母さんが警告してくれているのかも」

「結奈のお母さんって結奈が小さい頃に亡くなったんだっけ?」

「うん、そうだよ」

 結奈はにっこりと笑った。優しくて大好きなお母さん。いつも可愛がってくれた記憶が結奈にはあった。動物園や遊園地に連れてってくれたし、結奈の好物を沢山入れたお弁当を作ってくれたし、結奈が寝る時は必ず絵本を読んでくれた優しい母親だった。病気で体を動かすのがつらい中でも結奈のことを可愛がってくれ、頭を優しく撫でてくれた人だった。

「お父さんが母さんが亡くなる時に私の事を凄く心配してたって言っていたから、お母さんが見守ってくれているのかも」

「最強のセコムじゃん」

「和葉言い方!」

 和葉の言葉に結奈は怒ったが、和葉の顔を見てすぐに冗談だということがわかった。和葉は優しい声で結奈に言った。


「嘘だよ、そうだったらいいね。いいお母さんだよ」

「うん、ありがとう!」

 その後和葉と結奈は一時間ほど喋って解散した。バーガーショップを出ると日が傾きつつあった。和葉と途中で別れて、自宅へと結奈は向かった。

 結奈は歩きながら母親との思い出を振り返っていた。結奈の母は若くして亡くなったが、「愛する人と結婚し、結奈と過ごせて幸せだった」と結奈に語ってくれていた。幼かった結奈には理解出来なかったが、今ならわかる。片思いをしている自分ですら、胸がドキドキして幸せな気持ちになれるのだ。愛する人と一緒に過ごせるのはとても幸せなことだろうと結奈は思っていた。

 結奈の惚れやすい性格は少なからず両親が影響しており、結奈も母親のように素敵な人と出会って一緒に幸せに暮らしたいと夢を見ていた。今までの出会いは上手くいかなかったけれど、いつか必ず運命の人と出会えると結奈は信じていた。

「星野君はアイドルだから付き合えないけれど、星野君のような優しい笑顔の人と付き合いたいな」

 結奈は和也に失恋してしまったが、今は「星野」という生きがいを見つけた。アイドルという遠い存在のため、友達になることも無理だが、それでも好きな人がいることは結奈にとって幸福なことだった。

 結奈はそんな夢心地気分で帰り道を歩いていた。自宅まで数分のところにあるコンビニを通ろうとした時である。コンビニに置いてあるワゴン車が開き数人の大人が出てきた。全員ジャンバーを着ており、良く見るとテレビ局のマークが付けられていた。「何かの撮影かな」と結奈は思っていると、ちらっと見えた車のドアから信じられない光景を見た。

「(えっ、嘘!星野君!???)」

 一瞬だけだが間違えない。今絶賛推しているアイドル、星野流雅だった。「嘘、そんなことありえるの??」と結奈は混乱して、その場で立ち止まってしまった。顔を真っ赤にさせて「まさかこんな所で会うなんてどうしよう!」と結奈が悩んでいると、喫煙所でタバコを吸っていたテレビクルーの言葉が耳に入ってきた。

「今からムツミ病院に行くの嫌だな。ここから近いみたいだし」

 結奈はその言葉を聞いて驚いた。テレビスクルーが言っていた病院に心当たりがあったからである。ムツミ病院は数年前までは地域住民によく利用される病院だったが、勤めていたナースの一人が屋上から飛び降り自殺をしてから、変な噂が流れだすようになった。

 死んだナースの霊を見たという噂や診察室で物が勝手に飛んできたという噂……そして、患者が突然発狂し、刃物を振り回すという事件まで起きた。事件事故が多発したため、人が寄り付かなくなり、ナースが自殺して一年後には病院は閉鎖されてしまった。今では地元民でも近づかない曰くつきの心霊スポットになっている。「そんなところに行くなんて、いくらテレビでも止めておいた方が良い」と結奈が思った時だった。耳元から声が聞こえてきたのだ。




 




「えっ」

 結奈は振り返ったが、そこには誰もいない。「行くな」と聞こえた気がしたが、結奈の心情を知っているような声だった。声を不審に思ったが、近くにはテレビクルー以外いなかったので気のせいだろうと結奈は思った。それよりテレビクルーに忠告した方が良いかどうか決断をしなければいけなかった。

 結奈は少し考えたが、テレビクルーに声をかけることにした。テレビがそこに行くということは今から心霊番組の撮影か何かあるのだろうかと結奈は思ったが、あそこはそんな茶化していく場所ではないし、危険な場所だと言わなければならないと思ったからだった。

「あのすいません」

「うん?」

「今からムツミ病院に行かれるんですよね」

「あちゃー、俺の声聞いちゃったの君」

 結奈は喫煙所にいるテレビクルーに声をかけるとバツが悪い顔をされた。中には若いテレビクルーと中年のテレビクルーがいた。中年のテレビクルーは白髪混じりの髪を掻きながら太い眉を寄せていた。結奈は面倒くさいと思われたかも知れないと思ったが、引けなかった。

「すいません、聞こえてきたので…あの突然こんなことを言うのは変だと思うんですが、ムツミ病院に行かないでください」

「本当にいきなりだね。なぜそんなこと言うのかな?」

 中年のテレビクルーが指もとにあるタバコの灰を落としながら結奈に聞いた。

「本当に危険だからです!絶対行かない方がいいです!」

「何が危険なのかな?」

 結奈は今まで病院で起きた事件や事故について話した。ナースが自殺したことや、診察中に物がかってに動き出し医者やナースがケガをしたことや、患者が発狂して刃物を振り回して負傷が出たことと知っている話を全て話した。


「だから、あそこは地元でも有名な心霊スポットなんです。最近だと病院に入ると気が狂ってしまうとか、幽霊に襲われてしまうとかいう噂もあるんです。だから行かない方はいいです!」

 結奈は懸命に話した。若いテレビクルーは結奈の話に顔を恐がらせていたが、中年のテレビクルーは唸り、困り顔をするだけだった。

「忠告ありがとね。でも、行かないとおじさん上から怒られちゃうから」

「本当に危ないところなんです!テレビの撮影で大切なのは分かっているんですが、中止にした方が!」

「秋原さんそろそろ時間ですよ」

 結奈が説得をしていたら他のテレビクルーがやってきた。秋原と言われた中年のテレビクルーはタバコを消しながら、結奈に言った。

「君、ごめんだけどもう行かないといけないから」

「でも!」

「はいはい、君もしつこいよ。これは仕事だから嫌とか言ってられないの。あと、これ今年の夏に放送する心霊番組だからネットに書かないでね。悪いことしたらすぐに特定できるからね」

 若いテレビクルーが秋原と結奈を間を遮り、結奈に釘を刺した。結奈は聞くことしか出来ず、聞いている間にテレビクルー全員がワゴン車に乗り込んで走り去ってしまった。







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 その後、重い足取りで結奈は帰宅した。二階にある自分の部屋に戻るとベッドにダイブした。ワゴン車に乗り込むテレビクルーを見る時に星野がちらっと見えたことで、星野がワゴン車に乗っていると結奈は再度実感した。それと同時に星野が例の心霊スポット病院に向かっていることも知った。

 噂ではムツミ病院に入ると呪われると聞いている。廃病院になってから肝試しに行った人間が何人かいたが、発狂して病院送りになったという噂や肝試し後に大事故を起こして亡くなったとも聞いたことがある。テレビクルーと星野がそんな危険な場所に行くことに結奈は恐怖を感じていた。

「何もないといいけど……」

 結奈は呟いて顔を枕に埋めた。説得でテレビクルーを止めることが出来なかった。普通の女子高生の言葉で撮影が中止になるとは結奈は思ってもいなかったが、それでも声をかけずにはいられなかった。今は夕方の19時ぐらいだ。今から撮影に行くということは夜の撮影になる。せめて明るいうちに撮影をして欲しかったと結奈は思ったが叶わぬ思いだった。結奈は足をパタパタさせて自分の無力さを嘆いた。

 今日は心配で夜眠れないだろうなとか、そろそろ夕ご飯の準備をしないといけないなとか、星野君やテレビクルーは大丈夫なんだろうかとか、食材足りていたかなとか、そもそも幽霊関係なしに不審者が出たらどうするのかとか、結奈がどれだけ家事について考えても星野やテレビクルーの心配が消えなかった。

 うつ伏せだった体を仰向けにさせて天井を見る。これで本当に星野に何かあったらもう二度と星野をテレビで見ることも笑顔を見ることも出来なくなるのではないかと結奈は思ったし、止めることが出来た自分を恨み続けると思った。そんなのは絶対に嫌だ!誰かが危険な目に合うのは嫌なのだ。結奈はふっと病院で亡くなった母親のことを思い出した。病気だったから仕方ないとは言え、弱っていく母親に対して何もできなかった自分が嫌だった。もっと「大好き」と伝えれば良かったと今でも後悔していた。今回も後悔したくない。誰も傷ついて欲しくないと結奈は思うとベッドから身を起こした。

「やっぱり、お願いして撮影止めてもらわないと!」

 星野君に危険が迫っていると思うと結奈は行ってもたってもいられなくなった。迷惑な行動だとは思っている。テレビクルーも困った顔していたことを結奈は知っている。だけど、危険だと分かっているのに何もしないなんて出来ない。結奈はベッドから立ち上がると父親から貰ったお守りを握りしめた。階段へ行き塩と懐中電灯と自転車の鍵を持ち、決意して行こうとした時だった。結奈の背後でガタッと音がしたのだ。

「えっ、なに!」


 結奈は驚いた。リビングの壁に付けていた時計が落ちてきたのだ。幸い柔らかいクッションに落ちたため時計のガラスは割れなかった。「また起きた」と結奈は思った。不吉なことが起こる予感がすると何か不思議なことが起こるのだ。母さんが警告してくれているのかも知れない。危険だと言っているのかも知れないと結奈は思った。でも、

「忠告してくれてありがとう、お母さん。でも、好きな人が危ないの。だから行くね」

 結奈はそう言うと玄関へと走った。


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