元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

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伝えられない想い

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 夜の野営地。
 見張りの番は、この任より団長となった俺、同じく副団長となったクリス、そしてフレッドの三人だった。
 パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが静かな空気を割る。

「そういや、クリス。お前、なんで傭兵団に入ったんだ?」
 暇を持て余したフレッドが、とうとう口を開いた。

 クリスはぽつぽつと自分の経緯を話し始め、俺は横でそれを静かに聞いていた。
「色々あって家が立ち行かなくなったんだよ。ここは金払いが良かったんでかなり助かった」

 そういえば、こうして腹を割って語り合う機会は今までなかったな、と気づかされる。
 こういう時間も悪くないか、そう呑気に構えていたら――。

「団長様には無縁な話だろ。なんたって――貴族様だからな!」

 フレッドが唐突に俺の素性を語った。

「おい、フレッド。余計なことを言うな」
 思わず低い声が漏れる。

「団長が……貴族……?」
 クリスは目を丸くしたあと、噴き出した。
「ぶふっ、似合わなっ……ハハハ!」
 焚き火に照らされて、涙が出るほどに笑い転げている。

 ――こんなふうに笑うんだな。
 ふと惚けて見とれてしまい、慌てて視線を逸らした。

 居たたまれなくなった俺は、無言でフレッドをにらみつける。

「お詫びにクリスの秘密をひとつ教えます」
 フレッドが大げさに咳払いし、おどけたように声を張り上げた。

「なんとクリス君には――女がいます!」

「女、だと?」
 俺は思わず聞き返す。その声は無意識に低くなっていた。
 クリスに……女? 恋人が……?

 胸がざわつき、鼓動が速まる。
 なぜだ。弟のように可愛がっていた相手が、自分に黙って女を作っていたことが許せない――きっとそれだけだ。
 そう自分に言い聞かせる。

 だがフレッドの矛先はすぐに俺に向かった。
 恋人はいないのか、好きな女はいないのか、そして――
「好きなタイプとかはありますよね?」

「好きな、タイプ……」
 言葉にしたとき、自然と視線がクリスに吸い寄せられていた。

 興味津々といった感じに俺に向けたられた目と合ってしまう。

 ――ドクン。

 慌てて視線を逸らす。心臓がやかましいほどに跳ねている。
 なぜ、俺は。

「俺は見廻りに行ってくる!」
 唐突に立ち上がり、その場を離れた。

 冷たい夜風の中、歩いても走っても、先ほどの光景が頭から離れない。
 胸の奥からあふれ出る想いを否定しようとすればするほど、余計に膨らんでいく。
 もう、ごまかせない。

 ――俺は、クリスが好きなのか。

 足を止め、思わず夜空を仰ぐ。
 よりにもよって初恋の相手が男だなんて。
 自分で自分に呆れる。

 だが、政略結婚が待つ身だ。どうせ叶うはずもない恋なら――
 女でも男でも、関係ない。
 傭兵団の仲間として、少しでも長く同じ時間をすごせることを願うのみ。

 だが願い虚しく、そう長くは続かなかった。
 まるで待ち構えていたかのように、父からの手紙が届いたのだ。
「ほどなく終戦、宣言され次第直ちに帰還すべし」――。
 その文面は短いながらも、こちらに拒否権などないことを物語っていた。

 手紙にあった通り、ひと月も経たぬうちに同盟締結と終戦宣言が国から発表され、傭兵団の解散も決まる。
 見計らったように家から馬車が手配されており、俺は明日ここを発つことになるのだった。

 その晩、最後の宴が開かれた。
 笑い声と酒の匂いでにぎわう中、俺はただ一人、心ここにあらずのまま杯を傾けていた。
 発つ前にクリスに伝えたいことがある。だがどう切り出せばいいかわからず、言葉が胸の中で渦巻いていた。

 そんな俺のもとに、クリスの方からやってきた。
 何故だろう、その姿はいつもより輝いてみえた。

 二人で他愛もない話をしているところに、フレッドがひょっこりと顔を出した。
 酔っ払っているフレッドは、あろうことかクリスに密着する形で座った。
 俺はすぐさま立ち上がってフレッドを引き剥がし、何食わぬ顔で席に戻る。

 フレッドの問いかけで、それぞれの今後について話し始めた。
 別れの時が刻一刻と近づいてるのを感じる。
 俺はクリスの一挙手一投足を脳裏にやきつけようとした。

 そのせいか、ついついフレッドにぞんざいに接してしまい、彼は泣きながら去っていった。
「うわーーん、団長も副団長も冷たいーー!」
 
 俺とクリスは顔を見合わせて笑った。

 そしてまた、二人だけの時間が訪れる。
 これがクリスと話せる最後の機会かもしれない、そう悟った。

 俺は意を決して、クリスに伝えた。

「クリス。お前と出会えてよかった」

「……僕もです」

 握手を交わし、ただ静かにその言葉を噛みしめる。

 この先、貴族の男と平民の男の人生が重なることはないだろう。
 たとえもう会えなくなるからといって、男から想いを打ち明けられても、クリスを困らせるだけだろう。
 ならばせめて良い思い出のまま、彼の記憶に残っていたい。
 告白などしない。俺の想いなど胸にしまっておくほうがいいのだ。

「よし、もう湿っぽいのは終わりだ。今日はとことん飲むぞ!」
 想いを振り切るように、俺は大きな声をあげた。

「はい、負けません!」
 そう高らかと宣言したクリスは、あっさりと酔いつぶれてしまった。

 クリスを彼の部屋へと運び、ベッドに寝かせる。
 すやすやと寝息を立てるその顔を、俺はしばらく見守っていた。

 出会った当初は、こんなにも長い時を共に過ごすことになるとは思わなかった。

「よく、頑張ったな」

 起こさないようにそっと頭を撫でる。
 あどけない寝顔をいつまでも見守っていたかった。
 
 これではきりがない――名残惜しい気持ちを叱咤し、立ち去る覚悟を決める。
 起きた時に驚かせぬよう、置手紙を残してクリスの部屋を後にした。

 これが最後だと思うと、胸を締め付けられる。
 だが振り返ることはなかった。
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