影の盗賊(シャドウ・シーフ)

マイライト

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2.秘められた瞳

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アルトは女性の眼差しを避けることなく、静かにその場に立ち尽くしていた。彼女の言葉は、彼の心の中に重くのしかかっていた。手にしている青いダイヤモンド、「ルナの涙」の冷たい感触が、彼の集中力を保とうとするが、それがかえって不安を掻き立てる。

彼女はゆっくりとした足取りで近づいてきて、その名を口にした。「ファントム。」アルトは一瞬、顔をしかめた。この名前は予想外だった。だが、その背後に潜む深い意味を、彼はすぐに感じ取った。

「ファントム?」アルトは低く呟いた。「君の名前か?」

「その通り。」彼女、ファントムは微笑んだが、その笑みはどこか謎めいていた。「でも、私が何者かを知りたくなっただけだなんて言ったけど、それは半分だけよ。」

「半分?」アルトは眉をひそめた。

「ええ。」ファントムは無邪気な表情で答えた。「あなたが『怪盗アルト』として名を馳せる理由、どうしてそんなことをするのか、私にはとても興味があるの。」

アルトは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれを隠した。誰にもその理由を語ったことはない。それは彼自身の中で固く守られてきた秘密だった。だが、ファントムの目は真剣そのもので、まるで彼の心の奥底まで見透かすような鋭さがあった。

「君が知るべきことなんて何もない。」アルトは冷徹に答える。「俺はただ、盗みを芸術として楽しんでいるだけだ。」

「それは本当に?」ファントムの言葉が鋭く響いた。「本当に、ただの楽しみで終わるの?」

その言葉に、アルトは一瞬言葉を失った。彼は自分でもその答えが曖昧だと感じていた。盗みを芸術だと称することで、自分を正当化しているのだろうか。しかし、彼の中には確かに「盗むこと」に対する強い魅力と、心地よさがあった。それは単なる冒険心や遊び心を超えた、もっと深い動機のように思えた。

「君は俺のことを理解しようとしているのか?」アルトは再び言葉を絞り出すようにして言った。

ファントムは一瞬黙ったが、すぐに答えた。「あなたがどうして『怪盗』という道を選んだのか、知りたくて仕方がないの。でも、それを知るためには、私も少し手を貸さなければいけない。」

アルトはその言葉に耳を傾けながら、ファントムの顔をじっと見つめた。彼女の言葉には何か裏があるような気がした。もし手を貸さなければならないとしたら、それはどんな代償が伴うのか、まだ彼には全く予想もつかなかった。

「君が俺に手を貸すと言うなら、君の目的はなんだ?」アルトは冷静に尋ねた。

ファントムはゆっくりと頷いた。「あなたの手に入れた『ルナの涙』、あれをどうするつもり?」

「それは俺のものだ。」アルトは手にしたダイヤモンドを見つめながら答えた。「オークションで見た時から、どうしても欲しかった。」

「でも、そのダイヤモンドには、もっと大きな秘密が隠されているのよ。」ファントムの目は、まるで何かを知っているかのように輝いていた。「それを知れば、あなたがどれだけ求めていたものか、すぐにわかる。」

アルトは思わずファントムの目を見返した。その目に、何か知識や確信が込められているのを感じ取った。しかし、彼にはそれが一体何であるのか、全くわからなかった。もしかすると、ファントムはただの泥棒ではなく、もっと深い計画を持っているのかもしれない。

「君が何を言っているのか、俺にはわからない。」アルトは言葉を絞り出すようにして言った。「だが、もしその秘密が本当にあるなら、教えてくれ。」

ファントムは少し考え込むようにして、そして静かに言った。「あなたがそれを知るのは、もう少し後にしよう。でも、今はあなたが次に何をするのか、見る価値があると思っている。」

アルトはその言葉に不安を感じた。彼女が言う通り、彼には何か大きな秘密があるのだろうか。いや、それを今すぐに知るべきではないのかもしれない。ファントムの真意がまだ掴めない以上、無理に探るのは危険だと感じた。

「君がどうしても知りたいなら、待ってみろ。」アルトは冷たく答えた。「今はその秘密を解くには時期が早すぎる。」

ファントムはその言葉を聞いて、少しだけ微笑みながら言った。「もちろん、あなたがそう言うなら、それを尊重するわ。」

そして、ファントムは再び静かに足音を忍ばせてアルトの前から離れ始めた。彼女の足取りには、どこか余裕と確信が感じられ、アルトはその背中を見つめながら、自分の決断を改めて考え直していた。

――その夜、アルトは一人、月明かりの下に立ち、もう一度「ルナの涙」をじっと見つめた。
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