影を追う

家霊

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影を追う

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太陽が沈み始めた夕暮れ時にタクミはバスを待っている。高校卒業後ずっと憧れてきた東京へ引っ越し、地味で退屈な九州の田舎とはオサラバしたはずだった。そんな田舎へ10年ぶりに帰ってきたのは俳優として成功するという夢が潰えたからだ。虹色に輝いていた東京がドブ川の水よりもよごれていることに気付き、東京への魅力は憎悪へと変わっていた。

東京へ引っ越しする際に両親と喧嘩し音信不通になったので、両親が住んでいるのかはもちろん、生まれ育った実家が現存しているのかさえ分からない。だが心臓を患い収入を得ることに四苦八苦しているタクミは、実家で両親と一緒に暮らすという甘い願望を抱きながら帰省した。東京への希望を胸に抱いて実家を去る日、喧嘩別れになったが両親は見送りに来てくれた。しかし両親がどんな表情をしていたか思い出せず、目的地へと伸びる自らの影を追いかけた記憶だけが鮮明に残っている。

太陽はますます沈んでゆきバスはようやく到着する。駅近くのバス停なのに田舎だからか本数が少ない。
「ご乗車ありがとうございます」
覇気のない声が聞こえてきた。車内には数人しか乗客はおらず物寂しい景色だった。走り出してから数分が経過した後タクミはあることに気付いた。座席から見える光景はタクミの高校時代の記憶とほとんど同じなのだ。前方には地平線に沈みゆく太陽が見える。左右には田畑が途切れることなく続いており、農作業を行う人々がポツポツと存在する。唯一の違いといえばバスに乗っていることだ。当時のタクミはこの道を走りながら通学していた。10年が経過しても代わり映えしない風景は高校時代の記憶をタクミに想起させる。

高校で陸上部に入ったタクミは持久走の練習をしていた。とはいえ、「楽しむことが第一」という雰囲気の緩い部活だったので練習はあまりせず友達とワイワイ楽しく遊んでいた。そんな環境なので地区大会に出場した際は当然ながら惨敗した。友人たちは悔しくなかったようだが、満足げな表情を浮かべている出場者が周囲に溢れているのを発見し、羨望だけでなく怒りの感情が沸々と湧き上がってきたのを覚えている。大した達成感があるわけでもないのに、自慢するためにワザと満足げな表情を見せびらかせているのではないか、と考えたからだ。彼らは輝いていたが、タクミや友人たちを照らす光源はなかった。

それから練習を人一倍こなすようになった。部活内の友達からは白い目でみられ仲間外れにされた。それでも黙々と練習をこなすが高校のルールで部活時間は定められており、物足りないタクミは休日ばかりか通学時間も持久走の練習に充てた。自分のベストを尽くしても30分程度は走り続ける必要があるコースで、諦めてバスに乗ろうと考えたことは数知れない。時には疲労困憊のタクミを嘲笑う通行人や同級生さえいた。だが諦めようとする度に地区大会での光景がよみがえり、ゼイゼイと苦しみながら走り続けることが彼らに到達する唯一の道だと信じて走り続けた。

その甲斐あってか高校最後の大会では入賞を果たした。地面で大の字に倒れ疲労困憊しているタクミの姿はかつて羨望の眼差しを向けた出場者であった。他人に自慢するまでもなく感じた確かな充実を、10年後の現在でも思い出すことができる。東京の忙しない生活に埋没していた高校時代の記憶が蘇った。


バスが止まった。実家と駅の中間地点にあるバス停だがタクミは降車した。太陽はまもなく地平線に沈むだろうが、まだ輝きを放っている。目的地を理解したタクミは走り出す。月日の経過がタクミの肉体を苦しめる。弱った心臓が悲鳴を上げる。それでもタクミは走ることを止めない。締め付けられるような心臓の痛みに耐えることが、襲い来る苦難に抗うことが自らを照らす道だと信じて走り続ける。前方に見える10年前の影を追いかけて。相変わらず東京は陰鬱な表情をしているだろうが、タクミの心は満ち足りていた。

苦痛に耐えながら駅を目指して走り続けるタクミ。後方の太陽は地平線に沈んだ。しかしタクミを照らしている輝きは未だ消えない。
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