囚鳥の誘い

家霊

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渇望

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 確かに冬帽子は、底冷えの寒さから私を守ってくれるのかもしれない。急速な減退を続ける私の頭髪が、フサフサになったのではないかと錯覚するような暖かさを、寂寞の頭皮に与えてくれるのだから。枯山にすら温もりを生み出す帽子は素晴らしい。



 しかし所詮は無機物である。凍える体に一抹の温もりを与えることは可能でも、傷ついた心を癒すなんてことは一片たりとも出来やしない。卑しい人間が自分より劣った動物に放つ、好奇と軽蔑を含んだ視線に晒された心には何の効力もないのだ。



 最低気温が氷点下となる冬の休日にニット帽を被って早朝から散歩しているが、チラホラと見掛ける人間が向けてくる悪意に、私の心は為す術もなくズタズタにされていた。同窓会の案内が届いてから十日が過ぎたけれど、一日も欠かさず早朝から外に出て、現在のように散歩することが出来ている。しかし急激なライフスタイルの変化に、近頃は強い疲労を感じているのも事実だ。



 早朝に散歩しているのは、しばらく家族以外の人間と接していなかったせいか人間に対して恐怖を感じるようになったので、できるだけ人通りの少ない時間を狙っての行動だ。だが、早朝といえども完全に無人というわけでは当然ないので、それなりには苦難に遭う。



 散歩中、自分の方に人が向かって来ていると気づいた時、まず息が詰まり、次いで体が動かしにくくなる。恐怖を和らげようと、視界から人間を消すために地面へ視線を下げても殆ど効果はない。下を向きながら進んでいき、前から歩いてくる人との距離が縮まるにつれ、息苦しさは増して体の自由は一層と奪われていく。擦れ違う瞬間には、筋トレや読書によって得られるような達成感が湧き、自信を取り戻し顔を上げるが、見世物小屋を観覧しているかのような目玉に脆弱な心は傷つけられる。



 このように順風満帆とは到底いえないが、一カ月以上も家に籠り続けていた頃と比べれば大きな進歩を遂げたものだと思う。



 人間の姿が見えない平坦な道を歩いていくと緩やかな坂がやって来た。この坂を登り切った所には、散歩一日目から私を悩まし続けている憎き犬がいる。社会復帰への第一歩を踏み出した日、久方の外界に神秘を感じていた私は、平凡な一軒家から不意に聞こえてきた早朝の静寂を打ち破る唸り声に、半ば歓喜のような悲鳴を上げたことを鮮明に覚えている。



 しかし結局は泡沫の感情となった。外界自体に疲弊していたことも影響してか、いつも喧しいワン公に対し、次第に恐怖や憎しみを抱くようになってしまったのだ。道順を変えるという解決策は勿論ある。しかし、たかが犬コロ一匹に行動を制約されるのは我慢ならない。そのため、きっと今日も喧しく吠えられるのだろうと怯えながら、緩慢な坂道をトボトボと登っていく。



 坂の頂上に辿り着くと件の家が視界に入った。吠えられる時間を少しでも減らそうと、犬が攻撃をしてくる数メートルの危険地帯をビクビクしながら早足で通ったが、早朝の静寂が破壊されることはなかった。



 不思議に思った私は、到着した安全地帯から通過した危険地帯へと踵を返した。吠えられている最中は恐怖に支配されており、犬の姿を観察する余裕は今までなかった。しかしいざ注意深く見てみると、私を悩ませ続けていたのは、物憂げな雰囲気を醸し出し、体だけでなく魂までも鎖に繋がれたような哀れな犬だったのだ。



 そのことを理解した私は先程までの恐怖や憎しみが霧散すると共に、なぜ眼前の惨めな存在に今まで悩まされていたのかという別種の怒りが湧いてきた。しかし光のない目玉や大儀そうな姿を眺めていると、生まれたての怒りはヒグラシのように儚い寿命しか持ちえず、視線をそらした時には憐憫だけが残っていた。



 難所を越えた私は舗装された道を意気揚々と歩いていく。しかし坂上の困難を乗り越えた数分後には、コンビニという断崖絶壁が、私の心とは裏腹に悠然と構えていた。



 コンビニに限らず何らかの商業施設へ最後に入ったのは、未来が偽りの希望で溢れていた頃に違いない。二十歳を越えてからは一度も足を踏み入れていないはずだ。家を出る前、近頃は継続して外出することが出来ているので少しハードルを高くしようと、コンビニに入って何か購入することを決意した。しかし、経験の隔たりが生み出す恐怖を打破することは容易くない。



 店内へ入ろうとしては怖気付いて引き返す、というのを十回は繰り返しただろうか。踏ん切りがつかない自分の臆病さとコンビニに対する恐怖に、私は目に涙が溜まり、それが頬を伝うのを感じた。



 状況を打破しようと、私は家で飼っているセキセイインコのことを考える。普段は一日に二回エサを与えているのだが、昨日は些細なことで親と口論になり気分が悪かったので一食分しか与えていない。そのため早く家に帰り餌を与えてあげないと、私の可愛いペットは空腹に苦しみ続けることになる。こんな所でグズグズしていてはいけないのだ。



 自分の果たすべき役割を改めて胸に刻み、意を決してコンビニへと足を踏み入れる。



「いらっしゃいませ」



 自動ドアが開いてから即座に聞こえて来た言葉は、耳慣れない異国語のように思えた。店内に入り、まず視界へ飛び込んで来たのは、私の左手側にあるレジとその前にいる笑顔を浮かべた若者二人である。



 散歩中には、軽蔑、嘲笑、舌打ちを喰らうことしか無かったので、私へ向けられた善意の施しに強烈な感動を覚え渾身の笑顔で応じた。しかし彼らはキョトンとした表情を浮かべたかと思うと、顔面に貼り付けていた笑顔を全て剥ぎ取り、能面のような表情を浮かべ始めた。



 滲み出る悪意を感じた私は、彼らを全力で睨みつけてから店内を歩き始めた。雑誌、文房具、アイスクリーム、清涼飲料水、お菓子、パン、弁当。久方ぶりのコンビニは多種多様かつ魅力的な商品で溢れていて、私の心を暖色に彩ってくれた。



「さっきの人、何であんなに笑ってたんだろうな。気持ち悪かったよ」
「きっと頭のおかしな人なんだよ。早く出ていって欲しいぜ」



 店内を一周して入口付近に戻ってくると店員たちの会話が聞こえて来た。こちらの気配に気がついたのか会話を止めて私の方を向いた二人は、一人は気まずそうに下を向いてレジを打ち始め、もう一人はそそくさとレジから出ていった。



 先程の幸せな気分は現在の出来事ですっかり消え失せてしまった。しかしコンビニで商品を購入するという当初の目的もあるし、再び幸せな気分に浸れるのではないかという期待もあるので、もう一度コンビニ内を回ろうと私は歩きだした。



 きっと数分前と同じように、あらゆる商品は泰然自若に構え存分に各々の魅力を放っているのだろう。しかし二度目の体験によるものか、社会的弱者の外出に掛かる税金のような軽蔑・暴言によるものか、先程は敏感だった琴線に全く触れなかった。代わり映えのしない空虚な暖房の音が私の鼓膜を震わすだけである。



「いらっしゃいませ」



 冷蔵コーナーで商品を眺めていた私は、すぐ隣りから聞こえて来た甲高い声に驚きそちらへ視線を移動させた。その視界で得た情報といえば、その店員が女性であるということ、こちらを向いていたということ、そしてレジにいた彼らのように笑みを浮かべていたということだ。



 恐らく店員専用のドアから出て来た彼女はそのままレジへと歩いていく。降って湧いたような幸せを絶やさないようにと、少し時間を空けてからレジの方を見ることなくコンビニの外へ出た。



「ありがとうございました」



 聞こえてきた定型文はコンビニ内で揺れ動いた感情をプラスで終わらせた。有機物により傷付けられた心は、やはり有機物にしか癒せないのだとつくづく思う。例えそれが名前も人柄も詳しく知らない人間だとしてもだ。



 外は相変わらずの寒さで私を凍えさせる。しかしそれは表層に過ぎない。中核の部分は温もりで満ちている。それは恐らく定型文とはいえ久しぶりに家族以外の人間から好意的に話しかけられたため、というシンプルな理由に違いない。辛い出来事が起こっても簡単には挫けない心、今後の人生を支えてくれる温もり。この二つを今回の成功体験で手に入れたはずだと確信し、現在は希望に満ちている。



 この感情が頭に纏わりついている無力なニット帽を、近くにあったゴミ箱へと投げ捨てさせた。幸せに包まれている私は空腹に苦しんでいるだろうペットのために、家に向かってズンズンと歩いていく。けれども数分もしないうちに、バーコード頭の私は羞恥と寒さに耐えかねて悲しみに支配される。だが何よりも私を悲しくさせたのは、不出来なバーコードのせいでセキセイインコの空腹時間が延びたという現実だ。
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