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第1話「全力さんと友人の悲劇」
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普段の僕は、一年の半分くらいの時間を、全力さんという名の三毛猫と共に過ごしている。本名は、デーモンコア・将門というのだが、デーモンコアさんじゃ呼びにくいので、僕が全力さんという仮の名前をつけたのだ。
全力さんの本当の飼い主は、赤瀬川さんという。僕にとっては、親と言っても過言ではない人物である。彼は僕の師匠と組んで、昔はかなり『やんちゃ』なことをしていたのだが、師匠が死んでからはすっぱりと足を洗い、故郷の仙台に帰った。だが彼は堅気に戻ってからも妙に人気者で、昔の付き合いで日本中を駆けずり回っているので、必然的に僕にお守りが回ってくるという訳だ。
まあ、赤瀬川さんが仙台に居たところで、全力さんの世話は大体僕の仕事である。僕がいない時に一体誰が世話をしてるのか、それはよく知らない。多分、僕みたいな昔の舎弟がやらされているんだろう。
さて、諸君。僕は猫については自信がある。何の役にも立たないあの生き物の下僕として、おそらくは一生、生きていくに違いないという自信である。よくぞまあ、今日まで投げ出しもせず、あの臭いウンチを毎日毎日取り除いてきたものだと、自分でも不思議な気がしているのだ。
普段は旅に出ている時期だけは猫の世話から解放されるのだが、今年からは通年営業となった。まあその話をする前に、もう少し猫についての考察を進めてみよう。
諸君、ああ見えて猫は猛獣である。ネズミなどはやすやすと捕まえ、沖縄ではハブを喰らい、異国ではコブラと戦ってさえこれを征服するというではないか? 猫の、あの鋭い牙を見るがよい。ただものではない。生活の大半を惰眠を貪ることに使い、取るに足らぬもののごとく自らを卑下しているが、元々は奴らはトラやライオンの親戚である。ただ、体が小さいだけだ。何時なんどき怒り狂い、その本性を暴露するか、分かったものではない。
世の多くの飼い主は、日々わずかのエサ与えているという理由だけで、この猛獣に心を許し、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめているが、とても恐ろしい事である。三歳の孫をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている赤瀬川さんにいたっては、戦慄、眼をおおわざるを得ないのである(まあ、全力さんは全力で戦っても、コオロギと五分くらいのヘタレなので、そういう意味では安心なのだけれども)。
全力さんは、既に三毛猫という概念を超えた何かである。はなはだデブい。デブすぎて、病院の先生からも、「毛かなー、お肉かなー、毛かなー、お肉かなー。うーん、お肉だねー」と呆れられたくらいである。鳥の羽のついたおもちゃを振ると、昔は必死になってそれに飛びついたものだが、最近はその遊びすら放棄して、直ぐに寝転んで腹を見せてしまう。飛び跳ねたり、駆けまわりたくはしたくないのである。まるで猪木・アリ状態だ。
更に言うなら、全力さんは超が付くほどのメンヘラだった。気持ち良さそうに撫でられていたかと思いきや、突然、「シャー!」と鳴き叫んで噛みついてくるし(さっきまでのあの至福の表情は、一体なんだったのだ?)、起きてる時に仕事をしていると、100%に近い確率でキーボードの上に居座りに来る。それでも仕事を止めないと、辺りかまわずおしっこをする。ひどい時には、ウンチまでする。故に人間様は、なんとか居眠りしてるタイミングを見計って自分の仕事を進めるか、近所のスパ銭に逃亡するしか手がなくなるのである。
さて諸君。去年の秋口にも、僕の友人が一人、猫の軍門に下った。いたましい犠牲者である。友人の話によると、何もせずに近所をぶらぶらしていたところ、道端に子猫が捨てられていたそうだ。絵に描いたような、小さな箱に入ってである。友人は気にせず、その猫の傍を通った。子猫はその時、いやな横目を使ったという。
通りすぎた途端、子猫は突然ニャーニャーと泣き出し、彼の脚に縋り付いて来た。災難である。周囲の人々は、彼が子猫を捨てたものだと誤解し、彼を責めた。彼は悔しくて、涙が沸いて出たそうだ。「さもありなん」と、僕はやはり首肯している。そうなってしまったら、本当にもう、どうしようもないではないか。
仕方なく、友人はその猫を拾い、病院へ連れて行った。それから三週間、彼は何度も病院通いをする羽目に陥った。猫エイズやら、最近流行の猫コ〇ナみたいな、いまわしい病気に罹患しているかもしれぬという懸念から、血液検査や、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。何やら、マイクロチップなるものも、体に埋め込まなければならぬらしい。元の飼い主を探しだし、直談判するなど、その友人の弱気をもってしては到底できぬことであった。
注射代などもけっして安いものではなく、失礼ながら友人にはそのような余分の貯えもないため、僕は彼に金を貸す羽目になった。とにかくこれは、ひどい災難である。大災難である。
彼は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、三週間、真面目に病院に通った。子猫に注射を受けさせて、今は元気に立ち働いているが、もしこれが僕だったら、ずっと猫の傍に取りついているだろう。
なにしろ僕は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのだ。そして、誰も見てないと知ると、人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまうのである。子猫をひっくり返し、やわらかい腹を撫でまわし、眼玉の傍をグリグリと撫で、毛をグシャグシャに逆なでして、鼠のおもちゃで体力の尽きるまで遊ばせるに違いない。
可愛がってるだけじゃないかって? いやいや諸君、バカなことを言ってはいけない。これは幼い頃から、主従関係をはっきりさせるための大切な作業である。どうあがこうと、この男には勝てないと、その身に教え込ませるのだ。まあ、猫と言う生き物に過去という概念があるのか、甚だ疑問ではあるのだけれども……。
そもそも、こちらが捨てた訳でもないのに、突然ニャーニャーといって足に縋り付くとはなんという無礼、淫乱の極みであろう? いかに畜生といえども、許しがたい。畜生の不憫のゆえをもって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。
猫の意向など気にすることなく、容赦なく酷刑《かわいが》るべきである。友人の災難を聞いて、僕の猫に対する日ごろの妄執は頂点に達した。青い焔が燃え上るほどの、思いつめたる妄執である。今の僕は、巨大なミジンコみたいに寝っ転がるデブの全力さんしか触れないのに、僕から金を巻き上げた友人は、生後二か月の子猫を撫で放題である。ああ、羨ましい。
仙台は東北の中では比較的マシと言うだけで、夏は大して涼しくなく、冬はクソ寒い駄目な場所だ。だから僕は、真夏と雪が降る時期にはここには居ない。車中泊しながら旅に出たり、気に入った土地に短期的にヤサを借りたりしながら暮らしている。春先に沖縄から戻った僕は、埼玉県某所にガレージの付いた小さな家を借り、そこで執筆に集中していた。
そこで僕は、友人と同じく小さな災難に遭うことになる。次回はその災難について語ることにしよう。
(続く)
全力さんの本当の飼い主は、赤瀬川さんという。僕にとっては、親と言っても過言ではない人物である。彼は僕の師匠と組んで、昔はかなり『やんちゃ』なことをしていたのだが、師匠が死んでからはすっぱりと足を洗い、故郷の仙台に帰った。だが彼は堅気に戻ってからも妙に人気者で、昔の付き合いで日本中を駆けずり回っているので、必然的に僕にお守りが回ってくるという訳だ。
まあ、赤瀬川さんが仙台に居たところで、全力さんの世話は大体僕の仕事である。僕がいない時に一体誰が世話をしてるのか、それはよく知らない。多分、僕みたいな昔の舎弟がやらされているんだろう。
さて、諸君。僕は猫については自信がある。何の役にも立たないあの生き物の下僕として、おそらくは一生、生きていくに違いないという自信である。よくぞまあ、今日まで投げ出しもせず、あの臭いウンチを毎日毎日取り除いてきたものだと、自分でも不思議な気がしているのだ。
普段は旅に出ている時期だけは猫の世話から解放されるのだが、今年からは通年営業となった。まあその話をする前に、もう少し猫についての考察を進めてみよう。
諸君、ああ見えて猫は猛獣である。ネズミなどはやすやすと捕まえ、沖縄ではハブを喰らい、異国ではコブラと戦ってさえこれを征服するというではないか? 猫の、あの鋭い牙を見るがよい。ただものではない。生活の大半を惰眠を貪ることに使い、取るに足らぬもののごとく自らを卑下しているが、元々は奴らはトラやライオンの親戚である。ただ、体が小さいだけだ。何時なんどき怒り狂い、その本性を暴露するか、分かったものではない。
世の多くの飼い主は、日々わずかのエサ与えているという理由だけで、この猛獣に心を許し、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめているが、とても恐ろしい事である。三歳の孫をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている赤瀬川さんにいたっては、戦慄、眼をおおわざるを得ないのである(まあ、全力さんは全力で戦っても、コオロギと五分くらいのヘタレなので、そういう意味では安心なのだけれども)。
全力さんは、既に三毛猫という概念を超えた何かである。はなはだデブい。デブすぎて、病院の先生からも、「毛かなー、お肉かなー、毛かなー、お肉かなー。うーん、お肉だねー」と呆れられたくらいである。鳥の羽のついたおもちゃを振ると、昔は必死になってそれに飛びついたものだが、最近はその遊びすら放棄して、直ぐに寝転んで腹を見せてしまう。飛び跳ねたり、駆けまわりたくはしたくないのである。まるで猪木・アリ状態だ。
更に言うなら、全力さんは超が付くほどのメンヘラだった。気持ち良さそうに撫でられていたかと思いきや、突然、「シャー!」と鳴き叫んで噛みついてくるし(さっきまでのあの至福の表情は、一体なんだったのだ?)、起きてる時に仕事をしていると、100%に近い確率でキーボードの上に居座りに来る。それでも仕事を止めないと、辺りかまわずおしっこをする。ひどい時には、ウンチまでする。故に人間様は、なんとか居眠りしてるタイミングを見計って自分の仕事を進めるか、近所のスパ銭に逃亡するしか手がなくなるのである。
さて諸君。去年の秋口にも、僕の友人が一人、猫の軍門に下った。いたましい犠牲者である。友人の話によると、何もせずに近所をぶらぶらしていたところ、道端に子猫が捨てられていたそうだ。絵に描いたような、小さな箱に入ってである。友人は気にせず、その猫の傍を通った。子猫はその時、いやな横目を使ったという。
通りすぎた途端、子猫は突然ニャーニャーと泣き出し、彼の脚に縋り付いて来た。災難である。周囲の人々は、彼が子猫を捨てたものだと誤解し、彼を責めた。彼は悔しくて、涙が沸いて出たそうだ。「さもありなん」と、僕はやはり首肯している。そうなってしまったら、本当にもう、どうしようもないではないか。
仕方なく、友人はその猫を拾い、病院へ連れて行った。それから三週間、彼は何度も病院通いをする羽目に陥った。猫エイズやら、最近流行の猫コ〇ナみたいな、いまわしい病気に罹患しているかもしれぬという懸念から、血液検査や、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。何やら、マイクロチップなるものも、体に埋め込まなければならぬらしい。元の飼い主を探しだし、直談判するなど、その友人の弱気をもってしては到底できぬことであった。
注射代などもけっして安いものではなく、失礼ながら友人にはそのような余分の貯えもないため、僕は彼に金を貸す羽目になった。とにかくこれは、ひどい災難である。大災難である。
彼は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、三週間、真面目に病院に通った。子猫に注射を受けさせて、今は元気に立ち働いているが、もしこれが僕だったら、ずっと猫の傍に取りついているだろう。
なにしろ僕は、人の三倍も四倍も復讐心の強い男なのだ。そして、誰も見てないと知ると、人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまうのである。子猫をひっくり返し、やわらかい腹を撫でまわし、眼玉の傍をグリグリと撫で、毛をグシャグシャに逆なでして、鼠のおもちゃで体力の尽きるまで遊ばせるに違いない。
可愛がってるだけじゃないかって? いやいや諸君、バカなことを言ってはいけない。これは幼い頃から、主従関係をはっきりさせるための大切な作業である。どうあがこうと、この男には勝てないと、その身に教え込ませるのだ。まあ、猫と言う生き物に過去という概念があるのか、甚だ疑問ではあるのだけれども……。
そもそも、こちらが捨てた訳でもないのに、突然ニャーニャーといって足に縋り付くとはなんという無礼、淫乱の極みであろう? いかに畜生といえども、許しがたい。畜生の不憫のゆえをもって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。
猫の意向など気にすることなく、容赦なく酷刑《かわいが》るべきである。友人の災難を聞いて、僕の猫に対する日ごろの妄執は頂点に達した。青い焔が燃え上るほどの、思いつめたる妄執である。今の僕は、巨大なミジンコみたいに寝っ転がるデブの全力さんしか触れないのに、僕から金を巻き上げた友人は、生後二か月の子猫を撫で放題である。ああ、羨ましい。
仙台は東北の中では比較的マシと言うだけで、夏は大して涼しくなく、冬はクソ寒い駄目な場所だ。だから僕は、真夏と雪が降る時期にはここには居ない。車中泊しながら旅に出たり、気に入った土地に短期的にヤサを借りたりしながら暮らしている。春先に沖縄から戻った僕は、埼玉県某所にガレージの付いた小さな家を借り、そこで執筆に集中していた。
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(続く)
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