「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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「フレデリカ、貴方も仕事に戻ってね。」

トリシアが柱の陰に隠れるフレデリカに声を掛ける。
気付いていたのですね、とフレデリカはすっと出て行ってトリシアに頭を下げた。

「フレデリカ。」

「はい。」

「“結婚するまでは両目をかっぴらいて相手を見極め、結婚したら片目を瞑って折り合う”のが結婚の極意らしいわ」

「...は...い」

「その綺麗な瞳をかっぴらいて...」

「はい。」

「よーーく見極めるのよ?」

トリシアはそう言い残して工房に戻って行った。

今すぐ結婚しそうな間柄に見えたのかしらとフレデリカは複雑な気持ちになった。
フレデリカの中では全然そんな段階ではないのに。
どちらかと言えば付き合い始めが最も結婚を意識していたくらいだ。
アンソニーへの思いは右肩下がり。
何が変わってしまったのか。
私か、アンソニーか。

フレデリカも持ち場に戻り極小のビーズを針先で掬いながら、先ほどアンソニーが答えたことを反芻する。

“相手の立場になって考えてみましょう”
と幼児教育で汎用されるこのくだりは、同じ価値観の人間にしか通用しないとフレデリカは常々思っていた。
幼い頃、一緒に遊んでいた女の子がわざとフレデリカの作った花の冠を壊した。
彼女の姉が彼女を叱って「もしあんたが一生懸命作ったものを壊されたらどう思うの?!」と妹に言えば「気にしなーい」と言って話が破綻した事を今も忘れない。
だからあの時アンソニーに、使い古された「相手がそうされたらどう思うの?」という言葉を投げ掛けたならば、アンソニーは「別に何とも思わない」と答えるだろうと思っていた。
当たった。
否、それどころか
『やれるものならやれば良いさ!お堅いフレデリカがやれるもんならね!』と来た。

彼は私が他の男性と交流できる筈は無いと思っているのね。お堅い私にはね。
確かに王都に出て来てからの一年で、私の周りにいる男性はアンソニーを除けば、工房の施設長と商店街のおじさま達くらいよね。
若い男性なんて...
若い...
ふと、孤児院のボランティアで何度か会ったリドリーの顔が浮かんだ。

長身で逞しい身体。
ルーツに異国の血が有るのか浅黒い肌に漆黒の髪。
ウォルト様にはべりながらも、子どもたちと楽しそうに作業する姿を教室から目にしては微笑ましく思っていた。
ウォルト様同様にきっと身分の高い方なのだろうが、貴族然とした尊大な感じはなく寧ろ親しみやすい方。
とても感じの良い方...。
それでも、やはりアンソニーの言ったようにリドリー様と個人的に親しくなる事など無いと思う。
私はやっぱり面白味のないお堅い女なのだろう。

フレデリカは繊細なビーズ入りの刺繍に集中する。
仕事はフレデリカを裏切らない。
心を込めて作業に勤しめば、期待通りの仕上がりになるし、トリシア様もきちんと評価してくれる。
そして何よりフレデリカの刺繍入りドレスを着て輝く女性の笑顔は、駆け出しとは言え職人冥利に尽きるというものだ。
先ず、仕事を頑張ろう。
結婚は焦ってするものでは無いし、トリシア様が言ってくれたように結婚前によくよく見極めなくちゃ...
噂に惑わされず自分の目で見て判断しよう。
もし噂通りならば、私以外の女性と共に居るアンソニーを見て、何を思うか、どう感じるか...。
少しでも嫉妬を感じたなら、もう少し歩み寄るのも良いかも知れない。

「フレデリカ、追加のウエストマーク部よ。」

新たな部材が回されて来て、唸りたくなる。
兎に角、今はオートクチュールの仕上げが何着も詰まっていて時間がないから、アンソニーには理解して待ってもらわなくては。

アンソニーと女性らの軽薄な噂話を一旦脇において、フレデリカは指先に集中するのであった。


リドリー・ラザフォードは孤児院の中庭で傷んできたベンチを修理していた。
今日もウォルト様の護衛兼ボランティア要員として孤児院にやって来たのだ。
この孤児院で女の子達に裁縫や刺繍を教えるフレデリカに会えるのが楽しみで、数名いる護衛騎士の中で率先して孤児院の訪問を引き受けているリドリー。
今日も朝からウキウキしているのをウォルトに見透かされてしまった。
それなのに....

「あれ?フレデリカ嬢は?」

リドリーが工房から来た女性に聞けば、フレデリカは仕事が忙しくて孤児院には暫く教えに来られないはず...と聞かされた。
(マジかぁ...。ちぇ。)
工房の中でフレデリカの刺繍の腕は秀でていてフレデリカでないと刺せない刺繍のデザインがあるのだと言う。
あの若さで凄いねとリドリーが驚くと、それ故に入って直ぐの頃は先輩達に嫌がらせを受けていたのよと、本日子ども達の指導を担当するケイトリンが教えてくれた。

ケイトリンもオーナーのトリシアから預かってきた、これまた大量のビスケットを抱えている。
バスケットを運ぶのを手伝いながら、暫くフレデリカに会えないのか...とがっかりしている横でケイトリンは喋り続けていた。

「可哀想にスカートをダメにされてね....」

先輩の嫌がらせが発端でフレデリカがアンソニーと出会った話になると、リドリーは「えぇ?」と声を上げた。
フレデリカには恋人がいたのか...。
ショック。
. . . でもあんなに可愛いんだから、いないほうがおかしいか...うん。

「....それなのにアンソニーったらね...」

ケイトリンの話は熱を帯びてくる。

「フレデリカが何も言わないのを良いことに浮気し放題なのよ!」

何だと?!
リドリーは耳を疑った。

「あれ程綺麗なフレデリカがいて浮気?どんな馬鹿だ?!」

思わず主観も交えて叫んでしまった。

「そうでしょ?!本当に信じられない、あんなに良い子いないわよ」とケイトリン。

「確かにフレデリカが忙しすぎるってのはあるの。でもだからって他の女と飲みに行ったり娼館に耽ったりする?」

とんでもないゲス野郎だな、そのアンソニーとやらは。

「最低のゲス野郎よ!!」

リドリーとケイトリンの意見はバッチリ合った。

「皆、フレデリカには言ってるのよ?アンソニーにガツンと言いなさいって。
ちょっと顔が良いからって付け上がるんじゃないわよって!言ってやりなさいって!」

「そいつ...アンソニー?って、顔、良いの?」

リドリーが聞けば、好みがあるだろうけど金髪碧眼の王子様みたいなハンサムよとケイトリンは答えた。

「でも私は、優男のアンソニーよりもリドリー様の様な男らしい人のほうが好みだわ。」

おっと。話が脱線したぞ。
リドリーは、それは光栄だと軽く流してケイトリンと別れ中庭に戻った。

今日はフレデリカに会えない代わりにフレデリカの事を少し知ることが出来た。
フレデリカは刺繍の才能豊かな女性で、不誠実なイケメン彼氏がいるらしい。
そうかぁ。
彼女が傷付くことが無ければ良いのだけど...。
リドリーは苦い気持ちを抱えてウォルトと一緒に作業に励んだ。
昼寝にも良さそうなベンチが完成したがあまり嬉しくない。
いつもは待ち遠しいお茶の時間も今日は呼ばれるまで気付かないリドリーなのであった。



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