「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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工房でも自宅でもドレスの重要パーツである胸元の刺繍に追われていたフレデリカ。
やっと期日厳守の数枚を刺し終え、ひと山超えて久しぶりの休暇を迎えた。
溜まっていた家事を終わらせて、商店街での買い物も済ませた夕方。
ひと月以上会えていないアンソニーに先ずは謝って、その上で例の噂をきちんと問い質して、問題が無ければ夕食を食べながら今後について話をしよう...とアンソニーの所属する王都巡察隊のオフィスに出向いた。

居るか居ないか半々の確率で行ってみたが、アンソニーは巡回中とのこと。
あと小一時間もすれば戻るはずとアンソニーの同僚が教えてくれたので、近所で時間を潰そうかと、普段あまり歩かない界隈に足を向けた。
お洒落なカフェやブティックがある通りをゆっくり歩く。
トリシアの作品ではないドレスをじっくり見るのは久しぶりだった。
並んだ小物も素敵だ。
季節の花々が可愛らしくデザインされた手頃なサイズの巾着袋は、孤児院で子ども達と作ってみるのも良いかも知れないわとフレデリカはトリシアに打診すべく脳内の備忘録に書き込んだ。

メイン通りを一本裏に入った通りは少し寂れていて、未だ営業前の酒場が並ぶ。
更にその数本裏の通りは時間貸しの宿屋、娼館や質屋があるらしい。
まだ日暮れまで僅かに時間が有っても女性が一人で入って良い通りでは無いと解る。
フレデリカは裏通りが見えたところで危険性に気付き、この辻で引き返そうと足を止めた。
刹那、目線の先の宿屋からアンソニーと赤毛の女性が連れ立って出てきたではないか!
アンソニーは巡察隊の上着を羽織っただけの姿で女性の腰に手を回している。

巡察隊って二人一組で巡回するのではなかったかしら...と思っていると、二人はこちらに近づいてくる。
フレデリカは咄嗟に物陰に身を隠した。
相手の女性が「トニーまだ別れたくないわ」と両手をアンソニーの胸に置いて上目遣いに甘えた声を出した。
アンソニーも両手を腰に回して身体を密着させる。

「エレナ、でももうすぐ点呼なんだよ。オフィスに戻らないとね。」

「でも、今日はそれでお仕事おしまいでしょ?」

「ああ。」

「じゃぁ、その後私の家で...ね?ふふっ...」

燃えるような赤毛の女性が背伸びをしてアンソニーに口付けると一層力強くエレナをかき抱くアンソニー。

一体何を見てるのか、何を聞かされてるのか...とショックを受ける場面であるが、フレデリカは自分が何を見て、何を聞いているか即座に理解した。
アンソニーの浮気現場。
しかも職務中の。

(アンソニーの事は噂に惑わされず自分の目で見て判断しよう。
私以外の女性と共に居るアンソニーを見て、何を思うか、どう感じるか...。)
先日、刺繍針を手にしながらそう考えていたフレデリカ。

数メートル先でエレナとかいう女性の腰に手を回しながら歩くアンソニーを目撃して、自身の感情が別のフェーズに達している事を実感する。
ヤキモチ、嫉妬、悋気りんき...何だって同じだけど一切湧いてこない。
それどころか蒸し暑い脳内に清涼な風が吹き抜けた様な気分であった。

黄昏時とは言え往来のある道端で抱き合う二人の睦み事も只々ただただばかりであった。
職務中に宿屋で逢い引き?!
軽蔑しかないのですけど?!

「無いな。」
フレデリカは呟いた。

どうやって白黒つけましょうか。
婚約を無きものにしましょうか...。
正式な婚約では無いし、慰謝料など要らないわ。
謝罪くらいは聞いてあげても良いけど、どうせ口先だけだろうから時間の無駄...やっぱり要らない。
だって自由恋愛を良しとする思考の持ち主だもの。
恋人が仕事で忙しく会えなければ他の女性にうつつを抜かすのは仕方がないだろうって言っていた事を思い出す。
忙し過ぎるフレデリカが悪いのだと言い切って、トリシアに追い返されたアンソニー。
あの後、職場の同僚達は私に同情しつつも「フレデリカ、男のさがも理解してあげたほうが良いわ」と小声で言ってきた。
つまりはアンソニーの性的欲求を受け入れろという事を。

目の前の彼を見ていれば解る。
私が身体を開こうとも、会えない時間が重なればアンソニーは他の女性を求めると。
「それが男のさがだ」と男性を一括りにはしない。
アンソニーのさがなのよ。
それを理解して受け入れる?無理無理無理。
「いずれ結婚するんだから」と伸ばされて来た不埒ふらちな触手を掻い潜って来て本当に良かった。
本っ当~に良かった私!
お堅い女で結構。貞淑万歳。

エレナにベタベタに甘えられ、こちらに気付きもしないアンソニーは女性の腰に置いた手を臀部へと下げて「じゃぁ後で部屋に行くよ」と一層ニヤニヤと鼻の下を伸ばしている。
あれ?アンソニーってあんな顔だったかしら。
が外されたのか王子様の様に見えたアンソニーの顔がただの助平に見える。
助平たちの背中を見送って、黄昏が濃くなった空間にフレデリカの想いが漏れた。

「ほんと百年の恋も冷めるわ。」

「それはいい。」

「!」

無意識に吐き捨てた声に真後ろから相づちが有ってフレデリカは声にならない声と共にぎゅん!と振り返った。


「リ、リドリー様?!」

「やぁフレデリカ嬢。」

孤児院で見るラフな格好でなく、高貴な身なりのリドリーが直ぐ後ろに立っていた。
薄暗くなってきた後方には立派な馬車が止まっている。

「君が裏通りに歩いていくのが見えてね、心配で追いかけてきたんだ」とリドリー。

メイン通りを馬車で走っている途中に偶然フレデリカを見掛けたのだとリドリーは言った。
いかがわしい界隈に向かうフレデリカを止めるためにリドリーが馬車から降りて追いかけて来たと。

「ご心配いただいた上に足を止めさせてしまい申し訳ございません。」

馬車にはウォルト様が乗っているとの事で、私の為に時間を取らせて申し訳なく思い謝罪する。
こちらを見ているかわからないが、馬車に向かっても深々と頭を下げた。

「それで...百年の恋、冷めた?」

「はい?」

「さっきの男、君の恋人なんでしょ?」

「!?」

何で知っているの?!とフレデリカは驚くと同時に何故か、あんな男が恋人だと知られたくなかったと羞恥にも似た気持ちになった。

「...えぇ。」

仕方なく認めるが、リドリーの顔を直視できずフレデリカは「私も直ぐに帰りますので、どうぞ馬車にお戻りください」と俯いたまま言ってリドリーに頭を下げた。

「ねぇフレデリカ嬢。今度のボランティアは君、参加出来るかい?」

フレデリカ嬢と呼ばれて顔を上げないわけにも行かず、リドリーを見上げる。
リドリーはいつもの様に...いつもより機嫌良さそうにフレデリカを見つめていた。

「私の希望だけでは何とも...。仕事が立て込んでおりますと無理かと存じます。」

そうか、そうだよね、とリドリーは頷いて「じゃぁ次に会えた時『冷めた恋』がどうなったか教えて」と口調は軽やかに、しかしその目はどこか真剣にフレデリカを見つめてから、リドリーはフレデリカに背を向けた。

フレデリカは馬車へ乗り込むリドリーの背中に「私の恋心の行方を何故貴方に教えるのよ?」と問い掛ける。
その問いが届いたかのようにリドリーが振り返って「またね」と唇が動くのを黄昏時の空間でフレデリカは懸命に見つめるのであった。


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