「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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「アンソニー・コックス。コックス子爵家の三男だそうです。」

リドリーが鹿の名は!と主君に報告する。

「...薬にも毒にもならない、凡庸を絵に描いて放って置いたような当主だったな、コックス子爵は。」とウォルト。
言い方...。

危うい通りにフレデリカが入っていくのかと心配して追いかけた先で、王都の治安と衛生を守る王都巡察隊の隊員が職務中に白昼堂々時間貸しの宿屋から出てくるところを目撃したウォルトとリドリー。
まさか、ケイトリンから聞かされ、リドリーを苛つかせた件のだとは思わなかった。
事後の甘ったるい雰囲気を纏って連れ立つアンソニーと赤毛女の姿を目撃したフレデリカが、ショックで崩れ落ちやしないかと慌てて近寄れば

「無いな。」

と風に乗って呟きが届いた。

続けて「百年の恋も冷めるわ」と吐き捨てられた声には、勝鬨かちどきの様に全力で拳を空に突き上げたくなったリドリー。

「それはいい。」

突き上げる拳の代わりに思わず口から出ていた。

ぎゅん!!
大きな翠色の瞳を更に開いてこちらを振り返ったフレデリカ。
本当に涙ひとつ浮かべていなかった。
悲しみに暮れていれば慰めるていで肩でも抱けるけれど否、あんなクズ男の為に悲しんでなど欲しくない。
フレデリカに「あの男が恋人なのでしょう?」と聞けば殊の外驚いていた。
どうして知っているのですか?といったところか。
そして薄っすらと頬を赤らめ俯いてしまった。
ん?どうした?
でもそんな顔も....

「あー可愛いかった。」

馬車の中でリドリーが思い出し笑いをすれば、正面に座るウォルトが微妙な顔をしてリドリーの膝を蹴った。

「痛っ!何ですか?!ウォルト様!」

「フレデリカ嬢の事より、巡察隊の風紀の事を兄上に報告する事を纏めとけよ?」

「フレデリカ嬢の事も大事ですけど?!」

「彼女はしっかりしていそうじゃないか。大丈夫だろう。」

「そうですよ、しっかりとした子です。
でもあの馬鹿は更に上を行くゲス野郎かも知れないでしょ?
フレデリカ嬢があいつにケリをつける時に、あの馬鹿が何かしないか心配なんですよ。」

リドリーは男だから、男の心理の方がよく解る。
ああいう色男は自分から振ることは有っても逆は無いだろう。
女性は意のままに出来ると自負があり実際そうであったろう。
そんなナルシストにフレデリカが振る形で別れを告げたらどんな反応になるか心配でならない。

「あぁ。確かにな。」

ウォルトも同意する。
幾らしっかりとした女性であっても腕力は別だ。
ウォルトはフレデリカに一番近しい大人だと思われるトリシアに話をした方が良いと判断した。
幸いトリシア・マクガイアの邸は王城に程近い。
男女の縺れ話を甘く見て最悪の結末になることもあるからな...とウォルトが呟けばリドリーは直ぐにでもフレデリカに会いに行きたくなるのであった。



「フレデリカ、ちょっと良いかしら?」

工房のオーナー、トリシアに呼ばれてトリシアの個室に入ったフレデリカ。
この個室はトリシアがデザインを考え、型紙パターンを起こすための機密部屋であった。
人気デザイナーのトリシアが生み出すデザインは金貨同様であれば誰も彼もが狙うのであるから万全の対策をしなければならない。

「昨日、王弟殿下がお見えになってね」とトリシア。

「お、王弟...殿下...?」

うちのオーナーの人脈は凄い凄いとは聞いていたけど、王弟殿下が来るんですか?!
. . .でも王弟殿下はあまり人前にお出にならない方ではなかったかしら?
社交界のパーティーは新年とファイナルしか参加されず、しかも直ぐに退出されてしまうと聞いた気がするけれど...

「貴方も孤児院で何度もお会いしているでしょう?ウォルト様よ。」

「な!!!」

「あら?言わなかった?」

「存じ上げませんでした。」

「ああ!孤児院で変に畏まられても嫌だと仰っていたから内緒にするんだったわ。」

ちょっと...トリシア様...適当過ぎませんか。
「じゃぁ、工房の皆には内緒でね。」とトリシアがにっこり笑った。

それにしても高貴な方と予想していたけれど、まさか王弟殿下とは!
そりゃあ教会の誰も彼もが傅くわよね。

サンニコラス王国ケネス陛下の歳の離れた弟君は確か...馬小屋の火災で、馬たちを逃がす為に大火傷を負ったのだと父から聞いたことがあったわ。
そうか、あの頬から首筋にかけてのケロイドが火傷跡なのね。
今の今まで結びつかなかったわ。
孤児院の子ども達にも優しくて尊敬の念を抱いていたウォルト様が王弟殿下...と言う事は、リドリー様は王弟殿下付きの護衛騎士様?
あの立派な体躯も納得するわ。

「ウォルト様とリドリー様が仰るには、貴方の彼氏...軽薄な言い方が嫌なら婚約者?が貴方を蔑ろにしている所に出くわして、そこに貴方も居たのよね?」

トリシア様、彼氏呼びも婚約者呼びも勿体無いです。で充分でございますので。
フレデリカはそう思いながらも、トリシアの問いに頷いた。

「潔い貴方のことであるから、ズルズル付き合わずにあの男に別れを切り出すだろうけれど...」

フレデリカの思いが通じた様に、トリシアがアンソニーを呼ばわりして先を続ける。

「ウォルト様は『ああいった鼻持ちならない色男は“自分が振られるなんてプライドが許さない”と何を仕出かすかわからないから、決して二人きりで会わないよう、貴方に伝えてほしい』と伝えに来て下さったのよ。」

「私の為にわざわざ?」

「ええ、そうよ。」
私も同じ様に危惧するわ、とトリシアも真剣な面持ちで言う。

「リドリー様が言うには、貴方...あの男と別れると決めたのでしょう?」

トリシアがフレデリカの意思を確認する。
勿論、別れると決めたけれど、何故リドリー様が?
「百年の恋も冷めるわ」と確かに言ったけれども...

「未だ迷っているの?」

「いいえ!アンソニー様との未来はもうございません。」

リドリー様の言質が気にはなるがアンソニーと別れる事は決定しているので、トリシアにきっぱりと答えた。

「それならば、その時は大勢が居る場所か、誰か信用できる人を連れて行くことよ。
この工房に呼び出して話をするならそれも良いと思うわ。私がいるし、トーマスもいるでしょうし。」

トリシアはそう言ってくれたが、施設長のトーマスがいてくれるだけでなく、もれなく大勢の同僚もいるのでしょう?
見世物にはなりたくない。
それは大勢が居る場所とて同じで、アンソニーのよく回る口にかかれば、私が“恋人を蔑ろにする冷たい女”だとか、“お硬い女”だとか言われて逆に責められるのが目に見えている。
もしくは、あの金髪碧眼が懺悔して許しを請えば、芝居がかったアンソニーに同情して私を狭量だと、薄情だと責められるかも知れない。
思い起こせば先走った婚約の話もアンソニーが「君の方が不誠実じゃないか」と周囲に“可哀想な僕”アピールしたんだった。
それ程頻繁に会わなかったとは言え、約一年見てきたアンソニーの性格は掴んでいる。
ウォルト様の言う様に、彼は女性から拒まれた事など無いのだろう。
意識してか無意識かわからないが、天性の女たらしの土俵に上がってしまった時、私に勝機はあるのかしら...。

つくづく面倒くさい男と付き合ってしまったとフレデリカは過去の自分を責めるのであった。




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