「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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年末を控えて王都の街は慌ただしさに包まれ始めた。
トリシアのブティックも新年のパーティーと春のデビュタントに向けてオートクチュール・プレタポルテ共々売れ行き絶好調で、店員を増員して連日大忙しであった。
既製品ドレスプレタポルテであっても価格はちょっとビックリするほど高価。
それでも出した側から売れて行くのであるからトリシアのブランドは令嬢、婦人たちにとってプレミア化されているのであろう。
ブティックの忙しさに比べれば、工房の方は限りある着数のプレタポルテが仕上がり、オーダーされたオートクチュールの仮合わせもほぼ終わって一山ひとやま越えた感がある。
仕上げと微調整、プレタポルテの補整などがパーティー直前までは続くが、脇目も振らずに作業を進める殺気立った雰囲気はすっかりおさまった。
とは言えフレデリカが担当している刺繍や、ビーズ・スパンコールなどの装飾は仕上げの部類であるので相変わらず忙しいのであるが、余裕があるお針子たちが椅子ごとフレデリカの作業机にやって来て噂話に花を咲かせるのであった。

女性が集まれば話題は下世話なものばかりで。
やはりアンソニーとの事は興味津々に聞かれ、「結婚相手としては価値観が合わないと判って別れました」と答えれば予想通り、子爵家の息子であれほどのイケメンをのがすなんて勿体無いと騒がれた。
のがす”って何よ?“げた”のですけど私は。
そう言いたい気持ちをぐっと堪えて曖昧に微笑んだフレデリカであった。

話題がポンポンと飛ぶのも女性らのお喋りではよくあることで、話題は同僚の弟さんが登用試験に合格した件に移った。
平民ながらに大変優秀で秋から文官として登城しているという。
そこから連鎖して、知り合いが同じ様に登用試験をパスして近衛士官となった話になった。

「そう言えば、アンソニー様はいずれは王城の近衛士官になると言っていたけれど、今期採用枠の登用試験結果はどうだったのかしらね?」

あちこち話が飛んで又アンソニーの話題がフレデリカの元に戻って来た。
アンソニーが実家子爵家の当主に望まれていたのは巡察隊では無く王城の勤務であったから、毎年行われる登用試験に挑むことで当主の望みに応えるのが本来の立場であるのだが...。
諸々明るみに出たようにアンソニーが登用試験に向けて研鑽している様子は皆無で、試験のエントリーはこの数年されていない。
試験を受けてすらいないのだから試験結果が出るはずも無いと、フレデリカが口にしようとした時

「アンソニー様と言えば!従兄弟が巡察隊に勤めているんだけどね、アンソニー様は勤務規定違反が見つかって処分があったみたいよ?」

「えぇ~そうなの?!」
「だから最近街なかでアンソニー様と会えないのかしら?」
「寂しすぎる~」
浮気症のアンソニーをやんややんや責めたりしていた彼女らも、アンソニーのファンである事に変わりはないので一様にショックを受けたようであった。

「違反って何をしたのかしら?フレデリカ知ってる?」

(勤務時間中に女性と宿屋に行っていたのよ)

よほど暴露してしまおうかとフレデリカは思ったが、どうせ又“フレデリカがお堅いから”等と言われるから「分からないわ」と答えて手元の刺繍に意識を戻すのであった。


アンソニーと決別をして、少なくともフレデリカ的にはきちんと決着したと思って恙無く仕事に励む日々を過ごしていた所に、心ざわつかせる封書が届いた。
フレデリカのアパート宛でなく、勤め先の工房でもなく、トリシアのブティック宛に封書は届いた。

退勤時間に呼ばれてトリシアから渡された厚みのある封筒は、アンソニーの実家であるコックス子爵家からのものであった。
訳が解らないまま開封すれば、“アンソニーに対して一方的な婚約解消は契約の不履行だ”と、フレデリカに対して損害賠償を求める訴状であった。

(アンソニーが私のアパートの住所を知らないから...若しくはこれを機にトリシア様から解雇されれば良いと思ったのでしょうね。)
中身を知ってブティック宛であった意図を測るフレデリカ。

それにしても....
一方的な婚約解消?!
契約の不履行?!
損害賠償?!
驚きと怒り、そして僅かな恐怖。

フレデリカは震える手で書面をトリシアに手渡した。
目を通したトリシアが「ふざけてんじゃないわよ!」と貴族の夫人らしからぬ声を上げて激高する。

「あの男から都合よく聞かされて、コックス子爵家のお抱え弁護士が送ってきたのね。」

トリシアが推測したように、コックス子爵家に「男爵家の令嬢と結婚を前提に付き合っています」と手紙で伝えていたアンソニーに、当主から『新年会に婚約者の令嬢を連れておいで』と言われたアンソニーが自分に都合良く、ほぼ捏造と言って良い証言で「一方的に婚約破棄された」と言った事で弁護士の登場と相成った。

自分からフレデリカを見限ってフった事にすれば格好がついたものを、訴訟などと事を荒立てたのはフレデリカとフレデリカの実家グレント男爵家に一泡吹かせてやろうと考えたからか。

「あの男が巡察隊で処分されたことも一因でしょうね」とトリシアが言った。

トリシアが聞いた話ではアンソニーの処分は半年間の減給と1年間の職責解除だという。
王弟殿下から正式な手順で正規の所管に出された抗議は、巡察隊の上層部に間違いなく届き、揉み消すことも曖昧にする事も出来ず...否、王弟殿下から「職務時間に宿屋にシケ込むってどうなってんの?」と言われたならば、殊の外に処分しなければ組織自体に累が及ぶとなったのかもしれない。

子爵家出身のアンソニーは入隊から2年半で主任に昇進した。
これは平民の半分の期間で昇進したことになる。
“異例の若さで主任”
それがアンソニーのプライドであったし、“主任”故にパートナーを組む後輩と別行動を取ったり、フレデリカの工房に立ち寄ったり好き勝手出来た所以であった。
5年目を迎える来期には“小隊長”に昇進する予定でもあったアンソニー。
それが1年間とは言え、任を解かれ新人隊員と同じポジションとなるのだ。
書類仕事もあれば夜勤もある。何より今後は自分の隣に“主任”がついて巡回などする事となる。
控えめに言って屈辱であった。

アンソニーは処分された原因は自分の職務規定違反で有ると受け止めずに、告発者に責任転嫁した。
勿論、巡回隊側は「王弟殿下が告発者」と明らかにしていないのでアンソニーはフレデリカが巡察隊にリークしたと思い込んだのであった。

絡みつく女性の腕をほどいてきた自分が、フレデリカから素っ気なくされた上に別れを切り出され、言い含めようとしたならば「土下座されたって嫌」とまで言われた、あの日の衝撃、屈辱。
そして追い討ちが、巡察隊の処分。

アンソニーは自分の爵位よりも下位のグレント男爵家相手ならば訴えを起こしても勝てると踏んだ。
裁判に持ち込めなくとも、和解金をせしめて、社交界に“自分勝手な令嬢”だとフレデリカの醜聞を吹聴し、傷をつけてやりたい。
否!!
「やっぱり貴方と結婚いたします、結婚してください」と言わせたい。
可愛さ余って憎さ百倍...とはこの事であった。

孤児院の正門前でのやり取りは、フレデリカ以外にはボランティアの男と馭者の男しか居なかったから、一連の問答は「言った・言わない」の水掛論であろうし、そもそも、フレデリカ以外の女性と宿屋に行った事を“フレデリカが見た”ということ自体、男性優位の社会において、どうにでも出来るとアンソニーは考えていた。
フレデリカがアンソニーの為に時間を割かなかった事が悪い。
婚約者に寄り添わず寂しい思いをさせた事が諸悪の根源で有ると、本気で思っているから本気でそれがまかり通ると信じるアンソニーであった。








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