「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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冬の午後に降り注ぐ穏やかな日差しを浴びて、乾いた冷風に肌を撫でられて気分転換をしたフレデリカ。
ベンチにリドリーと腰を下ろして、アンソニーが遅れて来てた事や、どう見ても二日酔いの姿であった事、伸びた髪がだらしなく思えた事をリドリーから聞かれるままに答えていた。

「彼を好きだと思っていた時は乱れた髪すら“無造作で素敵”って思えたのでしょうから、好意のフィルターって凄いですよね。」

「恋は盲目って言うもんね!」本人にその自覚は無くてもねとリドリー。

「トリシア様が“結婚前は両目をしっかりかっ開いて相手を見極めて、結婚したら片目を瞑りなさい”と教えてくださいましたわ。」

なるほど、トリシア様らしいねとリドリーと笑い合っていると小法廷の廊下から大声を上げながら走ってくるアンソニーをベンチでジェニファーと会話していたウォルトが見留めた。

「リドリー!!」

ウォルトの声にリドリーもアンソニーが向かってくることに気付きフレデリカを背後に隠す。

「フレデリカ!またその男か!」

アンソニーがゼエゼエ言いながらフレデリカたち4人の前に立った。


失意に沈み法廷の原告席から動かないホフマンをそのままに、アンソニーは外の空気を吸って来ると言い残して廊下に出た。
負けると決まった裁判ならばもうここにいる意味など無い。否、居たく無い。
被告席側のジェニファーとかいう高慢そうな代理人に勝ち誇った顔をされるのは嫌だし、裁判費用を払う様に裁判官から言われるのも嫌だし、何よりフレデリカに情けない姿を見せる事が嫌で嫌で嫌過ぎて、裁判所から去ってしまおうと手近な扉から外へ出たアンソニーであった。

冬枯れした芝生に吹く寒風が、やさぐれたアンソニーの心を更に痛めつける。
「くそっ!コートを忘れた」
法廷に戻ろうとしたアンソニーの背中に、腹が立つほど冷たい風に乗ってフレデリカの笑い声が届いた。
(今日のフレデリカも美しかったな)
アンソニーは声のする方向に振り返った。
クリーム色のワンピースに薄いピンクのコートを着込んだフレデリカが視界に入るが、同時に近衛士官の制服を着た男がフレデリカの隣にいる事に気付いた。
そしてその近衛士官が、あの日孤児院の門扉前でフレデリカと一緒に居た男であると数秒遅れで確信したアンソニーであった。

「フレデリカ!」

息を乱してアンソニーがやって来る。
リドリーの背に守られた形のフレデリカは半身を出してアンソニーに対峙した。

「何でしょうか?コックス子爵令息。」

「その男とまた一緒に居るのか?!」

(何故、それを咎められるのかわからないわ)
困惑と苛立ちを露わにフレデリカはリドリーの隣に並んだ。

「その男呼ばわりは止めてください。
紹介いたします。近衛第四師団隊長のリドリー・ラザフォード様です。」

「師団長...」

登用試験に通らず、今や巡察隊を辞めたアンソニーとは天地の差がある責務に就いているリドリー。
国王専属の第一師団から王妃、王太子に続いての第四師団のトップであるとフレデリカが知ったのはつい最近の事。
高貴な身の上だと思っていたが出身は隣国の商家なのだという。
剣の強さは勿論、忠誠心、道徳心、人望と高潔さが備わっての団長職であるならば、アンソニーとは月とスッポンだわとフレデリカは思った。

「や、やはり君も浮気をしていたんだな?」

ちょっと待って。

「君って何です?貴方と一緒にしないでください!」

珍しくフレデリカは声を荒げた。
(さっきまで清々しく休憩中だったのに、台無しだわ)
ふわふわ薄いピンクのコートが小刻みに震えるのを隣で感じてリドリーは大きな手をそっとフレデリカの背中に当て宥める。

「やぁやぁ!敗訴決定のコックス君。
己のただれた基準で真っ当な人付き合いを穢らわしいものに当てはめてもらっては困るよ。」

リドリーが一歩前に出る。

「我々は、君がフレデリカ嬢の婚約破棄を了承した時に立ち会った者として、謂わば証人として待機していただけだ。」

アンソニーはこのリドリーともう一人にけし掛けられてフレデリカに「終わりだ!」と言ってしまった事を思い出した。

「証人として?ふざけるな!お前たちが俺を焚き付けて言わせたくせに!」

フレデリカの事を「貞淑気取りめ!」と罵った事などまるっと忘れて、そもそもの自分の落ち度も忘れ去って、アンソニーの中では“リドリーたちに嵌められた”というストーリーに書き換えられているようであった。
終いには「お前たちが居なければ...」と言い出した悲劇のヒーローは、リドリーを指さして

「訴えてやる!」

と言い放った。

「........」

「う、訴えるぞ、お前達を!」

「.........」

「本気だぞ!」

「...どうぞ?」

リドリーは向こうの丘から野犬が吠えるのを聞くように、好きにしたら良いんじゃん?と返した。

フレデリカは呆れてものも言え無い状態で、ジェニファーは低俗の喜劇を観ている様な顔で唇の隅から笑いが漏れた。

「“お前達”と言うからには、私の事も訴えるということか。」

ベンチからウォルトがゆっくり立ち上がる。
濃紺のシャツに細身のスラックスと漆黒のコート。
気品と威厳に溢れた佇まいにアンソニーは一瞬息を呑んでたじろいだが「誰だ?お前!」と再度吠えた。

「私もリドリーと一緒に証言者として控えていた者だ。孤児院で一度会っているだろうが。」

「ああ!お前!あの時の高慢な馭者だな?!馭者のくせに偉そうに!俺は子爵家の...」

近衛ガード!!」

アンソニーの許容し難い不敬ぶりにジェニファーが我慢出来ずに叫んだ。

「不敬罪よ!とらえて!」

第四師団の騎士らが付かず離れずの距離で王弟ウォルトの護衛をしている。
団長のリドリーがウォルトと一緒に居るからと多少気が緩んでいるが任務中は任務中であるからジェニファーの声に二人の近衛騎士がすっ飛んで来た。

「な、何だよ?!」とアンソニー。

「貴方!王弟殿下に向かって“お前”だなんて、“馭者”だなんて失礼千万!これは紛れもなく不敬罪よ!」

法曹界のジェニファーが言うのであるから説得力が有るってものだ。
フレデリカと駆けつけた騎士も深く頷いている。

アンソニーは驚きに碧眼を揺らしてウォルトを見た。
頬に残る火傷の跡が、立てられたコートの襟に見え隠れしているが、それだけでなく何故気付かなかったのだろう...国王ケネスと同じ青味がかった銀髪に。
第四師団の隊長がはべっているという意味に。
子爵家の子息として新年のパーティーと晩夏のファイナルには何度か参加していたから、ウォルトの姿も見ていたはずであったのに...。

あの日...孤児院の馬車寄せでの一幕。
己がどんな態度であったかと反芻したならば、この寒空の下でも汗が止まらない。
そして今、こちらに向かって立つ王弟殿下を“お前”呼ばわりして“馭者じゃなかったな!”と口にした事に震えが止まらないのであった。

「も、も、申し訳...ご、ございません。」

一人の近衛騎士がアンソニーの脇に立ち捕縛の縄を出した事もあって、今更に非礼の数々を詫びるアンソニー。
(このまま捕縛されてしまうのだろうか. . . 
ああ、忘れたコートなど気にしないで、あのまま帰れば良かった。フレデリカの笑い声になんか気付かずに帰れば...!!)

「フレデリカ!助けてくれ!」

アンソニーがフレデリカに駆け寄って懇願する。

「?!」

ざざっとフレデリカの元に距離を縮めたアンソニーからフレデリカを守るように、リドリーが再びフレデリカを囲った。









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