新米検事さんは異世界で美味しくいただかれそうです

はまべえ

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13.最初の旅

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俺が見た夢はやはり宝剣の欠片が見せたものだったらしい。
夢に出てきた金髪の男、エレクセアは当時の執政で、儀式を主宰した王は夢の中では名前を呼ばれていなかったがフィンダルというそうだ。
彼はやはり、あの儀式で命を落としていた。
欠片が落ちたと思われる湖はなんの因果か一番最近人間と魔族の間に小競り合いが発生した町の近くにあって、現在は魔族領になっているという。人間側が劣勢に立たされ、なんとか和議を結んで森一帯を割譲したのだという。戦後70年ほど経っているのでだいぶ落ち着いてはいるものの、人間に対する感情が必ずしも良くないということで、少数精鋭で向かうことになった。そしてその精鋭メンバーの中に俺も入っている。湖の底から欠片を引き上げるには俺が必要だろうという理由で。
俺はいまだ王都の城下町にすら降りたことがないのに、魔族領へと旅立つことになった。


「魔族の案内役?」
数日後、旅の最終準備をしているところに随従を連れた殿下が現れた。フィーに手紙のようなものを渡しつつ、俺に旅の心得を簡単にレクチャーしてくれる。
どうも俺が旅を不安がっていると思っているようだった。
「魔族領内に入るからその了承を得るために親書を送ったら、ぜひ協力したいと」
「魔族なのに、魔王の復活を阻止する儀式に使う道具を探すのを手伝うんですか?」
「魔族といっても人間を餌にするような種族ではないし、自由に過ごしたいから今更魔王に復活されてもっていう考えなんだよ、彼らは」
「なるほど」
「途中に人間には厄介な場所もいくつかあるから、魔族がいるのは心強い」
「厄介な場所、ですか」
「ぎりぎりアルマールの領内ではあるんだが、魔物やオークが根城にしている呪魔の森があってね。魔族領へ抜けるにはそこを通らなければならないんだ」
「暗くて方向感覚が狂うので、さして広い森ではないんですが厄介なんです」
フィーが補足する。
「うわぁ、異世界っぽいですねぇ」
「迷いさえしなければ2日ほどで抜けられる森ですが」
あまり想像はつかないけど、樹海みたいなものか。
「森を抜けた先の国境の宿場町には自警団がありますので、そちらにも連絡を入れておきます。最近はオークの被害も少なくなってきましたし、問題ないでしょう」
二人が俺を安心させようとしているのがわかって、苦笑する。
まぁ魔物どころか人間とも戦ったことがないから恐怖しようにも今はまだすべてが想像でしかない。だからそこまで心配はしていなかった。
「なんにせよ、俺に行かないという選択肢はありませんからね」
「そういわれてしまうと……アキ殿を危険な場所に向かわせるのは申し訳なく思っている」
「いえ、結構楽しみですよ?これは、自分のためでもありますから」
自分で言って、自分で納得する。
そう、元の世界に戻るには、宝剣をもとの形に戻さなければならないのだ。
これは俺の戦いでもある。

「ご武運を」

翌日、俺たちは魔族領ダーウッドへと旅立った。


旅の道すがら、俺はフィーとウィアルに魔力の使い方を教わっていた。旅は往復16日程度、魔力の感じ方と流し方を覚えるにはちょうどいい長さだそうだ。
「……筋がいいです、アキ様」
俺の両手を握って、魔力制御の補助をしてくれていたフィーが笑顔で言う。
「体力はないけどね……言われたことを理解するのは得意なんだ」
なんとなく、体の中に流れる気の流れのようなものを感じられるようになってきた。頭の中のイメージによって温かかったり冷たかったりするそれは魔力のもとのようなもので、それを形にして外に出力するにはもう少し訓練が必要なようだ。
隣のテーブルの上で、玻璃で覆われた燭のやわらかな灯りが揺れている。今日の宿では俺とフィーは同室だったので、夕食後に部屋で訓練をしていた。明日はいよいよ呪魔の森の一つ手前の宿場町で、魔族の案内役と合流する予定だった。因みに旅の2日目あたりから俺はフィーの要望でフィーに対してため口になっていた。ウィアルが最初から俺に対してため口だったので俺もため口で対応していたのを、フィーはずっと気にしていたらしかった。ですます口調は距離を感じる、と言われて、とりあえず俺の方は少しずつため口に移行していた。フィーはですます口調のままなので、なんとなく偉そうな気がしてお尻がもぞもぞするけれど、こればかりは本人の希望なので仕方がない。そして確かに、距離は縮まったような気がした。

「魔族ってどんな人たち?」
「ダーウッドに多い魔族は姿かたちも考え方も人間に近いですよ。魔力量が多くて多少寿命が長いこと以外はほとんど人間と変わりません。殺せば死にますしね」
「ははは、怖いこと言うね」
「重要なことです。致命傷を与えても死なない、頭すらすぐ再生する魔族もいますから」
「それは……こわい……」
「接し方を人間と変える必要はありませんが、人より寿命が長い分、やっぱり価値観が違うところもありますから。油断しないでください」
「近づきすぎるなってこと?」
「……アキ様はその、魅力的ですし」
「魅力……やっぱり髪と目が黒いから?」
「いえ、それだけではなく。色をのぞいても非常に……いえ、キール神官のような人間が結構いると思って気を付けていただければ大丈夫です」
フィーはたまにこんな感じで、俺のことを深窓のお嬢様なんかと勘違いしている節がある。そこまで世間知らずでもなければぼけっとしているわけでもないし、さしてモテた経験もない至って普通の人間なのに。

なんて、思っていたけれど。

「アルマール御一行さまはあんたたち?」
宿場町の広場で声をかけてきたのは、ベージュのフードとマントをかぶったフィーと同じくらいの背丈の男二人。
「ダーウッドの案内役か?」
フィーの問いかけに一人が頷く。
「そうだ。俺たち二人が案内する」
男は返事を返しながら、フィーの後ろにいた俺の方に迷いなく近づき、顔を覗き込んできた。
「へぇーこれが噂の異世界人か。ほんとに瞳が黒い」
男の方は血のような深紅の瞳だった。フードの奥にちらりとのぞく髪はたぶん緑色だ。
「それにお前、いい匂いするな」
首筋に鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅いでくる。
犬!?
「兄上、それはちょっと古典的すぎない?」
男がもう一人を振り返る。
「いや、お前も嗅いでみ」
思わず後ずさりした俺に二人はぐいぐい寄ってくる。
「……ほんとだ」
「あの」
どういう状況!?とツッコもうとしたところで、フィーが俺の肩を抱いて二人から引き離してくれた。
「アキ様は王国の賓客なので、相応の対応をしていただけませんか」
フィーの牽制に、男がフードを脱いだ。
短髪なのが勿体ないほど艶やかな深緑色の髪。またもや元の世界にいたら確実に芸能事務所にスカウトされるだろうなという整った顔立ちであった。魔族っていうと確かにこういう美形なイメージだけど。
隣に立っているもう一人は、髪色と目の色は同じだけれど精悍というよりは甘い顔立ちのイケメンだ。二人とも言動のわりに粗野な感じはしない。たぶん、身だしなみや服装がきちんとしているからだろう。
「アルマールの騎士か」
「フィアルテと申します」
「俺はエルシオン、こっちは弟のガルシオン。リュシオン・ローダイヤの息子だ」
「リュシ……王弟殿下の?」
「なぜそのようなーー」
二人の名前を聞いた一行がざわつく。
殿下ということはダーウッドの王族の関係者ということか。魔族にも王族とかあるのか……そんな偉い人が護衛も連れずに案内役?ん?どういうこと?
疑問が全て顔に出ていたのか、甘い顔立ちのイケメンの方、弟だというガルシオンが笑う。
「別に俺達には王位継承権があるわけでもないし、かしこまる必要ないよ」
エルシオンが頷く。
「宝剣にも儀式にも興味ないが、異世界人には興味があるからな。今回を逃したら俺たちが生きてるうちに異世界人を見ることはないわけだから」
「案内役として不足はないでしょ?どこに向かうにせよ、俺たちなら面倒な根回しも必要ないし」
「それはありがたいですがーー」
「案内役は兄上で、俺はその護衛ってとこかな。……よろしく」
「まぁ護衛の方が弱いけどな」
エルシオンがぼそっとつぶやく。
「俺がいなきゃ兄上は他出を許されてないと思うけど?」
「なんだと!?」
なんだかよくわからないが、二人が息ピッタリであることはわかる。
兄弟仲が良くてうらやましい。

エルシオンと目が合う。
「……なんにせよ、来た甲斐はあった。短い間だけどよろしくな、えっと」
そういえば、まだ名乗っていなかった。
「アキです。ハヤセ・アキ……こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げると、なんだか聞き捨てならない声が聞こえてくる。
「……かわいい」
「兄上」
「取って食うとは言ってない」
「俺に兄上を殺させないでよね」
「ハッやれるもんならやってみな」

思わずフィーを振り返ると、笑顔が怖い。

楽しい旅になりそうだった。


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