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王国篇
第十八話④
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翌日、私はいつものように八時前に教室にいく。
鈴木芽亜理が死んだ、と聞かされても、まだ信じきれていなかった。
それよりも死んだというのが誤った情報で、それを私の母が広めたことを知られたらいったいどんな目に遭うか、不安で仕方なかった。
もしも鈴木芽亜理が死んでいなかったら、私が死ぬことになるかもしれない。
教室に着くと、すでに何人かクラスメイトがいた。私がいじめられているのを見て笑ったり、遠巻きに見ている人たちだった。一瞬私を見て、すぐに目をそらす。いつもだったら馬鹿にしたように笑うか、陰口を言うのに。どこかいつもと雰囲気が違っていた。
異様に静かに感じたけれど、人の数もまばらで、静かなのは当然かもしれない。
そのうち人が増えてくるにしたがって、卑屈なささやきが聞こえてきた。
「昨日の話、聞いた? 本当なの?」
「らしいよ。鈴木さん、自殺だって」
「頭おかしかったもんね」
「殺されたんじゃない?」
「誰に?」
しのび笑いが漏れ聞こえてきた。視線を感じたけれど、私はそちらを見ないようにした。
そして八時になっても私の前の、鈴木芽亜理の席は空いたままだった。野間藍涼の姿もない。
いつもより遅く蕪木笑愛と鷲尾麻亜紗が登校してきた。私は全身に緊張が走るのを感じた。こんなことをしてもいいのかわからないけれど、私は彼女たちに朝の挨拶をせず、じっと席に座っていた。鈴木芽亜理が死んだのなら、もうそんなことをする必要はないはず。私から進んで彼女たちのブタになるようなことはしたくなかった。
二人は一瞬だけ私の顔を見て、汚いものでも見たような、嫌悪感を込めた苦い表情をしただけで、近寄ったり、何か言ってくることもなかった。
それに私はようやく鈴木芽亜理が死んだことを実感した。それまで完全に信じることができなかった。ただ蕪木笑愛や鷲尾麻亜紗が、私に対して何もしてこないことから、鈴木芽亜理が死んだことの真実味が増してきた。
彼女たちは不穏な空気の中で目立つことをしたくないのか、主導していた鈴木芽亜理がいなくなって必要がなくなったのか、事情はわからないけれど、とにかく私は見逃された。
蕪木笑愛は自分の席につき、鷲尾麻亜紗は近くにいた人と談笑し始める。
「マーシャちゃん、聞いた?」
「ああ、鈴木さんの話でしょ」
「本当なの?」
「みたいだね。まあ、べつにいいんじゃん?」
「えー、仲良かったじゃん?」
「べつに。だってあいつキモいじゃん」
「ひっどー」
鈴木芽亜理の死に彼女たちは笑っていた。誰一人泣いている人はいなかった。私自身も死んで当然だと思っているので、鈴木芽亜理が本当に死んだということに、笑いそうになって、顔が震えるのを必死に堪えた。
そのうち昨日転校してきた羽鳥英梨沙が教室に入ってきた。それにドアの近くにいた鷲尾麻亜紗が気づく。
「おはよう、羽鳥さん」
「おはよう、鷲尾さん」
転校してきた羽鳥英梨沙は、鷲尾麻亜紗の後ろの席だからか、二人は親しくなっていたようだった。それなら羽鳥英梨沙が私に友達になるよう求めてきたのは、やはり何かの罠だったのだろう。
「ねぇ、聞いた?」
「なに?」
「鈴木さんってわかる? 鈴木メアリ」
「うーん、誰?」
「あそこの席の子」
そう言って私の前の席を指差す。私は注目が集まるのが嫌でうつむいた。ただその一瞬に、羽鳥英梨沙と目が合った。彼女の色素の薄い、琥珀色の瞳が、微笑むように細められた。なぜかそれが私に向けられたような気がした。
「その子がどうかしたの?」
「昨日、自殺したんだって。知らなかった?」
「うん。転校してきたばかりだからかな。ママからも聞いてない。でも、どうして?」
「わかんない。頭おかしい子だったから、変な薬でもやってたんじゃない」
「えぇ、そうなんだ。なんか怖いね」
そう羽鳥英梨沙はおかしそうに笑った。
私は誰にも気づかれないように、上目遣いに彼女の方を見た。儚げで、柔らかな仕草で笑う彼女は、とても可愛く見えた。
「羽鳥さんって可愛いね。エリザちゃんて呼んでいい?」
そう言ったのは鷲尾麻亜紗以外だった。ほかの人も羽鳥英梨沙の可愛さに気づいたようで、すぐに人気者になっていた。
それに鷲尾麻亜紗は気に食わない様子で、何も言わなかった。鷲尾麻亜紗は世界で一番自分が可愛いと思っている節がある。彼女には傲慢で暴力的な愛嬌があった。人を見下したように笑うけれど、可愛いからと許されてきた。
対して羽鳥英梨沙は、雪の結晶やガラスの彫刻のような、手に触れたら壊れてしまいそうな、儚げな可愛さがあった。
二人は対照的に感じられた。
私は友達になりたいと言ってくれた羽鳥英梨沙のことを信じられないけれど、彼女の可愛らしい仕草が気になって仕方なかった。もしも私が私ではなかったら、友達になれただろうか。
それに彼女は昨日私に言ったことなんて、もう忘れているか、どうでもよくなっているだろう。私なんかと友達にならなくても、彼女はすぐに友達がつくれている。
私は深海の底から光に憧れる醜い怪物のような気持ちになった。
友達なんて望んでも、私になんてできるわけがない。ちゃんとわかっている。
鈴木芽亜理が死んだ今、私の願いは、せめて空気のように誰にも気づかれない、無視される存在になることだった。
* * *
そんな私の些細な願いは一週間ももたなかった。
鈴木芽亜理が死んだその日から、数日は何もされなかった。野間藍涼も、鈴木芽亜理が死んだ日の翌日から学校に来なかった。
ただ翌週になると、蕪木笑愛による私へのいじめは再開された。
「鈴木がいないからって、調子乗ってんじゃねえぞ」
朝の挨拶をしない私の椅子を私ごと蹴り倒し、踏みつけてくる。
「これからは鈴木の代わりに、私がお前の世話してやるよ」
鷲尾麻亜紗もそれに同調する。
「鈴木さんのこと、あんまり好きじゃなかったんだよね。ただ私、あんたのことの方が嫌いだから。あんたも鈴木さんみたいに死んじゃったら?」
二人は楽しそうに笑っていた。鈴木芽亜理と野間藍涼がいなくなった穴を埋めるように、ほかのクラスメイトが彼女たちに加わっていた。
私は彼女たちを見上げて、その笑い顔を見ても、絶望や失望の気持ちよりも、諦めの気持ちの方が強かった。どうせこうなることはわかっていたから。
彼女たちにとって私へのいじめはただの遊びだ。休み時間に雑談するのと、お絵描きをしたり、かけっこするのと何も変わらない。捕まえた蝶の羽をむしったり、蟻の巣穴を水で沈めるのと同じだ。
鈴木芽亜理は私に苦痛を与えることを楽しんでいた。
鈴木芽亜理が死んだ今、彼女がどうして私をいじめていたのか、本当のことはわからずにおわった。私がクラスで孤立していたからか、私をいじめることで注目されたかったのか、彼女の言うとおり誰か人を殺したかったからなのか。
蕪木笑愛は私の母が憎いのか、私のことが嫌いなだけなのか、事情を聞いていないのでわからない。それを聞いたところでどうにかなるとも思えないし、人語で話すことを禁止されているので確かめようがなかった。ただ彼女は暴力を振るうことを楽しんでいるようだった。
私は後ろから両腕を拘束されて、庇うことも避けることもできない状態で、蕪木笑愛に一方的にお腹を殴られた。
「悪霊退散! 悪霊退散!」
彼女はそう叫びながら、笑いながら私を殴り続けた。それは吐いても続けられた。
蕪木笑愛になって、刃物で切られる恐怖はなくなったけれど、このままお腹の中の内臓とかが破裂して、死んでしまうのではないかという恐怖が新たに加わった。
鈴木芽亜理にいじめられるよりも、私は早く死んでしまうかもしれない。お腹の中の鈍い痛みと吐き気を抱えながら、そんなことを淡々と思った。結局、鈴木芽亜理が死んでも私はブタのままだった。どのみちブタのままなら早く死にたかった。
ただ私よりも先に、その日、蕪木笑愛が死んだ。
* * *
その日の夜、私はまた母に呼ばれた。
「大変なの! 蕪木さんの娘、あんたと同じクラスだったでしょ? 今日の夕方、マンションから落ちて死んだんだって!」
母の話では──蕪木笑愛はマンションの六階に住んでいた。そのマンションには外階段があり、そこを通って駐輪場に降りることができた。その外階段から身を乗り出して、駐輪場の屋根に落ちて死んだらしい。
「自殺?」
現実味はないけれど、私はすぐにそれを信じた。死んで当然の鈴木芽亜理が死んだのだから、蕪木笑愛も死んで当然だった。
蕪木笑愛も死んだ。ざまあみろ。そのまま地獄に落ちればいい。
母が続ける。一度話し始めたら止まらない。
「事故じゃないかって。遊びに来た友達に手を振って、そのあと落ちたんだって。私、蕪木さんのママとお友達だから、何度か行ったことあるのよね。階段の壁、けっこう高さあるから、驚かせようとして身を乗り出して、そのままバランスを崩して落ちちゃったんじゃない? それにしてもこの間、一人、自殺したばかりでしょ? しかも同じクラスの子。これで二人目。あんたの学校、なんかあるんじゃないの?」
あるとしたら、それは私へのいじめだった。ただ私の懸念とは違って、母は別のことを考えているようだった。
「もしかして呪われてるんじゃない? それならお祓いしないと。私のお世話になっている霊能力者の先生に相談して、お祓いしてもらった方がいいわ。校舎や教室の色が前からよくないと思っていたのよね。校舎の真ん中が吹き抜けになっているでしょ? そういうのって悪い運気が溜まりやすいの。きっと悪霊を呼び寄せているのよ」
母は冗談でなく本気で言っている。家の外壁や内装は、金運だとかなんだとか理由をつけて、その時々で変わる。私の服の色も、強制されることがあった。朝のテレビ番組でやってるような、その日のラッキーカラーを着せてくる。その先生というのに、毎週か毎月かわからないけれど、占いの結果が送られてきて、それに従っているようだった。
「あんたもお祓い受けた方がいいわね。今度先生をお招きするわ」
「いい、いらない……」
「本当にすごい先生なのよ! 未来のことがわかるの!」
私は悪霊とか、運気とか、まったく信じていない。この母を持ったことが呪いで、その呪いで私は苦しめられていると言われたら、信じてしまうかもしれない。
ただ鈴木芽亜理に続いて蕪木笑愛が死んだことに、何か運命のような、天罰のような、別の何かの意思のようなものを感じた。
もしかしたら神様が私を見ていて、助けてくれたのかもしれない。
母の言う悪霊だとか運気は信じる気になれないけれど、私には私の神様がいるのかもしれない、そんな気がした。
鈴木芽亜理が死んだ、と聞かされても、まだ信じきれていなかった。
それよりも死んだというのが誤った情報で、それを私の母が広めたことを知られたらいったいどんな目に遭うか、不安で仕方なかった。
もしも鈴木芽亜理が死んでいなかったら、私が死ぬことになるかもしれない。
教室に着くと、すでに何人かクラスメイトがいた。私がいじめられているのを見て笑ったり、遠巻きに見ている人たちだった。一瞬私を見て、すぐに目をそらす。いつもだったら馬鹿にしたように笑うか、陰口を言うのに。どこかいつもと雰囲気が違っていた。
異様に静かに感じたけれど、人の数もまばらで、静かなのは当然かもしれない。
そのうち人が増えてくるにしたがって、卑屈なささやきが聞こえてきた。
「昨日の話、聞いた? 本当なの?」
「らしいよ。鈴木さん、自殺だって」
「頭おかしかったもんね」
「殺されたんじゃない?」
「誰に?」
しのび笑いが漏れ聞こえてきた。視線を感じたけれど、私はそちらを見ないようにした。
そして八時になっても私の前の、鈴木芽亜理の席は空いたままだった。野間藍涼の姿もない。
いつもより遅く蕪木笑愛と鷲尾麻亜紗が登校してきた。私は全身に緊張が走るのを感じた。こんなことをしてもいいのかわからないけれど、私は彼女たちに朝の挨拶をせず、じっと席に座っていた。鈴木芽亜理が死んだのなら、もうそんなことをする必要はないはず。私から進んで彼女たちのブタになるようなことはしたくなかった。
二人は一瞬だけ私の顔を見て、汚いものでも見たような、嫌悪感を込めた苦い表情をしただけで、近寄ったり、何か言ってくることもなかった。
それに私はようやく鈴木芽亜理が死んだことを実感した。それまで完全に信じることができなかった。ただ蕪木笑愛や鷲尾麻亜紗が、私に対して何もしてこないことから、鈴木芽亜理が死んだことの真実味が増してきた。
彼女たちは不穏な空気の中で目立つことをしたくないのか、主導していた鈴木芽亜理がいなくなって必要がなくなったのか、事情はわからないけれど、とにかく私は見逃された。
蕪木笑愛は自分の席につき、鷲尾麻亜紗は近くにいた人と談笑し始める。
「マーシャちゃん、聞いた?」
「ああ、鈴木さんの話でしょ」
「本当なの?」
「みたいだね。まあ、べつにいいんじゃん?」
「えー、仲良かったじゃん?」
「べつに。だってあいつキモいじゃん」
「ひっどー」
鈴木芽亜理の死に彼女たちは笑っていた。誰一人泣いている人はいなかった。私自身も死んで当然だと思っているので、鈴木芽亜理が本当に死んだということに、笑いそうになって、顔が震えるのを必死に堪えた。
そのうち昨日転校してきた羽鳥英梨沙が教室に入ってきた。それにドアの近くにいた鷲尾麻亜紗が気づく。
「おはよう、羽鳥さん」
「おはよう、鷲尾さん」
転校してきた羽鳥英梨沙は、鷲尾麻亜紗の後ろの席だからか、二人は親しくなっていたようだった。それなら羽鳥英梨沙が私に友達になるよう求めてきたのは、やはり何かの罠だったのだろう。
「ねぇ、聞いた?」
「なに?」
「鈴木さんってわかる? 鈴木メアリ」
「うーん、誰?」
「あそこの席の子」
そう言って私の前の席を指差す。私は注目が集まるのが嫌でうつむいた。ただその一瞬に、羽鳥英梨沙と目が合った。彼女の色素の薄い、琥珀色の瞳が、微笑むように細められた。なぜかそれが私に向けられたような気がした。
「その子がどうかしたの?」
「昨日、自殺したんだって。知らなかった?」
「うん。転校してきたばかりだからかな。ママからも聞いてない。でも、どうして?」
「わかんない。頭おかしい子だったから、変な薬でもやってたんじゃない」
「えぇ、そうなんだ。なんか怖いね」
そう羽鳥英梨沙はおかしそうに笑った。
私は誰にも気づかれないように、上目遣いに彼女の方を見た。儚げで、柔らかな仕草で笑う彼女は、とても可愛く見えた。
「羽鳥さんって可愛いね。エリザちゃんて呼んでいい?」
そう言ったのは鷲尾麻亜紗以外だった。ほかの人も羽鳥英梨沙の可愛さに気づいたようで、すぐに人気者になっていた。
それに鷲尾麻亜紗は気に食わない様子で、何も言わなかった。鷲尾麻亜紗は世界で一番自分が可愛いと思っている節がある。彼女には傲慢で暴力的な愛嬌があった。人を見下したように笑うけれど、可愛いからと許されてきた。
対して羽鳥英梨沙は、雪の結晶やガラスの彫刻のような、手に触れたら壊れてしまいそうな、儚げな可愛さがあった。
二人は対照的に感じられた。
私は友達になりたいと言ってくれた羽鳥英梨沙のことを信じられないけれど、彼女の可愛らしい仕草が気になって仕方なかった。もしも私が私ではなかったら、友達になれただろうか。
それに彼女は昨日私に言ったことなんて、もう忘れているか、どうでもよくなっているだろう。私なんかと友達にならなくても、彼女はすぐに友達がつくれている。
私は深海の底から光に憧れる醜い怪物のような気持ちになった。
友達なんて望んでも、私になんてできるわけがない。ちゃんとわかっている。
鈴木芽亜理が死んだ今、私の願いは、せめて空気のように誰にも気づかれない、無視される存在になることだった。
* * *
そんな私の些細な願いは一週間ももたなかった。
鈴木芽亜理が死んだその日から、数日は何もされなかった。野間藍涼も、鈴木芽亜理が死んだ日の翌日から学校に来なかった。
ただ翌週になると、蕪木笑愛による私へのいじめは再開された。
「鈴木がいないからって、調子乗ってんじゃねえぞ」
朝の挨拶をしない私の椅子を私ごと蹴り倒し、踏みつけてくる。
「これからは鈴木の代わりに、私がお前の世話してやるよ」
鷲尾麻亜紗もそれに同調する。
「鈴木さんのこと、あんまり好きじゃなかったんだよね。ただ私、あんたのことの方が嫌いだから。あんたも鈴木さんみたいに死んじゃったら?」
二人は楽しそうに笑っていた。鈴木芽亜理と野間藍涼がいなくなった穴を埋めるように、ほかのクラスメイトが彼女たちに加わっていた。
私は彼女たちを見上げて、その笑い顔を見ても、絶望や失望の気持ちよりも、諦めの気持ちの方が強かった。どうせこうなることはわかっていたから。
彼女たちにとって私へのいじめはただの遊びだ。休み時間に雑談するのと、お絵描きをしたり、かけっこするのと何も変わらない。捕まえた蝶の羽をむしったり、蟻の巣穴を水で沈めるのと同じだ。
鈴木芽亜理は私に苦痛を与えることを楽しんでいた。
鈴木芽亜理が死んだ今、彼女がどうして私をいじめていたのか、本当のことはわからずにおわった。私がクラスで孤立していたからか、私をいじめることで注目されたかったのか、彼女の言うとおり誰か人を殺したかったからなのか。
蕪木笑愛は私の母が憎いのか、私のことが嫌いなだけなのか、事情を聞いていないのでわからない。それを聞いたところでどうにかなるとも思えないし、人語で話すことを禁止されているので確かめようがなかった。ただ彼女は暴力を振るうことを楽しんでいるようだった。
私は後ろから両腕を拘束されて、庇うことも避けることもできない状態で、蕪木笑愛に一方的にお腹を殴られた。
「悪霊退散! 悪霊退散!」
彼女はそう叫びながら、笑いながら私を殴り続けた。それは吐いても続けられた。
蕪木笑愛になって、刃物で切られる恐怖はなくなったけれど、このままお腹の中の内臓とかが破裂して、死んでしまうのではないかという恐怖が新たに加わった。
鈴木芽亜理にいじめられるよりも、私は早く死んでしまうかもしれない。お腹の中の鈍い痛みと吐き気を抱えながら、そんなことを淡々と思った。結局、鈴木芽亜理が死んでも私はブタのままだった。どのみちブタのままなら早く死にたかった。
ただ私よりも先に、その日、蕪木笑愛が死んだ。
* * *
その日の夜、私はまた母に呼ばれた。
「大変なの! 蕪木さんの娘、あんたと同じクラスだったでしょ? 今日の夕方、マンションから落ちて死んだんだって!」
母の話では──蕪木笑愛はマンションの六階に住んでいた。そのマンションには外階段があり、そこを通って駐輪場に降りることができた。その外階段から身を乗り出して、駐輪場の屋根に落ちて死んだらしい。
「自殺?」
現実味はないけれど、私はすぐにそれを信じた。死んで当然の鈴木芽亜理が死んだのだから、蕪木笑愛も死んで当然だった。
蕪木笑愛も死んだ。ざまあみろ。そのまま地獄に落ちればいい。
母が続ける。一度話し始めたら止まらない。
「事故じゃないかって。遊びに来た友達に手を振って、そのあと落ちたんだって。私、蕪木さんのママとお友達だから、何度か行ったことあるのよね。階段の壁、けっこう高さあるから、驚かせようとして身を乗り出して、そのままバランスを崩して落ちちゃったんじゃない? それにしてもこの間、一人、自殺したばかりでしょ? しかも同じクラスの子。これで二人目。あんたの学校、なんかあるんじゃないの?」
あるとしたら、それは私へのいじめだった。ただ私の懸念とは違って、母は別のことを考えているようだった。
「もしかして呪われてるんじゃない? それならお祓いしないと。私のお世話になっている霊能力者の先生に相談して、お祓いしてもらった方がいいわ。校舎や教室の色が前からよくないと思っていたのよね。校舎の真ん中が吹き抜けになっているでしょ? そういうのって悪い運気が溜まりやすいの。きっと悪霊を呼び寄せているのよ」
母は冗談でなく本気で言っている。家の外壁や内装は、金運だとかなんだとか理由をつけて、その時々で変わる。私の服の色も、強制されることがあった。朝のテレビ番組でやってるような、その日のラッキーカラーを着せてくる。その先生というのに、毎週か毎月かわからないけれど、占いの結果が送られてきて、それに従っているようだった。
「あんたもお祓い受けた方がいいわね。今度先生をお招きするわ」
「いい、いらない……」
「本当にすごい先生なのよ! 未来のことがわかるの!」
私は悪霊とか、運気とか、まったく信じていない。この母を持ったことが呪いで、その呪いで私は苦しめられていると言われたら、信じてしまうかもしれない。
ただ鈴木芽亜理に続いて蕪木笑愛が死んだことに、何か運命のような、天罰のような、別の何かの意思のようなものを感じた。
もしかしたら神様が私を見ていて、助けてくれたのかもしれない。
母の言う悪霊だとか運気は信じる気になれないけれど、私には私の神様がいるのかもしれない、そんな気がした。
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身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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