佐々木小次郎が転生して転生前に殺した女と出会っていたら

しみちる

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頰に触れるひんやりとした感触 春

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お前は忘れている。

あの日の雪の冷たさも。
私の刃が心ないことも。
あの柔らかい頬に添えられたその刀の感触も。






幼い子供は赤ん坊のときの記憶、腹の中の羊水に沈む感覚すら覚えている場合があるらしい。
私は己がこの世に生を受ける前に、何者だったかを覚えていた。

教科書にある、図書室の本にある、昔の自分の名前をなぞっては噎せ返るような血の臭いを思い出していた。

人々の記憶に残るのは、名前とその最期くらいだろう。
最期の瞬間も、剣豪として名を上げていたその日々も、大して私の記憶には残っていなかった。

ただ、その名を剣豪としてでなく呼ぶ、『彼女』の声だけが強く耳に残っていた。



「佐々木、帰ろうぜー。」

教室の出入口から叫ばれる。
私は席を立つと、まだ机に開かれていた歴史の教科書を鞄に詰めた。

この時代は妖術と呼ばれていたものを、魔法と呼ぶ。
魔法を正しく使える技術と精神を養うために、国で指定された学校に通わされる。
そして、この国の人間として、溶け込めるように飼い慣らされるのだ。


私は何ら強い力があるわけではなかった。
抑えるまでもなく、ただ、何となく、導かれるままに、過ごしていた。



そんな、何でもない日々に慣れ始めた頃。

昇降口への階段を降りきるその瞬間、私は視界の端に映ったものに、動きを止めた。
見紛うことなどない。

私はもう一度、降りた階段を駆け上がった。

「あっ、佐々木!?」

傍にいた友人の声が聞こえたが、どうでもよかった。

私は、『彼女』を人混みに見たのだ。
かつての私が恋い焦がれていた、
己が愛した刀と天秤にかけた、
手に入らないと諦めた、『彼女』を。

こんな運命の巡り合わせを、認めなくはなかった。
思い出の中にあればそれで良かった。
いっそ時とともに忘れてしまいたかった。

私の頬を、冷や汗が伝った。


雪解け水が流れ始めるように
止まった時が動き出す音がした。


春、佐々木春弥
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