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城田啓介の場合

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 城田啓介(しろたけいすけ)商業デザイナー
 車に跳ねられ死亡。享年二十九。
 
 サビ残だらけの毎日からの解放が事故死なんてツイてない。女遊びも専門まででやめて(帰れなくて遊べなかっただけ)真面目に働いていたのに。
 
 気付いたら森の中。すっごく高い木々に囲まれていた。
 
 なんだこれ?

 起き上がろうとしたが体がうまく動かない。目に入った自分の手が小さくてふくふくしていて、夢でも見てんだなと眠った。
 
 「やい、おまえさん。こんなとこで寝入るとはな」
 
 体が浮いた気がした。草の匂いのするあたたかい場所だ。
 
 「また寝やがった」
 
 安心して、サビ残だらけで疲れた心を休ませる。もしかしたら生まれ変わりでもしたのだろうか。だとすると俺って捨て子?なんて親だ……こんな森の中に置いてくなんて畜生め!
 
 「やれやれ、置いてけんしなぁ」
 
 頼むよオジサン。頼りはあんただけなんだ。
 
 甘えるように指を掴んで離してやらない。
 
 「はぁ、仕方ないねぇ」
 
 ありがとう。お世話になります。
 
 
 まず問題だったのは、森の中にいたときはオジサンの言葉が確かに聞き取れたのに、そのあと目が覚めた後からまったくわからなくなっていたことだ。

 こういう時ってチートみたいな能力があってよくない?何語に近いのかもわかんないし、文字だって読めない。
 
 また赤ちゃんからやり直しの人生かぁ。
 
 オジサンことダンは、薬師という仕事をしていた。あちこち薬草を採りながら旅をしている。そんななか俺を背負って町に出て乳を飲ませてくれる女を探してくれたダンには感謝しかない。
 
 「大人しくしとけよ」
 「だぁ(了解)」
 
 乳離れしてしばらくすると、顔見知りの薬師が集まる宿に俺を留守番させていくこともあった。
 
 「じゃ、少しの間こいつを頼む」
 「うん。たまには休みなよ」
 
 いい匂いのするお姉さんかお兄さんかわからない若い薬師が俺のふくふくボディを抱えて可愛い可愛いと構ってくれる。眠気に抗ったが、頬をつついてきた指を握って爆睡してやった。

 薬師ばっかり集まった「薬師宿」っていうのがどこの地域にもある。薬草臭いからなのかと思っていたが、どこの宿屋の店主も恰幅のいい用心棒のような人ばかりだった。薬師は重要な役職なのだろう。ただ薬をつくるだけじゃなくて、よく怪我人や病人を診ていたダンの姿から医師と薬剤師を兼ねてると想像はつく。魔法の世界ではなさそうだ。残念。
 

 子供はあまり見かけない薬師宿でみんなに可愛がってもらいながら俺はすくすく育った。口がまわるようになってからは、言葉がバラバラで何を言ってるのかわからない薬師たちに揉みくちゃに構われながら勉強した。
 
 みんなと指をさしてこれはこうだなんだと言い合いながらの日常は平和で、時間がゆっくり流れる。
 
 日本ではなかった過ごし方だ。
 
 ネットもないしゲームもできない。移動は徒歩か乗り合い馬車。電車もバスも車もない。でも俺にはこっちの生活が合ってたんだ。パソコンを見なくていい日常はとても過ごしやすかった。
 
 ただ、ずっと心に引っ掛かっていることがひとつある。
   
 俺は初めて自分の身体を目で確かめたとき、思わず叫んだんだ。
 
 「うややぁあぁっ!(ちんこがねぇ!)」
 
 むちむちのちびこい体を洗っていたダンが、急に喋りだした俺に驚きながら、まだ理解できず何かわからない言葉をかけてきた。
 
 「……う?」
 
 なに?と聞いてもこっちの言葉に変換されることもなく、まだ赤ん坊だったので変わった子だなぁみたいな目で見られてそのままぱしゃぱしゃ洗われた。
 
 他の若い薬師は声も中性的で性別がよくわからないけど、ダンは口布を下げれば髭面で男だとすぐわかる。
 拾ってくれたときの年は生前の俺より上くらい。昔は美少年だったかもなって感じの、声も低くて喉仏も尖った渋めの男。それが見てきた薬師のなかでは珍しいので、この世界の常識がよくわからない。
 
 そもそも他の薬師はみんな人前だと布を頭とか首に巻いていて、薬師着以外の服を着ているときでさえほぼ顔が見えない。赤ん坊の俺を預かり世話してくれた仲の良い薬師たちの素顔を初めて見たときは『おにいさん…?おねえさん……?」とドギマギした。山、森、宿屋という狭い世界で育っている俺が見てはっきりと性別がわかるのが宿屋の主人とダンくらいなんだ。
 
 俺って女なの?なんて質問して「そうだが?」と言われても心の準備がちょっと追い付かない。いや、ちんこが無いんでそりゃほぼ女の子なんだろうけどさ。
  
 それと想定外なことがもうひとつ。
 
 歩き回れるようになってから自分で鏡を見て、思わず「わお」と声が出た。
 
 俺、なかなか美人じゃないか……!
 
 日本人だったときより色素の薄い肌。それに反するように青みがかった黒髪と瞳。美少女だ。
 
 幼くしてこの完成度、かなり美しい。
 
 俺ってばやっぱり心は城田啓介のままで女に生まれかわっちゃった!ってやつじゃん!
 
 それなんてエロゲ?
 
 鏡を見てきゃいきゃい騒ぐ俺を不思議そうにダンが見ていたので、それからはこそっと川に顔をうつしては『おれ、美しいぜ』とニヤつく不気味な子供になった。

 

 女かぁと思いながら生活していると、ダンに絹糸を渡された。

 なんでも薬師は、自分の気に入った場所に居ついて暮らすときに嫁さんを探すが、総じてコミュ障だからおまじないを込めて布を織るらしい。それをプレゼントして受け取ってもらい、使ってくれたら上手くいくとかなんとか。なんじゃそりゃ、と思いつつ習慣らしいんで四苦八苦しながら薬学を習う合間に織りはじめた。
 
 しかし髪の毛を織り込むと聞いて、おまじないじゃなくてノロイの類いじゃんか!と引く。

 イヤだイヤだと逃げ回ったが問答無用で髪を抜かれ「さぁやるんだ」と言われて泣く泣く続けた。きちんと想いを込めろとうるさいので、理想を想像しつつ織る。
 
 俺はこのとき完全に自分の肉体が女だと思っていたので『優しくて~』『男前で~』『包容力があって~』『愛情深くて~』と、やけくそになっていた。

 『それにエッチもうまいほうがよくて~』と考えたとき、リアルに自分が男に抱かれる側だと想像してひやっとする。

 百合プレイじゃだめかな……?なんて雑念煩悩を交えるとなぜだか糸が弛んで、ほどいてやり直すことになってしまう。ノロイのすごさに戦いた。
 
 やっとこさ布を完成させたあと、ほれみろとダンに見せてやる。ふんふん頷いたダンは、つぎはこれだ。と青い百合のような花を沢山採ってきた。俺を拾った月を誕生日としているのか、その月の花だ。百合のような花はこちらの言葉でマルカという。それを煮込んだ湯に布を漬け込んで揉んで絞って、いくらか青色に染まった頃。
 
 「トキ」
 
 棒を渡された。俺は言葉がわからなかった時に何度もトキトキと呼ばれたので自分をトキという名だと思っていたが、森の子供という意味のダンの生まれた北の言葉らしい。

 二文字で?と内心突っ込みながら、なんか素敵じゃん?と気に入っている。
 
 「なに、これ?」
 
 俺は北の言葉を話すダンとは話せる。まだ日本語が邪魔するが、それだけじゃなく他の薬師と遊んでいたのでたまに違う国の言葉を話していると指摘された。バイリンガル?いやマルチリンガルってやつ?かっこよくね?
 
 「叩き棒だ、ささくれは取ってやったから使え」
 
 田舎のばあちゃんが使ってたすりこぎ棒に似てる。これでまた染めて絞った布を叩いて、何度かしたら干して触り心地を確認する。それを繰り返すと毛羽立った表面を滑らかに出来るらしい。

 完成は自分の肌馴染みがいいと感じたときだと言われて、なんて曖昧なノロイだよと呆れながら言われた通りにやってみる。
 無心でだむだむ叩いてばしゃばしゃ浸けてぎゅうぎゅう絞る。天気のいい日に伸ばして干すとしばしの休息。

 だがいつまでたっても布の表面はなんだかチクチクしている。ダンに想いがこもってないからだと言われてふて腐れていたら、ほれとダンの布を見せられた。
 
 「うそ…」
 
 マジ?買ってきたんじゃね?ってレベルでつるんと光っている。つい、と指でなぞると滑らかだ。
 
 「まぁがんばんな」
 
 今日は山の中にある薬師たちが誰でも使える小屋に泊まるので、留守番がてらだむだむと棒で叩く。

 想いを込めろっていってもなぁ。

 出来れば浮気とかやめてほしいなぁ、とか。束縛はしないけど放任主義もやだし。明るいのはいいけど楽観的すぎてなにも考えてないやつは嫌だ。ある程度悲しみも苦しみも乗り越えられる慈悲深い男前だと俺だって愛せるかもしれない。
 
 この手間のかかったお手製の布をあげてもいい!って思える相手なんだから、結局は俺の好みによる。見る目を養ったほうがよさそうだ。

 城田啓介の頃を思い浮かべる。何人か仲の良かった友達には、友達としては面白いが彼女からしたら最低の男はいた。アイツに似た野郎は絶対ムリ。それと比べてチビで女顔だが男気溢れる奴は『私より可愛いすぎてちょっと』と引かれてモテないと泣いていた。最低野郎のほうがモテるなんて世界は狂ってると暴れるそいつを皆で宥めてオールした日もあった。青春だな。俺が女ならお前の方を選ぶぜ!なんて言ってた気もする。
 
 だけど女の子みたいな男ならそりゃあドキドキはするけど、なんでだかそっち方面の想像はできない。女は女らしい子が好きだったし、男は普通に男らしいやつのほうが「ついていきます!兄貴!」ってなるしな。
 
 そうだ、兄貴ィ!って憧れられる頼りがいのある旦那さんだといい!
 
 
 ちんこがないからもう女の子気分だった俺。
 
 
 ある日、ダンに「この村に定住する」と告げられた。
 少し雪のつもる村で、野菜の美味しい土地だった。ダンは草食主義で、俺には肉を食わせるが自分は食べなかった。
 
 定住するということは俺はどうしたらいいんだろう。考えないようにしていた不安がよぎる。
  
 嫁さんを探す!と息巻いているダンには聞き辛い。俺は拾ってもらってここまで育てられたが本当の子供じゃないから、完全に嫁を娶るなら邪魔になる。
 
 「そうだ、お前さんには色々言っとかねぇとな」
 
 ダンに数冊の本を持たされた。
 
 「まずこれはトキのもんだ。自分で管理すんだよ」
 
 薬学の知識を詰め込んだ、ダンの手書きのノートだった。絵がうまい。ぱぱ……と柄にもなく感動してしまった。
 
 「それでなトキ、お前さんは気付いてないかもしれないが……」
 
 衝撃だった。
 
 なんと俺、女の子じゃなかったんだ。
 
 そりゃあ胸がまったく膨らまないから疑った時期もあったさ!俺は貧乳なんだって落ち込んでさ、でも美人だし補えてるって!貧乳はステータスだって聞いたことあるし!そうやって自分で慰めてたんだよ!
 
 だからって上半身は男、下半身は女。でも子宮は機能しないだろう。って言われてもうビックリよ!
 
 ちんこもないのにそれも?!って。

 じゃあ俺、家族つくれねぇってことじゃん。元の世界ならそりゃ子供ができないと悩んで夫婦で手を尽くしたり、つくらない選択をしたりはあったよ?女だからって誰でも健康に生めるわけでもないってこともかーちゃんがよく言ってたし。
 
 でもこの価値観の世界で、まずチャレンジする前からできないってわかってると貰い手がいないよ!
 
 そりゃ俺が出産するなんてまだ考えてもなかった。でも出来ませんと言われるとショックだ。それと同時に、ふっと気持ちは楽になるところもあるが。

 だって怖いだろ。トキとしてこの世界に生まれてから十三年近く経っても城田啓介の記憶が薄れないんだ。合わせると四十越してんだから男としての記憶が強い。男とセックスしたら妊娠しちゃうんだと思って震えた夜もあった。
 
 あぁそうかぁ、と色々考えている俺にダンは言う。
 
 「月のモンもこんだろ?」
 
 そういえばそうだ。日本での平均的な初潮の年なんて、保健体育で習ったかもしれないけど俺は覚えてない。でもこの世界は十を過ぎた頃にくるらしい。だいたいの健康体な女ならその頃には胸も張り出ている。
 小さい頃から俺の身体を気にかけていたダンは、しきりに女の月の不調に効く薬草を煎じて俺に飲ませていたらしい。あのまずい茶は薬だったのかとはじめて知った。 
 
 「こない……。じゃあトキはどうしようか」
 
 俺は自分を女の子だと思ってたので、自分のことをトキと名前で呼んでいる。ぶりっこっぽいかな?とは思うが、俺呼びも似合わないし、この世界の自分を表す言葉が地域で違いすぎて薬師たちに色々教わるうちに混乱して名前呼びが定着しちゃったんだ。
 
 せっかく布も滑らかに仕上がって、なかなか自慢の一品なのに。
 
 「そんなもん、それでもお前がいいってやつと一緒になるんだよ」
 
 簡単に言うぜ!まったく!
 
 ダンは、産婆が俺を診て一発で歪だとわかる人間だったとしたら、いいところの出なのかもしれんと悩んだという。でもそんなの俺はどうでもいい。だって子供が男だか女だかわからないからって捨てるような人間に親面されたくない。
 
 「お前さんは俺んとこで学んで一人立ちに備えんだ。すぐ出てけなんて言わねぇよ」
 
 身体のこと、この先のこと、不安はたくさんある。でもダンには感謝してるから、心配させないように薬師として生きていこう。
 
 俺が結婚できないなんて日本でも有り得たことだし!うん、とにかく今は勉強するしかない!
 
 ダンは嫁探しに励み、俺はダンの仕事を手伝いながら山に入って薬草を探し、自分で薬を調合しては試してと忙しく過ごした。
 そうしてしばらく村で薬屋をやってるうちに一人の娘を連れてきたダン。ふくよかで肌の綺麗な野菜農家の娘。俺にも優しくて、すぐに気に入った。
 
 ダンがずっとデレデレしていて気色悪かったが、三人で食べたシチューは今までで一番美味しかった。
 
 
 それから一年と半年が経ち、一緒に住みだした嫁さんとの新婚生活に俺がいちゃあ子作りも捗らんだろう。そう感じて、いよいよ二人の生活を邪魔すんのも心苦しく思ってきた頃。野菜農家の娘でダンの妻のソーンは心配だと引き留めたが、一人で店を任されることも増えて自信もついた俺は一人立ちを決めた。
 
 今まで俺が薬草を集めたり怪我人の治療を手伝ったりで貯めてくれていた小遣いをダンに渡される。
 
 「薬師が病気すんなよ、トキ」
 
 森の木の根っこに捨てられていたのに呑気に寝ていた俺を、普通の身体じゃないとわかっても一生懸命世話してくれたダン。乳をわけて貰うのがどんだけ大変だったか。厳しいことも言われたけど、理不尽だったことはひとつもない。優しいひと。大好きだ。
 
 「トキはダンに拾ってもらえて幸せだったよ」
 
 気恥ずかしいが笑顔でそう言う俺に、ダンはさっさと行け!と手を払った。ソーンがたくさん焼いたクッキーを持たせてくれる。
 
 一人立ちを告げたときから「心配だ」「まだ子供だから」「危ないわ」とずっと俺のことを案じてくれたダンの妻、ソーン。
 
 泣き腫らした目の彼女が、笑顔でぎゅっと抱き締めてくれた。あったかい女のひと。ソーンが来てから、この世界ではじめての母性愛を感じて心はぽかぽかだった。ダンをよろしくな。
 
 ダンもソーンも病気するなよ~!と大きく手を振る。

 
 二人に背を向けて歩き出すと、とうとう我慢ならなかったのか、おんおんと声をあげて泣くダンの声が聞こえた。俺もおもわず走って抱きつきたくなったが、振り返らずに鼻を啜りながら旅に出た。
 
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