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13.護衛の仕事
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侯爵が王都屋敷に戻ったときには、パスクヮーリ子爵からの使いが来てクレーリアに状況を確認したいと願い出ていた。
ロザリンダが戻っていないという話を聞いて、食堂へ向かう途中であったクレーリアはふらりとよろめいた。
慌てて支えたアルミオは、彼女が震えていることに気付く。
「お嬢様……」
「大丈夫です。使いの方を室内にお通ししてください。詳しく話を聞かせてもらいます」
伝達に来た使用人が下がると同時に、侯爵が姿を見せた。
「何があったのだ」
「お父様……!」
事は貴族家同士の問題になっている。隠し通す意味はもとより無いと判断したクレーリアは、状況を全て話した。
と言っても、彼女が知っているのは今日の昼間にロザリンダの訪問を受けて夕食を共にする約束をしたことと、一度帰宅すると言っていた彼女がそのまま行方不明になったらしいということだけだ。
「私も同席する。……クレーリア、陛下は明日にでもお前の話を聞きたいそうだ。いくつかの予定を後回しにしてくださった。この話が終わったら、用意をしておきなさい」
「ですが……」
「陛下が御自らご予定を変更くださったのだ。臣下としての選択を誤ってはいけない」
侯爵は冷徹とも思えるほどに落ち着いて諭した。友人を優先したい気持ちは重々承知の上で、より重大な使命が待っていることを忘れるわけにはいかない、と。
「わかりました……」
「手は尽くす。私に任せておきなさい」
侯爵とクレーリア、そしてアルミオとパメラが同席する形で、パスクヮーリ子爵家の使用人から話を聞くことになった。
部屋に通された使用人は侯爵家当主が居ることに驚き、慌てて膝を突いた。
「こ、侯爵様……ご、ご機嫌うるわしゅう」
「機嫌が良くなるような話を持ってきたわけではあるまい。余計な挨拶は省いて構わぬゆえ、用件を言いたまえ」
「恐れながら……当家パスクヮーリ子爵家のロザリンダ様が、屋敷に戻っておりませぬ。ご予定では貴家を訪問されているはずでしたが……」
使用人が言うには、侯爵家で夕食に呼ばれたので帰りが遅くなるという連絡はあったものの、その後一度帰宅する予定がいつまで経っても戻らず、そのまま夕食に参加したのだと考えていたらしい。
ところが、夜遅くなってもロザリンダは戻らず、連絡もない。
これは何かあったのではと考えた子爵が状況を連絡するという名目で、侯爵家に使者を寄越したのだ。
「ロザリンダ様は、その、クレーリア・ソアーヴェ様を信奉されておりましたので、当家の主はあまり心配はしておりませんでしたが……」
凡そ、話が盛り上がりすぎているのだろうと簡単に考えていた子爵家の面々だったが、ここへ来た使者だけは状況がおかしいと気づき始めていた。
連絡を忘れたロザリンダに苦言を呈して馬車を連ねて帰るつもりだった使者は、今やすっかり青ざめている。
「お父様……!」
「わかっている。子爵殿はご在宅かな」
「はっ、屋敷にてお嬢様のお帰りを待っております」
顎に手を当てて黙考する侯爵に、クレーリアは「自分が探しに行く」と言い出した。
「誘拐の可能性を考えませんと、一刻を争う状況です。私とアルミオさんで探しに行きませんと……」
アルミオが初めて見る姿だった。普段は冷静なクレーリアがこれほど狼狽するとは、と彼はうまく落ち着かせる言葉が出てこなかった。
「お前は陛下に披露する研究成果の準備があるだろう」
「でも、ロザリンダさんが!」
「私に任せなさい。……君、子爵家まで私も同行する。すぐに馬車を用意するから、先導してくれたまえ」
突然のことに使用人は即答できなかったが、有無を言わさぬ迫力にうなずくほかない。というより、子爵家の使用人風情では侯爵の指示を断ることなどできないのだ。
「クレーリア。お前はもう休みなさい。明日は午後から登城の予定になっている。資料もそうだが、身嗜みについても準備を怠らぬように」
陛下に失礼の無いように気を付けろ、とだけ言って外出の準備に立ち上がった侯爵に、アルミオが「すみません」と声をかけた。
「せめて私だけでも、ロザリンダ様の捜索をさせていただけないでしょうか。私ならあの方の顔を見知っております」
アルミオの願いにも、侯爵は嘆息して頭を振った。
「だめだ。君は娘の護衛だろう。娘の友達のことは担当外のことだ。それに、明日は君も娘の護衛として登城するのだから、体調を万全にしておくためにも早く休みなさい」
アルミオは引き下がらざるを得ない。
クレーリアを見ると落胆した様子であり、パメラも口を引き締めて目を閉ざしていた。
「これは我が家とパスクヮーリ子爵家の話だ。お前たちは自分のことを第一に考えておきなさい。……自分たちまで、同じことにならぬよう」
侯爵は非情というわけではない。王都屋敷に詰めている兵の半数を使って捜索すると明言した。
しかし、貴族家の者が誘拐されることは、多くは無いが珍しいわけではない。
問題は、その処理をどうするかということになる。侯爵が自らの兵を動かすとは言っても王国兵を使うとは言わなかったのも、子爵家の面子を考えてのことだった。
当主や跡取りが誘拐されたとなると、貴族としての恥になると考える者は少なくない。まあして王家に対して「危機管理ができない」「護衛すらまともに用意できない」と取られることを恐れるのは当然でもある。
「子爵と話してどのように処理するか決める。……ロザリンダ嬢が心配なのは子爵もお前と同じだ。見捨てるようなことはしないから、安心しなさい」
「……わかりました。よろしくお願いいたします」
そうして侯爵を見送ったクレーリアは、パメラに支えられて自室へと引いていった。
残されたアルミオは、侯爵に止められても自分にできることはないかと思考を巡らせつづけている。
「ロザリンダ様……」
王都の中で、しかも貴族の紋章をさげた馬車ですら襲われる。
貴族の誘拐は、多くが人通りの多い町中や郊外で発生することが多いので、貴族たちの屋敷が集まるエリアから出たとは考えにくいロザリンダの馬車が襲われたとすれば、異常である。
そんなエリアだから馭者も油断しているだろうから、あえて狙ったとも考えられるが。
「アルミオ、侯爵が言っていただろう。あんたもさっさと寝ときな」
「寝られるような状況じゃないだろう……」
「ベッドに転がって、目を閉じているだけでも多少は回復するもんだ。あんたはこの屋敷を侯爵の許しなく出ることはできないし、寝不足のポンコツを城に連れて行くわけにもいかないんだ。子供じゃないんだから、わかるだろう」
パメラの意見に反論はできない。
客分なら、自由に出歩くのも問題ないが、今は奉公で護衛としてクレーリアの傍に居なければならない立場である。ロザリンダが心配だからと言って、勝手はできない。
「それに、今回の件はずいぶんきな臭ぇ。ロザリンダ嬢が本命じゃない可能性だってある」
「パメラ、どういう意味だ?」
「お嬢を誘い出す罠かもな」
パメラは、この件が実際はクレーリアを狙ったものではないかと語った。
貴族の事情に詳しい者ならばロザリンダがクレーリアと親しいことは承知している。ロザリンダに何かあればクレーリアも動くと考えるのは自然な話だ。
「だから侯爵はお嬢を止めたのさ。あんたを留め置いたのもそのため。……そのくらい読み取れないと、貴族とは付き合えないぞ」
「元傭兵なのに、ずいぶん察しが良いな」
「傭兵だから、だよ。あたしたちを雇うのはいつだって他人に戦争をやらせる連中だ。話の裏を読めなきゃ、無駄死にするんだ」
「嫌な稼業だな」
「それしかできないから、そうしてきただけさ。自由を気取っても、窮屈な世界ってことだな」
それを言うなら、貴族だって同じじゃないだろうか。
アルミオは貴族たちがどれほど権力を有していても、王家や他貴族への遠慮や配慮、関係性や面子で雁字搦めになって、娘の友人を探すのにも制限がかかっているではないかと考えていた。
ロザリンダを探す方法を考えていたはずが、いつの間にか自分の無力さを呪う思考に逸れていたのは間違いない。
「……あんた、今夜は使い物にならなそうだ。お嬢の部屋はあたしが番をする。その代わり、明日はあんたに任せるからね。あたしは王城なんてまっぴらだから」
「すまない。頼んだ」
休まなければ、とアルミオは頭では理解していたが、どうにも部屋に戻る気にはならなかった。
そのまままんじりともせず、最低限の照明だけが灯された薄暗いホールや談話室を歩く。
「侯爵家は贅沢だな」
自分の家なら、夜は使用人が一人も居なくなり、照明代を浮かすためにろうそくは全て消されてしまう。
侯爵自身が戻っていないこともあるが、それにしても充分な数のろうそくが灯されていた。
アルミオは玄関ホールへとたどり着いた。
「探すなら、まずは馬車だな」
身代金目当ての誘拐であれば、ロザリンダは無事なはずだ。馭者はどうなったかわからないが、目立ちすぎる馬車はどこかで処分するか放置される。
犯人につながる何かがそこに残されている可能性が無くはない。
あれこれと考えているうちに何時間過ぎたのだろう。
気づくと玄関が開かれ、使用人たちを連れた侯爵が姿を見せた。
「まだ起きていたのか」
「侯爵閣下。おかえりなさいませ。……申し訳ありません。寝付けずに邸内を見学させていただいておりました」
言葉には出さなかったが、話し合いがどうなったのかをアルミオが気にしているのは明らかだった。
侯爵は大きく息を吐いて、立ったままで告げる。
「当家と子爵家から人数を割いて捜索を開始する。ただし、子爵からのたっての希望で王家には内密に、との話になった」
落としどころとしては想定通りである。
だが、それでは人数が少なすぎるのではないか。
「どの程度の人数が動かせるのでしょうか」
「合わせて70名。これ以上は両家が無防備になりすぎる」
侯爵も子爵も、これが陽動である可能性を考えている。万が一にも護りの薄い屋敷に賊が入ったとなれば末代までの恥になるからだ。
そこまでの話を聞いて、アルミオはある決断をした。
「……閣下、数時間だけで構いません。外出の許可をいただけませんでしょうか」
「外出? 何をするつもりだ」
数時間でロザリンダを見つけられるとは思えぬ、と侯爵は訝し気に問う。
「両家の名を出さずに、王都で捜索をする伝手を思いつきました。私の考えをお聞きくださいませんか」
十五分後、アルミオは侯爵の許しを得て借り受けた馬にまたがって屋敷を飛び出した。
ロザリンダが戻っていないという話を聞いて、食堂へ向かう途中であったクレーリアはふらりとよろめいた。
慌てて支えたアルミオは、彼女が震えていることに気付く。
「お嬢様……」
「大丈夫です。使いの方を室内にお通ししてください。詳しく話を聞かせてもらいます」
伝達に来た使用人が下がると同時に、侯爵が姿を見せた。
「何があったのだ」
「お父様……!」
事は貴族家同士の問題になっている。隠し通す意味はもとより無いと判断したクレーリアは、状況を全て話した。
と言っても、彼女が知っているのは今日の昼間にロザリンダの訪問を受けて夕食を共にする約束をしたことと、一度帰宅すると言っていた彼女がそのまま行方不明になったらしいということだけだ。
「私も同席する。……クレーリア、陛下は明日にでもお前の話を聞きたいそうだ。いくつかの予定を後回しにしてくださった。この話が終わったら、用意をしておきなさい」
「ですが……」
「陛下が御自らご予定を変更くださったのだ。臣下としての選択を誤ってはいけない」
侯爵は冷徹とも思えるほどに落ち着いて諭した。友人を優先したい気持ちは重々承知の上で、より重大な使命が待っていることを忘れるわけにはいかない、と。
「わかりました……」
「手は尽くす。私に任せておきなさい」
侯爵とクレーリア、そしてアルミオとパメラが同席する形で、パスクヮーリ子爵家の使用人から話を聞くことになった。
部屋に通された使用人は侯爵家当主が居ることに驚き、慌てて膝を突いた。
「こ、侯爵様……ご、ご機嫌うるわしゅう」
「機嫌が良くなるような話を持ってきたわけではあるまい。余計な挨拶は省いて構わぬゆえ、用件を言いたまえ」
「恐れながら……当家パスクヮーリ子爵家のロザリンダ様が、屋敷に戻っておりませぬ。ご予定では貴家を訪問されているはずでしたが……」
使用人が言うには、侯爵家で夕食に呼ばれたので帰りが遅くなるという連絡はあったものの、その後一度帰宅する予定がいつまで経っても戻らず、そのまま夕食に参加したのだと考えていたらしい。
ところが、夜遅くなってもロザリンダは戻らず、連絡もない。
これは何かあったのではと考えた子爵が状況を連絡するという名目で、侯爵家に使者を寄越したのだ。
「ロザリンダ様は、その、クレーリア・ソアーヴェ様を信奉されておりましたので、当家の主はあまり心配はしておりませんでしたが……」
凡そ、話が盛り上がりすぎているのだろうと簡単に考えていた子爵家の面々だったが、ここへ来た使者だけは状況がおかしいと気づき始めていた。
連絡を忘れたロザリンダに苦言を呈して馬車を連ねて帰るつもりだった使者は、今やすっかり青ざめている。
「お父様……!」
「わかっている。子爵殿はご在宅かな」
「はっ、屋敷にてお嬢様のお帰りを待っております」
顎に手を当てて黙考する侯爵に、クレーリアは「自分が探しに行く」と言い出した。
「誘拐の可能性を考えませんと、一刻を争う状況です。私とアルミオさんで探しに行きませんと……」
アルミオが初めて見る姿だった。普段は冷静なクレーリアがこれほど狼狽するとは、と彼はうまく落ち着かせる言葉が出てこなかった。
「お前は陛下に披露する研究成果の準備があるだろう」
「でも、ロザリンダさんが!」
「私に任せなさい。……君、子爵家まで私も同行する。すぐに馬車を用意するから、先導してくれたまえ」
突然のことに使用人は即答できなかったが、有無を言わさぬ迫力にうなずくほかない。というより、子爵家の使用人風情では侯爵の指示を断ることなどできないのだ。
「クレーリア。お前はもう休みなさい。明日は午後から登城の予定になっている。資料もそうだが、身嗜みについても準備を怠らぬように」
陛下に失礼の無いように気を付けろ、とだけ言って外出の準備に立ち上がった侯爵に、アルミオが「すみません」と声をかけた。
「せめて私だけでも、ロザリンダ様の捜索をさせていただけないでしょうか。私ならあの方の顔を見知っております」
アルミオの願いにも、侯爵は嘆息して頭を振った。
「だめだ。君は娘の護衛だろう。娘の友達のことは担当外のことだ。それに、明日は君も娘の護衛として登城するのだから、体調を万全にしておくためにも早く休みなさい」
アルミオは引き下がらざるを得ない。
クレーリアを見ると落胆した様子であり、パメラも口を引き締めて目を閉ざしていた。
「これは我が家とパスクヮーリ子爵家の話だ。お前たちは自分のことを第一に考えておきなさい。……自分たちまで、同じことにならぬよう」
侯爵は非情というわけではない。王都屋敷に詰めている兵の半数を使って捜索すると明言した。
しかし、貴族家の者が誘拐されることは、多くは無いが珍しいわけではない。
問題は、その処理をどうするかということになる。侯爵が自らの兵を動かすとは言っても王国兵を使うとは言わなかったのも、子爵家の面子を考えてのことだった。
当主や跡取りが誘拐されたとなると、貴族としての恥になると考える者は少なくない。まあして王家に対して「危機管理ができない」「護衛すらまともに用意できない」と取られることを恐れるのは当然でもある。
「子爵と話してどのように処理するか決める。……ロザリンダ嬢が心配なのは子爵もお前と同じだ。見捨てるようなことはしないから、安心しなさい」
「……わかりました。よろしくお願いいたします」
そうして侯爵を見送ったクレーリアは、パメラに支えられて自室へと引いていった。
残されたアルミオは、侯爵に止められても自分にできることはないかと思考を巡らせつづけている。
「ロザリンダ様……」
王都の中で、しかも貴族の紋章をさげた馬車ですら襲われる。
貴族の誘拐は、多くが人通りの多い町中や郊外で発生することが多いので、貴族たちの屋敷が集まるエリアから出たとは考えにくいロザリンダの馬車が襲われたとすれば、異常である。
そんなエリアだから馭者も油断しているだろうから、あえて狙ったとも考えられるが。
「アルミオ、侯爵が言っていただろう。あんたもさっさと寝ときな」
「寝られるような状況じゃないだろう……」
「ベッドに転がって、目を閉じているだけでも多少は回復するもんだ。あんたはこの屋敷を侯爵の許しなく出ることはできないし、寝不足のポンコツを城に連れて行くわけにもいかないんだ。子供じゃないんだから、わかるだろう」
パメラの意見に反論はできない。
客分なら、自由に出歩くのも問題ないが、今は奉公で護衛としてクレーリアの傍に居なければならない立場である。ロザリンダが心配だからと言って、勝手はできない。
「それに、今回の件はずいぶんきな臭ぇ。ロザリンダ嬢が本命じゃない可能性だってある」
「パメラ、どういう意味だ?」
「お嬢を誘い出す罠かもな」
パメラは、この件が実際はクレーリアを狙ったものではないかと語った。
貴族の事情に詳しい者ならばロザリンダがクレーリアと親しいことは承知している。ロザリンダに何かあればクレーリアも動くと考えるのは自然な話だ。
「だから侯爵はお嬢を止めたのさ。あんたを留め置いたのもそのため。……そのくらい読み取れないと、貴族とは付き合えないぞ」
「元傭兵なのに、ずいぶん察しが良いな」
「傭兵だから、だよ。あたしたちを雇うのはいつだって他人に戦争をやらせる連中だ。話の裏を読めなきゃ、無駄死にするんだ」
「嫌な稼業だな」
「それしかできないから、そうしてきただけさ。自由を気取っても、窮屈な世界ってことだな」
それを言うなら、貴族だって同じじゃないだろうか。
アルミオは貴族たちがどれほど権力を有していても、王家や他貴族への遠慮や配慮、関係性や面子で雁字搦めになって、娘の友人を探すのにも制限がかかっているではないかと考えていた。
ロザリンダを探す方法を考えていたはずが、いつの間にか自分の無力さを呪う思考に逸れていたのは間違いない。
「……あんた、今夜は使い物にならなそうだ。お嬢の部屋はあたしが番をする。その代わり、明日はあんたに任せるからね。あたしは王城なんてまっぴらだから」
「すまない。頼んだ」
休まなければ、とアルミオは頭では理解していたが、どうにも部屋に戻る気にはならなかった。
そのまままんじりともせず、最低限の照明だけが灯された薄暗いホールや談話室を歩く。
「侯爵家は贅沢だな」
自分の家なら、夜は使用人が一人も居なくなり、照明代を浮かすためにろうそくは全て消されてしまう。
侯爵自身が戻っていないこともあるが、それにしても充分な数のろうそくが灯されていた。
アルミオは玄関ホールへとたどり着いた。
「探すなら、まずは馬車だな」
身代金目当ての誘拐であれば、ロザリンダは無事なはずだ。馭者はどうなったかわからないが、目立ちすぎる馬車はどこかで処分するか放置される。
犯人につながる何かがそこに残されている可能性が無くはない。
あれこれと考えているうちに何時間過ぎたのだろう。
気づくと玄関が開かれ、使用人たちを連れた侯爵が姿を見せた。
「まだ起きていたのか」
「侯爵閣下。おかえりなさいませ。……申し訳ありません。寝付けずに邸内を見学させていただいておりました」
言葉には出さなかったが、話し合いがどうなったのかをアルミオが気にしているのは明らかだった。
侯爵は大きく息を吐いて、立ったままで告げる。
「当家と子爵家から人数を割いて捜索を開始する。ただし、子爵からのたっての希望で王家には内密に、との話になった」
落としどころとしては想定通りである。
だが、それでは人数が少なすぎるのではないか。
「どの程度の人数が動かせるのでしょうか」
「合わせて70名。これ以上は両家が無防備になりすぎる」
侯爵も子爵も、これが陽動である可能性を考えている。万が一にも護りの薄い屋敷に賊が入ったとなれば末代までの恥になるからだ。
そこまでの話を聞いて、アルミオはある決断をした。
「……閣下、数時間だけで構いません。外出の許可をいただけませんでしょうか」
「外出? 何をするつもりだ」
数時間でロザリンダを見つけられるとは思えぬ、と侯爵は訝し気に問う。
「両家の名を出さずに、王都で捜索をする伝手を思いつきました。私の考えをお聞きくださいませんか」
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