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12.彼女のライバル
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懐かしい。
というのが王都の門を目にしたアルミオの最初の感想だった。侯爵邸へ移ってまだ数日しか経っていないのだが、どうも濃い時間を過ごしていると長く離れていたような気になってしまうものらしい。
王都の出入り口は複数あるのだが、特に大きな玄関口となっている場所は人も多い。侯爵領も都会だが、やはり王都は人口の密度が違う。
「さすが侯爵様の馬車だなぁ」
アルミオが侯爵領へ向かう時もそうだったが、人や馬車が行き交う大通りだというのに、侯爵家のエンブレムが入った馬車とわかると途端に道を譲ってくれる。
城へと続く大通りのど真ん中を悠々と通り抜けていく感覚は、他では味わえないものだろう。
そのまま、馬車は急ぐこともなくゆったりと王城方面へと向かう。
旅人や商人たちで賑わう王都外延部を抜けると、街並みは落ち着いた雰囲気へと変わり、人通りもまばらになってくる。
この辺りは住宅街が集まっており、商人たちの他、領地を持たない貴族たちが多く住んでいる。
「騎士訓練校はちょうど反対側だな」
城を挟んで反対側に訓練校がある。訓練施設と寮なども含めると広大な土地をしようしているので、既存の住宅地からは離れている。
だが、訓練校の学生を当て込んだ商売人が集まったことで、その周辺もちょっとした繁華街になっているのだ。
さらに住宅街を抜けると通りが一際広くなり、集合住宅はほとんどなくなって広い前庭と立派な門構えの邸宅が増えてくる。
領地を持つ貴族家の王都屋敷が並ぶエリアだ。
王城へ近づくほど門閥貴族のものであり、広く大きくなっていく。
ただ、建物は立派でも王都に滞在している貴族家当主はそう多くないせいか、あまり活気があるとは言えない。
そうして、王城の正門のほぼ隣と言って差し支えない場所までやってきた。
ここにソアーヴェ侯爵家の屋敷がある。
王城の守衛と大差がない人数の門番が立ち、その広さは町の区画二つ分はあろうかというもので、侯爵が住まう本邸の他に、使用人たちの寮や来賓用の建物、兵たちの訓練場や馬場も内包している。
「え、これ俺入って大丈夫なのか……?」
資料に囲まれた馬車に乗っているアルミオは、誰とも会話をせずにそのままするすると馬車ごと敷地内へと入っていく。
「これって侵入者扱いされないよな?」
頼むから話を先に通しておいてくれ、と願うアルミオの目の前で扉が開いた。
「さあ、充分休みましたね? 資料を一度屋敷に運びますから、さっさと起きて手伝ってください」
「イルダか、良かった……」
「何を言っているのです。お嬢様をお待たせしてはいけません。さあ、さあ」
「わかった、わかった」
数時間とはいえ、狭い荷馬車の中に押し込まれていた身体はガチガチにこっていたが、のんびり身体をほぐしている時間はなさそうだった。
すでに動き始めているイルダたちの他に、随行の使用人や屋敷に詰めていたであろう者たちもクレーリアの私物などを馬車から運び出している。
研究資料に関しては双子とアルミオ以外は触れないようにしているらしいが。
「こちらに」
「イルダたちは来たことがあるのか?」
「以前に何度かは。お嬢様は時折依頼を受けて王都でのお仕事をなさいますので、その際にお手伝いをさせていただいたのです」
イルダは息を弾ませながら重い書類や標本を運んでいる。
屋敷の車寄せから荷物を運び終えると、馬車は馭者がどこかへと移動させてしまった。
アルミオ以外は王都屋敷に来たことがあるのだろう。皆それぞれてきぱきと動き、最後には自分たちの荷物を抱えてどこかへ去ってしまった。
「……あれ?」
気付けばイルダやエレナも見当たらず、玄関前でポツンと一人、アルミオだけが残されている。
「ちょ……俺はどうしたら?」
邸内か別館に使用人向けの宿舎があるはずだが、アルミオがそこに行くべきかどうかもわからない。
仮にも彼は貴族の一員なので、奉公先によってはそれに準じた扱いになるからだ。
侯爵領の本邸でも彼は個室を与えられているが、それは貴族の客人としてのもてなしに等しい。食事だけは彼の希望で他の警備役たちと共にしているが、彼らは基本別館で二人部屋か四人部屋を与えられている。
館に入って誰かに聞くべきか、と迷っていると前庭の向こうに見える正門がどん、と勢いよく開いた。
「な、なんだ?」
白昼堂々敵襲かと思ったアルミオだったが、そこから速足の馬に引かれて入ってきた馬車から飛び降りたのは、一人の貴族令嬢であり、手に持っていたのは武器ではなく華美な装飾が施された扇であった。
「クレーリア様が王都にお運びと伺ってまいりましたの。そこの使用人、クレーリア様をお呼びしてくださるかしら?」
「……俺?」
「他に居ないでしょう。さ、早くおし」
早口でまくしたてるご令嬢に、アルミオはどう反応すべきか狼狽えてしまった。
「あの俺、使用人じゃなくてですね、一応奉公でこちらにお世話になっている者でして……」
「あら、そうでしたの。ではどこかの貴族家の跡取りなのね」
口ぶりからして高位貴族なのだろうと感じたアルミオは、自然と敬語になっていた。この時点で二人の上限関係は確定されたようなものだ。
「ヴェッダ男爵家のアルミオと申します」
「ふぅん。知らないわね」
ばっさり。
一応は領地持ちの男爵家なのだが、地方の小規模な貴族家などこの程度の扱いであることはアルミオも良く知っている。
「わたくしはパスクヮーリ子爵家のロザリンダですわ。クレーリア様の親友にしてライバル! あの御方の心の中で最も輝いている者ですわ! 憶えておきなさい!」
うむ、うるさい。というのがアルミオの正直な意見だった。
基本的に物静かなクレーリアは見た目に透明感があり、印象には残るが決して派手ではない。対して、このロザリンダという女性は豪奢な金髪にウェーブがかかってボリュームがあり、顔立ちもそれぞれのパーツが大きく化粧も派手でとにかく目立つ。
印象に残るという意味では同じだが、全くの対象だった。
「とにかくクレーリア様をお呼びして頂戴!」
「その必要はありませんよ、ロザリンダさん」
アルミオの背後からの助け舟。クレーリアが屋敷から出てきてたしなめる様に言う。
「屋敷の前で騒ぐのはお止めなさいと前にも話したでしょう? それに、まず来訪の連絡をくださらないと警備の者が困るでしょう」
説教というより言い聞かせるような口ぶりは母親を思わせるものだが、言われている当人はまるで子供のようにクレーリアの懐へ飛び込んだ。
「お久しぶりです! 本当は侯爵領へお伺いしたいのですけれど、お父様が許してくださらないのです!」
「はいはい、お話は中で聞きますから。アルミオさんも一緒に。荷物は屋敷の者に預けて構いませんから」
「クレーリア様! わたくしの新しいレポートを読んでくださいませんか?」
「ええ、預かります。後程読んでおきますから、夕食をご一緒しませんか」
「よろしいのですか? ではよろこんで!」
侯爵は夜まで戻らないので、クレーリアは夕食の相手を欲しいと言って提案したのだが、ロザリンダは食い気味に了承すると、嬉しそうにころころと笑った。
楽し気なお茶会である。
アルミオは着席を勧められたが、護衛として仕事中だと断ってしまった。とてもじゃないが、高位貴族の令嬢たちのお茶会に参加するような図太さはない。
宝石や花の話題でさぞかし盛り上がるだろう、と考えていたアルミオの耳に入ったのは、ロザリンダの「例の植物毒の研究ですけれど」から始まった言葉だった。
「クレーリア様の言われる通り、自然毒をそのまま利用する方法は保存性に問題がありましたの。抽出直後は良いのですけれど、日数が経つと薬効が落ちてしまいまして……」
「粉末にする方法はどうでしたか?」
「それが中々……高温で水分を蒸発させると薬効が消えてしまって、残った粉末が無毒になってしまいますのよ?」
どうやら以前から何かとアドバイスをしていたらしく、クレーリアはロザリンダの相談に迷う様子もなく答えていた。
「ど、毒……?」
「あら、あなたは毒に興味がおありですの?」
「いや、その……」
「クレーリア様の護衛として奉公しているのだから、当然ですわね!」
どう当然なのか理解できないが、ロザリンダは納得したらしい。誤解ともいう。
「わたくしの毒物研究はまだ始まったばかりなのですが、いつかクレーリア様にも死因が特定できないような毒を作り出すのがわたくしの夢なのです!」
「それは犯罪予告というやつでは……」
アルミオのつぶやきはロザリンダの耳には届かなかったらしい。
ちらりと視線を向けると、クレーリアは少し困ったような顔をして首を振っていた。
「クレーリア様の死体試験場はご覧になられましたか? あのような素晴らしい施設! そしてその研究を遺憾なく発揮した検視の技術! わたくしは初めて拝見させていただいた日からその虜なのです!」
「最初は興味本位で私に会いに来られたのです。死体を見たら興味をなくして離れていくと思ったのですけれど……」
社交界に興味がないクレーリアにとって、貴族令嬢の友人は特に必要だとは思わなかったらしい。
興味や家柄目当てで近づいてくる者たちには標本や検視の様子を見せると大概は離れてしまうのだが、ロザリンダは強い興味を持ってしまったらしい。
「クレーリア様は孤高の存在! 誰も彼もが理解できるわけではない境地に立っておられるのだと。そこでわたくしは思ったのです! わたくしがクレーリア様のライバルになれば寂しい思いをさせることなどない、と!」
暴走気味ではあるが、クレーリアを思ってのことなのは間違いないらしい。悪い子ではないのだとアルミオは思ったが、疑問はあった。
「それでどうして毒に……」
「死を解析するクレーリア様のライバルなら、死を呼ぶ毒こそ対になる存在として適切なのは当然ではありませんか! 変な人ですわね」
「えっ、俺の方が変な奴扱いなの?」
「……ふふっ」
思わず素で返してしまったアルミオに、クレーリアが思わず笑みを見せた。
「ごめんなさい、アルミオさん。今日の夕食は賑やかになりそうですし、話し相手は多いに越したことはありませんから、あなたもご一緒しませんか」
「よろしいのですか?」
「ええ、登城の打ち合わせもありますから。ロザリンダさん、良いですね?」
「クレーリア様がお決めになられたことなら、よろこんで」
それからしばらくの談笑の後、クレーリアは夕食の指示を出して着替えをすると言って一時解散となった。
アルミオはあてがわれた部屋で荷物を解かねばと立ち上がったが、ロザリンダに引き留められた。
「先ほどは使用人などと間違えてごめんなさいね」
拍子抜けするほど素直に謝罪されて驚いたが、彼女はただ感情表現が素直なだけなのだとアルミオは気づいた。
自分と同年代のはずだが、改めて見ると化粧の濃さを差し引けば年下に見えるほど純朴な少女なのだ。
「いえ、俺の方こそ不慣れでご迷惑をおかけしました」
「今宵の夕食、楽しみにしておりますね。侯爵領でのお話、聞かせてくださいませね」
夕食のために一度着替えに帰ると言ったロザリンダは、花が咲いたような笑顔を見せてから車寄せに呼んだ馬車へと乗り込んだ。
馭者が一礼して馬を進め、ゆっくりと開いた門から馬車が出ていく。
その夜、ロザリンダは行方不明になった。
というのが王都の門を目にしたアルミオの最初の感想だった。侯爵邸へ移ってまだ数日しか経っていないのだが、どうも濃い時間を過ごしていると長く離れていたような気になってしまうものらしい。
王都の出入り口は複数あるのだが、特に大きな玄関口となっている場所は人も多い。侯爵領も都会だが、やはり王都は人口の密度が違う。
「さすが侯爵様の馬車だなぁ」
アルミオが侯爵領へ向かう時もそうだったが、人や馬車が行き交う大通りだというのに、侯爵家のエンブレムが入った馬車とわかると途端に道を譲ってくれる。
城へと続く大通りのど真ん中を悠々と通り抜けていく感覚は、他では味わえないものだろう。
そのまま、馬車は急ぐこともなくゆったりと王城方面へと向かう。
旅人や商人たちで賑わう王都外延部を抜けると、街並みは落ち着いた雰囲気へと変わり、人通りもまばらになってくる。
この辺りは住宅街が集まっており、商人たちの他、領地を持たない貴族たちが多く住んでいる。
「騎士訓練校はちょうど反対側だな」
城を挟んで反対側に訓練校がある。訓練施設と寮なども含めると広大な土地をしようしているので、既存の住宅地からは離れている。
だが、訓練校の学生を当て込んだ商売人が集まったことで、その周辺もちょっとした繁華街になっているのだ。
さらに住宅街を抜けると通りが一際広くなり、集合住宅はほとんどなくなって広い前庭と立派な門構えの邸宅が増えてくる。
領地を持つ貴族家の王都屋敷が並ぶエリアだ。
王城へ近づくほど門閥貴族のものであり、広く大きくなっていく。
ただ、建物は立派でも王都に滞在している貴族家当主はそう多くないせいか、あまり活気があるとは言えない。
そうして、王城の正門のほぼ隣と言って差し支えない場所までやってきた。
ここにソアーヴェ侯爵家の屋敷がある。
王城の守衛と大差がない人数の門番が立ち、その広さは町の区画二つ分はあろうかというもので、侯爵が住まう本邸の他に、使用人たちの寮や来賓用の建物、兵たちの訓練場や馬場も内包している。
「え、これ俺入って大丈夫なのか……?」
資料に囲まれた馬車に乗っているアルミオは、誰とも会話をせずにそのままするすると馬車ごと敷地内へと入っていく。
「これって侵入者扱いされないよな?」
頼むから話を先に通しておいてくれ、と願うアルミオの目の前で扉が開いた。
「さあ、充分休みましたね? 資料を一度屋敷に運びますから、さっさと起きて手伝ってください」
「イルダか、良かった……」
「何を言っているのです。お嬢様をお待たせしてはいけません。さあ、さあ」
「わかった、わかった」
数時間とはいえ、狭い荷馬車の中に押し込まれていた身体はガチガチにこっていたが、のんびり身体をほぐしている時間はなさそうだった。
すでに動き始めているイルダたちの他に、随行の使用人や屋敷に詰めていたであろう者たちもクレーリアの私物などを馬車から運び出している。
研究資料に関しては双子とアルミオ以外は触れないようにしているらしいが。
「こちらに」
「イルダたちは来たことがあるのか?」
「以前に何度かは。お嬢様は時折依頼を受けて王都でのお仕事をなさいますので、その際にお手伝いをさせていただいたのです」
イルダは息を弾ませながら重い書類や標本を運んでいる。
屋敷の車寄せから荷物を運び終えると、馬車は馭者がどこかへと移動させてしまった。
アルミオ以外は王都屋敷に来たことがあるのだろう。皆それぞれてきぱきと動き、最後には自分たちの荷物を抱えてどこかへ去ってしまった。
「……あれ?」
気付けばイルダやエレナも見当たらず、玄関前でポツンと一人、アルミオだけが残されている。
「ちょ……俺はどうしたら?」
邸内か別館に使用人向けの宿舎があるはずだが、アルミオがそこに行くべきかどうかもわからない。
仮にも彼は貴族の一員なので、奉公先によってはそれに準じた扱いになるからだ。
侯爵領の本邸でも彼は個室を与えられているが、それは貴族の客人としてのもてなしに等しい。食事だけは彼の希望で他の警備役たちと共にしているが、彼らは基本別館で二人部屋か四人部屋を与えられている。
館に入って誰かに聞くべきか、と迷っていると前庭の向こうに見える正門がどん、と勢いよく開いた。
「な、なんだ?」
白昼堂々敵襲かと思ったアルミオだったが、そこから速足の馬に引かれて入ってきた馬車から飛び降りたのは、一人の貴族令嬢であり、手に持っていたのは武器ではなく華美な装飾が施された扇であった。
「クレーリア様が王都にお運びと伺ってまいりましたの。そこの使用人、クレーリア様をお呼びしてくださるかしら?」
「……俺?」
「他に居ないでしょう。さ、早くおし」
早口でまくしたてるご令嬢に、アルミオはどう反応すべきか狼狽えてしまった。
「あの俺、使用人じゃなくてですね、一応奉公でこちらにお世話になっている者でして……」
「あら、そうでしたの。ではどこかの貴族家の跡取りなのね」
口ぶりからして高位貴族なのだろうと感じたアルミオは、自然と敬語になっていた。この時点で二人の上限関係は確定されたようなものだ。
「ヴェッダ男爵家のアルミオと申します」
「ふぅん。知らないわね」
ばっさり。
一応は領地持ちの男爵家なのだが、地方の小規模な貴族家などこの程度の扱いであることはアルミオも良く知っている。
「わたくしはパスクヮーリ子爵家のロザリンダですわ。クレーリア様の親友にしてライバル! あの御方の心の中で最も輝いている者ですわ! 憶えておきなさい!」
うむ、うるさい。というのがアルミオの正直な意見だった。
基本的に物静かなクレーリアは見た目に透明感があり、印象には残るが決して派手ではない。対して、このロザリンダという女性は豪奢な金髪にウェーブがかかってボリュームがあり、顔立ちもそれぞれのパーツが大きく化粧も派手でとにかく目立つ。
印象に残るという意味では同じだが、全くの対象だった。
「とにかくクレーリア様をお呼びして頂戴!」
「その必要はありませんよ、ロザリンダさん」
アルミオの背後からの助け舟。クレーリアが屋敷から出てきてたしなめる様に言う。
「屋敷の前で騒ぐのはお止めなさいと前にも話したでしょう? それに、まず来訪の連絡をくださらないと警備の者が困るでしょう」
説教というより言い聞かせるような口ぶりは母親を思わせるものだが、言われている当人はまるで子供のようにクレーリアの懐へ飛び込んだ。
「お久しぶりです! 本当は侯爵領へお伺いしたいのですけれど、お父様が許してくださらないのです!」
「はいはい、お話は中で聞きますから。アルミオさんも一緒に。荷物は屋敷の者に預けて構いませんから」
「クレーリア様! わたくしの新しいレポートを読んでくださいませんか?」
「ええ、預かります。後程読んでおきますから、夕食をご一緒しませんか」
「よろしいのですか? ではよろこんで!」
侯爵は夜まで戻らないので、クレーリアは夕食の相手を欲しいと言って提案したのだが、ロザリンダは食い気味に了承すると、嬉しそうにころころと笑った。
楽し気なお茶会である。
アルミオは着席を勧められたが、護衛として仕事中だと断ってしまった。とてもじゃないが、高位貴族の令嬢たちのお茶会に参加するような図太さはない。
宝石や花の話題でさぞかし盛り上がるだろう、と考えていたアルミオの耳に入ったのは、ロザリンダの「例の植物毒の研究ですけれど」から始まった言葉だった。
「クレーリア様の言われる通り、自然毒をそのまま利用する方法は保存性に問題がありましたの。抽出直後は良いのですけれど、日数が経つと薬効が落ちてしまいまして……」
「粉末にする方法はどうでしたか?」
「それが中々……高温で水分を蒸発させると薬効が消えてしまって、残った粉末が無毒になってしまいますのよ?」
どうやら以前から何かとアドバイスをしていたらしく、クレーリアはロザリンダの相談に迷う様子もなく答えていた。
「ど、毒……?」
「あら、あなたは毒に興味がおありですの?」
「いや、その……」
「クレーリア様の護衛として奉公しているのだから、当然ですわね!」
どう当然なのか理解できないが、ロザリンダは納得したらしい。誤解ともいう。
「わたくしの毒物研究はまだ始まったばかりなのですが、いつかクレーリア様にも死因が特定できないような毒を作り出すのがわたくしの夢なのです!」
「それは犯罪予告というやつでは……」
アルミオのつぶやきはロザリンダの耳には届かなかったらしい。
ちらりと視線を向けると、クレーリアは少し困ったような顔をして首を振っていた。
「クレーリア様の死体試験場はご覧になられましたか? あのような素晴らしい施設! そしてその研究を遺憾なく発揮した検視の技術! わたくしは初めて拝見させていただいた日からその虜なのです!」
「最初は興味本位で私に会いに来られたのです。死体を見たら興味をなくして離れていくと思ったのですけれど……」
社交界に興味がないクレーリアにとって、貴族令嬢の友人は特に必要だとは思わなかったらしい。
興味や家柄目当てで近づいてくる者たちには標本や検視の様子を見せると大概は離れてしまうのだが、ロザリンダは強い興味を持ってしまったらしい。
「クレーリア様は孤高の存在! 誰も彼もが理解できるわけではない境地に立っておられるのだと。そこでわたくしは思ったのです! わたくしがクレーリア様のライバルになれば寂しい思いをさせることなどない、と!」
暴走気味ではあるが、クレーリアを思ってのことなのは間違いないらしい。悪い子ではないのだとアルミオは思ったが、疑問はあった。
「それでどうして毒に……」
「死を解析するクレーリア様のライバルなら、死を呼ぶ毒こそ対になる存在として適切なのは当然ではありませんか! 変な人ですわね」
「えっ、俺の方が変な奴扱いなの?」
「……ふふっ」
思わず素で返してしまったアルミオに、クレーリアが思わず笑みを見せた。
「ごめんなさい、アルミオさん。今日の夕食は賑やかになりそうですし、話し相手は多いに越したことはありませんから、あなたもご一緒しませんか」
「よろしいのですか?」
「ええ、登城の打ち合わせもありますから。ロザリンダさん、良いですね?」
「クレーリア様がお決めになられたことなら、よろこんで」
それからしばらくの談笑の後、クレーリアは夕食の指示を出して着替えをすると言って一時解散となった。
アルミオはあてがわれた部屋で荷物を解かねばと立ち上がったが、ロザリンダに引き留められた。
「先ほどは使用人などと間違えてごめんなさいね」
拍子抜けするほど素直に謝罪されて驚いたが、彼女はただ感情表現が素直なだけなのだとアルミオは気づいた。
自分と同年代のはずだが、改めて見ると化粧の濃さを差し引けば年下に見えるほど純朴な少女なのだ。
「いえ、俺の方こそ不慣れでご迷惑をおかけしました」
「今宵の夕食、楽しみにしておりますね。侯爵領でのお話、聞かせてくださいませね」
夕食のために一度着替えに帰ると言ったロザリンダは、花が咲いたような笑顔を見せてから車寄せに呼んだ馬車へと乗り込んだ。
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