解剖令嬢

井戸 正善

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18.死者の声

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 発見された使用人は、殴打による遺体であった。
 死亡時刻はロザリンダが侯爵邸を出た数時間後であり、手首に生活反応が見られる擦過傷があったため、後ろ手に縛られた状態で殴り殺されたのだと考えられる。
 路地の奥、積み上げられた木箱の裏に隠れるようにして横倒しになった遺体の周辺には、折れた木の棒などがあり、そこに使用人の靴底と一致する跡もついている。

「結論はまだ出せないが、ここに馬車で乗り入れ、使用人をここで降ろして殺害した可能性が高い」
 現場で待っていたベルトルドは、クレーリアに挨拶をして同行してきたカルロスにも自己紹介を済ませると、近衛騎士がここにいる理由に首をかしげながら状況を説明し始めた。
「狭い場所に無理やり馬車を入れたせいだな。壁の一部に削れたような跡がある。

 左右に出た車軸がこすれた跡が黒く残る壁を指さし、ベルトルドは続けた。
「ここは貴族家で働いている連中が多く住む建物で、日中はほとんどが留守にしていた。おかげで現場を見ていた人間は少ない」
「少ない、ということはいないわけじゃない、と」
「その通り」

 アルミオの問いに、ベルトルドは手帳を開いて自分が書きつけた内容に目を落とす。
「あー……西側の建物の二階に住んでいる人物から、言い争う声が聞こえた後、何かを殴る様な鈍い音がしたという証言が取れた」
「その方は……」
「侯爵領から人数を割いて護衛を付けております」

 クレーリアの不安に、ベルトルドはすぐ答えた。
 目撃証言を得た場合、その証言者も報復の対象となる場合があるとわかっているからだ。
「さて、ここからのことですが」
「わかっています。イルダさん、エレナさん、お願いします」
 双子を連れて遺体へと進み出るクレーリアの姿は、いつも通り凛としている。

 どちらかといえば、アルミオの方が落ち着かなかった。
「ベルトルドさん、他に現場からわかることは?」
「侯爵領なら、現場検証のチームを呼べるんだが……」
 王都では目立った捜査はやりづらいとベルトルドはカルロスをちらりと盗み見て、声を低くする。
「基本的に王都内の、特に貴族街のことは王国騎士のテリトリーだから、他領の人間が大きな顔はできなくてね」

 明文化されていないが、住み分けはあるんだと言う。
「今回、あくまでソアーヴェ侯爵家とパスクヮーリ子爵家に関することだから、と俺たちが動いているんだが、あまり大げさな捜査は難しくなる」
 王家に全容を知られるのは避けたいからという理由もあるが、自分たちのテリトリーで好き勝手に捜査をされるのを王国騎士たちも良い顔をしない。

 騎士訓練生についてはあくまでアルミオ個人の提案であり、対外的には訓練でしかなかったので問題ないが、王国にあまり内情を知られずに済ませるには、目立たない方が良い。
 まして、カルロスのように王に近い人物がいると非常に動きにくい。
「いや、私のことは気にしなくても結構です。パスクヮーリ子爵家には御恩がありますので、子爵家の不都合になるような真似はしません」

 聞けば、カルロスは休暇という形で手伝いに来ているらしい。
「国王陛下にはソアーヴェ侯爵からもお話が伝わっておりましたから、王家からも他家からも横やりはありますまい」
 むしろ、侯爵家の捜査方法について学べる良い機会であるとまで言い切った。
「カルロス様……ちょっとぶっちゃけすぎじゃないですかね」

 頭を掻いているベルトルドに、カルロスは笑顔で返した。
「様付けは結構。カルロスと気軽に読んでくれ。それよりも、ロザリンダ様のことが心配なので、できることがあれば何でも言って欲しい」
 信用できるのか、とアルミオに目くばせをしたベルトルドは、頷きが返ってきたことで覚悟を決めた。

「カルロス。そこまで言うなら折角だから頼みたい。侯爵領から鑑識チームを呼ぶから、馬車が王都に入れるように手配して欲しい。それと、この一帯を封鎖してくれ」
 こうなったら徹底的にやるべきだとベルトルドは考えた。
「よろしいですね、お嬢様」
「はい。……もとより、私は貴族の沽券など気にはしていません。できる限りのことをやりましょう」

 クレーリアは衣服を脱がせた遺体を前にして、奥歯を噛みしめた。
「……すみません。ロザリンダさんを探す手がかりを見つけるため、身体を見せていただきます」
 生前の姿を知っている相手を前に、クレーリアは両手を合わせた。
 それは周囲の誰もが知らない祈りの風景であったが、彼女が考えていることはわかる。

「イルダ、まず頭部から表面を確認していきます」
 薄い革の手袋をつけ、クレーリアは遺体の頭を抱えるようにして触れた。
「側頭部に骨折。眼底出血もあります。口腔内の出血もありますが……これも殴られた時に歯が触れたもの……ちょっと待ってください。エレナ、ピンセットを」
 口の中を調べていた時だった。ちらりと違和感のあるものが見えたクレーリアは、受け取ったピンセットを慎重に差し入れていく。

「……糸、ですね。いえ、布の一部もあります」
「どうして口の中に?」
 クレーリアが摘み取った金の糸に繋がって、小さな布の切れ端が出てきた。
「口に詰められた……いえ、喉にそういった傷はみあたりませんね。恐らく自ら噛みついたものでしょう」

 死に物狂いで相手の服に噛みつき、その一部を噛みちぎった分が口の中に残っていたのだ。
「前歯を折られていますが、奥歯に詰まった分には気づかなかったか、取り出せなかったのかも知れません。いずれにせよ、これは大きなヒントではありませんか?」
 シャーレに取り出した布には、金刺しゅうの一部が残っていた。

 ベルトルドはにやりと笑う。カルロスも驚きと共に笑顔でクレーリアとベルトルドの顔を見ていた。
「もちろん。これに関してはおれたちにお任せを」
「私も手伝おう。このような刺しゅう、貴族か豪商でもなければ入れるものではない。そういった刺しゅうを作る職人には心当たりがある。聞き込みを手伝おう」

 カルロスはそう言うと、遺体へ向けて一礼した。
「命を賭して証拠を遺してくださったこと、感謝する。必ずやロザリンダ様はお救いする……!」
 ベルトルドたちが鑑識の手配と聞き込みのために現場を後にしたとき、アルミオは現場保存のために残ることになった。もちろん、クレーリアの護衛としての理由もある。

 クレーリアが現場で可能な分の検証を行っている間、アルミオは路地の出入口に立ちふさがるように立っていた。
 人通りは少ない場所であるし、領からの兵たちも周囲にいる。
 こんな状況で襲撃してくるとは考えにくい。そう思っていたアルミオだったが、厄介事は別の形でやってきた。

「おやおや? こんなところで何をたむろしている? 恐れ多くもここは王国の首都。それも高貴なる者が住まう地区なのだが、お前らのような地方の兵士風情が何を偉そうに道を塞いでおるのか」
 幾人もの兵に囲まれ、馬に乗ってやってきた人物がいる。
 ひょろりとした身体で馬上からアルミオたちを見下ろす、いや見下す人物にアルミオは見覚えがあった。

 城内で見かけた、アポンテ子爵である。
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