外れ天職持ちの冒険者だが、皇女様にスカウトされて人生変わった。

空タ 多々

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冒険者アーク

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 黒鋼の大蛇。
 池や川などの水辺に生息し、動物を狩って喰らう肉食の蛇である。

 名の由来となったのは鉄を編んだかのように頑丈で強靱な体皮。なまくらな刃は言うに及ばず、名剣ですら一刀両断とはいかない。衝撃にも強く、伸縮性にも富む。ひとたび巻きつかれれば、巨獣であろうと抜け出ることは不可能とされる。

 そんな大蛇の前に、獲物が現れた。
 人間という中型の動物である。

 人間は川に向かって進み、水際で立ち止まった。
 具体的に何をしているのかは大蛇の与り知らぬ所だが、食い応えのある大きさの獲物が水を得るために隙を晒している。それだけわかっていれば問題はなかった。

 木の一部に擬態していた大蛇が静かに行動を開始する。

 狩りの際は地面を這いずるような真似はしない。
 木を足場に空中から忍び寄るのだ。
 また、遠間から全力で近寄ることもしない。
 身の一部をたわませ、余力を残した状態でゆったりと迫っていく。

 狩りに必要な能力は大きく二つ。
 獲物に近づくための隠密性と獲物を捕らえるための瞬発力である。

 大蛇は本能と経験によりそれを理解していた。

 やがて、獲物が射程に入り――大蛇は弛んでいた体を一気に伸ばし、加速した。
 狙いは胴体。最終的には顔や首を締めて窒息させるが、まずは逃げられないよう確実に巻きつくのが肝要なのである。

 頭部が獲物の脇を抜け、急カーブを描いた。
 このまま胴体を一周してやれば、獲物はもう自分から逃げられない。
 大蛇は勝利と成功を確信し――しかし次の瞬間、体の感覚が消失した。

 頭は動く。いや、頭しか動かない。頭しか動いていない。
 どうなっているのかと疑問を覚える大蛇の感覚器が示すのは落下だった。
 地面への、そして闇への落下である。

 大蛇は知らなかった。
 襲った獲物が黒鋼の大蛇を狩ることを専門にしている冒険者であったことを。

 * * *

「くっはぁぁ……」

 黒鋼の大蛇の獲物であった人間――二つ星冒険者のアークは大きく息をついた。

「何度やっても慣れないな……」

 落ち着かせていた心臓が高鳴り出していた。
 その視線の先にあるのは胴体と切り離されて地面に落ちた大蛇の頭部だ。

 奇襲を得意とする黒鋼の大蛇を囮で釣り出して仕留めるのは戦略としては正攻法と言える。
 しかし囮役を自ら務める、というか、人間にやらせるのは控えめに言ってもリスクが大きい。
 黒鋼の大蛇の体は金属製の太いロープのようなもので、巻きつかれてしまえば脱出するどころか救出することすら難しいからだ。
 囮には普通、適度な大きさの動物を使う。

 アークがそうせずに自らを囮にするのは黒鋼の大蛇の習性を利用するためである。

 黒鋼の大蛇は奇襲を仕掛ける場合、まず獲物に巻きつこうとする。
 獲物の体を一周するまでは獲物に触れない、と言い替えてもいいだろう。

 それは一秒にも満たない僅かな時間ではあるが、その瞬間を待っている者にとってみれば特大の好機だ。
 あくびをしながらでも確実に捉えられる。
 それでも不確定要素がないとは言えず、一歩間違えれば死ぬ所業であることに違いはない。

「ともあれ、依頼達成だ」

 アークは右手の中にあった大蛇の一部――その残骸を投げ捨て、川で血肉を洗い流した。

 それから、獲物の処理に入る。
 といっても、用意していた背負いカゴに大蛇の死体をとぐろ巻きにしながら収納するだけだ。

 最後に頭部も放り込み、蓋をする。
 血抜きはしていないが、カゴの内部は液体を通さないタイプの素材が貼りつけてあるので問題ないし、血にも強壮剤としてそれなりの価値があるので持ち帰るに越したことはない。

 少し離れた場所に立てかけておいた愛剣を持ち、カゴを背負う。

「……重てぇなぁ」

 今回アークが仕留めた黒鋼の大蛇は十メートルに迫っていた。金属並みの強度を誇ることから重さもかなりある。
 素材として利用される魔物を仕留めるたび、<探索者>のスキル――<亜空間収納>があればいいのにと思う。
 生憎とアークの天職は<探索者>ではないし、天職は神からの授かり物なので一生涯変えられないと来ている。
 このなんというか、悲しく苦しい必然的に発生してしまう重労働から解放されるためには<探索者>の仲間を募るしかないのだ。

(借金を返し終えたらパーティー組みたいな……――まぁ、どうせ無理だろうけど)
 
 別個体の存在を警戒しつつ、アークはとぼとぼ歩きで足跡を刻みながら森の外へ向かうのだった。

 * * *

 ガラクス皇国の騎士スタンは愛馬と共に道を駆けていた。

 目的地は辺境都市ライジェル。
 そこにいる主に一通の手紙を届けるのが彼に課せられた役目であった。

 やがて、騎士の目に森が映る。
 遠目に見えていた山の裾に広がる森の一端である。

 数キロを走り、森の手前で大きく道が折れた。

(森に突き当たってより南西に三時間ほど――だったか。夕方には着くだろう)

 皇都を出立してより六日。
 夜を徹してとまではいかないものの日中は駆け通し、到着の目処が立った。

(数日以内に主と会えれば、最悪を想定しても期日には間に合うはず。その後は……一体どうなるのか)

 騎士の中に様々な感情が過ぎる。

 人の生き死には基本的に水物である。
 しかし、今回の件はあまりにも唐突に過ぎた。

 疑念や憂慮は隠せない。
 その一方で、興奮もある。

 もしかすれば、騎士の主が――……。
 そう考えると否が応でも昂揚してしまうのだ。

 警戒心の薄れ。ここに至るまで妨害が皆無であったことによる油断。
 その発露を敵が狙ったのかは定かではない。狙えるものでもないだろう。
 ただ騎士が意識を内に向けていたために、自らが生み出す風切り音とは別の、空気を裂く音に気づくのに遅れたのは間違いなかった。

「……――ぬっ!?」

 騎士の目に映ったのは幾条かの煌めき。
 それは人馬に対し、進行方向から投じられた刃物だった。

 距離はすでに五メートルを切っている。
 騎士系の天職が持つ<操馬>のスキル補正を持ってしても、躱しきることはさすがに不可能だった。

(くぅっ……! だが、軽傷だ……!)

 投擲された小刃は騎士と馬に浅い切り傷を負わせただけに留まった。
 落馬もせず、馬もパニックなどは起こしていない。

 このまま走れるという確信を得ると、騎士の顔は後方へ向いた。

 敵の姿の確認。
 それはある意味で本能的な行動だろう。
 同条件ならば、ほとんどの者が騎士と同じように振り返っていた可能性が高い。

 しかし、それは悪手となる。

 後方の敵手の確認こそできたものの。
 騎士が視線を前に戻したとき、すでにロープが出現していたのである。
 胸の高さに。先の投擲を認識した距離よりも近くに。

(止まれん――)

 停止も回避もできるはずもなく、騎士の体は馬上から跳ね飛ばされた。

 騎士にとって幸いだったのはロープが鎧の上からぶつかったこと。
 ダメージは軽微であり――騎士は己の体勢を把握し、コントロールして両手両足で着地してみせた。

 しかし。

「不覚――ッ……」

 書簡は腰に結わえてある。
 いや、そもそもこの任務は緊急性はあれど秘匿性はそれほどではない。
 一部の者たちには伝わることが前提の情報。
 渡すべき手紙を失っても口頭でその内容を伝えれば済む。

 問題は愛馬を失ったこと。

 騎乗者がいなくなったことでいずれ立ち止まるだろう。戻ってくることもあるかもしれない。
 だが少なくとも今ここに――敵がいるはずのこの場に愛馬はいない。

 おそらく、ロープの仕掛けの目的はそれなのだ。
 騎士と馬の分断は騎士の戦闘力を封殺することに繋がる。

 なにしろ騎乗していない、馬を装備していない騎士は天職の補正をまともに得られない。
 地に足を付けた騎士の戦闘力は、装備条件を満たした他の戦闘職に遙かに劣るのだ。
 先程の見事な着地にしても『馬から下りる』という乗馬技術の範疇だったからこそできた芸当と言える。

「だが、簡単に討ち取れると思うな……!」

 騎士は狙い通り地上に墜とされた己を恥じつつも、それを振り払うようにして剣を抜く。
 明らかに堅気でない男の存在が騎士の目には映っていた。

(おそらく<狩人>か、斥候系であろう)

 罠の扱いに補正がかかるのはそのあたりの天職である。
 姿を見せておいて襲ってこない点からもその推測が成り立つ。

 射撃や後方支援系の天職が有する近接戦闘力は、騎乗していない騎士と大差ない。
 だからこそ敵は騎士が落ちたところに追撃をかけるつもりだったのだ。
 騎士が着地を決めたのは予想外だったに違いない。

(敵は他にもいる可能性がある。ならば、こちらから仕掛け……て……?)

 打って出ようとしたとき、騎士の全身から力が抜けた。
 意識までもが揺れ、目の前の景色が遠ざかる。

(なん、だ……これ……は……?)

 襲撃者の顔に気色が浮かぶ。

(ど、毒……か――ッ!?)

 毒物などへの備えはあったが愛馬と共に走り去ってしまっている。
 騎士は己の運命と任務の失敗を悟らざるを得なかった。

(カテナ、すまない……どうやら、私は……帰れそうに……ない。だが……!)

 馬を駆る騎士より早く移動できる手段はほとんど存在しない。
<天馬騎士>や<魔獣騎士>、<翼竜騎士>といった強力な乗騎を有する騎士か、そうでないなら馬を二十四時間走らせて使い潰してようやく、といったところである。

 つまり、これは何らかの遠距離通信手段を用いて計画された襲撃ということになる。
 辺境都市に元々存在していた駒のみによる待ち伏せ。
 届け先である主のこれまでの重要性から考えて、数が多いはずがない。

(この場の敵を屠りさえすれば……!)

 騎士は敵に切っ先を向けながら、辺境都市へ向けて歩を進める。

(さあ……来るが、いい。私が倒れる、前に……冒険者なりと合流、することにでも、なれば……貴様らの、任務は、失敗に……終わるぞ)


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