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相打ちの騎士
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アークの鼻は木々の切れ間から漂ってくる血の臭いを嗅ぎ取っていた。
アークの天職には血への嗅覚を高める特性や補正などはなく、そういった天与スキルやアビリティも持っていない。
にも関わらず気づけたということは、かなりの量の血が撒き散らされ、それがまだ渇いていないということだ。
獣や魔物が道端に捨てられるのはよくあることで、今回もそうならどうということはない。
だが、人間のものであると判断するなら方向転換が無難と言える。
人に大量の血を流させた存在と出くわさないように。
ただ、街道においての事件・事故には報告義務がある。
破っても罰を受けることはないが、義務をきちんと果たせばちょっと評判がよくなったり、ギルドからの覚えがよくなったりする。事と次第によってはランクアップの可能性だってあるのだ。
(……戦闘の音はない、な。確かめとくか)
アークは背負っていたカゴを下ろして身軽になった。
剣を抜き、木の背に隠れながら慎重に移動していく。
ソロで活動しているためにアークはこういった斥候的な動きに慣れているが、技量は本職には遠く及ばない。
<探索者>や<狩人>などが覚える<探知>スキルがあれば、ひいてはそれらの天職を持つ仲間がいればなと思わずにはいられなかった。
心の中で愚痴りながら辿り着いた道手前に生えた木。
そこから道を覗き込めば予想通りというべきか。
人間が転がっていた。
二つだ。どちらも物言わぬ死体と化している。
血の臭いは濃く、道を染める液体の色はまだ赤い。
下手人の姿はないが、事が起きたのはどうやらごくごく最近のようだ。
「しかし、こいつら――」
「……う」
アークの呟きに反応したのか、微かな声が上がった。
目にしている死体からではない。
「生きてる奴がいるのか……どこだ?」
「こ……こに……」
声は弱々しく、また声が発せられた位置は低かった。
警戒を続けつつ、アークは道に出る。
見回すと、木に背中を預けて座っている男を発見した。
戦闘と探索が生業である冒険者はあまり身に着けない、華美な装飾が施された金属製の鎧。
握ったままの剣も血に濡れているが上等そうだ。
「……あんた、どこぞの騎士か?」
「そう……だ」
騎士らしき男は息も絶え絶えに答える。
顔は紫色になっており、呼吸も浅い。
アークはその体をざっと確かめ、眉をひそめた。
鎧に守られた騎士が受けている傷は多くなかった。一番深そうなのは腿の切り傷だが、出血量から見るにさして深くもないだろう。戦いを生業にする者にとってはかすり傷だ。
しかし、そんな傷で騎士は立てず、呼吸すら厳しいような状態になっている。
「……毒だな」
そう判断しつつ、アークは非常用に携行している回復ポーションと解毒ポーションを振りかけた。
傷は癒えたが、顔色は戻らない。
(ダメか……)
安物だが致命傷でも出血を止める程度の効力はあるし、種類によっては毒にも効果があるのだが、どうやら騎士の体を蝕んでいる毒には効かないようだ。
当然の話ではあった。騎士に傷をつけたのは人間――おそらくは事切れている二人だ。殺す気なら、一般的に売られている下級のポーションで打ち消せるような毒を使うはずがない。
そして、こうなるともう、回復系の魔法やスキルを持たないアークには打つ手がなかった。
できるのはせいぜい、死に行く者の最後の言葉を聞くくらいのものだ。
「どな、たが……存じ、ぬ……が……」
意識が朦朧としているのか、騎士は自分が手当を受けたことにも気づいていない様子だった。
「これを……や、み……<闇姫>、に……届けて、ほしい……」
示されたのは騎士の腰にしっかりと結わえられた箱だった。
騎士はそれを持ち上げようとしているが、その力も残されていないらしく、箱に添えられた左手は震えるばかりだ。
「ど、うか……たの……む……」
「……わかった。引き受けよう」
アークが頷くと、騎士の体から力が抜けた。
誰かにそれを託すことだけを願い、己の命を保たせていた。
そんな死に様だった。
「中身は手紙だろうな……」
もしも、ここで行われた戦闘が偶発的なものでないのなら十中八九これは厄介事だろう。
死した騎士の半開きの目を閉じてやりながら、そんなことを考える。
(死に際の願いだ。叶えてやりたいが……いや、深く考える必要はないか)
アークは紐を切って箱を手にした。
届ける相手がまったく見知らぬ人物であれば、あるいは放置したかもしれない。
危険なだけで利益にならないからだ。
しかし、騎士が口にした<闇姫>という名にアークは心当たりがあった。
話したことはないが、たびたびすれ違うこともある。
<闇姫>は五つ星の冒険者――二つ星のアークにとってはとんでもなく格上だが、同じく辺境都市ライジェルを拠点とする同業者だ。
であるなら、話は簡単だろう。
どのみちこの件は冒険者ギルドに報告する。
そのついでに丸投げしてしまえばいい。
アークは三つの死体を持ち物ごと森の中へ移動させた。
剣を振るい、木の枝を落とす。
枝葉で死体を覆うためだ。
魔物や獣に荒らされる可能性はあるが、それは仕方がない。
そして、己の荷を背負い、帰路についた。
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