外れ天職持ちの冒険者だが、皇女様にスカウトされて人生変わった。

空タ 多々

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無限龍の尾

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「な、なんだこりゃッ……!?」

<闇姫>に着せられた紫黒色の鎧が動いていた。
 軽くはあれども頑強さを感じさせていたというのに、今はまるで生き物のように――蛇のようにのたくりながらアークの全身を這っている。

 アークとしてはたまったものではなかった。
 鎧だったモノがズリュズリュと動くたびに怖気が走る。イスに座っているのでなければ、手足を振り回して暴れていたかもしれない。

(どうやってんだよ……この鎧――ッ……!?)

 紫黒色の流動体は合流しながらアークの体を徐々に登っていき――飛んだ。
 それまでの動きが嘘のように、何の未練もなくアークから離れ、<闇姫>の元へと。

「く、はぁ……」

 謎の状況から解放され、アークは大きく息をつく。
<闇姫>を見れば、その全身が鎧に覆われていた。
 トレードマークたる紫黒色の鎧に。

「――驚きましたか?」
「お、驚くに決まってるだろ……」

 アークの返答を聞くと<闇姫>は兜を外した。
 その下にあった顔は薄く微笑んでいた。

「黒鋼の大蛇のように動かしてみた甲斐がありましたね」
「……わざとかよ」

 まさしくアークは黒鋼の大蛇に絡みつかれることを想像してしまったし、はっきり言って生きた心地がしなかった。

「演出と紹介です。わかりやすいように」
「――……」

 アークは目を瞠る。
 鎧は気がつけば姿を消し、その代わりに<闇姫>は紫黒色のコートを纏っていた。
<亜空間収納>で出し入れしているのではなく、瞬時に形を変えたということなのだろう。
 そして、先程の動きは完全にお遊びだったということである。

「なるほど、それがあんたの天与……ってわけだ」

 天与――生後間もなく神から授けられるスキルやアビリティ、アイテムのことを指す。
 天与を得られるのは千人に一人程度で、どのような天与が与えられるかは完全にランダム。天職との相性が悪く、全く役に立たない天与もあれば、歴史に名を残すほどに強力かつ天職と噛み合う天与もある。

「もうひとつ。アークさんの心に少し衝撃を与えて麻痺させたかったのもあります」

 コートの一部――左腕の袖が姿を消した。
 どこにと思う前に、<闇姫>は服の袖を捲った。

「……それは」

 露わになった<闇姫>の肌は、黒い鱗のようなモノで覆われていた。

「生後間もなく、私の全身はこれによって覆われたそうです。これを操れるようになるまで、私はずっと魔物のような姿でした」
「へえ……」

<闇姫>の告白に対し、アークが抱いた感情は――……親近感だった。

 アークは赤子のときに捨てられている。
 右手を包帯でグルグル巻きにされた状態で、だ。それはアークの天与スキルを使えなくするような処置であり、両親がアークを捨てた理由が天与スキルにあることを示唆していた。

 天与が所有者にもたらすのは光に限らない。
 所有者やその周囲の生き方を歪ませてしまうことも多々あるのだ。

「あまり動じませんね。さすがアークさん。天与スキルの暴走で借金を負っただけのことはあります」

 どうやら自分の事情を事細やかに知っているようだとアークは舌を打つ。そのトラブルを収めたギルドから証文を取ってきたくらいだからさもありなんだが、トラブルの詳細は恥以外の何者でもないのだ。

「さっさと本題に入ってくれよ。その天与が実験にどう……いや、なんか龍と関わりがあるのか?」

 最初の実験で<闇姫>は言っていたではないか。
 素材は龍である、と。

「<無限龍の尾>――それがこの天与アイテムの名です」
「……無限……龍?」

 アークの脳裏に蘇ったのは先程語られた神話の冒頭部。
 ――『世界に、無限の食欲を持つ龍がいた』。

「……まさか、無限龍ってのが、神話に出てきた龍の名前なのか?」
「わかりません」

<闇姫>は小さく首を振った。
 思わず呆れるも、次にアークに向けられた視線にはこれまでになく強い光が宿っていた。

「だからこその実験です。無限龍とは何なのか――それを知ることが、私の目的のひとつなので」

 己の体に天与と称してへばりつく異形。
 その正体が気になるというのはアークにも理解できた。
 まして、<無限龍の尾>などと本体の存在を示唆されれば尚更に。

「<無限龍の尾>を用いた実験によってアークさんが<龍騎士>の本領を発揮できるようになれば……この大地が無限龍であることが証明される。そうではありませんか?」
「まあ……それが尻尾で、本体ともども生きてるって前提なら……証明になるんじゃないか、ある程度は。公開して広めようってことなら、話は変わってくるだろうが……」

「公開の予定はないです。少なくとも私は」
「……なるほどな」

 言われて、アークは気づく。
 もしもアークが<龍騎士>の本領を発揮して活躍を始めたらどうなるか、ということだ。取らぬ狸のなんとやらでしかないが。

「神話の真偽、仮説の正誤、実験の成否――その全てはアークさんに懸かっています。アークさんの天与スキルに」

 差し出されたのは小手に変じた<無限龍の尾>の一部だった。

 * * *

「アークさんの天与スキルでそれを、破壊して下さい」
「……ああ。これくらいの大きさなら……得意分野だ」

 左手で受け取った小手を見るアークには少なからぬ緊張があった。

 実験の内容は話の途中から想像していた通りのもの。
 主旨もなんとなく理解できている。

 だからこその躊躇いだった。

<闇姫>が用意した未知なるこの実験は――……一瞬で終わる。
 天与スキルの発動という一秒に満たない時間で結果が出てしまうのだ。

「……――破壊できる確信が?」

 初回をなかなか試そうとしないアークの姿に、<闇姫>がそう尋ねる。

「……ある」
「私の考えるこの実験最大の困難は『<無限龍の尾>を破壊すること』なのですが」
「無限龍に認められるのが難しいんじゃないのか?」

 騎士が乗騎から主と認められる方法はいくつかある。
 信頼を得る、友愛を育む、実力を示す――この実験は三番目に該当するだろう。
 そして、乗騎の性格や知能にもよるが、その三番目が最も難しい。

 騎士は乗騎がいなければ真価を発揮できないのだから、乗騎を力で従えようとするときも素に近い能力で挑むことになる。その上、乗騎を含めた獣型の生物が力ずくによる支配・服従を許諾するのは、大きな力の差を感じたときだけだ。
 天馬・鷲獅子・翼竜・魔獣――現在運用されている特殊な乗騎の中で、三番目の手法により主を定めた乗騎はいない。いてもごく少数だろう。

 龍は体の頑強さに定評があるが、それでもほんの一部を傷つけられただけで主と認めるかは甚だ疑問である。<無限龍の尾>を持つ<闇姫>が<龍騎士>だったならば、あるいは一か二が成り立っていたかもしれないが……。

「アークさんが考えているより可能性は遙かに高いはずです」
「勝算というか、根拠はあるのか……?」
「<無限龍の尾>は今まで破壊されたことがありません。私の意で変形させることは可能なのですが、どんなに細く薄く――糸のような形状にしようとも、決して破壊できないのです」
「へえ?」
「微細に観察すれば、糸のようになっていてもそれは鱗の連なりでした。実体が小さくなっているのではなく、鱗が存在する空間そのものを縮小して小さくなっているのではないか、と思っています。それ故に、強度が変わらない。天与スキルの前に、剣で試してみてもいいですよ」
「いや……それには及ばない」

 アークを含め、騎乗していない騎士の攻撃力は、他の戦闘職の駆け出しレベルでしかない。単純な威力では農業系の天職を持つ者のクワの振り下ろしに劣るだろう。
 
「残念です。剣がへし折れたかもしれないのに」
「……勘弁してくれよ。新しい剣を買う金なんかないんだから……」

<闇姫>の戦闘を見ていなかったら挑戦していたかもしれない。
 アークはタルの中で震えているだろう賊たちに感謝の祈りを捧げておいた。

「無限龍が傷を受けたことがないのならインパクトは大きいはずです。もうひとつ――そもそも、乗騎が『主を選ぶ』というのはどういうことでしょう?」
「……は?」
「生物にとって背中というのは無防備な箇所。そこに他者を乗せる。信頼や友愛でも認められることを踏まえれば。乗騎が行っているのは人間の都合を言葉にした『主の認定』などではなく、人物の個別認識とその人物に対する騎乗の許諾に過ぎないのでは?」
「身も蓋もないな……それじゃ名前をつけて馬を可愛がってる騎士が哀れだろ」
「本質は、です。信頼や友愛の存在を否定したわけでは」

 否定してしまえば、人間同士の感情も味気ないモノになるだろう。
 というのはともかくとして、アークにも<闇姫>の言いたいことが理解できてきた。

 信頼や友愛は安全な相手という認識から騎乗が許可される。
 服従は危険を感じても意味がないから諦めて身を任せる。

 では無限龍はどうなのか。

「無限龍は巨大で、その背にはアークさんどころか大勢の人間が、大陸や海までもが乗っています。すでに乗っているのです」

 その巨大さ強大さ故にか、もしくは神に任された役割故にか、騎乗の許諾はすでに万人に対して与えられているのではないか。

「あとは、アークさんという<龍騎士>の存在が個別に認識されれば。幸いにして、ここには無限龍の一部があります。おそらくは誕生以来、一度も傷つけられたことのない体の一部が」
「ははッ――なんかいけそうな気がしてきたな!」

「初めて感じる痛みで無限龍が身じろぎなどすれば世界は崩壊。アークさんの名は魔王として後世に語り継がれることになります。よろしいですか?」
「……あんた、ところどころぶっ込んでくるよな」

「リスクの説明はしておくべきでしょう。そういうことも起こり得ると」
「そうなったら神様のせいにしてやるさ。無限龍に世界を二回滅ぼされるとか、管理不行き届きだ、ってな?」

 アークは笑うと、右手を<闇姫>の小手に近づけた。
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