9 / 16
無限龍の尾
しおりを挟む「な、なんだこりゃッ……!?」
<闇姫>に着せられた紫黒色の鎧が動いていた。
軽くはあれども頑強さを感じさせていたというのに、今はまるで生き物のように――蛇のようにのたくりながらアークの全身を這っている。
アークとしてはたまったものではなかった。
鎧だったモノがズリュズリュと動くたびに怖気が走る。イスに座っているのでなければ、手足を振り回して暴れていたかもしれない。
(どうやってんだよ……この鎧――ッ……!?)
紫黒色の流動体は合流しながらアークの体を徐々に登っていき――飛んだ。
それまでの動きが嘘のように、何の未練もなくアークから離れ、<闇姫>の元へと。
「く、はぁ……」
謎の状況から解放され、アークは大きく息をつく。
<闇姫>を見れば、その全身が鎧に覆われていた。
トレードマークたる紫黒色の鎧に。
「――驚きましたか?」
「お、驚くに決まってるだろ……」
アークの返答を聞くと<闇姫>は兜を外した。
その下にあった顔は薄く微笑んでいた。
「黒鋼の大蛇のように動かしてみた甲斐がありましたね」
「……わざとかよ」
まさしくアークは黒鋼の大蛇に絡みつかれることを想像してしまったし、はっきり言って生きた心地がしなかった。
「演出と紹介です。わかりやすいように」
「――……」
アークは目を瞠る。
鎧は気がつけば姿を消し、その代わりに<闇姫>は紫黒色のコートを纏っていた。
<亜空間収納>で出し入れしているのではなく、瞬時に形を変えたということなのだろう。
そして、先程の動きは完全にお遊びだったということである。
「なるほど、それがあんたの天与……ってわけだ」
天与――生後間もなく神から授けられるスキルやアビリティ、アイテムのことを指す。
天与を得られるのは千人に一人程度で、どのような天与が与えられるかは完全にランダム。天職との相性が悪く、全く役に立たない天与もあれば、歴史に名を残すほどに強力かつ天職と噛み合う天与もある。
「もうひとつ。アークさんの心に少し衝撃を与えて麻痺させたかったのもあります」
コートの一部――左腕の袖が姿を消した。
どこにと思う前に、<闇姫>は服の袖を捲った。
「……それは」
露わになった<闇姫>の肌は、黒い鱗のようなモノで覆われていた。
「生後間もなく、私の全身はこれによって覆われたそうです。これを操れるようになるまで、私はずっと魔物のような姿でした」
「へえ……」
<闇姫>の告白に対し、アークが抱いた感情は――……親近感だった。
アークは赤子のときに捨てられている。
右手を包帯でグルグル巻きにされた状態で、だ。それはアークの天与スキルを使えなくするような処置であり、両親がアークを捨てた理由が天与スキルにあることを示唆していた。
天与が所有者にもたらすのは光に限らない。
所有者やその周囲の生き方を歪ませてしまうことも多々あるのだ。
「あまり動じませんね。さすがアークさん。天与スキルの暴走で借金を負っただけのことはあります」
どうやら自分の事情を事細やかに知っているようだとアークは舌を打つ。そのトラブルを収めたギルドから証文を取ってきたくらいだからさもありなんだが、トラブルの詳細は恥以外の何者でもないのだ。
「さっさと本題に入ってくれよ。その天与が実験にどう……いや、なんか龍と関わりがあるのか?」
最初の実験で<闇姫>は言っていたではないか。
素材は龍である、と。
「<無限龍の尾>――それがこの天与アイテムの名です」
「……無限……龍?」
アークの脳裏に蘇ったのは先程語られた神話の冒頭部。
――『世界に、無限の食欲を持つ龍がいた』。
「……まさか、無限龍ってのが、神話に出てきた龍の名前なのか?」
「わかりません」
<闇姫>は小さく首を振った。
思わず呆れるも、次にアークに向けられた視線にはこれまでになく強い光が宿っていた。
「だからこその実験です。無限龍とは何なのか――それを知ることが、私の目的のひとつなので」
己の体に天与と称してへばりつく異形。
その正体が気になるというのはアークにも理解できた。
まして、<無限龍の尾>などと本体の存在を示唆されれば尚更に。
「<無限龍の尾>を用いた実験によってアークさんが<龍騎士>の本領を発揮できるようになれば……この大地が無限龍であることが証明される。そうではありませんか?」
「まあ……それが尻尾で、本体ともども生きてるって前提なら……証明になるんじゃないか、ある程度は。公開して広めようってことなら、話は変わってくるだろうが……」
「公開の予定はないです。少なくとも私は」
「……なるほどな」
言われて、アークは気づく。
もしもアークが<龍騎士>の本領を発揮して活躍を始めたらどうなるか、ということだ。取らぬ狸のなんとやらでしかないが。
「神話の真偽、仮説の正誤、実験の成否――その全てはアークさんに懸かっています。アークさんの天与スキルに」
差し出されたのは小手に変じた<無限龍の尾>の一部だった。
* * *
「アークさんの天与スキルでそれを、破壊して下さい」
「……ああ。これくらいの大きさなら……得意分野だ」
左手で受け取った小手を見るアークには少なからぬ緊張があった。
実験の内容は話の途中から想像していた通りのもの。
主旨もなんとなく理解できている。
だからこその躊躇いだった。
<闇姫>が用意した未知なるこの実験は――……一瞬で終わる。
天与スキルの発動という一秒に満たない時間で結果が出てしまうのだ。
「……――破壊できる確信が?」
初回をなかなか試そうとしないアークの姿に、<闇姫>がそう尋ねる。
「……ある」
「私の考えるこの実験最大の困難は『<無限龍の尾>を破壊すること』なのですが」
「無限龍に認められるのが難しいんじゃないのか?」
騎士が乗騎から主と認められる方法はいくつかある。
信頼を得る、友愛を育む、実力を示す――この実験は三番目に該当するだろう。
そして、乗騎の性格や知能にもよるが、その三番目が最も難しい。
騎士は乗騎がいなければ真価を発揮できないのだから、乗騎を力で従えようとするときも素に近い能力で挑むことになる。その上、乗騎を含めた獣型の生物が力ずくによる支配・服従を許諾するのは、大きな力の差を感じたときだけだ。
天馬・鷲獅子・翼竜・魔獣――現在運用されている特殊な乗騎の中で、三番目の手法により主を定めた乗騎はいない。いてもごく少数だろう。
龍は体の頑強さに定評があるが、それでもほんの一部を傷つけられただけで主と認めるかは甚だ疑問である。<無限龍の尾>を持つ<闇姫>が<龍騎士>だったならば、あるいは一か二が成り立っていたかもしれないが……。
「アークさんが考えているより可能性は遙かに高いはずです」
「勝算というか、根拠はあるのか……?」
「<無限龍の尾>は今まで破壊されたことがありません。私の意で変形させることは可能なのですが、どんなに細く薄く――糸のような形状にしようとも、決して破壊できないのです」
「へえ?」
「微細に観察すれば、糸のようになっていてもそれは鱗の連なりでした。実体が小さくなっているのではなく、鱗が存在する空間そのものを縮小して小さくなっているのではないか、と思っています。それ故に、強度が変わらない。天与スキルの前に、剣で試してみてもいいですよ」
「いや……それには及ばない」
アークを含め、騎乗していない騎士の攻撃力は、他の戦闘職の駆け出しレベルでしかない。単純な威力では農業系の天職を持つ者のクワの振り下ろしに劣るだろう。
「残念です。剣がへし折れたかもしれないのに」
「……勘弁してくれよ。新しい剣を買う金なんかないんだから……」
<闇姫>の戦闘を見ていなかったら挑戦していたかもしれない。
アークはタルの中で震えているだろう賊たちに感謝の祈りを捧げておいた。
「無限龍が傷を受けたことがないのならインパクトは大きいはずです。もうひとつ――そもそも、乗騎が『主を選ぶ』というのはどういうことでしょう?」
「……は?」
「生物にとって背中というのは無防備な箇所。そこに他者を乗せる。信頼や友愛でも認められることを踏まえれば。乗騎が行っているのは人間の都合を言葉にした『主の認定』などではなく、人物の個別認識とその人物に対する騎乗の許諾に過ぎないのでは?」
「身も蓋もないな……それじゃ名前をつけて馬を可愛がってる騎士が哀れだろ」
「本質は、です。信頼や友愛の存在を否定したわけでは」
否定してしまえば、人間同士の感情も味気ないモノになるだろう。
というのはともかくとして、アークにも<闇姫>の言いたいことが理解できてきた。
信頼や友愛は安全な相手という認識から騎乗が許可される。
服従は危険を感じても意味がないから諦めて身を任せる。
では無限龍はどうなのか。
「無限龍は巨大で、その背にはアークさんどころか大勢の人間が、大陸や海までもが乗っています。すでに乗っているのです」
その巨大さ強大さ故にか、もしくは神に任された役割故にか、騎乗の許諾はすでに万人に対して与えられているのではないか。
「あとは、アークさんという<龍騎士>の存在が個別に認識されれば。幸いにして、ここには無限龍の一部があります。おそらくは誕生以来、一度も傷つけられたことのない体の一部が」
「ははッ――なんかいけそうな気がしてきたな!」
「初めて感じる痛みで無限龍が身じろぎなどすれば世界は崩壊。アークさんの名は魔王として後世に語り継がれることになります。よろしいですか?」
「……あんた、ところどころぶっ込んでくるよな」
「リスクの説明はしておくべきでしょう。そういうことも起こり得ると」
「そうなったら神様のせいにしてやるさ。無限龍に世界を二回滅ぼされるとか、管理不行き届きだ、ってな?」
アークは笑うと、右手を<闇姫>の小手に近づけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる