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皇都到着
しおりを挟む酒場は日が暮れると賑わい出す。
皇都の片隅に店を構える『気さくな黄金亭』の席も、仕事帰りの労働者で埋まりつつあった。
「かーっ、仕事終わりの一杯はサイッコーだぜ……! なあ! あんたもそう思わねーかい?」
男はエールを一気に飲み干すと、相席になった男に同意を求めた。
「ああ。酒も、塩っ気と油もたまらなく染みるね」
「ほー? あんた見かけによらず肉体労働系かい?」
「配達で一日中、走り回ってるよ。持久力にはちょっと自信があってね。そっちは?」
「おらぁ建設系だ。日々汗を建材に染み込ませているぜ」
男が誇示した腕は見事な筋肉を纏っている。
「……っと、姉ちゃん、エール二杯追加な!」
「はーい! 少々お待ちをー!」
「これもなんかの縁だ、おごらせてくれ……!」
「ああ。次の一杯はこちらが奢るよ」
しばらくするとテーブルにエールが二杯届く。
「じゃ、飛び散る汗に乾杯!」
「はは、染み込んだ汗に……!」
男たちはゴンッとコップをぶつけ合う。
一方の男が酔い潰れたのは、それから一時間ほどしてからのことだった。
* * *
「あーあ、しょーがねえな。姉ちゃん、勘定頼むわ……!」
店員は男の前にあるコップと皿を数えて料金を告げた。
気さくな黄金亭は全メニュー同料金のニコニコ明朗会計である。
「そいつの分も足してくれや。家まで連れてくからよ」
男は二人分の料金をテーブルに置くと、寝入った男を軽々と担いで気さくな黄金亭を後にした。
「さあて、と……」
店内から漏れる灯りとざわめきを背にしばらく歩き、男の足は表通りから逸れた。
灯りも人気もない路地へ入り――……そこで仕事仲間と合流する。
「首尾は?」
「見ての通りだ。ジャスト三十分で沈没、相変わらずスゲー効き目だぜ」
仕事に使えと依頼主から与えられているのは特製の睡眠薬。
口にしてから三十分で眠らせるという優れものである。
女に使えば周囲が怪しむが、男に使う分には警戒や嫌疑は少ない。
「じゃ、さっさと詰めちまおうぜ」
合流場所に用意しておいたのは空のタルだ。
そこに、薬を用いて眠らせた男を放り込む。
これを隠れ家に持ち帰れば、あとは明日の昼に出荷するだけだ。
タルの出荷は馬車によって行われるが、馬車の持ち主も行く先も、男が何に使われるかも男たちは知らない。
知っても良いことはあまりないだろう。
ともあれ、男たちの今回の仕事はこれでほぼ完了したのだ。
* * *
皇都の貴族街の端の端――庶民的な雰囲気の屋敷に主が帰還した。
先触れもなく断りもなく、堂々と敷地に入ってノックもなしにいきなりドアを開けるという貴族らしからぬ形で。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
玄関ホールに駆けつけ、主を迎えたのは二十歳過ぎのメイドだった。
屋敷に住まい、屋敷を管理する唯一の使用人である。
「久しぶりですね、カテナ。変わりありませんか」
「つつがなく過ごさせていただいております。お嬢様はお変わりないご様子」
「そろそろ年相応でしょう」
「何よりでございましょう。ところで、スタンの姿が見えませんが……」
メイドは気になっていたことを口にした。
主の傍にいなければならないはずの騎士がいないのだ。
「スタンは死にました。ライジェルの手前で刺客に襲われて」
「……――何という無能」
一瞬息を呑み、メイドはそんな言葉を吐き出した。
「遺体は持ち帰っています。最期は彼に聞くように」
「そちらの方は?」
メイドは主の背後に立つ見知らぬ男へ目を向けた。
「スタンの死を看取り、任を引き継いだ冒険者です。騎士でもあったので、従者として同行を願いました」
「そうでしたか。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「……アークだ」
「アーク様。不肖の騎士に代わり、お嬢様をお連れいただいたこと、心よりお礼申し上げます」
メイドは深々と頭を下げる。
辛らつな言葉が嘘のように、心のこもったお辞儀だとアークは感じた。
「――……カテナ。スタンはここに。私は所用を済ませに行きます」
<闇姫>はそう宣言して、布に包まれた遺体をホールに寝かせた。
メイドの視線が死した騎士の青白い顔に吸い寄せられる。
メイドの主はその間に兜を被ると、ドアを開け外へ出て行った。
両者の動きを冷静に見ていたものの、どう反応するか迷ったアークはホールに取り残されていた。
「……っ、アーク様、お嬢様を追いかけて頂けませんか?」
しばし呆然としていたメイドだが、我を取り戻すなりアークにそう告げた。
「お嬢様が不覚を取ることはないと存じますが、放置して良いかは別問題でございます」
「……そいつの話はいいのか?」
「スタンについては私事の部類です。近いうちにお時間を頂ければ、それで構いません」
「わかった」
知り合いを喪ったことを知ったばかりの初対面の女性の前に残されるよりは気が楽。ということもあって、アークもまた屋敷を出ることになった。
幸い、通りに特徴的な姿が見えたのでアークは<闇姫>にすぐに追いつくことができた。
* * *
「どこ行くんだ?」
「冒険者ギルドです」
貴族街を出た二人は、薄暗い裏路地を馬以上の速さで駆けていた。
たまに人がいたり出てきたりするが、<闇姫>はもちろんのこと、今のアークの身体能力と反射速度であれば轢いてしまうことはなかった。
アークが熟練度による能力補正を受けて急激に性能アップした体を操れているのは、皇都に着くまでの間、これ以上の速度で近道という名の悪路を走ってきたためだ。
二人が辺境都市ライジェルを発ってから、実はまだ四日しか経っていない。
実験が成功した翌日、着いた街で馬を売り、残りの距離を自分の足で走破したのだ。なお、馬車は亜空間へと収納され、荷台にあったお弁当は<闇姫>がまとめて頂き済みである。
その後の生贄は獣や魔物だった。新しい弁当を背負わされ、走らされたりもしたが、生贄は人間に限らないと知ってホッとしたアークである。
「依頼受けるってわけじゃないよな?」
「情報を買いに」
二人は多少の会話を交えながら十分ほど走り、皇都の東・西・南と三カ所あるうち、南にある冒険者ギルドに到着した。
「へえ……冒険者ギルドには見えないな」
というのがアークの感想だった。
アークが知る冒険者ギルドの建物とその周囲というのは、端的に言って汚いし臭い。職員が朝夕と掃除をしているが、それでは足りないくらいに汚れている。
主な原因は冒険者自身だ。冒険者は何日も野宿したり、魔物の血を浴びたりしたその足で、ギルドへやってくる。目に見える汚れは払ったり拭くのが礼儀ではあるが焼け石に水。というかギルドの前で、余った水を使い身を清める行為が建物周辺の汚れに繋がっているような気がしないでもない。それに、酒とゲロの匂いが加わる。酷いものだ。
冒険者たち自身は平気なのかといえば、割と平気だったりする。冒険から帰還した当日などの、鼻の機能が低下している状態に限っては、だが。
逆に言えば、旅の最中も水浴びを欠かさないような人間には耐え難いということだ。例えば<闇姫>のように。<闇姫>が顔を覆っていた理由の中に『周囲の匂いを感じないように』というのもあるのかもしれない……。
「表通りの景観を保つ条例がありますから」
「人の目が触れるところだけは掃除しよう、って?」
「見栄えは大事です。首都のメインストリートは邸宅における表玄関のようなものなので」
<闇姫>は大きなスイングドアの右側を押してギルドに入っていく。辺境都市のギルドにはドアがなかったことを思い出しながらアークはその後に続いた。
――ちなみに、ドアがなかったのは冒険者の乱雑な開け閉めで壊れることが多々あったためである。開けっ放しという手段も取られたが、素材の査定で減額などされた場合の苛立ち解消に蹴飛ばされることもあり意味がなかった。
「ギルドに依頼を出したいのですが」
<闇姫>は冒険者タグ――名前と固有識別ナンバーと星が刻まれている――を見せ、そう切り出した。
「い、五つぼ――もしや、<闇姫>さま……でしょうか?」
ギルドにいる冒険者は少なかったが、それ故に受付嬢の声はよく響き、空気がざわめいた。
そりゃざわつくわな、とアークは独りごちる。
今の<闇姫>は服の色こそ紫黒ながら、儚げな容姿も相まって二つ名持ちどころか冒険者にすら見えない出で立ちだ。
「し、失礼いたしました。高ランク担当の者をお呼びいたします。少々お待ち下さい」
受付が連れてきたのはスキンヘッドの男だった。
あっちで話そうぜ、とギルドの奥にある部屋を指示され、アークも同行することになった。
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