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失踪事件
しおりを挟む「おォ、よく来てくれたな。<闇姫>――と、そっちは?」
「アークだ。故あって<闇姫>に同行してる。ただの二つ星なんで、気にしないでくれ」
ただの同行者であることを主張するため、ついでに従者っぽい演出のため、アークは席に着いた<闇姫>の後ろに立っていた。
「<闇姫>の拠点はライジェルだろ? ってこたァ、オメー……あの<乳爆>のアークかァ?」
「……なんだそりゃ?」
激しく嫌な予感がしたが突っ込まざるを得ない二つ名だった。
「娼婦のデカパイ握って爆散させちまったんだろ? だから<乳爆>ってな。いやァ、ハナシ聞いたときはひっさびさに爆笑したぜェ?」
それはそうだろうとも。アークも他人がそれをやっていたなら笑い倒して酒の席で肴にしていた自信があるくらいだ。まあ、ギルドがポーション借金を許してくれなければ笑い話では済まなかっただろうが。
「ありゃけっこう前のハナシだったよな? こっち来てるってこたァ借金返し終わったのかよ?」
「まあ、な……」
「ハハ、やるじゃねえか……! つーかオメー、それでなんでまだ二つ星なんてやってんだ?」
笑いながらアークを見る男の目には油断の影はない。自覚は薄くとも、アークの気配はすでに常人のそれではないのだ。
そこで硬い音が二回。
<闇姫>の指先が机を叩いた音だ。
「おっとわりィ。ワシァ副ギルドマスターやらされとる、グリーグってもんだ。現役時代はアークと似たようなあだ名がついてたぞ。ワシのは異名だったがなァ?」
当然の話だ。基本的に引退時に四つ星以上でなければ、役員の座など回ってこないのだから。事務仕事や調停などが得意でお呼びがかかることもあるが、この副ギルドマスターは誰がどこをどう見ても武闘派だった。まだ顔から笑いが引いていないところも含め、生粋の冒険者と言えよう。
「で、本題だ。<闇姫>よ、何をお望みだ?」
「情報を」
「……ほォ? 今の皇都に来て情報ねェ。継承戦関係か?」
「いえ。希望は<梟の矢>のアジトの場所です。できれば全て」
<闇姫>の希望に首を傾げるアークだが、グリーグの表情は真剣味を増していた。
探るような目を<闇姫>に向けている。彼女の顔は兜の中なのでどれほど効果があるかは不明だが。
「……なあ、<梟の矢>ってのは?」
「何でも屋です。裏稼業の」
小声でアークが聞くと、そんな答えが返ってくる。
「殺しや盗みなんかを請け負う犯罪者集団。いわゆる闇ギルドってヤツよ。それも新進気鋭、絶賛売り出し中のな。連中のアジトなんか聞いて、どうする気だ?」
「長い旅にお連れするだけです」
「……出せる情報はいくらかある。だがなァ……連中はおいそれと手ェ出せる相手じゃねえぞ? 構成員を殺っちまえば、でけェ報復が待ってる。当人だけじゃねえ、家族や友人まで狙ってきやがるって話だからな……しかも、闇ギルドなんてのは多かれ少なかれ権力者と繋がってんだ。潰してえのは山々なんだがよォ……」
実に苦々しい口調だった。
そういう事情でもなければ、賊より悪質な連中が街の中に放置されているはずもない。
「背後関係の情報もあるならそれもいただきたいです」
「……ハナシ聞いてたか、<闇姫>サンよォ?」
「私が駆除を躊躇う内容はなかったように思います」
興奮も決意も宿っていない<闇姫>の声を聞き、グリーグは頭をペチンと叩いた。
「なるほどな。そんだけぶっ飛んでりゃ組めるヤツなんざいねえわなァ……」
アークは三度ほど頷いた。
冒険者の星評価と天職の熟練度には相関関係があり、熟練度の十の位が星の数と概ね一致する。
つまり四つ星や五つ星などトップクラスの冒険者の熟練度は四~五十ほどということになる。
十分に化け物だが……その程度では<闇姫>とは釣り合わない。
「……ここで情報が手に入らなくても、どーせやるんだよなァ?」
「手間は省きたいと考えています」
副ギルドマスターは頭を叩いた手をそのままに前屈みになる。
まるで頭を抱えているようだった。
「ハァ……なら、ちっと提案……っつーか、頼みてェことがある」
「伺います」
「実は、だな――……」
皇都ではここ半年ほどの間に不穏当な失踪が何件も発生しているのだという。
穏当な失踪とはなんだろうかとアークは疑問に思ったが、失踪者の周囲の人間が失踪する理由に心当たりがあるかないか、ということのようだ。
理由なき失踪。
そこに犯罪性をプラスすれば出来上がるのは誘拐か殺人だ。
「失踪の厄介な点は被害者本人がいねェとこだな。訴えがあった場合、対応は基本的にゃ警備隊の管轄なんだが……」
「動きが鈍い、と」
「どっかから圧力がかかったってワケじゃねェはずだ。夜逃げなんてよくあるハナシだし、駆け落ちの線もある。一人で旅に出たい気分だったのかもしんねェ。一件一件バカ正直に対応してたらキリがねえってことだ。いなくなったのが子供ならハナシは別だろうがな」
自分の意志で失踪できる力がない子供の場合、犯罪である可能性が高い。
「家族からすりゃ、年がいくつだろうと犯罪に巻き込まれたって考えんのはトーゼンだ。が、兵士の対応はなおざり」
そこまで語られれば、不穏当な失踪が発生していることをギルドが把握している理由は明らかだ。
「お察しの通りさ。似たような依頼が重なったんだよ」
ただし、その手の依頼は通常依頼としては受理されない。
期日なしの常駐依頼として、失踪者の人相書きが提示されるに留まる。
偶発的な解決を期待して、だ。
依頼主はこの対応に納得しないことが多いがギルド側からすれば仕方のないことだった。
失敗が見えている依頼は達成率の観点から引き受けたがる者が少なく、通常依頼として張り出されても塩漬けになることは目に見えているからだ。
なので、ギルドは今回もそうした説明と対応を行い、依頼者から失踪者の特徴を聞き出していた。
それが重なり、事態が明らかになった。
「失踪したヤツらにゃ共通点があった」
共通点は皇都に住む平民かつ非戦闘職の者。
そして。
「――天与所有者?」
「おォよ。それで、ちっとばかし洗ってみりゃァ天与持ちの失踪が半年で五件だ。わかってるだけでな」
天与を得られるのは千人に一人とされている。
単純計算であれば、天与持ちが五人失踪するのに必要な失踪者数は五千人。
偶然という可能性もあるが、五人とも失踪の理由がはっきりしていないなら何者かによる関与を疑うべきだろう。
「天与はどのような?」
「五人とも自分を強化するタイプだ。天与アイテムなら、拉致られるのもまァ……わからんでもねェんだがなァ」
天与というのは天与の所有者しか使えない。
意志と体を媒介に発動する天与スキルは無論のこと、所有者から独立して存在しているように見える天与アイテムもそうなのだ。
所有者の元にない天与アイテムはその能力を十全には発揮しない。例えば、<無限龍の尾>でできた鎧を装備することはアークにもできるが、変幻自在の操作は不可能というように。
そして、天与は所有者が死ねば消えてなくなる。
今はそれらが常識となっている。
覆せない常識だ。
だが、常識に至っていない時代もあった。
他者の天与アイテムをどうにかして奪えないか、使えないか。
そのようなことが研究されていた時代があり、研究していた国や研究者が過去には存在したのだ。
「研究の余地が多く残っているのは天与スキルやアビリティ、という捉え方もできます」
「なるほどなァ……やろうとするヤツがいてもおかしかねェのか?」
「研究者は『自分なら成功させられる』という根拠のない自信を持っていることが多いので」
「そういうモンか……いや、そういうモンだなァ。冒険者も大して変わんねーわな……」
自分なら強力な魔物でも倒せる。迷宮を最深部まで攻略できる。
根拠のない自信を持って冒険に繰り出す者は後を絶たないのだ。
生き残れるのならその自信は事実へと変わっていくだろうが、それなりに多くの者が散ってしまう。
「失踪事件と<梟の矢>に関連が?」
「おおッ、そうだそうだ。天与持ちを欲しがってる依頼主やその目的はまあさておきだ。実行犯は<梟の矢>だと睨んでる。闇ギルドにしちゃ脇が甘ェんだ、連中は。ノウハウのねえ新興勢力ってのもあるし、落ちぶれた冒険者を取り込んで勢力を伸ばしたせいでもあるだろうな」
闇ギルドは国の諜報機関に近い存在だ。
構成員に求められる資質もさして違いはないし、要求される能力の水準は高い。
少なくとも、罪を犯して官憲に追われることになった程度の低い悪党には荷が重いだろう。
「監視は拙く、口もすぐに割った。納得です」
「はん、<梟の矢>の連中は拷問される訓練は受けちゃいねえだろうよ。裏切りは許さねえってな掟はあるだろうが、自害まではどうだか。だがまあ、そのへんが温いかわりに、全体の戦力はかなりのもんだ。三つ星冒険者がゴロゴロしてるって考えていい」
姿を消すのではなく、手を出されない戦力を持つ。
それが<梟の矢>の生存戦略というわけだ。
「証拠はいりますか」
「……欲を言えばな。問題は攫われた天与持ちが生きてるかどうかだ。実行犯を潰しちまうと、始末されかねねえ」
「実行犯の口封じができて喜ばれるのでは」
「そっちもあるかもしんねえが。まァいいさ……どのみち四人までは死んでる可能性が高ェんだ。次が起こらないようにできりゃ御の字だろ」
グリーグは肩を竦め、席を立った。
「ちぃと待ってろ。地図取ってくっからよ」
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