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Turning the Historia Side:Yomi
想望テネラメンテ
しおりを挟む(――死にたいんだ、神子様は?)
亡き兄に似た容姿の少年から齎された言の葉に、ヨミはその場から逃げ出してしまった。
走って、走って、走って、気づけば一人、村から出てしまっていた。
それでも構うことなく、ヨミはスピードを落としてとぼとぼと歩く。 薄暗い森が、今のヨミの心情を表しているようだった。
ガサリ、と物音が聴こえた。 それと同時に飛び出してきたのは、狼のような魔物だった。
それは唸り声を上げながら、ヨミに飛び掛かる。 ヨミは避けることも反撃することもなく、ただ魔物を見つめていた。
「ヨミちゃんッ!!」
突然声が響き渡り、魔物は真っ二つに切り捨てられていた。 あまり強くない魔物だったのだろうか。 ヨミを庇うように目の前に立ち塞がる青年……ネフィリム・ジュゼは、息を切らすことなく、そのままぐるりと振り返った。
「ヨミちゃん、大丈夫!? ケガは!?
……急に走り出すからビックリしたよ。 みんな心配してるし、戻ろうよ」
「……」
しかしネムのその言葉にも、ヨミは黙って俯いたままだった。
「……ヨミちゃん、帰ろ?」
「……やだ……」
「ヨミちゃん」
「やだあ!!」
突如として幼子のように泣き始めたヨミに、ネムは動揺する。 ヨミはそのまま地面にしゃがみこんでしまい、大粒の涙が土に吸い込まれていった。
(……えーと……これは……どうしよう……?)
ここで選択肢を間違えてしまえば、ヨミはもう心を開いてくれないだろう。 それどころか、心が壊れてしまうかもしれない。
ネムはゆっくりと腰を下ろし、ヨミと目線が合うようにしゃがみこむ。 そして、なるべく怖がらせないように、優しい声音で名前を呼んだ。
「……ヨミちゃん。 大丈夫だよ。 オレは……オレたちは、ヨミちゃんの味方だから」
だから、言いたいとこはなんでも話して。 受け止めるから。 怒らないし、嫌ったりなんてしないから。
「……もう嫌……もう嫌だよ……」
「何が嫌なの? 偉人の生まれ変わりとして旅をすること? 色んな人を癒すこと? 戦うこと? ……それとも、オレたちと一緒にいること……?」
「わかんない……わかんないけど……もうやだ……やだよぉ……おにいちゃん、おにいちゃん……っ」
髪を振り乱してぼろぼろと涙を落とすヨミの頭を、ネムはそっと撫でる。
こんなとき、仲間である優しい少女や飄々としながらも周りを良く見ている青年だったらどうするだろう?
うっかりそんなことを考えてしまって、ネムはこっそり自己嫌悪した。
ここにはヨミと自分しかいないわけだし、自分は正真正銘ヨミの護衛であるのだから。
「……ねえ、ヨミちゃ……」
「っやだ!! もうやだ!! ぼくがなにしたって言うの!?
なんで知らないひと助けなきゃいけないの!? 歌にこころがこもってないからなに!? 死にたいからなに!?」
「ちょ、ヨミちゃん落ち着いて……っ!!」
「死にたいんじゃない、死んだんだよ!! 死んだはずなんだよぼくは!! なのに勝手にこんな世界に連れてこられて!!
ぼくはもう何もいらないのに!! 必要ないのに!! 命も心もともだちも仲間もそんなのいらない!! 死んだんだから……なのにっ!! なんで、なんでぇ……っ」
自身の手を振り払って泣き叫ぶヨミに、ネムは絶句する。
死んだ? 誰が? ……ヨミが? なぜ……?
「……死んだ、って」
「死んだの、飛び降りたの! 学校の屋上から! あんな……あんな世界、もう嫌だったから!!
お兄ちゃんのところに行けるって……そう、思った、のに……」
その慟哭にネムはかける言葉を失って、黙って彼を抱き締めた。
こんな小さな体に、どれだけの痛みと絶望を抱えて生きてきたのか……どれだけの想いで死を選んだのか。
ネムには何もわからなかった。 わからなかったが、ひとつだけわかったことがあった。
「……ヨミ。 ヨミは今でも、死にたいって……思ってる?」
遠い日に亡くしたという兄の元へ、今でも逝きたい?
そんな問いかけに、ヨミは小さく頷いた。
「……そっか。 じゃあ、これはオレの独り言。
オレは……ヨミに死んでほしくないな。 ヨミが死んだら、オレは生きる意味を無くしてしまうから」
「……」
「ヨミはさ……お兄さんが亡くなったとき、すごく悲しくて苦しくて……心が痛かったんだよね? 自分のせいだって思ったんだよね?」
「だ……って……ぼく、ぼくをかばって……お兄ちゃん、おにいちゃん……っ!!」
肩に顔を埋めて嗚咽を漏らすヨミに、ネムは「だよね」と首を振ってから、再度言葉を紡いだ。
「あのね。 それと同じだよ、ヨミ。
オレはヨミが死んだら、きっとすごく悲しくて苦しくて、心が痛くなって……ヨミを守りきれなかった自分をすごく責めるよ。
それで、ヨミの後を追っちゃうかも」
「っそんなのだめっ!!」
バッと顔を上げて叫んだヨミに、ネムはそっと微笑む。
「そう? ヨミとおんなじことするって話だよ。 言っておくけど、オレは本気だからね」
「……やだ……そんなの……やだ……」
意地悪だったかな? と思いながら、嫌だと呟きながら涙を拭うヨミの小さな手をふわりと掴む。
そうしてそのまま視線を彼に合わせて、護衛は続けた。
「オレも、やだよ。 ヨミが死んじゃうのは、嫌だ。
……だから、ヨミ。 聞いて」
ヨミの痛みは自分では癒せないかもしれない。
生きる理由にしては役不足かもしれない。
だけど、それでも。
「オレと一緒に生きよう、ヨミ」
無理に前向きに生きようとしなくてもいい。
誰かに合わせなくても、誰かの顔を伺わなくてもいい。
泣きたかったら泣けばいい。 嫌だったら嫌と声を上げればいい。
そんなとき、必ず傍にいるから。
ヨミがそれでもこの世界の誰かのために、一生懸命歌ってきたこと……オレはちゃんと、わかっているから。
ヨミの優しさも苦しみも、ちゃんとわかっているから。
自身の護衛のそんな言葉に、ヨミは思わず目を見開く。
嘘だ、と突き放すには、その青空のような瞳はいつにましても真剣で。
「……ネムくんは……」
「ん?」
「……思ったより、ばかなんですね」
「ええっ!?」
良いこと言ったと思うんだけどなー、と頭を掻く彼に、ヨミは今度こそ涙を拭ってから抱きついた。
「わ、ヨミちゃん?」
「……でも……何だろう……。 そんなこと言われたの、はじめて、だから……。
……きっと、うれしい……のかな……」
すべて知った上で“自分”という存在を肯定して、認めて、一緒にと手を差し伸べてくれたやさしいヒト。
そんな彼の期待に、想いに応えられる自分で在りたい。 そのために、強い自分で在りたい。
(……ああ、そうか……。 そういう自分に、なりたいんだ)
重荷だった、誰かからの期待や想い。 それに押し潰されそうだった自分。
……だけどネムからの期待や想いは、不思議と重くは感じなかった。
見失っていた“なりたい自分”を、ようやく見つけられた……そんな気がしていた。
「……ありがとう、ネムくん」
「……どういたしまして!」
(……お兄ちゃん、ぼくは……生きるよ。 お兄ちゃんの分まで……)
だから、見守っていてね。
息を吐くようにそっと呟けば、記憶の中の兄は嬉しそうに笑ってくれたのだった。
想望テネラメンテ
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