この夜を越えて、静寂。

創音

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Turning the Historia Side:Yomi

雨音セレナーデ

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 雨が降る。
 ぽつり、ぽつりと降り注ぐ。

 長い長い旅の途中、立ち寄った小さな小屋。
 雨宿りにはちょうどいいね、なんて笑って、その無人のくたびれた小屋を借りることにした。
 暖炉に火をつけてくれる君を横目に、私は窓辺に立った。
 雨雲は厚く、しばらくは青空を望めそうにない。
 今日はここに泊まらせてもらおう、そう言った君に頷いて、私は部屋をぐるりと見回した。
 木製の家具、煤けた絨毯、ボロボロのソファ、くたびれたベッド。
 埃っぽいけれど、と困った顔の君に、私は気にしないよ、と笑い返したのだった。

 雨が降る。
 ざあざあと、泣き喚くように。

 ふたりっきり、無言の時間。
 いつもなら私が場を盛り上げるのだけど、今はなんだかそんな気分じゃなかった。
 先の見えない旅路が不安だったのかもしれない。 鳴り止まない雨音が、怖かったのかもしれない。

「……大丈夫か、クレイオ」

 不意に。
 君が私を呼んだ。 窓から目を離せば、ああ、君はとても不安そうな顔をしている。
 普段はとっても頼りになるのにな。 君も雨音が怖いのかな。

「君こそ。 そんな不安げな顔して、どうしたの?」

 笑って聞き返せば、君は眉間にシワを寄せた。 うん、いつもの君だ。

「……お前が不安げだったからだ」

「ああ、心配してくれてたの? ありがとう、レフィ」

 あたたかい。 君のそばはとても温かくて……時々、怖くなる。
 私なんかが一緒にいていいのかな? 私なんかが君の時間をもらってもいいのかな……?

「クレイオ」

 軽い衝撃に、顔を上げる。 どうやら君に叩かれたみたいだ。

「変なことを考えるな」

「変なこと……って、酷いなあ」

 この聡い幼なじみ兼護衛は、いつも私の考えていることを見通してくる。
 曰く、顔に出すぎだ、とのことらしいけれど。

「もう休め。 ここまで歩き通しだっただろ」

「平気だよ、もう慣れたし」

 雨が降る。 雨が降る。
 どうやら感情が引きずられていたみたいだ。 悲しくなって、心が重くなっていた。

「……ねえ、レフィ」

 君の手を、そっと握る。
 男の子特有の、大きくてゴツゴツした手。 私を守るために取った剣で出来た、タコや切り傷。
 途端に悲しさが溢れ出した。 コップの容量を超えたように、私の内側から流れていく。

「……クレイオ!?」

「……ごめんね」

 驚いたような君の声。 ごめんね、本当にごめん。
 私からこぼれた涙は、君の手を濡らしていく。
 ああ、それすらも、なんて罪深いことか。

「巻き込んで、ごめんなさい……っ!」

 神託を受け旅立った私に付き合わなかったら、君は今も故郷で平和に暮らせていただろう。
 戦うことを知らず、戦による傷を作らず、羊を追いかけ、田畑を耕し、やがて誰かと結ばれたのだろう。
 そんな未来があったのかもしれない。 そう思うと、堪らなく悲しくなってしまった。

「……クレイオ」

 優しい優しい君の声。 あめ玉みたいに、甘くて悲しい。
 涙に濡れた私の目元をそっと拭って、君は微笑んだ。

「お前の側にいることが、オレにとって何よりもの幸福だ」

「君は……後悔してないの? 私は……私なんかが……」

「するわけ無いだろ。 これまでも、これからも」

 これはオレが選んだことだから。
 そう言い切った君は、とても強くて、眩しくて。

「……だが、よかった。 そうやって、弱音を吐いてくれて」

 ぽつりとこぼした君の言葉に、私は首を傾げる。

「……どうして? 弱音なんて……私、面倒くさいって自分で思うのに」

「だから今まで我慢していたのか?
 ……我慢して、今みたいに耐えきれなくなるくらいなら、日頃から吐き出したほうがいい。
 ……もっと、オレを頼れ、クレイオ」

 言いながら顔を背けた君は、真っ赤だった。
 なんだかおかしくて、可愛くて、愛おしくて。
 私のちっぽけな悩みなんて、吹き飛んでしまった。

「ふふ……ありがとう、レフィ。 今度からはそうさせてもらうね」

「……ああ」

 ふたりで顔を見合わせて笑い合う。
 君の言葉の一つ一つに、沈みがちな私は救われているんだって……どうしても言いたかった。 だから。

「ありがとう、レフィ」

 だいすきだよ。
 心からの言葉に乗せた告げてはいけないその想いは、優しげな君の瞳と私の胸の中に、大切に仕舞い込む。


 雨はいつの間にか、楽しげな音色を奏でていた。
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みんなの感想(1件)

2017.09.07 ユーザー名の登録がありません

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創音
2017.09.07 創音

感想ありがとうございます!
学園という名のファンタジーなので……恋愛的要素、というのでしょうか。そう言うのは一切ないんです、すみません。
特に(短編内では)掘り下げる予定はなかったのですが、「秋宵の日に~」の主人公は誰彼構わずあだ名で呼ぶ、という裏設定があったりしまして。

また機会がありましたら彼らのお話も書きますので、よろしくお願いします。

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