この夜を越えて、静寂。

創音

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Turning the Historia Side:Yomi

切愛テネレッツァ

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 ネフィリム・ジュゼは、困っていた。


「……あのー、ヨミちゃん?」


 原因は言うまでもなく、自身の護衛対象である少年……ヨミである。

 彼は何を思っているのか、今朝からずっとネフィリムの背後に纏わりついていた。
 怖い夢でも見たのかと最初のうちは放っておいたのだが、こちらが声をかけてもひたすら無視し、離そうとすると普段のヨミからは考えられないような力でいっそうしがみついてくる。

 仲良しだな、と苦笑いを浮かべた少年や、仕方ないから今日は一日この街に留まろうか、と提案してくれた少女たち仲間に、ネフィリムはなぜだか申し訳なさを感じた。

 ……すべての元凶はヨミであるにも関わらず。

 そもそも、他人の顔色を伺って生きているヨミらしからぬ行動ではある。 ネフィリムや仲間たちを振り回すのは非常に彼らしくはない。
 ないのだが、ネフィリム本人はこの現状に困りはすれど嫌ではなかった。
 他者に触れることすら躊躇するヨミが、ここまで自身にぴったりとくっつくなど珍しすぎて、明日は空から剣や槍が降ってくるのではととりとめのないことを思ったり、思わなかったり。

 率直に言えば、嬉しいのだ。 頼られて悪い気はしない。
 ネフィリムはとても単純で、そして良くも悪くもヨミ一筋な男だった。

 それゆえに、心配したり呆れたり予定を変えたりしてくれた仲間たちには罪悪感を覚えてしまったわけなのだが。 ほんの少しだけ。


 しかし、いくらこの状況がネフィリムにとって幸福だったとしても、限度がある。 昼食までにはなんとかしなければ、からかわれるかもしれないし、また心配もかけてしまう。

 なので、意を決して声をかけてみたのだが。


「……」

「……あのさー、ヨミちゃん。 この体勢すごい嬉しいんだけどさ。 そろそろ説明してほしいなー? みんなも心配してるし……」

 二人仲良くベッドの縁に腰掛けて、ヨミはネフィリムの腰辺りに手を回して抱きついている。 顔は肩に埋められてしまって見えないが、濡れた感触がないので泣いてはいないのだろう。
 無言のまま更に腕に力をいれるヨミの頭を、ネフィリムは軽く撫でる。
 そうして撫で続けること数分。 小さな声が、ネフィリムに届いた。

「……ゆめ……」

「うん?」

「……ゆめを、みたんです」

 いつも以上に舌っ足らずな口調で、少年はぽつぽつと話し出した。

「おにいちゃんが、しんじゃうゆめ。 たすけたくて、でもできなくて……っ!!」

 ヨミを未だに傷つけ続けているのは、幼い頃の残酷な出来事だった。

 彼が今までに少しずつ話してくれた内容によると、夏の日に兄がトラックという名の鉄の乗り物に轢かれ、帰らぬ人となってしまったこと。 それを見ていたどころか、ヨミが言うには兄はヨミを庇って轢かれたのだということ。
 それらがヨミを縛る棘となって、こうして様々な形で彼の幼い心を抉っていく。

 例えばそれは、兄を亡くした直後、声が出なくなったように。 救いを求めて屋上から飛び降りたように。 身体中に巡る傷跡のように。


「……ヨミちゃん」

 そんなとき、ネフィリムは何も出来ずにいた。 こうしてヨミを抱き締めることしか出来なかった。

「……怖かったね、よくがんばったね」

「……っや、やさしく……しないで……っ」

「するよ。 オレはヨミのことが大切で大好きなんだから。
 ヨミがこうやって珍しく抱きついてきてくれて、不謹慎だけどとっても嬉しいよ」

 覚えたのは、孤独になりたがる子どもに優しく接して甘やかすこと。 それだけではいけないとはわかっているが、今の彼に必要なのは、きっと誰かのぬくもりなのだから。
 そして敢えて話を反らすこと。 悪い方へと進みがちな彼の思考を、ネフィリム自身へと向けさせること。

 ネフィリムの試みは成功したようで、ヨミは真っ赤な顔で彼から離れてしまった。

「す、すみません……ぼく……」

「いやいや、謝らなくていいってば。 役得役得!」

 いつも通りに笑いながら頭を撫でて、ネフィリムは続けて問いかけた。

「でも、なんで抱きついてきたの?」

「……えっ」

 怖い夢を見たあとのヨミは、総じて錯乱状態に陥っていた。 自分を傷つけようとすることも少なくなく、だからこそ彼の変化を不思議に思い首を傾げれば、ヨミは驚いたような声を出した。

「え……だ、だって……ネムくんが言ったんじゃないですか……。
 自傷するくらいなら、自分に抱きついてって……」

「あ、あー……。 うん、そういやそんなこと言った気がする!」

 それはヨミの何回目かの錯乱時に、ネフィリムがかけた言葉だった。 助けを求めて傷を負おうとした彼を抱き止めて、確かにそう諭したのだ。

「……すみません。 やっぱり、迷惑……ですよね……」

「え、ええっ!? ヨミちゃん人の話聞いてた!?
 忘れてたのは悪かったけど、でもオレ嬉しいとか役得とか言ったよね!?」

 しゅん、と俯くヨミは、色んな意味ですっかりいつも通りに戻っていた。 だからネフィリムも、少しオーバー気味に騒ぎ立てる。

「……そうですか……。 ……複雑ですけど……」

「複雑って……いや、まあ、いいや。 とにかく元気になったみたいで何よりだよ」

 仲間たちの影響を良くも悪くも受けたヨミは、出会ったころに比べるとネフィリムに対して時々辛辣で、そして毒舌だった。
 他のみんなにはそんなことあんまりないんだけどなー、と内心ぼやきながらも、これがヨミなりの甘えや心の開き方なのだと自身を納得させている。
 座っていたベッドから立ち上がり、ネフィリムは大きく伸びをした。

「ふー、安心したらお腹空いたな! ヨミちゃん、お昼食べに行こうか……って、ヨミちゃん? どうした?」

 階下から溢れる美味しそうな匂いに昼食時だと気づき、ヨミに向かって手を差し伸べる。
 しかし彼は腰かけたベッドから動かず、視線を彷徨わせていた。

「……ええっと……その……みんなに、どんな顔して会いに行けばいいのかなって……」

「ああー、なるほどね」

 他人に気を遣いすぎる彼は、自分の行動の結果が仲間たちに迷惑をかけたのだと思っているのだろう。
 確かに予定は変更になりはしたが、戸惑ったり面白がっていたり心配しているだろうが、きっと迷惑だなんて思わない人たちなのだが。
 そのことをヨミに告げても、恐らく表情は晴れないだろう。

 だからこそ、ネフィリムは無理矢理その小さな手を引っ張って、ヨミを立ち上がらせた。
 そうしてその行為に文句を言いたげな彼に、満面の笑みを浮かべる。

「じゃあ、一緒にごめんなさいをしに行こうか!」

 明るいネフィリムの声音に、ヨミはしばらくきょとんとして。

 そして、控えめながらもふわりと笑って頷いたのだった。






 
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