何度目かの恋

弘前 天海

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前章 恋

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僕は生まれて初めて恋をした。
相手は同じクラスの少女。名を衣笠楓と云う。
サラサラとした黒髪。切れ長の目から除くキラキラとした瞳。しなやかな肉体から香る甘い香り。
そのどれもが僕を虜にした。
初めて彼女を見た刹那。僕は恋に落ちたのだ。
どうにか話せないものか。挨拶でもいい。彼女と何の接点も無かった僕は、どうにかして彼女と関わりたかった。
しかし、そう上手く行くものではない。彼女を一目見てから早二年。同じクラスになって早三ヶ月。未だ言葉を交わすことも叶わない。
「熊野。何ボーッとしてんだよ。又衣笠か?お前もあきらめねえな」
そう云って僕の隣で笑っているのは僕の悪友。最上だ。
「衣笠って・・・どこの情報だ」
「どこの情報でもねぇよ。お前を見てりゃ解るさ。なァ青葉」
「解る解る。バレバレだわ」
最上に話を振られた三隈青葉はケラケラと笑う。
「五月蝿いな。三隈」
「きっと衣笠さんも解ってるんじゃない?そんな熱い視線を当てられちゃぁ」
「人聞きの悪いこと云うなよ。これじゃぁ僕がストーカーみたいじゃないか」
「こんな暑い日にそんな熱い視線を当てられちゃぁ、暑苦しくて仕方ないわよ」
 三隈はそう云って、スカートをパタパタと動かすので、僕は目線を逸らした。
今日は何時にも増して暑苦しい。気温も高ければ、湿度も高い。外では真っ赤な太陽が、ギラギラと輝いて、アスファルトは熱を発し、あたかも時空を歪めているかのように見える。
「衣笠もたまったもんじゃねぇよなぁ」
最上はゲラゲラと笑い出す。
「勝手にしろ」
僕はそう云って携帯電話を取り出した。電源を入れようとすると、見慣れない文章が浮かび上がった。
「何だよこれ・・・」
「これは故障だな?エアコンも付いていないこの教室に置いておくからだな。ま、携帯屋に行くんだな」
携帯電話はこのところの高温で故障していたのだ。
「あ、これ冷やせば治るらしいよ」
三隈は云った。
「マジか。でかした三隈。でもどうやって冷やすんだ?」
「こうするの」
三隈は僕の電話を奪い、教室を飛び出した。
彼女は中学の頃陸上部だった事もあって、足が速い。
「おい。待てよ」
慌てて飛び出すが、なかなか追いつけない。
三隈は水道の前で足を止めた。
「こうするの」
彼女はそこへ電話を投げ入れ、蛇口を捻った。そして勢いよく水が流れ出した。
「阿呆!」
僕は水道に飛びつき、電話を奪還した。
「生憎だったな。僕の電話は防水だ」
そう云うと、何故だかわからないが、電源が入った。
「チッ・・・良かったじゃない。携帯が治って」
「おい。今舌打ちしたろ?」
「ま、食堂も空いてきただろうし、御飯行こうぜ」
いつの間にか追いついた最上はゼェゼェ云いながらそう云った。必死すぎだろうと、僕は思う。
「おい。最上。お前野球を抜けてから随分と息を切らすようになったな」
この学校の野球部は、顧問の不祥事で活動停止になっている。その背景に何があったのかは僕は知らない。
「まぁな。ま、行こうぜ」
「命拾いしたな。三隈」
僕は三隈を嘲笑うかのように見つめた。いや、見下した。
「そうね。お礼云わなくちゃ。ありがとう。お陰で助かったわ」
 彼女はバツが悪そうに云った。
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