ファンタジーはマジカルじゃない!

雉虎 悠雨

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訪問者A メイプル 4

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 老婆の言動に謎は多いがなんとなくその小包に原因があるような気がしていたケマルは、それを開けるために術師のいるところへ向かう。

 そこはケマルの店よりもっと大通りを外れ、狭い道に日中でも薄暗くなるほど両側にたくさんのアパートメントがそびえ立つストリートだった。そんな雰囲気でも治安が悪くない理由はそこが魔術師たちの巣と言われるからだった。そこは魔法を仕事にしている者たちが集まり暮らしている地域。

 外観は同じ大きさの窓が規則正しく並んでいるように見えても、中はその通りに部屋が並んでいるとは限らず、一棟丸々吹き抜け付きの一軒家だったり、小さい生物が集団で生活していたり、占い師がいたり、呪い屋がいたり、お札屋もいる。召喚師や魔獣使いもいるせいで、部屋の大きさは使う者によって空間ごと歪められて時には次元も違う。一般人が不用意に立ち入れば、容易には戻って来られない場所だ。

 けれどその狭い通りも人通りは昼夜関係なく絶えない。大柄な人間は肩を窄めてちょうどすれ違えるほどの幅しかない道の両側に様々なタイプの扉が並び、あちこちで出入りしていて、その間にあるいくつもの階段を上ったり下っていったりする者が幾人もいる。

 慣れない者は必ず迷う場所だが、ケマルの足が惑うことは一度もなかった。
 くすんだピンクの外壁に、メルヘンチックな柵の付いた出窓が二列に十階分ほどある建物に入り、階段を三階分登ると屋上に着いた。空間が歪められているとケマルは聞いたことがあったが、どの段階でそうなのかはケマルには感じ取ることができなかった。
 屋上の周りにフェンスが取り付けてあり、その中央に屋台のような家が建っている。

「ツジー、来たぞー」

 ケマルが玄関らしき扉に向かって声を掛けると、横のカウンター付きの窓が開いた。

「おお! ケーマル、よく来たな」

 薔薇柄のエプロンとバンダナを頭に巻いた真っ黄色の骸骨、スケルトンのツジーだ。
 骨染めが趣味のツジーは会うたびに骨の色が違う。ちなみに色むらができると機嫌が悪い。
 そして性別不明だ。考古学者か法医学医にでもなれば骨だけでもわかるのだろうが、生憎ケマルに今のところそれらの知識を必要とする理由はなかった。分かるのは背が高い方だということだけ。

 ツジーの職業はアロマセラピストという魔法がなくてもできる仕事をしているが、過去には白魔導士として戦場で優秀なヒーラーとして活躍していた。癒しの術以外にも多くの魔法を知っていて、売れっ子で人気者だったというのは本人談だ。

 ケマルが子供の頃に知り合って以来、その方面で困ったことがあると頼っていた。

 本屋を開いてからは、書籍に関して魔術の気配の可能性を感じるとそれを扱う知り合いの店に持っていくことが多かったが、今回のようなよく分からない困りごとはやはりツジーに頼る。

 ツジーの家は入るといつもいい香りがした。
 誰が嗅いでも心地よく感じる香りは難しいだろうに、ツジーの家はいつだって嫌味のない落ち着く香りで満たされていた。
 日々アロマオイルを精油したり、調合したりしているので自然とそうなるのかと、以前ケマルが聞いた時に、そういう仕事部屋は別にあるとのことだった。となれば、部屋の香りはツジーが考えているのだから、やはり凄いとケマルは思う。

 壁際の棚には遮光性のある茶色瓶が綺麗に陳列されていて、別の棚には個包装された色とりどりロウソクが並んでいる。

 部屋の中央に緑の観葉植物が飾られテーブルクロスが掛けられた丸テーブルあり、いつものようにそこの椅子に座ると、特製のハーブティーでもてなしてくれる。

「ケーマル、お前少し疲れてるんじゃない? マッサージしようか?」

 ケマルの背後に立って、肩に手を置き骨の手で軽く揉んでくれる。これが不思議と気持ちいい。
 その誘惑に負けそうになりながらもなんとか、後ろを振り返り断りを入れる。

「嬉しいけど、店があるから今日はいいや」
「ケーマルの体、こんなに凝ってるのに」

 ツジーはわざわざケーマルと自分でつけたあだ名で呼ぶのは、親しみを表すこだわりらしいのだが、ケマルはどうせならもっとあだ名らしいものにして欲しかったと思う。考えるのが面倒なら本名で呼んでもらえないかと言ったら、断固として可愛いからという理由で譲ってもらえなかった。

「店なんか休みにしちゃえばいいのに。ここに来るときはいつもそうしてただろ? 人でも雇ったの?」
「雇ってはない、勝手に居座ってるのがいるだけ」
「あらま」

 本来目玉があるはずの場所に嵌まる謎の黄緑色の光が強く輝いた。

「なになにぃ、押しかけ女房的な?」

 素早くケマルの横に椅子をくっつけるように座ると、その顔を覗き込むように聞いてくる。ケマルは思いっきり体をそらして避ける。

「そんな可愛らしいもんじゃない、犬みたいな顔だけどゴブリン、じゃなくてコボルトでもなくてブラウニーの男」
「あら、男でも女房にできないことはないわよ?」

 何を呼びたいのか手をヒョイヒョイ動かし、もう片方の手は口元に沿えている。

「……だからそんな可愛いもんじゃないから、勝手に住み着こうとしてる害虫に近い」
「あら、ひどい言い方」

 ツジーは体をケマルから離すと自分用にお茶を注いで、優華に口に運ぶ。ケマルも溜息とも安堵の息ともつかぬものが口から出そうになるのをハーブティーで飲み込む。

「いつ来てもツジーのお茶は美味いな」

 毎度本気でそう思い同じことを言うケマルに、まんざらでもない表情になるツジー。これまた頭蓋骨だけでも表情の機微が分かる。

「で、その害虫ちゃんに店を任せてもここに来たのはそれなりの理由があるんだろ?」
「任せてきたわけじゃないけど。この包みが開けてもいい物か聞きたくて来たんだ」

 少し忘れかけていた本題にやっと入ることができた。カバンから取り出し、テーブルの上に小包を乗せる。
 ツジーは手に取るわけでもなく、ただ少しそれを見つめる。

「特に何も感じないから大丈夫だと思う」
「ここで開けてもいいか?」
「どうぞぉ」

 悠然とティーカップを傾ける姿を頼もしく思いながら、ケマルは荷を解いていく。括っている麻縄を解き、茶色く艶のあるパラフィン紙を丁寧に剥がしていく。
 出てきたのは手のひらサイズの文庫本のような本が二冊、それとゴツく革張りの装丁で分厚い地味な図鑑のような本だった。
 どれも特別な感じはしなかったが、老婆が提示した本の名がそこにあった。

「俺の店で扱えるのは文庫の方だけだな」

 中身を簡単に確認したら、文庫本の方は少女が読むような恋愛もので、図鑑のような方は植物学の論文をあつめたものらしかった。
 それらすべての本をケマルがツジーに渡す。
 するとツジーは顔をしかめた(ように見える)。

「あらやだ。これ、魔導書の一種ねぇ」

 見る者がみれば一瞬で分かる類の物らしい。ただツジーは飛びぬけて優秀であるから、見分けられる者は実は多くはないのかもしれない。そのあたりはケマルには分かりようがなかった。
 けれど大いに納得した。

「……やっぱりな」
「何、知ってんの?」

 少し驚き訝し気な顔(のような感じ)をしたツジーにケマルは店に来る老婆風の客について話した。

「老婆風って、その風って?」
「たぶんだけど、変装な気がして」
「術じゃなくて?」
「その可能性もある。でも俺じゃ正確に見分けられるわけじゃないから」
「でも差出人は二人よ、心当たりは?」
「ない。この本は誰かに害をなす本か?」

 ないとは思っていても確認せずにはいられなかった。真剣な顔でケマルが問うとツジーは優しくケマルの背中に手を当てて心配ないという風にわざと軽く説明した。

「あー、それはほとんどないわ。ただ読むだけなら何の変哲もない本。よっぽど高位の魔術師なら気づくが、正しく読み取ろうとするのは手間だな。それほどの者が手にする確率の方が低いだろう」

 ケマルの肩から力が抜けた。

「だよなー、誰でも彼でも読めるもんじゃねーよな」

 流石に少しほっとしたケマルに、ツジーはお茶のおかわりを注ぎながら付け加えた。

「その老婆風はケーマルのとこで買っていくんでしょ? これ同じ本でも全部に仕掛けられてるわけじゃないぞ、この本一冊だけ」

 同じタイトルの本がそうというわけではない、誰かが目の前のただ一冊に術を掛けた代物だったのだ。きっと今まで老婆風の客に売ってきた本は全部そうだったに違いない。
 ケマルは今まで堪えていた溜息をもう飲み込めなかった。テーブルに右頬をつけてぼやく。

「俺が引き寄せるのかー、前の店でも言われたんだよなー。俺は妙に引きがいいって」
「一種の才能ね」

 ツジ―の言葉にケマルは苦笑しながらも嫌悪や苦悩はない。
 そんな才能はいらねーと思いながらも、ケマルは備わっている物なら使っていくかと強かな考えもあった。けれどそれを使いこなせるかというのが困りどころだ。

「俺自身には分からないんだよな」
「大概の人は分からないんだから問題ない」

 そういうツジーの太鼓判をもらい、それを勢いにして、うまいお茶を一気に飲み干し、近々また来ることを約束して店に帰った。


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