白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-10 とある鬼の伝説

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* * * * * * * *

 某日某所にて。

「ほう、そういう方向に進んだのかい。こりゃ見ものだねぇ」
 白き鬼はくつくつと笑い、頬杖をつく。
 その顔は楽しげで、新しい玩具を手に入れた子供のようだった。

「これからどうするんだい、宝月?」
 俺が尋ねると、彼はゆったりと構える。その姿は、さながら芸者のような優美さすら感じてしまう。

 ま、彼はそんな雅なものからは程遠い、邪なものなんだが。

「なぁに、いつもと変わらず見物するだけさ」
「へぇ」
「何ださとり、つまらなそうな顔をしてるねぇ」
 不満が顔に出ていたのか、宝月は俺の顔を指差した。

 いけない。他人の心を読み取る妖怪が、自分の心を読まれちゃあ終いだ。

「面白い物語を見せて貰ったけどさー、たまには茶々も入れたくならない?」
「……はぁ、そういうことか。それはお前の得意分野だろう?」

 俺の回答に不満なのか、宝月はやれやれと首を振った。彼の羽織っている女物の着物が少しずり落ちたが、あまり気にしていないのか、直す様子がない。

「ああ、得意。大得意さ。でも、たまには違う役者が演じた方が新鮮味があって面白いでしょ?」

 同じやつが繰り返すより、いつもとは違う奴が場を引っ掻き回す方がが違う。現代的に言えば、そう、スパイスってやつだ。

 宝月は面倒臭そうに眉を顰め、腕を組む。

「こそこそと詰まらん事を画策するのは、アタシの役割じゃないだろう」
 おお、怖い怖い。
 ちょっと睨むだけで脚が竦んでしまう程の威圧感。さすが正真正銘の鬼というところか。

「俺は既に済ませちゃったからさ。なぁ、良いだろぉ? 余興としては悪くないと思うよ」
「ほう……。それで? 姑息なお前はアタシに何をやらせるつもりだ?」
 宝月は切れ長の目を更に細めた。

「なぁに。ちょっとしただよ」
「ふーん、そうかい。ま、精々楽しませてくれよ」
 つまらなそうに返すが、彼の口元には少しばかりの微笑みが含まれていた。

* * * * * * * *

 程なくして、翼くんは首を傾げながら帰って来た。

「どうしたの? 何か大変なことでも?」
 と聞くと、彼は苦笑いして首を振る。

「いいや、大したことじゃないよ。呉羽から電話だーと思ったら、雑音しか聞こえなくてさ」

「誤発信かしら」
「かもな」
 翼君はなっちゃんの言葉に頷きつつも、どこか腑に落ちない様子だ。

 電話の誤発信くらいなら珍しくはないと思うが、彼には何かが引っかかるらしい。
 少し考える素振りを見せ、『まァいいや』と息をついた。

「ところで随分と機嫌が良さそうだけど、何か進展あり?」
「うん!」
 それを聞いた翼君は、少々驚いた様子だった。

 だがそれも束の間のことで、いつもの余裕のある笑みを浮かべ、私に続きを促した。

「紅葉伝説って知ってる?」
「ああ。鬼女のことだな。主人公の名前は……そうか、呉葉くれはか」
 翼君は私が思い出した切っ掛けに気付き、ふむふむと頷く。本当に察しが良い。

「美女が掃討される物語ね」
「あまりにも雑にまとめちゃうナツったらお茶目さん」

 ——紅葉伝説。
 とある夫婦が子を授かるために第六天魔王に祈った。すると、夫婦は大変美しく多才な娘を得たのだ。その娘の名が呉葉だった。

 呉葉は紅葉と名を改め、後に鬼女と成り果てることとなるが、語るのはこのくらいにしておこう。

 この伝説が語られる地域は複数箇所あるが……。

「なるほど。天岩戸伝説、更に紅葉伝説があるのは……」
 と、翼君は勿体ぶって言葉を切る。
 二人で顔を見合わせた。彼の瞳は力強く、自信が宿っている。

 もう答えはわかった。あとは言うだけ。きっと、同じ言葉が頭の中にあるはずだ。

「戸隠!」
 そう二人でハモると、なっちゃんはムスッとしながら翼君の額を引っ叩いた。

「いってぇ! 何すんだ!」
「気安くチマとハモってんじゃないわよ」
「んもーっ! ナツったら理不尽!」

 普段通りの二人。
 眼の前で繰り広げられる『日常』にホッとする。

 いつもと変わらないことが、こんなにも安心するだなんて、夢にも思わなかった。

「……って、あれ?」
 二人共黙って私のことを見つめている。コマちゃんも丸い目をしてこっちを見てる。
 どうしたんだろう?

「チマ、やっと笑ってくれたね」
 なっちゃんは穏やかに微笑む。
 そして、指摘されて初めて気付いた。私は暫く笑ってなかったのだと。

「月並みな言葉だが、やっぱり女の子は笑顔が一番だな」
 翼君はうんうんと頷いた。ちょっと恥ずかしいかも。

「わんっ!」
 コマちゃんは尻尾を振り、私に飛びついた。小さいながらもパワフルだ。

「もーっ、コマちゃんったら」
 また笑いが込み上げる。
 そうだね、塞ぎ込んでいるだけじゃダメだ。笑わないと。

 一真が帰ってきた時、ぎこちない笑顔なんか見せられないもの。よし、頑張ろう。

 せっかく思い出したのだから、即行動! ……といきたいところだが、

「目的地は決まった訳だけど、いきなり遠出なんて無理だよねえ……」
 天波市から戸隠なんてかなり遠い。
 行くとしたら時間をかけて遠征するしかないし、そうするとお金も掛かる。

 私みたいな貧乏学生には、費用をポンと出せるほどお金の余裕はないのだ。世知辛い。

「出来ないこともないぜ?」
「そうだよねー出来ないよね……って、え?」
 ケロっと答えるのは翼君。

 出来ないこともないとは、要するに出来るということだ。
 彼は私をからかっている訳でもなく、当然のように『出来る』と言うのだ。なんということでしょう。

「アテがあるの!? 自家用ジェットとか」
「千真ちゃんは、金持ちイコール自家用ジェットって認識なんだな」
 翼君はイヤイヤと笑いながら私の言葉を否定した。なんだ、違うのか。

「戸隠に行けりゃ良いんだろ? ならひとっ飛びで行けるぜ?」
「やっぱり自家用ジェットじゃない!?」

「一旦ジェットから離れよう。な?」
 また翼君は苦笑い。
 だが、なっちゃんは何かを感じ取ったのか、険しい表情で口を開いた。

「あんた……」
「まぁ聞いてろって」
 翼君は笑顔のまま、なっちゃんを牽制する。最後まで話をさせて欲しいと。

 なっちゃんは不満げに口を噤み、ソファに身体を深く沈めた。そんな彼女を見て、翼君は『悪いな』と顔の前で手をあわせる。

「えっと、あの……?」
「おっと失礼。話を戻すぜ」
 翼君は私に視線を戻し、こほんとひとつ咳払いした。

「前提として、オレはそこら辺の交通機関よりも早く目的地に着ける手段を持っている。んで、その手段はヒトの常識から外れたモノだ」

 そう語る翼君の声のトーンは真剣そのもので、いつもの冗談ではないと訴えている。

 これから語ることは嘘ではない、と話を聞く前から説得力を感じた。その気迫に、思わず背筋が伸びる。

「常識から外れたモノ……?」
 彼が外れている常識、それは。

「単刀直入に言うとさぁ、オレは人間じゃないんだわ」

 ただ簡単に、あっさりと、軽く、爆弾を落とす。私が声を出して驚く間もなく、黒い風が翼君を覆った。

 黒い風は渦を巻き、翼君が認識できない程に荒れ狂う。

 それも一瞬のことで、風が消え失せた頃には、彼がいた場所には翼の生えた山伏が座っていたのだ。
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