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第十九章 手折られた彼岸花
19-3 Яebirth day
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私はベッドの上で横になり、言われた通り安静にしていた。早く治して、あまり迷惑を掛けないようにしなきゃ。
何も考えずにぼーっとしていると、段々と目がまどろんでくる。眠い。
ウトウトと瞼が上下し、フッと意識が途切れた。
***
そこは暗い倉庫の中。握っていた『珀弥君』の手にずしりと重みを感じた。
もう、動かない。胸から流れ出る血が、冷たくなる手が、それを物語っていた。
私の悲鳴は倉庫内に虚しく響き、闇に飲み込まれたのだった。そこが、物語の幕切れの筈だった。
しかし、それで終わりではなかったのだ。ドクン、と彼の身体が大きく脈動したからだ。
『……?』
彼の胸の傷は、尋常ではないスピードで塞がっていった。勝手に縫合される皮膚の様子が、目視で確認出来てしまうのだ。
血が止まり、血の気の引いた肌にも赤みが戻る。
『は、珀……』
どういう理由でそうなったのか、わからない。ただ、私の理解が及ばない奇跡が起きたのだと思った。
私は堪らず彼の顔に手を伸ばす——それは、たった一瞬だった。
『あ……え?』
目の前に赤い液体が飛び散った。
その出どころを探ろうと視線を下ろすと、肩から腹に掛けて、斜めに斬り裂かれている。
触るとぬるりとした血が手についた。とても、痛い、痛い。また、痛いのが……どうして?
私は、何で、怪我してるの?
『あ、ああっ……ち、さ……ぁ』
震える弱々しい声が耳に届いた。
見上げると、自分の手を驚いた様子で見つめる——白い鬼。
長い白髪は血で赤く染まり、琥珀色の瞳はビー玉のように暗闇で光っている。
なにより特筆する点は、額から生えている一本の黒い角。赤い亀裂が入っており、額と角の境目から血管のように赤い線が伸びている。
あまりの異形の姿に言葉を失ったが、その顔には見覚えがあった。
『白鬼……く……』
神出鬼没の不思議な人——いや、鬼だ。
何で、珀弥君だったのに、白鬼君になったの? 白鬼君は……珀弥君?
『あ、アぁ、アアア……嫌、だ……駄目だ……駄め、だメだ……いっ……イヤだイやダ、やメロ……!』
彼は葛藤するように頭を押さえ、時折獣のような咆哮を上げる。
瞳が揺れ、今にも理性を手放しそうな様子だった。
鋭い爪が私の方を向く。その鋭さは、容易に人の命を刈り取れるだろう。
『ぁ……あっ、がっ……チサ……ナ……ァ……逃げ……』
唸るように私の名を呼ぶ。
その瞳は正気ではなく、狂気だけが爛々と輝いていた。彼は私を指す手を、もう片方の手で抑え、後退りをする。
待って。そう言いたくても、声が出ない。ヒューヒューと空気の抜ける音が喉から出るだけだ。
呼び止める間も無く、彼は酷く怯えた様子で闇の中に溶け込んで行ってしまった。
私は一人残され、冷たい床の上に放り出されていた。
心臓は動いている。運良く抉られずに済んだのか、わざと外してくれたのか。
それでも、痛くて、苦しくて、どうしようもなかった。
容赦なく流れる血液の量と比例して、体温が下がっていくような気がした。寒くて、寂しくて、怖くて……。
『——』
いつの間にか痛みさえ感じなくなった。意識が、遠のく。
一人にしないで。誰か……珀弥君……助けて……。
***
「はっ!」
勢い良く起き上がる。額から汗が垂れ、服が肌に張り付いた。
嫌な、夢。……夢? 違う。あれは……。
「いっ……!」
不意に胸の痛みを感じ、傷口を押さえた。この傷は誰にやられた?
今までは記憶が不鮮明で、突然斬り裂かれたことしか思い出せなかった。
いや、思い出そうとしなかった。何故なら、犯人の顔を見てしまったからだ。
「……そんな」
あの時、異形の鬼に変貌してしまったのは……私を殺そうと牙を剥いたのは……一真。私が探し求めている彼だった。
身体の震えが止まらず、自分自身を抱き締めて丸くなるが、それでも治らなかった。
嘘だ、嘘だ。信じられない。そんなこと……他の皆に言えるわけがない。
正気を失った彼の目がどうしようもなく恐ろしくて、悲しくて、じわりと涙が滲む。
私は、どうすれば良いの?
何も考えずにぼーっとしていると、段々と目がまどろんでくる。眠い。
ウトウトと瞼が上下し、フッと意識が途切れた。
***
そこは暗い倉庫の中。握っていた『珀弥君』の手にずしりと重みを感じた。
もう、動かない。胸から流れ出る血が、冷たくなる手が、それを物語っていた。
私の悲鳴は倉庫内に虚しく響き、闇に飲み込まれたのだった。そこが、物語の幕切れの筈だった。
しかし、それで終わりではなかったのだ。ドクン、と彼の身体が大きく脈動したからだ。
『……?』
彼の胸の傷は、尋常ではないスピードで塞がっていった。勝手に縫合される皮膚の様子が、目視で確認出来てしまうのだ。
血が止まり、血の気の引いた肌にも赤みが戻る。
『は、珀……』
どういう理由でそうなったのか、わからない。ただ、私の理解が及ばない奇跡が起きたのだと思った。
私は堪らず彼の顔に手を伸ばす——それは、たった一瞬だった。
『あ……え?』
目の前に赤い液体が飛び散った。
その出どころを探ろうと視線を下ろすと、肩から腹に掛けて、斜めに斬り裂かれている。
触るとぬるりとした血が手についた。とても、痛い、痛い。また、痛いのが……どうして?
私は、何で、怪我してるの?
『あ、ああっ……ち、さ……ぁ』
震える弱々しい声が耳に届いた。
見上げると、自分の手を驚いた様子で見つめる——白い鬼。
長い白髪は血で赤く染まり、琥珀色の瞳はビー玉のように暗闇で光っている。
なにより特筆する点は、額から生えている一本の黒い角。赤い亀裂が入っており、額と角の境目から血管のように赤い線が伸びている。
あまりの異形の姿に言葉を失ったが、その顔には見覚えがあった。
『白鬼……く……』
神出鬼没の不思議な人——いや、鬼だ。
何で、珀弥君だったのに、白鬼君になったの? 白鬼君は……珀弥君?
『あ、アぁ、アアア……嫌、だ……駄目だ……駄め、だメだ……いっ……イヤだイやダ、やメロ……!』
彼は葛藤するように頭を押さえ、時折獣のような咆哮を上げる。
瞳が揺れ、今にも理性を手放しそうな様子だった。
鋭い爪が私の方を向く。その鋭さは、容易に人の命を刈り取れるだろう。
『ぁ……あっ、がっ……チサ……ナ……ァ……逃げ……』
唸るように私の名を呼ぶ。
その瞳は正気ではなく、狂気だけが爛々と輝いていた。彼は私を指す手を、もう片方の手で抑え、後退りをする。
待って。そう言いたくても、声が出ない。ヒューヒューと空気の抜ける音が喉から出るだけだ。
呼び止める間も無く、彼は酷く怯えた様子で闇の中に溶け込んで行ってしまった。
私は一人残され、冷たい床の上に放り出されていた。
心臓は動いている。運良く抉られずに済んだのか、わざと外してくれたのか。
それでも、痛くて、苦しくて、どうしようもなかった。
容赦なく流れる血液の量と比例して、体温が下がっていくような気がした。寒くて、寂しくて、怖くて……。
『——』
いつの間にか痛みさえ感じなくなった。意識が、遠のく。
一人にしないで。誰か……珀弥君……助けて……。
***
「はっ!」
勢い良く起き上がる。額から汗が垂れ、服が肌に張り付いた。
嫌な、夢。……夢? 違う。あれは……。
「いっ……!」
不意に胸の痛みを感じ、傷口を押さえた。この傷は誰にやられた?
今までは記憶が不鮮明で、突然斬り裂かれたことしか思い出せなかった。
いや、思い出そうとしなかった。何故なら、犯人の顔を見てしまったからだ。
「……そんな」
あの時、異形の鬼に変貌してしまったのは……私を殺そうと牙を剥いたのは……一真。私が探し求めている彼だった。
身体の震えが止まらず、自分自身を抱き締めて丸くなるが、それでも治らなかった。
嘘だ、嘘だ。信じられない。そんなこと……他の皆に言えるわけがない。
正気を失った彼の目がどうしようもなく恐ろしくて、悲しくて、じわりと涙が滲む。
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