惑星の止血〜私が、噴火を止めるんですか!?〜

仁川路朱鳥

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第一章 第二節 カルライン=マイト(1)

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 キトリは、うわさ話にされている相手を知りたくなった。動機は、どちらかと言うと自己防衛のためなのだが。情報収集もかねて、おしゃべりに忙しい巫女に、聞いてみた。

「今、うわさにされている人って、どのような方なのですか?」

 好奇心が発されると、途端に巫女たちは大人しくなって、それから、互いに顔を合わせてから。笑顔を浮かべ、何かを考えて。巫女たちは、話題にしようと決めていた。
 キトリはその様子を、いぶかしげに聞くが、足はそこで止まったまま、巫女の口を待っていた。
 しばらく、互いが『何かを考えながらも、何も考えていない』空白に取り残されて、沈黙していた。その中で。最初に口を開いた巫女が、話し始めた内容を、キトリは心に焼き付ける。

 巫女の語るに曰く、
【同じように、村の外れに住んでいる、ちょうどキトリと同い年の男性がいる。彼の名前はカルライン=マイト。背丈もちょうどキトリと同じくらいで、連れ立って歩いたなら、双子か恋人同士かと間違われるほど、外身はよく似ている。ただ、髪の長さはキトリが勝るし、体臭に至っては、もちろんキトリの方が優れている。特段に、生活がつらくなる程の悪臭ではないが……。
 マイトの身体からは常に、金属の匂いがする。人間が不快だと思うような物質。血液。村人の中には、彼の通る足音を聞いただけで倒れてしまう者もいるらしい。
 月経を迎えた女性のように、ただ血の中にたたずんでいる。暗い鉄の匂いで絶頂するような怪物。人の形をした死神。いいや、もしくは死の擬人化。】

 キトリは、うわさ話で語られた内容と、自身との関係性を結びつけられなかった。確か、同じ村長に呼ばれて、それで━━私と、何の関係がある? ただ、疑問ばかりが浮かんでいた。もしかしなくとも、という線は浮上したが、それ以上には浮き上がらない。現実が予想を超えるなら、これ以上先に行かないでくれ、と、祈るようにキトリは動揺する。
 先程の巫女たちの笑みは何であったか。企みか。話題の花にしていくつもりか。
 キトリはむしゃくしゃして、まだ話を続けようと頑張っている巫女をよそに、弓の訓練に出てしまおうと考えた。

 何かに集中していれば、悩む暇なんてなくなる。この言葉はキトリにとっては、救いとなる。
 狙いを定めて、息を殺し、弓を呼吸して一区切り、放つ。一瞬一瞬に意志が介入するから、キトリが気を抜く暇などない。と、このような描写をしてはいるが、実のところ、全く当たっていなかった。大体が、的に当たる前に地面に落ちたり、別の方角に飛んで行ったり━━それこそ、キトリの真後ろに矢が飛んだり。はっきりと言ってしまえば、下手を通り越して神の領域に入っている。達人が、武芸の神が、まねしようとしてもまねできない領域。そして、キトリ本人でさえ、前の動きを再現できない。
 あまりに的に当たらないから、キトリは別の方法を検討した。が、すぐに『弓はまだ安心できる』として、思考を中断し、矢をつがえる。

 キトリは、自分に自信がないという条件を棚に上げるにしても、基本的に運動が苦手だ。その中でも、誰かが傷つく可能性がある運動が、特に苦手だ。
 例えば、剣。キトリは剣を握っただけで、震えが止まらなくなる。実家で訓練を受けた際も、動揺しすぎていた。そのせいで、せっかく勇気を出して、大きく振りかぶっていた剣身を、自分の真後ろに落としてしまった。手の震えが、剣を落とした。
 例えば、槍。実家の人間からは『武器っぽさがだめなのかもしれない』と、握らされたはいいが、やはり震えが止まらず、自分の足の上に落としてしまった。その時の重み、乾いた衝撃音を、キトリは忘れられない。
 例えば、鞭。キトリは鞭の音が苦手だから、怖気付いて振るえもせず、その代わりに震えながら、ただしゃがんで泣いていた。

 だからキトリは、『武器を握る実感が少ない』弓矢を選んだ。

 さて、練習前に作り置きしていた矢も尽きた。現実を知ると、右手が痛み始めた。ずっと集中していたから、まひして何も感じていなかった。と推測できた。
 矢の作成も重要事項ではあるが、右手の回復もまた重要だ。キトリはどちらを優先するか、しばらく悩んでいた。決定打は、まるで細い針の群に襲われているような痛み。結局、右手の回復を優先すると決めた。

 もうすぐ夜になる。夜になれば、恐ろしい生物がそこな大地を歩き回る。今のキトリには、太刀打ちできそうにもない。帰ろうにも、村から、普段過ごしている家周辺までは遠く、五段ほどある水時計を設計・建築できるほどに遠い。
 仕方がない。いくばくか治った右手の痛みと共に、宿屋に入る。無愛想な宿屋の主人が通した部屋は、あまりに狭かった。まるで、無理を押して建築したような、定期的に崩れる地盤の上に建てるなら、材料は少ない方がいいとでも主張するような狭さだった。しかも、断熱もされていない。毛布を被ってもまだ寒気がする。右手のためには好都合かも知れないが、キトリとしては非常に嫌だった。
 不満を垂れ流しながらも、キトリは睡眠に入った。それと同時期に、外を出歩く足音が存在していた。
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