惑星の止血〜私が、噴火を止めるんですか!?〜

仁川路朱鳥

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第一章 第一節 ミファース=キトリ(3)

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いきなり何を言い出したか。キトリは驚いて、わけを聞こうと思い立つ。

「巫女さん? ここ近辺で何が起こったか、詳しく教えて頂けませんか?
私は離れに住んでいる以上、情報が伝わっていなくて……」

 その、あの、と次に続ける言葉を考えているキトリに、話好きな巫女が事情を、経典でも読み上げているかのようになめらかに、話し始めた。

「あのねあのね、噴火! 噴火するの、あの山……村長さんがずうーっと、ご飯も食べないで悩んでるの! んでね、なんで村長さんが悩んでいるかっていうとね、あるお話が関係してくるんだって。あ、全部言っちゃったほうが早いね。
あの山に登った女の子がいて。戻ってこなかったんだけど……ちょうど一週間前に登山して、戻ってきた人たちが言うに、『まだ生きている』『泣き叫んでいた』『殺して、と言っていた』らしいよ? 女の子、もう何百年前の、下手したら何千年も前の女の子だろうなあ…… 楽器も祝詞もたしなめずにあの山の頂上でひとりきり。可哀想だと思うよね? ね?
それで、あの女の子が自傷して……腕をもいだり、足をもいだり、歯をもいだりして。そうして流れた血が、丁度溶岩になって、この村を襲って…… いや、溶岩だけじゃない。灰も。この村に舞い降りる。優雅ならよかったんだけど、灰は、この村に死を植えていく。
……がんばって話したわりには、わけがわからなくなっちゃったね。詳しい話は、村長に聞いてくれるかな? 役立てたなら嬉しいな……」

 経典というより、日記だった。
 ともかく、巫女がこんな始末じゃ、情報収集もままならない。正直老人は苦手だが……と、キトリは苦虫を踏みながら、家に入る。

「お邪魔します、ミファース=キトリです」

 この村には、どうも『あいさつ』という習慣が身についていないらしい。他の村との交流か、私の家……ミファースでの教育ぐらいしか、聞いた覚えがない。キトリは自身をミファースの一族と同列にする抵抗感を胸にした。あいさつを聞いた村長は驚いて、まずは褒め称えた。

「おお、ミファース家の娘さんか。頼りになる子が来てくれてよかった……この騒動については、あの巫女から聞いたところだろう?」
「いえ、本人『詳しい話は村長に聞いて』と、丸投げしてましたよ」
「またか……」

 よく起こる事象らしい。ともかく、キトリは村長の話を尊重するべく、聞く姿勢に入る。

「詳しい話は、と言われたならば、結論はもう聞いただろう? 噴火が起こる。
では、なぜ私が悩んでいたか、理由を話してしまおうか」
「あれ? 詳しい話を、してくださるはずでしたが……」

 話が違うじゃないか、と悪態づきたくなる悪魔を抑えて、キトリはもう一度、聞く姿勢に入る。

「表の巫女から、すでに頂上の少女の話は聞いただろうが、ちょうど、少女の後始末について、考えていたところだ。例え、死にたいと叫んでいても、『本当に死にたいか』聞いてからでなければ、それに許可をしてくれてからでなければ、殺せない。彼女だって、人間だったし、人間なのだから……しかし、私たちがこのまま平穏に暮らすためには、彼女を殺す他にない。
彼女がいる限り、噴火は収まらない。触ってくれないか、この歴史の層を……」

 と言って、キトリの手の前に木の板が置かれる。枚数、およそ百と二十枚。
 周期としては五十年ほど。定期的に噴火が起き、噴火が溶岩や灰となって降りそそぎ、村が跡形もなく壊れている。なんで、定期的に破滅している地域に住んでいるか? キトリにはおよそ理解できなかった。
 そして、ここまで丹念に嘆く必要はあるだろうか。

「村長。
まだ、先の話ではありませんか? 心配性が過ぎますよ……」
「いや、私は心配性などではない。先ほど君が触れた板は、五十年ごとに噴火が来ているそうだが。おそらく、すぐにでも噴火するだろう。
この記録群によるならば、そろそろ噴火されても批判はできない。むしろ時間通りにやってくれる方が楽だ。村外への避難も楽になる。
ただ、この土地を一旦捨てる決断は、中々できないが……あー、困った困った……」
「何故、滅びが分かっているにも関わらず、この土地に住み続けたいと思いますか?」
「今まで、餓死や、病の話など聞いた覚えもないだろう?」

 キトリの問いに対して、村長は朗々と答えた。
 要は、定期的に噴火で全てが台無しになる代わりに、土は富み、海も騒がしく、生存には最適な地域なのだ。誰も飢える日は無い。誰も貧しくなる日は無い。病も呪いも無いままに、寿命まで生存できる世界。定期的に、噴火で全てが無くなるが。
 火さえ吹かなければ、良い土地なのだと、長く生きた人間は言う。だからこそ、噴火を抑えるか、居住を諦めて別の土地を探すか、で悩んでいる、と、板から読み取った。耳の前の村長の声からもだ。そしておそらく、事態をよく分かっていない愚民どもさえ。
 そしてキトリは、村長が自分に声を掛けるだろうと、思っていた。だから、先手必勝という言葉があるように、キトリは立候補してやった。

「あの、村長さん……もし、よければ」
「おお、やってくれるか!? 君、殺人の心得はあるか!?」

 いとも軽々と殺人を求める村長を、キトリは冷めた感情で聞いていた。
 仮に人間ならば、生命に対する権利があるはず。例え、噴火の原因だとしても。それを簡単に、立候補したとは言えども、提案するなど、人の心が無いと批判されてもおかしく無いだろう。

「殺人は……怖いです。弓矢なら、少しはできるんですが……」

 水を貰いに来たはずだったが、気がついたら依頼を受けていた。
 キトリには、人を殺すという行為がどれだけ重い罪かを、身に持って体験した覚えはない。殺人処女を散らす羽目になる。しかし、体験でない方なら知っている。

 キトリの兄が、肉親が、村で一番、人を殺した。噴火以外、どれを取っても恵まれた、この土地を守る為に、人を殺した。
 攻め入る人間。欲深い人間。黄金郷だとカン違いして歩み寄ってきた人間。玉すだれの音に寄ってきた人間。のべ、六百七十三人。
 彼は、好物の鉛苺に当たって死んだ。侵略者を追い払った後の宴中に死んだ。少し外に出て、酔いを覚まそうと考えていたところを、毒が襲いかかって来た。
 外に出る前。珍しく参加したキトリに対して、彼女の兄は語っていた。

「いつか俺も、報いを受けるだろうな……ここまで天が、風が、俺の背から吹き抜けるなんて。
そろそろ向かい風になって良い頃じゃないか、って……思う時があったりするんだが。キトリには関係しなくてよい話だ」

 ついでに、最期の言葉を話し終えた後、大柄な手でキトリの頭をおおざっぱに撫でた思い出も、キトリにはある。ただ、キトリにとっては、複雑な感情が……単純に、構ってもらえて嬉しい気持ちと、これまで兄が犯してきた、正義の名を持つ罪状に対する嫌悪感が、争いを起こすような出来事だった。だから、忘れたようにして振る舞っていた。
 そろそろ、と語る兄に、ぞろぞろと、一気に死神が訪れた。

 だから、キトリにとって、人を殺す行為は恐ろしかった。
 報いが、恐ろしかった。
 もし無自覚に殺していたとしても、キトリは無罪を主張し続けるつもりであった。しかし、キトリの方から殺しに行けば、たちまち法廷は有罪に傾くだろう。
 もし家の功績になったとしても、キトリは殺人だけはしないつもりであった。兄に勝つなんて夢でも聞かない。幻聴でも聴かない。

 それでも、もしも家に名前を残せるなら。もしも後世に名前を残せるなら。もしも、死んだ後に残る物が髪と骨だけでは無くなるなら。
 と思ったキトリは、考え直して、決意を示した。

「いいえ……今は弓矢も、鈍っているやもしれません。ですが、噴火するまでの間に、少しでも上達してみせます。ですから、村長……私を、応援してください」

 村長は喜び勇み飛び上がって、

「流石ミファース家の娘! 話が早くて助かるぞい!
この村の練習場を全て貸し出してやるから、期待してるぞ!」

 と言い、練習場の予約券を全て手渡してきた。
 やった、と思うキトリであったが、同時に、ミファース家の人間としてしか認識されなかった事実に、耳を塞ぎたくなった。自分の名前を、呼んでさえくれなかった。
 しかし、期待は期待だと、応えなければ、と思うキトリに、もう後ろめたい気持ちは無かった。

 次の日。練習場の近くに簡易な家を建てたキトリは、巫女たちからあるうわさ話を聞いた。

「もうひとり、村長が託したんだって?」
「ね、信じられないでしょ? あのね、相手が、殺人いっぱいやってる人で…… ミファースの一番兄貴を、そろそろ超えそうってぐらい殺してて…… 怖くない? 確実に殺ってくれそうじゃない?」
「人間の言う内容なんて聞いてないでしょ、あの狂犬病の……」

 そして、うわさになっている相手との将来を、キトリはまだ知らなかった。
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