仁川路朱鳥詩集

仁川路朱鳥

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社会人(成人)

『かぐや姫VSニャルラトホテプ』レビュー(★☆☆☆☆)

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 ここに記してあるものは、わたしが目撃したわたしの事実です。しかし、この悪質な映画はネタバレという文化を打ち払い、解釈論争を引き起こした。結果、インターネットは血の海へと沈み、いまも話題にあがらないように、必死にせきとめているようです。嘔吐を我慢させるように……それらの要素があると了承できた方のみ、読み進めてください。処分を開始



 台風が生まれ、消える月に、その映画は突然現れました。わたしは当時女子中学生で、新しいもの好きのクラスメイト同士の、会話を盗聴してからというもの、その映画……『かぐや姫VSニャルラトホテプ』に意識が釘付け、になっていたのです。
「かぐや姫が勝ってよかったー!日本由来のキャラだから期待してたんだよね、エンドロール直前の『邪神きみをあはれと思ひ出でける』がかっこよかったわ」
「え?勝ったのってニャルラトホテプじゃなかったっけ?元々かぐや姫って戦う感じじゃないでしょ、どう考えても従者にやらせる……」
「別の映画見ちゃったのかな……ケツァルコアトルが自爆して神の国が崩壊、人間が世に放たれる、みたいなラストだったんだけど……」
「うちはアイワスだった、最終的に『汝の意志することを成せ』と啓発してなかったっけ」
 映画の評論として許されてよいでしょうか。勝者も出典の神話もバラバラ。
 4人目の証言に至っては神話ですらなく、魔術師の妻のお告げを元にした本が出典でした。

 好奇心を縄でくくることはできません。放課後にわたしは映画館へ赴き、スクリーンを凝視していました。そこには、

 イクラ軍艦がスケトウダラを発射して駅ビルを破壊する

 映像がありました。4Dで観たせいで、生臭くて最悪の映画体験でした。

 人によって違う映画を見ている?
 それともわたしが映画選びを間違えただけ?
 半券を確かめると、そこには確かに
『かぐや姫VSニャルラトホテプ』
とあったのです。

 池臭くなったポップコーンを謝りながら捨てて、そして近くのカフェで悩むことにしました。
 やはり、あの忌まわしい映画の感想が聞こえてくるのです。
 如来が勝った、ロキが勝った、アルテミスが勝った、邇邇芸命が勝った、オファニムが勝った、◯◯教授が勝った、ヒネ・ヌイ・テ・ポが勝った、アシントマフが勝った、セラパウィチトリが勝った、グルケモールが勝った、ミルワームが勝った…… これがひとつの映画として語られてよいのでしょうか。冷静に、酢飯のにおいがするスマホを取り出して、『かぐや姫VSニャルラトホテプ ネタバレ』と検索しました。幾千ものいかがでしたかブログの中にも、あらすじも結末もなく、ただ

「ご自身で観ることをおすすめします」
という一文で、アフィリエイトが通っているようでした。その他、SNSの検索や、映画評論家のレビューを読んだのですが、どれもすべてわたしの観たクソ映画ではありません。わたしは、まるでひとりだけ、別の言語を話しているような感覚になってしまったのです。
「結構話題になっているんだな、その映画」
 わたしの隣の席に、男性が座っていました。日本であるはずなのに中東風の格好をして、手にはエメラルドタブレットを持っているお方でした。なんとなく、顔を合わせてはいけない気がして、マスクの下にわたしの顔を置きました。
「たかが映画の展開がどうだって、言い争う方がおかしくないだろうか?」
 その口ぶりに、少々疑問を感じたわたしは、目を合わせないように気をつけながら
「あなたが観たときは、どのような結末でしたか?」
 答えは返ってきませんでした。同時に、映画の感想で議論していたカップルが、お冷やを投げ合う闘争に発展してしまいました。カフェの店員も参戦、歯止めが効きません。
「場所を変えようか、ふたりきりで話せるように」
 隣の男性はわたしの耳元でささやき、タクシーを呼び止め、クレジットカード払いで会計したのです。

 ラブホテルのスイートルーム、さすがに動揺を隠せません。『ふたりきり』で話す、って、肉体言語の方だったのか……と。
 わたしを後ろからかき抱いて、体をいたずらにまさぐって。あいにく、わさびの乗ったスマホの電池も切れていて、訴えることもできません。いきなり、驚くような声が背後で聴こえました。
「お前……性転換したのか……?」
 どういうことか、と思って、自分の持ち物を見ました。あったのです。

 気まずくなったのか、ルームサービスでハンバーグを注文して、適当に食事して帰りました。
 自分の部屋で、あることになってしまったそれを眺めながら、クソ映画を思います。観に行かなければよかった、そう強く思ったはじめての映画でした。
 男子高校生になってもなお、クソ映画の勢いは止まりません。なにしろ、うちの市長が税金を『かぐや姫VSニャルラトホテプ』につぎ込んでいるのですから。何がそんなに気に入ったのでしょうか? 何度も観るものでしょうか……ふと、ある思いに駆られました。女の子になりたい、と。結果として、男子高校生のままでした。映画自体も変化しており、なんとあの日、ラブホテルに行った男性が映っていたのです。
「お久しぶり。私を見ているということは、お前が私を望んでいたということだよ。男の感覚には慣れたか?これも望んだことなのにな」
 次の言葉を待たずに、私は映画館の外へ出ました。飲食物を買わなくて正解でした。
 論争と、破局と、破瓜と、絶交と、離婚と。そのような不和を招いて、人間社会をめちゃくちゃにした『かぐや姫VSニャルラトホテプ』という台風は、いまでさえ大きな爪痕を残しています。
 そして何より、わたしは見たのです。

 銀塩の結界の中で、ニャルラトホテプが嗤っていたところを。そして、不意の再会をしたあの男性の顔が、なかったことを──
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