4 / 5
いらない招待状
しおりを挟む
数日後。
ナターシャと殿下、二人の名前で招待状が届いた。
読まずに燃やしたいなぁ。それか捨てたい。
届いた事実を抹消するにはどうすればいいのか。
「こらこらナターシャ。やめろ」
無意識に破ろうとしていたらファルバトお兄様に止められた。
お父様と領地の視察に行っていて、もうしばらくは留守にするはずだったのに。
お兄様がいるなら当然、お父様もいる。
手紙を出してくれたら出迎えたのに。
長い間、馬車に乗っていたお兄様は背伸びをしたがら体を解す。
体が大きいから馬車の中は窮屈なのよね。
すぐにお父様とお母様が部屋を訪ねて来た。
「婚約破棄をしたと噂を耳にしたが本当か?」
「はい。殿下は新たにミリアと婚約したわ」
「それはどうでもいい」
「アナタの代わりに私がサインしたけど、問題はないわよね?」
「あぁ」
当主が不在の場合、必要書類へのサインは夫人、もしくは次期当主でもいいと法が改正された。
今回みたいに領地に赴いていたり、病気で倒れ何日も目を覚まさなかったりで、色々と支障が出てしまったことで早急に見直された。
代理とはいえ、当主の代わりにサインをするのだ。法律上は有効だし、不備にもならない。
婚約破棄の手続きは受理され、私と殿下を縛るものはなくなった。
自由って素晴らしい。
この気持ちをなんと表現すればいいのか。
心が晴れやかで、希望に満ちた未来が待っているはず。
「それで?婚約破棄の理由は噂通りでいいのか」
「いいよ」
噂は至ってシンプル。
ミリアが親友の婚約者を寝取った。殿下はハニートラップにまんまと引っかかった。
本来、婚約破棄ってすごく体裁が悪い。醜聞として尾ヒレが付いて国中に広がっていくのに、今回は別。
私への同情が多く、二人への批判は圧倒的。
持つべきものは優しい友達。
なんと、二人の不貞の証拠を集めてくれていた。私は頼んでいない。全ては彼女達の厚意。
殿下は円満に解決したもさと思っているみたいだけど甘い。
浮気や不倫をされた側には慰謝料を請求することが出来る。婚約者、恋人、夫。そして浮気相手に。
殿下は倍の額を支払ってくれるとして、ミリアは絶対に無理だ。
その理由は……。
「そうそう。ホールソン公爵からお父様が帰り次第、会いたいって手紙がきてた」
「なら、行ってくるとしよう」
ホールソン家はミリアの実家。公爵はとても誠実な人。
お母様に宛てられた手紙の字は震えていて、これから待つ未来を想像してしまったのだろう。
──可哀想なミリア。
略奪するのはいいけど、寝取るのは良くないよ。
単細胞の殿下を惚れさせる手段なんて他にもあっただろうに。体の関係を持ってしまったら、真実の愛とか清いお付き合いなんて、誰も信じてくれない。
ミリアに待ち受ける未来は決まってしまった。
可哀想と思っても同情するつもりはない。
「お兄様。お友達にまだパートナーが決まっていない人いない?」
招待状には必ずパートナー同伴と強調されている。
必ずしも意中の相手である必要はない。お兄様とでも問題はいんだろうけど……。
要は私にはエスコートをしてくれる男性がいないのだと見下したいんだろうな。
バカにされるのは癪なので、パートナーを連れて行きたいけど誘いを受けてくれる殿方がいるかどうか。
「だったらライゼロック殿下にお願いすればいいじゃないか」
「帰ってきてるの」
「領地にいた俺のほうが詳しいって、どういうことだよ」
ライゼロック殿下は第二王子で、懇意にしている国に留学中。
帰りがいつになるかわからないため、一時的にエルリック殿下を王太子に任命した。
何も問題を起こさなければ、帰国後もそのままエルリック殿下は王太子の座を外されずに済んだものを。
婚約破棄というより浮気をしたことが大問題であり近々、国民への報告があるだろう。
ライゼロック殿下は昔から私に好意を抱いている。隠しきれないほどに態度や表情に表れていた。
本人は隠すつもりもなかったみたい。
今でも留学先からマメに手紙をくれる。
その手紙に帰ってくるなんて一言も書かれてなかったんだけど。
サプライズのつもりだったのかな。
「お話中、失礼致します。ライゼロック殿下がお見えです」
噂をすれば何とやら。
急な訪問にも関わらずもてなす準備は完璧。
──どうやら私だけだったようね。知らなかったのは。
「お、随分と早く着いたな」
ニヤリと笑うお兄様は悪人にしか見えない。
応接室……はダメね。お兄様が勝手にこっちに連れて来そうな雰囲気。
それならばいっそ、私の部屋に通してもらったほうが早い。
「久しぶり。ナターシャ」
最後に会ったときから七年近く経っている。
背が伸びた。子供のときのような可愛い雰囲気はなくなり、頼りがいのある強い男性に成長。
声も低い。
笑うと昔の面影が見えてホッとする。見ないうちに別人のように変わってしまっていたから、内心ではドキドキしていた。
お兄様は用事を思い出したからと風の速さで部屋を出て、使用人もお茶を用意したらすぐにいなくなる。
部屋には殿下と二人きり。
完全な密室を避けるために扉は閉め切っていない。
「殿下。帰ってくるなら一言ぐらいあっても良かったのではありませんか」
「ナターシャ。そんな堅苦しいのはやめてくれ」
「わかったわ。ライ」
手紙のやり取りが増えていくうちに私達は友達となった。愛称で呼ぶ許可を得て、敬語も必要ないと。
手紙の中だけだと思っていたけど、現実でもとは。
命令ではなくお願いだったからこそ、私は受け入れた。
「早速だけど。披露宴パーティー。ナターシャをエスコートする役を僕に任せてはくれないだろうか」
「ライに?」
「他の男にそんな大役を取られたくないんだ」
「そんな大袈裟な。たかがエスコートよ」
「僕にとっては、たかがじゃない」
真剣な眼差し。
殿下と同じ薄いグレーの瞳。人が変わるだけでこうも印象が違ってくる。
溢れんばかりの私への好意。
誘いを断っても不敬にはならない。
ライはそこまで器が小さくないからだ。
「わかった。ライにお願いしてもいい?」
「もちろんだ」
これでパートナーの心配はなくなった。
残る問題は……パーティーに出席したくない心の問題ただ一つ。
ナターシャと殿下、二人の名前で招待状が届いた。
読まずに燃やしたいなぁ。それか捨てたい。
届いた事実を抹消するにはどうすればいいのか。
「こらこらナターシャ。やめろ」
無意識に破ろうとしていたらファルバトお兄様に止められた。
お父様と領地の視察に行っていて、もうしばらくは留守にするはずだったのに。
お兄様がいるなら当然、お父様もいる。
手紙を出してくれたら出迎えたのに。
長い間、馬車に乗っていたお兄様は背伸びをしたがら体を解す。
体が大きいから馬車の中は窮屈なのよね。
すぐにお父様とお母様が部屋を訪ねて来た。
「婚約破棄をしたと噂を耳にしたが本当か?」
「はい。殿下は新たにミリアと婚約したわ」
「それはどうでもいい」
「アナタの代わりに私がサインしたけど、問題はないわよね?」
「あぁ」
当主が不在の場合、必要書類へのサインは夫人、もしくは次期当主でもいいと法が改正された。
今回みたいに領地に赴いていたり、病気で倒れ何日も目を覚まさなかったりで、色々と支障が出てしまったことで早急に見直された。
代理とはいえ、当主の代わりにサインをするのだ。法律上は有効だし、不備にもならない。
婚約破棄の手続きは受理され、私と殿下を縛るものはなくなった。
自由って素晴らしい。
この気持ちをなんと表現すればいいのか。
心が晴れやかで、希望に満ちた未来が待っているはず。
「それで?婚約破棄の理由は噂通りでいいのか」
「いいよ」
噂は至ってシンプル。
ミリアが親友の婚約者を寝取った。殿下はハニートラップにまんまと引っかかった。
本来、婚約破棄ってすごく体裁が悪い。醜聞として尾ヒレが付いて国中に広がっていくのに、今回は別。
私への同情が多く、二人への批判は圧倒的。
持つべきものは優しい友達。
なんと、二人の不貞の証拠を集めてくれていた。私は頼んでいない。全ては彼女達の厚意。
殿下は円満に解決したもさと思っているみたいだけど甘い。
浮気や不倫をされた側には慰謝料を請求することが出来る。婚約者、恋人、夫。そして浮気相手に。
殿下は倍の額を支払ってくれるとして、ミリアは絶対に無理だ。
その理由は……。
「そうそう。ホールソン公爵からお父様が帰り次第、会いたいって手紙がきてた」
「なら、行ってくるとしよう」
ホールソン家はミリアの実家。公爵はとても誠実な人。
お母様に宛てられた手紙の字は震えていて、これから待つ未来を想像してしまったのだろう。
──可哀想なミリア。
略奪するのはいいけど、寝取るのは良くないよ。
単細胞の殿下を惚れさせる手段なんて他にもあっただろうに。体の関係を持ってしまったら、真実の愛とか清いお付き合いなんて、誰も信じてくれない。
ミリアに待ち受ける未来は決まってしまった。
可哀想と思っても同情するつもりはない。
「お兄様。お友達にまだパートナーが決まっていない人いない?」
招待状には必ずパートナー同伴と強調されている。
必ずしも意中の相手である必要はない。お兄様とでも問題はいんだろうけど……。
要は私にはエスコートをしてくれる男性がいないのだと見下したいんだろうな。
バカにされるのは癪なので、パートナーを連れて行きたいけど誘いを受けてくれる殿方がいるかどうか。
「だったらライゼロック殿下にお願いすればいいじゃないか」
「帰ってきてるの」
「領地にいた俺のほうが詳しいって、どういうことだよ」
ライゼロック殿下は第二王子で、懇意にしている国に留学中。
帰りがいつになるかわからないため、一時的にエルリック殿下を王太子に任命した。
何も問題を起こさなければ、帰国後もそのままエルリック殿下は王太子の座を外されずに済んだものを。
婚約破棄というより浮気をしたことが大問題であり近々、国民への報告があるだろう。
ライゼロック殿下は昔から私に好意を抱いている。隠しきれないほどに態度や表情に表れていた。
本人は隠すつもりもなかったみたい。
今でも留学先からマメに手紙をくれる。
その手紙に帰ってくるなんて一言も書かれてなかったんだけど。
サプライズのつもりだったのかな。
「お話中、失礼致します。ライゼロック殿下がお見えです」
噂をすれば何とやら。
急な訪問にも関わらずもてなす準備は完璧。
──どうやら私だけだったようね。知らなかったのは。
「お、随分と早く着いたな」
ニヤリと笑うお兄様は悪人にしか見えない。
応接室……はダメね。お兄様が勝手にこっちに連れて来そうな雰囲気。
それならばいっそ、私の部屋に通してもらったほうが早い。
「久しぶり。ナターシャ」
最後に会ったときから七年近く経っている。
背が伸びた。子供のときのような可愛い雰囲気はなくなり、頼りがいのある強い男性に成長。
声も低い。
笑うと昔の面影が見えてホッとする。見ないうちに別人のように変わってしまっていたから、内心ではドキドキしていた。
お兄様は用事を思い出したからと風の速さで部屋を出て、使用人もお茶を用意したらすぐにいなくなる。
部屋には殿下と二人きり。
完全な密室を避けるために扉は閉め切っていない。
「殿下。帰ってくるなら一言ぐらいあっても良かったのではありませんか」
「ナターシャ。そんな堅苦しいのはやめてくれ」
「わかったわ。ライ」
手紙のやり取りが増えていくうちに私達は友達となった。愛称で呼ぶ許可を得て、敬語も必要ないと。
手紙の中だけだと思っていたけど、現実でもとは。
命令ではなくお願いだったからこそ、私は受け入れた。
「早速だけど。披露宴パーティー。ナターシャをエスコートする役を僕に任せてはくれないだろうか」
「ライに?」
「他の男にそんな大役を取られたくないんだ」
「そんな大袈裟な。たかがエスコートよ」
「僕にとっては、たかがじゃない」
真剣な眼差し。
殿下と同じ薄いグレーの瞳。人が変わるだけでこうも印象が違ってくる。
溢れんばかりの私への好意。
誘いを断っても不敬にはならない。
ライはそこまで器が小さくないからだ。
「わかった。ライにお願いしてもいい?」
「もちろんだ」
これでパートナーの心配はなくなった。
残る問題は……パーティーに出席したくない心の問題ただ一つ。
61
あなたにおすすめの小説
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。
王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。
――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。
学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。
「殿下、どういうことでしょう?」
私の声は驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」
転生令嬢は学園で全員にざまぁします!~婚約破棄されたけど、前世チートで笑顔です~
由香
恋愛
王立学園の断罪の夜、侯爵令嬢レティシアは王太子に婚約破棄を告げられる。
「レティシア・アルヴェール! 君は聖女を陥れた罪で――」
群衆の中で嘲笑が響く中、彼女は静かに微笑んだ。
――前の人生で学んだわ。信じる価値のない人に涙はあげない。
前世は異世界の研究者。理不尽な陰謀により処刑された記憶を持つ転生令嬢は、
今度こそ、自分の知恵で真実を暴く。
偽聖女の涙、王太子の裏切り、王国の隠された罪――。
冷徹な宰相補佐官との出会いが、彼女の運命を変えていく。
復讐か、赦しか。
そして、愛という名の再生の物語。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お母様と婚姻したければどうぞご自由に!
haru.
恋愛
私の婚約者は何かある度に、君のお母様だったら...という。
「君のお母様だったらもっと優雅にカーテシーをきめられる。」
「君のお母様だったらもっと私を立てて会話をする事が出来る。」
「君のお母様だったらそんな引きつった笑顔はしない。...見苦しい。」
会う度に何度も何度も繰り返し言われる言葉。
それも家族や友人の前でさえも...
家族からは申し訳なさそうに憐れまれ、友人からは自分の婚約者の方がマシだと同情された。
「何故私の婚約者は君なのだろう。君のお母様だったらどれ程良かっただろうか!」
吐き捨てるように言われた言葉。
そして平気な振りをして我慢していた私の心が崩壊した。
そこまで言うのなら婚約止めてあげるわよ。
そんなにお母様が良かったらお母様を口説いて婚姻でもなんでも好きにしたら!
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる