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お飾り公女
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外観だけじゃなく校内も綺麗だ。ただの廊下が磨きあげられてる。窓なんて向こう側の景色ではなく、私が映るほどの輝き。
──どんな掃除のプロよ。
壁も扉も汚れ一つなく、大人数が歩いても埃が舞うこともない。
清潔感を表すための白い壁は塗りたてのようだった。
学園のあまりの美しさに思わず感動してしまう。
ゲームでも入学式のイベントでここと同じ背景が映っていたけど、肉眼と画面越しではレベルが違いすぎる。
貴族様からの多額の寄付でこんな立派な学校を建てたのだ。美しさを保つのは必須。生徒が不快な思いをしないようにあらゆる場所に手が行き届いている。
王立学園は貴族のために存在する学校。
その中に唯一、平民の生徒がいる。王族と同じ光魔法を持つユファン。
今はまだその属性が誰にも知られてないから、場違いや分不相応などと陰口が叩かれる。
ゲームで率先していたのはシオンだけど。
「シオン様。お久しぶりです」
感動に胸を打たれていると欲にまみれたような声で名前を呼ばれた。
誰だっけこの令嬢。シオンの取り巻きだったはず。名前は出てきてないからモブ令嬢と呼ぼう。
自己紹介されても覚えるつもりもないしね。
シオンがいなければ悪役令嬢の称号は彼女が手に入れていたほどのいじめっ子だ。
属性は水だったかな。
「あのような立場を弁えない庶民がいるなんてゾッとしますわ」
「そうね。でも彼女も魔力があるからここにいるのよ。身分なんてどうでもいいんじゃない」
「え?ええ。そうですわね」
らしくない発言にモブ令嬢の顔は引きつった。
ユファンをいじめたいなら勝手にすればいい。私を巻き込まないで。
関わるつもりは、これっぽっちもないんだから。
朝早く出たはずなのに教室の席は半分埋まっている。理由は考えなくてもすぐわかった。
小公爵様達だ。
あの二人は生徒会メンバーで、さっき門でやっていた花を付けるのも仕事のうちである。
実際、外にも多くの令嬢がいた。教室にいるのは、立ち止まってずっと見ていたら後から来る生徒の邪魔になるからと、教師に促されたからだろう。
次男の姿はなかったから、屋上でサボってるんでしょうね。どうせ。
納得いかない。もし私が入学式をすっぽかしたら怒鳴りつけるくせに次男なら見逃す。
あーームカつく!!
あんな奴、小公爵様と呼ぶのも癪だわ。
長男と次男で充分。
読書をするふりをしながら仲良くなれそうな生徒を探してみるけど、誰も彼も公爵令嬢の私にしか近寄ってこない。
──内心では怖がっているくせに。
こりゃシオンもうんざりするわけだ。この国の人間はシオンを置き物か何かと思っていて。適当に話を合わせてご機嫌を取っておけば甘い蜜を吸わせてくれると思っている。
「鬱陶しい」
つい心の声が漏れてしまった。
逆鱗に触れたと勘違いしたのか、人が波のように引く。
──あ、静かになった。
一人になりたいときに、怒ってるふりをすればいいのか。
勉強になった。
「おはようシオン。今日は早いんだな」
そういえば隣の席はヘリオンだったか。
うっわ……。最悪。
嫌味たっぷりの発言は無視して「おはようございます」とだけ返した。
笑顔を作る必要はない。読書の邪魔をされて機嫌が悪いのは私のほうなのだ。
違和感を覚えたかのようなヘリオンは何も言わずに席につく。
シオンはいつも待ち合わせ時間に平気で遅れていく非常識な令嬢。それなのにヘリオンはバカみたいにシオンが来るまで待ち続ける。
そんな行動のせいでシオンもまた勘違いしてしまった。
もしかしたらヘリオンは本当に自分を好きなのではと。閉ざした心に芽生えた恋心は、ヘリオンとユファンの関係が良好になるにつれて嫉妬へと変わる。
平民で光魔法を使うユファンだけが愛されて、公爵令嬢なのに闇魔法を使うだけで疎外される。
冷静ではいられなかった。
頑張っても手に入れられない愛情を、何の努力もなしに手にしていくユファンを見ているだけで。
でも大丈夫。私は彼らの愛情なんて砂の粒ほども求めていないから。故に嫉妬する理由などない。
「今日はどうしたんだ?変だぞ」
私のこと嫌いなら話しかけてこないでよ。
婚約者としての建前の心配なんていらない。どうでもいいと思っているくせに。
ヘリオンが下の階級ならこのまま無視していてもいいけど、大公相手では家族からも更なる恨みを買いそう。
お前は何様だとか、身の程を弁えろとか。
好感度が下がるのはいい。上げるつもりはないし。
でもなぁ。つまらないことで恨まれるのは勘弁。
彼らはシオンを傷つけることを生きがいにしているクズばっかり。
わざとらしく音を立てて本を閉じた。
「楽しみにしていた場所に早く来るのはいけませんか?」
私がどれほど入学式を楽しみにしていたことか。
死ななければ……。藤兄に殺されなければ私はみんなと同じ制服を着て、高校生活を満喫していただろう。
部活は何をやっていたんだろう。好きな人が出来たかもしれない。
藤兄と歩いていたら彼氏に間違えられて、誤解を解いたら次々に紹介を頼まれたかも。
体験したことのない、色んな青春。想像するだけで胸が踊った。
夢は夢のままで、大好きだった人に殺された。
みんなの理想で憧れの藤兄があの後どうなったかは知らない。
でももし、生きて逃げているのなら私は絶対に許さない。許せない。
例え兄でも妹の人生を終わらせていいわけがない。理由があったとしてもだ。
顔も正義感の強さも、全てが好きだったクローラー・グレンジャー。
今では断然長男が嫌い。大っ嫌い!
いじめたシオンが悪いけど殺すことないじゃん。元はといえば家での嫌がらせを見て見ぬふりしてきたのが原因でもあるんだから。
自分達のことを棚に上げてよくシオンだけを責められたよね。
権力を持つと人はバカになるわけ?
この教室には友達になれそうな子はいない。悪女でも闇魔法でなければ恐れられることはなかったかも。
シオンは色々と運がなかったのね。
「婚約者様。私の顔に何か付いてますか?」
さっきからめっちゃヘリ……、婚約者様が顔を見てくる。
「その呼び方は一体……」
「婚約者といえど私達はまだお互いに独り身です。名前を呼ぶのは夫婦になってからのほうがよろしいかと」
意外そうに驚いてはいるけど内心では喜んでるんでしょ?
取って付けたような苦し紛れの言い分ではあるけど、賛成してくれるに決まっている。
あんたはシオンに名前を呼ばれるのを嫌っていたから。
そのはずなのに……傷ついたかのような表情は何?
天下の大公家が嫌われ者の公女にいじめられてるとでも言いたいわけ?
──いじめられてるのは私だっての。
こうやって確実に距離を取っていこう。
教室がザワついた。入り口にはずっと画面で見てきた皆に愛される女の子。
実物のユファンはめっちゃ可愛い。
ザ・ヒロインって感じ。
陰口が聞こえてるはずなのに堂々としてる。私なら耐えられず逃げ出してそう。
もしくは俯くか。
少なくとも顔を上げてはいられない。
流石は本物の公女様。お強い。
私が自分の出生を告げたらすぐに調べられて真実だと証明してくれるだろう。
そうなれば私が今まで使ってきたお金の返還。騙していたと鞭打ちに遭い、この身一つで追い出されて野垂れ死ぬ。
偽物公女である噂はたちまち広がり、これまでの悪行への仕返しをくらう。
魔法を使って反撃したら、たちまち国は私を敵とみなし討伐隊を差し向ける。
最悪の未来しか待っていないということだ。
婚約者様は何かを言いたそうに口を開くものの、すぐに閉じて、私のほうを見なくなった。
他の生徒に合わせるかのように視線はユファンへと釘付け。
──どんな掃除のプロよ。
壁も扉も汚れ一つなく、大人数が歩いても埃が舞うこともない。
清潔感を表すための白い壁は塗りたてのようだった。
学園のあまりの美しさに思わず感動してしまう。
ゲームでも入学式のイベントでここと同じ背景が映っていたけど、肉眼と画面越しではレベルが違いすぎる。
貴族様からの多額の寄付でこんな立派な学校を建てたのだ。美しさを保つのは必須。生徒が不快な思いをしないようにあらゆる場所に手が行き届いている。
王立学園は貴族のために存在する学校。
その中に唯一、平民の生徒がいる。王族と同じ光魔法を持つユファン。
今はまだその属性が誰にも知られてないから、場違いや分不相応などと陰口が叩かれる。
ゲームで率先していたのはシオンだけど。
「シオン様。お久しぶりです」
感動に胸を打たれていると欲にまみれたような声で名前を呼ばれた。
誰だっけこの令嬢。シオンの取り巻きだったはず。名前は出てきてないからモブ令嬢と呼ぼう。
自己紹介されても覚えるつもりもないしね。
シオンがいなければ悪役令嬢の称号は彼女が手に入れていたほどのいじめっ子だ。
属性は水だったかな。
「あのような立場を弁えない庶民がいるなんてゾッとしますわ」
「そうね。でも彼女も魔力があるからここにいるのよ。身分なんてどうでもいいんじゃない」
「え?ええ。そうですわね」
らしくない発言にモブ令嬢の顔は引きつった。
ユファンをいじめたいなら勝手にすればいい。私を巻き込まないで。
関わるつもりは、これっぽっちもないんだから。
朝早く出たはずなのに教室の席は半分埋まっている。理由は考えなくてもすぐわかった。
小公爵様達だ。
あの二人は生徒会メンバーで、さっき門でやっていた花を付けるのも仕事のうちである。
実際、外にも多くの令嬢がいた。教室にいるのは、立ち止まってずっと見ていたら後から来る生徒の邪魔になるからと、教師に促されたからだろう。
次男の姿はなかったから、屋上でサボってるんでしょうね。どうせ。
納得いかない。もし私が入学式をすっぽかしたら怒鳴りつけるくせに次男なら見逃す。
あーームカつく!!
あんな奴、小公爵様と呼ぶのも癪だわ。
長男と次男で充分。
読書をするふりをしながら仲良くなれそうな生徒を探してみるけど、誰も彼も公爵令嬢の私にしか近寄ってこない。
──内心では怖がっているくせに。
こりゃシオンもうんざりするわけだ。この国の人間はシオンを置き物か何かと思っていて。適当に話を合わせてご機嫌を取っておけば甘い蜜を吸わせてくれると思っている。
「鬱陶しい」
つい心の声が漏れてしまった。
逆鱗に触れたと勘違いしたのか、人が波のように引く。
──あ、静かになった。
一人になりたいときに、怒ってるふりをすればいいのか。
勉強になった。
「おはようシオン。今日は早いんだな」
そういえば隣の席はヘリオンだったか。
うっわ……。最悪。
嫌味たっぷりの発言は無視して「おはようございます」とだけ返した。
笑顔を作る必要はない。読書の邪魔をされて機嫌が悪いのは私のほうなのだ。
違和感を覚えたかのようなヘリオンは何も言わずに席につく。
シオンはいつも待ち合わせ時間に平気で遅れていく非常識な令嬢。それなのにヘリオンはバカみたいにシオンが来るまで待ち続ける。
そんな行動のせいでシオンもまた勘違いしてしまった。
もしかしたらヘリオンは本当に自分を好きなのではと。閉ざした心に芽生えた恋心は、ヘリオンとユファンの関係が良好になるにつれて嫉妬へと変わる。
平民で光魔法を使うユファンだけが愛されて、公爵令嬢なのに闇魔法を使うだけで疎外される。
冷静ではいられなかった。
頑張っても手に入れられない愛情を、何の努力もなしに手にしていくユファンを見ているだけで。
でも大丈夫。私は彼らの愛情なんて砂の粒ほども求めていないから。故に嫉妬する理由などない。
「今日はどうしたんだ?変だぞ」
私のこと嫌いなら話しかけてこないでよ。
婚約者としての建前の心配なんていらない。どうでもいいと思っているくせに。
ヘリオンが下の階級ならこのまま無視していてもいいけど、大公相手では家族からも更なる恨みを買いそう。
お前は何様だとか、身の程を弁えろとか。
好感度が下がるのはいい。上げるつもりはないし。
でもなぁ。つまらないことで恨まれるのは勘弁。
彼らはシオンを傷つけることを生きがいにしているクズばっかり。
わざとらしく音を立てて本を閉じた。
「楽しみにしていた場所に早く来るのはいけませんか?」
私がどれほど入学式を楽しみにしていたことか。
死ななければ……。藤兄に殺されなければ私はみんなと同じ制服を着て、高校生活を満喫していただろう。
部活は何をやっていたんだろう。好きな人が出来たかもしれない。
藤兄と歩いていたら彼氏に間違えられて、誤解を解いたら次々に紹介を頼まれたかも。
体験したことのない、色んな青春。想像するだけで胸が踊った。
夢は夢のままで、大好きだった人に殺された。
みんなの理想で憧れの藤兄があの後どうなったかは知らない。
でももし、生きて逃げているのなら私は絶対に許さない。許せない。
例え兄でも妹の人生を終わらせていいわけがない。理由があったとしてもだ。
顔も正義感の強さも、全てが好きだったクローラー・グレンジャー。
今では断然長男が嫌い。大っ嫌い!
いじめたシオンが悪いけど殺すことないじゃん。元はといえば家での嫌がらせを見て見ぬふりしてきたのが原因でもあるんだから。
自分達のことを棚に上げてよくシオンだけを責められたよね。
権力を持つと人はバカになるわけ?
この教室には友達になれそうな子はいない。悪女でも闇魔法でなければ恐れられることはなかったかも。
シオンは色々と運がなかったのね。
「婚約者様。私の顔に何か付いてますか?」
さっきからめっちゃヘリ……、婚約者様が顔を見てくる。
「その呼び方は一体……」
「婚約者といえど私達はまだお互いに独り身です。名前を呼ぶのは夫婦になってからのほうがよろしいかと」
意外そうに驚いてはいるけど内心では喜んでるんでしょ?
取って付けたような苦し紛れの言い分ではあるけど、賛成してくれるに決まっている。
あんたはシオンに名前を呼ばれるのを嫌っていたから。
そのはずなのに……傷ついたかのような表情は何?
天下の大公家が嫌われ者の公女にいじめられてるとでも言いたいわけ?
──いじめられてるのは私だっての。
こうやって確実に距離を取っていこう。
教室がザワついた。入り口にはずっと画面で見てきた皆に愛される女の子。
実物のユファンはめっちゃ可愛い。
ザ・ヒロインって感じ。
陰口が聞こえてるはずなのに堂々としてる。私なら耐えられず逃げ出してそう。
もしくは俯くか。
少なくとも顔を上げてはいられない。
流石は本物の公女様。お強い。
私が自分の出生を告げたらすぐに調べられて真実だと証明してくれるだろう。
そうなれば私が今まで使ってきたお金の返還。騙していたと鞭打ちに遭い、この身一つで追い出されて野垂れ死ぬ。
偽物公女である噂はたちまち広がり、これまでの悪行への仕返しをくらう。
魔法を使って反撃したら、たちまち国は私を敵とみなし討伐隊を差し向ける。
最悪の未来しか待っていないということだ。
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