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初めて意識する
ギルが足繁く通うスイーツ専門店ドルチェ。
ショーケースの中には様々なケーキが並んでいて、どれを食べるか迷う。
ギルはタルトとショートケーキを注文。タナールとエアルは、チョコレートケーキとチーズケーキを注文し半分こ。
私はモンブランにしよ。
案内されたテラス席でケーキを一口食べると、あまりの美味しさに感動した。
「バカがバカであることに理由がないんだって、今日ようやくわかった気がする」
エアルの声には呆れと怒りが入り交じっている。
朝の愚行を見ていたのか。
「アンがあんなバカの妻にならなくて、心底良かった」
「エアル。殿下の悪口は慎め」
「あら。タナールだって絶対に結婚して欲しくないって言ってたじゃない」
「そりゃそうだろ。リードハルム家は我が家の恩人。その恩人の愛娘がバカの婚約者に選ばれたから、支えるために側近になるつもりだったんだからな」
「え、そうなの?初耳」
「アン様には言ってないので」
「私にはってことは、他の人は知ってたんだ」
ランウィール領は数年前の大雨の影響で多大な被害を受けた。そのとき王族よりも早くに手を差し伸べたのがお父様。
金銭だけでなく物資の融資まで惜しむことなく領地へと届けた。
それまで接点のなかった公爵家からの突然の支援。さぞ、伯爵は疑い、困惑したことだろう。
お父様は困っている人を見殺しにする最低な人間ではない。例え、会ったことがない貴族でも災害に襲われたら手を差し伸べる。
公爵家だからと驕ることもない。だから、私達の領民はお父様のことを尊敬するし、精一杯尽くしてくれようとする。
「だってアンに言ったら、絶対気にするだろ?」
「伯爵領を助けたのはお父様であって私じゃない。それなのにタナールが私のために、なりたくもない側近になろうとしてたら止めるわよ」
恩を感じてくれていたとしても、それだけで将来を決めて欲しくはない。やりたいことがあるなら、そっちを優先するべきだ。タナールの人生はタナールのものなんだから。
エアルは前々から、私が王妃になったら侍女になると約束していた。
夫婦揃って、私と殿下を支えてくれるのだと思っていたら二人共、私にのみ尽くしてくれようとしていたとは。
「でもさ。今回のことでまだ、殿下の側近になりたいって人いるのかな」
「王命があれば嫌でもなるしかないだろ。最も、第二王子の側近決めるほうが先だろうけど」
「廃嫡にはならないんだ?」
「今のとこ、そういう話は出てない」
「そうだギル。貴方、殿下に教えてあげなかったの?いくら貴族になっても元平民は王妃にはなれないって」
「言ったよ。あと、王になるにはアンが王妃でなくてはならないってことも。聞いてなかったみたいだけどな」
目の前の彼女を愛するのに忙しかったわけね。
「クラッサム嬢よりアンのほうが可愛いけどな」
「…………はっ!?」
タルトを食べながら自然と出たギルの言葉につい顔が赤くなる。
これは気を遣ってくれてるだけ。私達は幼馴染みで、ギルはあまり女性と接してこなかったから。そうでなければ私のことを可愛いなんて言うはずはない。
でも、家族と領民以外に可愛いと言われたことがないから、お世辞でも嬉しかったりする。
殿下と出掛けるときは使用人達が気合いを入れて、おめかししてくれるけど褒められたことは一度もない。
どこかつまらなそうな態度。婚約者だったのに距離を置きたい理由。なぜか私が殿下を好きだと思い込んでいることを踏まえて考えると、ある一つの仮説が成り立つ。
殿下は、私が公爵家の力を使って自分の婚約者の座を手にしたと思っている。
出会った頃はそれでも良かったけど、時が流れるにつれて、公爵令嬢というだけでゆくゆくは王妃になる私が疎ましかった。
自分にはもっと相応しい伴侶がいるのではないか。そしてそれは、私ではないと。
「でもほんと、三人があんなバカに取られなくて良かったーー」
「アンとタナールはわかるとして、俺も?」
「ギル様はタナールの大切な友人ですから」
エアルの微笑に乙女の如くタナールの胸が射抜かれた。
テーブルに突っ伏して悶えるタナールを気にすることなく、各々がケーキを食べることに集中する。
途中、店員が常連のギルにサービスだとクッキーを持ってきてくれた。
女性の店員は下心があるわけではなく純粋なサービス。
ギルだって殿下の雑用とかで忙しかったはずなのに、いつ通ってたのよ。
昔は甘い物を見る度に目をキラキラ輝かせていたのが、今では随分と感情を抑えられるようになった。頬は若干、緩んでいるけど。
あんなに食べても太らないなんて羨ましい限り。
体重を気にせず好きな物を好きなだけ食べられるなんて最高。
人気店だけあって、若い女性を中心に混み始める。
食べ終えたのにいつまでも居座るなんて迷惑だ。
会計の際に家族の分のモンブランを買う。
ケーキを持ってるからゆっくり話ながら帰るなんて出来ずに、一言謝って先に帰ることにした。
自然と足が早くなる。
「そんなに急ぐと転ぶぞ」
「ギル!?どうして」
「ないとは思うけど、殿下が家の前にいたら嫌だろ」
クラッサム嬢とのデートで忙しいだろうからいるわけないとはわかってるけど、ごくまれに予想外の行動を取るから困る。
私のことを心配して、わざわざついて来てくれるなんて。
家族と友達には恵まれているのだと実感した。
ギルとは沈黙が続いても気まづくならない。むしろ、変に気を遣って話題を振られるより心地良い時間。
帰りつくと、殿下がいないことを確認したギルはすぐに背を向けて来た道を戻っていく。
──上がっていけばいいのに。
他の人よりほんの少しだけ距離感が近い友達だったのに、純粋に心配されることが嬉しくて胸の奥が温かくなる。
まだ知らない。
この想いに明確な名前があったと知るのは、まだ少し先の話。
ショーケースの中には様々なケーキが並んでいて、どれを食べるか迷う。
ギルはタルトとショートケーキを注文。タナールとエアルは、チョコレートケーキとチーズケーキを注文し半分こ。
私はモンブランにしよ。
案内されたテラス席でケーキを一口食べると、あまりの美味しさに感動した。
「バカがバカであることに理由がないんだって、今日ようやくわかった気がする」
エアルの声には呆れと怒りが入り交じっている。
朝の愚行を見ていたのか。
「アンがあんなバカの妻にならなくて、心底良かった」
「エアル。殿下の悪口は慎め」
「あら。タナールだって絶対に結婚して欲しくないって言ってたじゃない」
「そりゃそうだろ。リードハルム家は我が家の恩人。その恩人の愛娘がバカの婚約者に選ばれたから、支えるために側近になるつもりだったんだからな」
「え、そうなの?初耳」
「アン様には言ってないので」
「私にはってことは、他の人は知ってたんだ」
ランウィール領は数年前の大雨の影響で多大な被害を受けた。そのとき王族よりも早くに手を差し伸べたのがお父様。
金銭だけでなく物資の融資まで惜しむことなく領地へと届けた。
それまで接点のなかった公爵家からの突然の支援。さぞ、伯爵は疑い、困惑したことだろう。
お父様は困っている人を見殺しにする最低な人間ではない。例え、会ったことがない貴族でも災害に襲われたら手を差し伸べる。
公爵家だからと驕ることもない。だから、私達の領民はお父様のことを尊敬するし、精一杯尽くしてくれようとする。
「だってアンに言ったら、絶対気にするだろ?」
「伯爵領を助けたのはお父様であって私じゃない。それなのにタナールが私のために、なりたくもない側近になろうとしてたら止めるわよ」
恩を感じてくれていたとしても、それだけで将来を決めて欲しくはない。やりたいことがあるなら、そっちを優先するべきだ。タナールの人生はタナールのものなんだから。
エアルは前々から、私が王妃になったら侍女になると約束していた。
夫婦揃って、私と殿下を支えてくれるのだと思っていたら二人共、私にのみ尽くしてくれようとしていたとは。
「でもさ。今回のことでまだ、殿下の側近になりたいって人いるのかな」
「王命があれば嫌でもなるしかないだろ。最も、第二王子の側近決めるほうが先だろうけど」
「廃嫡にはならないんだ?」
「今のとこ、そういう話は出てない」
「そうだギル。貴方、殿下に教えてあげなかったの?いくら貴族になっても元平民は王妃にはなれないって」
「言ったよ。あと、王になるにはアンが王妃でなくてはならないってことも。聞いてなかったみたいだけどな」
目の前の彼女を愛するのに忙しかったわけね。
「クラッサム嬢よりアンのほうが可愛いけどな」
「…………はっ!?」
タルトを食べながら自然と出たギルの言葉につい顔が赤くなる。
これは気を遣ってくれてるだけ。私達は幼馴染みで、ギルはあまり女性と接してこなかったから。そうでなければ私のことを可愛いなんて言うはずはない。
でも、家族と領民以外に可愛いと言われたことがないから、お世辞でも嬉しかったりする。
殿下と出掛けるときは使用人達が気合いを入れて、おめかししてくれるけど褒められたことは一度もない。
どこかつまらなそうな態度。婚約者だったのに距離を置きたい理由。なぜか私が殿下を好きだと思い込んでいることを踏まえて考えると、ある一つの仮説が成り立つ。
殿下は、私が公爵家の力を使って自分の婚約者の座を手にしたと思っている。
出会った頃はそれでも良かったけど、時が流れるにつれて、公爵令嬢というだけでゆくゆくは王妃になる私が疎ましかった。
自分にはもっと相応しい伴侶がいるのではないか。そしてそれは、私ではないと。
「でもほんと、三人があんなバカに取られなくて良かったーー」
「アンとタナールはわかるとして、俺も?」
「ギル様はタナールの大切な友人ですから」
エアルの微笑に乙女の如くタナールの胸が射抜かれた。
テーブルに突っ伏して悶えるタナールを気にすることなく、各々がケーキを食べることに集中する。
途中、店員が常連のギルにサービスだとクッキーを持ってきてくれた。
女性の店員は下心があるわけではなく純粋なサービス。
ギルだって殿下の雑用とかで忙しかったはずなのに、いつ通ってたのよ。
昔は甘い物を見る度に目をキラキラ輝かせていたのが、今では随分と感情を抑えられるようになった。頬は若干、緩んでいるけど。
あんなに食べても太らないなんて羨ましい限り。
体重を気にせず好きな物を好きなだけ食べられるなんて最高。
人気店だけあって、若い女性を中心に混み始める。
食べ終えたのにいつまでも居座るなんて迷惑だ。
会計の際に家族の分のモンブランを買う。
ケーキを持ってるからゆっくり話ながら帰るなんて出来ずに、一言謝って先に帰ることにした。
自然と足が早くなる。
「そんなに急ぐと転ぶぞ」
「ギル!?どうして」
「ないとは思うけど、殿下が家の前にいたら嫌だろ」
クラッサム嬢とのデートで忙しいだろうからいるわけないとはわかってるけど、ごくまれに予想外の行動を取るから困る。
私のことを心配して、わざわざついて来てくれるなんて。
家族と友達には恵まれているのだと実感した。
ギルとは沈黙が続いても気まづくならない。むしろ、変に気を遣って話題を振られるより心地良い時間。
帰りつくと、殿下がいないことを確認したギルはすぐに背を向けて来た道を戻っていく。
──上がっていけばいいのに。
他の人よりほんの少しだけ距離感が近い友達だったのに、純粋に心配されることが嬉しくて胸の奥が温かくなる。
まだ知らない。
この想いに明確な名前があったと知るのは、まだ少し先の話。
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