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初デート
一時間だけでも早く帰れるというのは嬉しいものがある。
昼休みのショックからもう立ち直った殿下は、またも私の行く手を阻む。
──一生、落ち込んでいれば良かったのに。
静かで平和なときがもう懐かしい。
「殿下。前にも言いましたが、アンに付きまとうのはやめて下さい」
ギルが一歩前に出て私を守ってくれる。男らしいギルの姿は新鮮。
「付きまとう?ギル。勘違いしてるようだね。アンリースが僕と一緒にいたいと思っているから、こうして声をかけてあげてるんだ」
私に関する噂が一番届いて欲しい人の耳に入らないってどういうこと。
都合の悪いことは聞こえない便利な耳なのかな。
「私は殿下と一緒にいたいと思ったことはありません。そうやって誤解を生む発言は控えて下さい」
「だそうですよ。殿下?」
「アンリース。君が素直にならないせいで、僕にあらぬ疑いがかかってしまったじゃないか」
事実だよ。私に付きまとっていることは。
みんなの心の声が重なった。
自分は愛されて当然だと思っている殿下は、私に嫌われていると発想がない。婚約者の立場にいたのがマズかったな。
会話にならない会話は疲れるだけ。
「私は素直ですよ。殿下とは復縁しないと申し上げたではありませんか」
ニッコリと笑って否定した。
「覚えてらっしゃらないのであれば、何度でも言います。殿下とやり直すつもりはありません。迷惑なんです」
「そんなわけがない!アンリースは僕のことが好きなんだから。僕とデイジーを祝福してくれたのが何よりの証拠だ」
あれは殿下から解放される喜びの表れ。心からの祝福はしたけど、断じて好きだからではない。
「他人の幸せを願うのは、人として当然の行いではありませんか。好きとか嫌いとか、関係なく」
「そ、それに。君達は婚約したと言うが何も変わっていないじゃないか」
「我々は公爵家の人間ですよ?人前で異性にベタベタ触るなんて下品な真似、するわけないではありませんか」
ギルが爽やかな笑顔で二人を大否定。
下品と言われて震えるほど顔を真っ赤にするクラッサム嬢は、恥ずかしさのあまり泣いてしまいそう。
ギルが真っ向からそんな言い方をするなんて珍しい。お父様に言えと命令されたかな?
マナーがないだけで、下品かどうかは……人による。
確かに。この二人以外に人前で恥ずかしげもなくベタベタと触る人を見たことはないけど。
クラッサム嬢の場合、とにかく第一印象が悪い。
殿下のことを貰ってくれたことには感謝している。お礼の品でもあげたいぐらいだ。
ただ、人のものに手を出したのは良くない。それさえなければ、もっとマシな扱いをされていた。
「行こうか」
泣き出すクラッサム嬢を慰めるのに忙しい殿下の横を通りすぎようとすると腕を掴まれた。
「君の怒りは受け入れてあげただろう!?それなのに……デイジーを傷つけるなんて許さないからな!!」
殿下の怒りはなぜか私にのみ向けられている。
この場合の正しい返し方は……
「それは……言った本人に言えばいいのでは?」
完全なる冤罪、二つ目ですけど。
「アンの言う通りです」
力ずくで殿下を引き剥がしてくれたギルは間に割って入る。私に触れさせないようにするために。
「なぜ、俺ではなくアンに怒るのですか?」
女の私のほうが弱いからでしょう。
ギルと殿下は背格好は似ているけど、力比べになれば圧倒的にギルのほうが強い。その点、私は非力で弱く、簡単に勝てると見下している。
無意味に私に暴力を振るおうとした殿下を逃がすつもりはないらしく、一部始終を見ていたタナールが逃げ道を塞ぐ。見事な連携プレー。
「君達には人の心がないのか?デイジーがこんなにも泣いているのに」
「心は痛みますが、そもそも。貴族令嬢が人前で異性に馴れ馴れしく触るのはいかがなものかと。クラッサム嬢は一体、学園に来るまで何を学んでいたのですか?」
「もういい!よくわかった。アンリース。君がデイジーを見下していることが!!」
「私がいつ見下したのですか?常識を述べただけです」
不貞なんてありもしない冤罪の罪を着せられそうになって、勝手に人として軽蔑されて。
黙って聞き流すなんて出来ない。
「殿下。俺の質問に答えて下さい」
さっきから私しか見ようとしない殿下の視界に入り込む。
無理やりにでも会話をしようと、ギルの声は低くなる。
人って怒ると声が低くなるの何でだろ。お父様とお兄様もグッと下がることがある。お母様はいつもより笑みが深くなるかな。
みんな、怒るときの癖があるのか。私は怒る機会があまりなく、癖があるかはわからない。
だって私が怒る前に、お父様達が対処してくれるから。
「もういい。行こうデイジー。アンリース。君が謝罪一つまともに出来ないとは思わなかったよ」
クラッサム嬢の肩を抱いて教室を出て行こうとするも、タナールは退く気配はない。
遠慮なしに睨むのはやめたほうがいいんじゃないかな。
「俺も人前でベタベタ触るのは下品だなぁって思ってましたよ?」
「なっ……!!」
「今度はエアルに謝罪を求めますか?」
「もういい。退いてくれ!早くデイジーと静かな所で二人きりになりたいんだ」
へぇー。静かな所で二人きりになって何をしたいのか。興味はないし知りたくもないけど。
タナールは僅かに視線を動かした。私とギルに確認している。通してもいいのかと。
私はいいから小さくうなづいて、ギルも私がいいならと首を縦に振る。
「クラッサム嬢。下級とはいえ貴女も貴族。今一度、マナーを学んで下さいね?」
道が開くとなぜか私を睨みながらも足早に去っていく。
──私が言わせたと思っているたいね。
惜しい。私じゃなくて恐らくはお父様。
クラッサム嬢が関わると勘が冴え渡るみたい。
残されていた殿下の側近候補達はコソコソと逃げ出すように出て行った。
彼らは親に命令されて仕方なく殿下の側にいるだけで、本音は嫌だろうに。
殿下が王太子でいられる条件を知らない貴族からしてみれば、リカルド殿下が辞退している以上、次期国王は殿下のままだと勘違いしても仕方ない。
正式には発表されていないけど、来月の殿下の誕生日で陛下から発表があるだろう。
私のせいで騒がせてしまったことを謝罪して、気持ちを切り替えるために甘くて美味しいケーキを食べに行くことにした。
今日のギルはドルチェの気分ではなく、別の店に行きたいらしい。国中のケーキやお菓子のお店を知り尽くし常連であるギルは普通にすごい。
「今日のこと公爵に話すのか?」
迷うな。話さなくてもお父様は完全に殿下を敵としてしか認識していない。
悪い行いが増え続けるとその内、反旗を翻しそうで怖い。お父様なら相手が誰だろうと負けないけどさ。
「濡れ衣着せられたからね。一応は言う」
「俺も公爵に伝えないとな」
「嫌ならいいのよ。無理しないでね」
「嫌じゃない。アンを守りたいのは俺も同じ気持ちだから」
ギルの言葉につい反応してしまう。
幼馴染みから、仮とはいえ婚約者になったからだろうか。
時々、ギルが“男の人”に見えてしまう。
「ここ?ギルが来たかったお店」
ギルの足が止まったから聞くと、数秒の間があったとに頷く。
見た目はケーキ屋さんって感じはあまりしない。雰囲気は落ち着いててカフェみたいだ。
ドルチェのような店を想像していたから、ちょっと意外。
「入らないの?」
なぜか動かないギル。
「ごめん。やっぱりドルチェにしよう」
「ここまで来て?食べたいケーキがあるんでしょ」
「一度は食べてみたい。けど……恋人限定のケーキなんだ」
白状したギルは口元を手で覆う。目も合わなくなった。
ギル、まさか……私と恋人と思われるのが嫌とか!!?
そうよね。私達の関係は偽装。いずれは元の幼馴染みに戻る。
不必要に言いふらしたりしたら、解消する頃、大騒ぎになるかも。
「大丈夫よギル」
「なにが?」
「引くに引けなくなったら、結婚すればいいんだから」
「…………えっ!!?」
お父様を説得するのに時間はかかるけど、二度目の婚約破棄は私の体裁が悪いと言えば、渋々でも首を縦に振ってくれるはず。
知らない仲ではないし、こんなにも気が許せるのはギルだけ。
ギルに好きな人が出来たら私のことは気にせず偽装婚約は終わらせる。
「私が相手じゃ嫌かもしれないけど」
「そん……っ!嫌じゃない!!」
「じゃあ決まり。お父様には私から伝えておくから心配しないで」
肩の荷が降りたようにギルの顔は晴れやかで、二人で店内へ足を踏み入れた。
凝った内装ではなく男性一人でも気軽に来られる。
常連のギルの席は決まっていて、人の目が気にならない奥。
ギルには「いつもの」メニューがあるらしく、店員がそれでいいか聞くと大きく深呼吸してメニューを指差した。
店員は私とギルを何度も交互に見ては、段々と表情が明るくなっていく。
すぐに笑顔を取り繕うも頬は緩む。
「早く行って!?こっち客だから!」
表情の意味を理解しているギルは店員を追い返す。
恥ずかしそうにテーブルに肘をついて壁とにらめっこ状態。
どんなケーキか興味が湧いた。メニューを開いて恋人限定の文字を探す。
あった。これか。
形は普通のケーキと同じなんだ。スポンジは柔らかく季節の旬のフルーツを使って、蜂蜜と生クリームもたっぷり使われている。
何やら視線を感じて顔を上げると、シェフであろう男性がテーブルが拭きながらこちらを見ていた。
──自由だな。この店。
今は私達以外にお客さんがいないからだろうけど。
ニヤニヤというか、ニマニマしてる。
「仕事しろよ!」
怒っているけど、声に怒りは感じられない。常連じゃなくて友達と接しているような。
だとしたら何十回、店に通っているのか。
しばらくして、ケーキが運ばれてきた。
待って。想像の倍、生クリームがかかってるんですけど。
私だけが混乱していて、これはギルへのサービスではない。
「これで仕上げです」
悪意のない、善意しか感じられない笑顔で蜂蜜をかけていく。
「どうぞ。召し上がれ」
「「いただきます」」
普通のケーキを食べる感覚で一口目をいくわけにもいかず、少ない量を食べる。
うん、甘い。でも、後味がしつこくないから二口三口と、食べられる。
ケーキにはコンセプトがあるらしい。柔らかいスポンジのように優しく相手を受け止め、蜂蜜と生クリームのようにいつまでも甘くラブラブでありますようにと願いが込められている。
「ねぇギル。私さ。最近、色々と限界きてるんだ」
「だろうな」
甘い物は気持ちを鎮てくれる。疲れているときに甘い物を食べると心が安らぐんだな。
昼休みのショックからもう立ち直った殿下は、またも私の行く手を阻む。
──一生、落ち込んでいれば良かったのに。
静かで平和なときがもう懐かしい。
「殿下。前にも言いましたが、アンに付きまとうのはやめて下さい」
ギルが一歩前に出て私を守ってくれる。男らしいギルの姿は新鮮。
「付きまとう?ギル。勘違いしてるようだね。アンリースが僕と一緒にいたいと思っているから、こうして声をかけてあげてるんだ」
私に関する噂が一番届いて欲しい人の耳に入らないってどういうこと。
都合の悪いことは聞こえない便利な耳なのかな。
「私は殿下と一緒にいたいと思ったことはありません。そうやって誤解を生む発言は控えて下さい」
「だそうですよ。殿下?」
「アンリース。君が素直にならないせいで、僕にあらぬ疑いがかかってしまったじゃないか」
事実だよ。私に付きまとっていることは。
みんなの心の声が重なった。
自分は愛されて当然だと思っている殿下は、私に嫌われていると発想がない。婚約者の立場にいたのがマズかったな。
会話にならない会話は疲れるだけ。
「私は素直ですよ。殿下とは復縁しないと申し上げたではありませんか」
ニッコリと笑って否定した。
「覚えてらっしゃらないのであれば、何度でも言います。殿下とやり直すつもりはありません。迷惑なんです」
「そんなわけがない!アンリースは僕のことが好きなんだから。僕とデイジーを祝福してくれたのが何よりの証拠だ」
あれは殿下から解放される喜びの表れ。心からの祝福はしたけど、断じて好きだからではない。
「他人の幸せを願うのは、人として当然の行いではありませんか。好きとか嫌いとか、関係なく」
「そ、それに。君達は婚約したと言うが何も変わっていないじゃないか」
「我々は公爵家の人間ですよ?人前で異性にベタベタ触るなんて下品な真似、するわけないではありませんか」
ギルが爽やかな笑顔で二人を大否定。
下品と言われて震えるほど顔を真っ赤にするクラッサム嬢は、恥ずかしさのあまり泣いてしまいそう。
ギルが真っ向からそんな言い方をするなんて珍しい。お父様に言えと命令されたかな?
マナーがないだけで、下品かどうかは……人による。
確かに。この二人以外に人前で恥ずかしげもなくベタベタと触る人を見たことはないけど。
クラッサム嬢の場合、とにかく第一印象が悪い。
殿下のことを貰ってくれたことには感謝している。お礼の品でもあげたいぐらいだ。
ただ、人のものに手を出したのは良くない。それさえなければ、もっとマシな扱いをされていた。
「行こうか」
泣き出すクラッサム嬢を慰めるのに忙しい殿下の横を通りすぎようとすると腕を掴まれた。
「君の怒りは受け入れてあげただろう!?それなのに……デイジーを傷つけるなんて許さないからな!!」
殿下の怒りはなぜか私にのみ向けられている。
この場合の正しい返し方は……
「それは……言った本人に言えばいいのでは?」
完全なる冤罪、二つ目ですけど。
「アンの言う通りです」
力ずくで殿下を引き剥がしてくれたギルは間に割って入る。私に触れさせないようにするために。
「なぜ、俺ではなくアンに怒るのですか?」
女の私のほうが弱いからでしょう。
ギルと殿下は背格好は似ているけど、力比べになれば圧倒的にギルのほうが強い。その点、私は非力で弱く、簡単に勝てると見下している。
無意味に私に暴力を振るおうとした殿下を逃がすつもりはないらしく、一部始終を見ていたタナールが逃げ道を塞ぐ。見事な連携プレー。
「君達には人の心がないのか?デイジーがこんなにも泣いているのに」
「心は痛みますが、そもそも。貴族令嬢が人前で異性に馴れ馴れしく触るのはいかがなものかと。クラッサム嬢は一体、学園に来るまで何を学んでいたのですか?」
「もういい!よくわかった。アンリース。君がデイジーを見下していることが!!」
「私がいつ見下したのですか?常識を述べただけです」
不貞なんてありもしない冤罪の罪を着せられそうになって、勝手に人として軽蔑されて。
黙って聞き流すなんて出来ない。
「殿下。俺の質問に答えて下さい」
さっきから私しか見ようとしない殿下の視界に入り込む。
無理やりにでも会話をしようと、ギルの声は低くなる。
人って怒ると声が低くなるの何でだろ。お父様とお兄様もグッと下がることがある。お母様はいつもより笑みが深くなるかな。
みんな、怒るときの癖があるのか。私は怒る機会があまりなく、癖があるかはわからない。
だって私が怒る前に、お父様達が対処してくれるから。
「もういい。行こうデイジー。アンリース。君が謝罪一つまともに出来ないとは思わなかったよ」
クラッサム嬢の肩を抱いて教室を出て行こうとするも、タナールは退く気配はない。
遠慮なしに睨むのはやめたほうがいいんじゃないかな。
「俺も人前でベタベタ触るのは下品だなぁって思ってましたよ?」
「なっ……!!」
「今度はエアルに謝罪を求めますか?」
「もういい。退いてくれ!早くデイジーと静かな所で二人きりになりたいんだ」
へぇー。静かな所で二人きりになって何をしたいのか。興味はないし知りたくもないけど。
タナールは僅かに視線を動かした。私とギルに確認している。通してもいいのかと。
私はいいから小さくうなづいて、ギルも私がいいならと首を縦に振る。
「クラッサム嬢。下級とはいえ貴女も貴族。今一度、マナーを学んで下さいね?」
道が開くとなぜか私を睨みながらも足早に去っていく。
──私が言わせたと思っているたいね。
惜しい。私じゃなくて恐らくはお父様。
クラッサム嬢が関わると勘が冴え渡るみたい。
残されていた殿下の側近候補達はコソコソと逃げ出すように出て行った。
彼らは親に命令されて仕方なく殿下の側にいるだけで、本音は嫌だろうに。
殿下が王太子でいられる条件を知らない貴族からしてみれば、リカルド殿下が辞退している以上、次期国王は殿下のままだと勘違いしても仕方ない。
正式には発表されていないけど、来月の殿下の誕生日で陛下から発表があるだろう。
私のせいで騒がせてしまったことを謝罪して、気持ちを切り替えるために甘くて美味しいケーキを食べに行くことにした。
今日のギルはドルチェの気分ではなく、別の店に行きたいらしい。国中のケーキやお菓子のお店を知り尽くし常連であるギルは普通にすごい。
「今日のこと公爵に話すのか?」
迷うな。話さなくてもお父様は完全に殿下を敵としてしか認識していない。
悪い行いが増え続けるとその内、反旗を翻しそうで怖い。お父様なら相手が誰だろうと負けないけどさ。
「濡れ衣着せられたからね。一応は言う」
「俺も公爵に伝えないとな」
「嫌ならいいのよ。無理しないでね」
「嫌じゃない。アンを守りたいのは俺も同じ気持ちだから」
ギルの言葉につい反応してしまう。
幼馴染みから、仮とはいえ婚約者になったからだろうか。
時々、ギルが“男の人”に見えてしまう。
「ここ?ギルが来たかったお店」
ギルの足が止まったから聞くと、数秒の間があったとに頷く。
見た目はケーキ屋さんって感じはあまりしない。雰囲気は落ち着いててカフェみたいだ。
ドルチェのような店を想像していたから、ちょっと意外。
「入らないの?」
なぜか動かないギル。
「ごめん。やっぱりドルチェにしよう」
「ここまで来て?食べたいケーキがあるんでしょ」
「一度は食べてみたい。けど……恋人限定のケーキなんだ」
白状したギルは口元を手で覆う。目も合わなくなった。
ギル、まさか……私と恋人と思われるのが嫌とか!!?
そうよね。私達の関係は偽装。いずれは元の幼馴染みに戻る。
不必要に言いふらしたりしたら、解消する頃、大騒ぎになるかも。
「大丈夫よギル」
「なにが?」
「引くに引けなくなったら、結婚すればいいんだから」
「…………えっ!!?」
お父様を説得するのに時間はかかるけど、二度目の婚約破棄は私の体裁が悪いと言えば、渋々でも首を縦に振ってくれるはず。
知らない仲ではないし、こんなにも気が許せるのはギルだけ。
ギルに好きな人が出来たら私のことは気にせず偽装婚約は終わらせる。
「私が相手じゃ嫌かもしれないけど」
「そん……っ!嫌じゃない!!」
「じゃあ決まり。お父様には私から伝えておくから心配しないで」
肩の荷が降りたようにギルの顔は晴れやかで、二人で店内へ足を踏み入れた。
凝った内装ではなく男性一人でも気軽に来られる。
常連のギルの席は決まっていて、人の目が気にならない奥。
ギルには「いつもの」メニューがあるらしく、店員がそれでいいか聞くと大きく深呼吸してメニューを指差した。
店員は私とギルを何度も交互に見ては、段々と表情が明るくなっていく。
すぐに笑顔を取り繕うも頬は緩む。
「早く行って!?こっち客だから!」
表情の意味を理解しているギルは店員を追い返す。
恥ずかしそうにテーブルに肘をついて壁とにらめっこ状態。
どんなケーキか興味が湧いた。メニューを開いて恋人限定の文字を探す。
あった。これか。
形は普通のケーキと同じなんだ。スポンジは柔らかく季節の旬のフルーツを使って、蜂蜜と生クリームもたっぷり使われている。
何やら視線を感じて顔を上げると、シェフであろう男性がテーブルが拭きながらこちらを見ていた。
──自由だな。この店。
今は私達以外にお客さんがいないからだろうけど。
ニヤニヤというか、ニマニマしてる。
「仕事しろよ!」
怒っているけど、声に怒りは感じられない。常連じゃなくて友達と接しているような。
だとしたら何十回、店に通っているのか。
しばらくして、ケーキが運ばれてきた。
待って。想像の倍、生クリームがかかってるんですけど。
私だけが混乱していて、これはギルへのサービスではない。
「これで仕上げです」
悪意のない、善意しか感じられない笑顔で蜂蜜をかけていく。
「どうぞ。召し上がれ」
「「いただきます」」
普通のケーキを食べる感覚で一口目をいくわけにもいかず、少ない量を食べる。
うん、甘い。でも、後味がしつこくないから二口三口と、食べられる。
ケーキにはコンセプトがあるらしい。柔らかいスポンジのように優しく相手を受け止め、蜂蜜と生クリームのようにいつまでも甘くラブラブでありますようにと願いが込められている。
「ねぇギル。私さ。最近、色々と限界きてるんだ」
「だろうな」
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